26_閉じ込められた悪役
相手は思った以上に足が速く、なかなか追いつけない。
気づくと講堂から随分離れた場所まで来ていた。息を切らしながら辺りを見渡すと、倉庫に入っていくドレスのスカートが見えた。
「待って……!」
倉庫の中に足を踏み入れる。暗くてほこりっぽい室内をゆっくりと見回したとき、後ろからバタンと扉が閉まる音がしてはっと振り向く。
扉にできた小さな窓から、レディシカはこちらを静かに見つめていて、彼女は鍵を閉めたあと、意地悪に唇の端を釣り上げた。
「レディシカさん!? どうしてこんなことを……。ここから出して!」
メイジーはドアを叩く。
「だーめ」
レディシカはわずかに顔を近づけ、唇の前に人差し指を立てる。
彼女は腰を振ってスカートをふわりと揺らしながら続けて言った。
「このドレス、私のサイズより大きいんだけど、似合いますか?」
「それは、式典演奏のために私が用意したものよ」
「そんなことは知っています」
「なら、返して」
「嫌です。だって……」
一拍を置いて、彼女は告げる。
「式典演奏は私がするんだもの」
「な……」
「大切な式典をサボったら、バラ生も取り消しになってしまったりして。この倉庫には滅多に人が来ないから、そこで式典が終わるまで悔しがっているといいです。今日は大妖精様もいないみたいだしね?」
誰も助けてくれないですね、と軽く笑ったあと、「この物語の主役は私です」と吐き捨てて、倉庫を去っていった。
「やられたわ……」
レディシカが去っていったあと、腕輪の魔法石をカチッと鳴らすと、ぬいぐるみ姿のセランがポンと出てきた。
魔法石の中は窮屈らしく、できるだけ妖精か人の姿でいるのが楽らしいが、今日は腕輪に入ってもらっておいてよかった。
「まさかレディシカがそこまで性悪とはな。ヒロイン気取りで笑えたな」
小説では、レディシカは純粋で優しい性格として書かれていたが、実際は全部、計算して作られたものだったというオチで、ヒロインに抱いていた幻想はすっかり崩れ落ちてしまった。
だが、物語の主人公はあのぐらい強かでずる賢くないと務まらないのかもしれないと冷静に考える。
「とにかく、早くここから出なくちゃ」
「この扉を壊せば出れるんだろう」
セランがガンと扉を蹴るが、びくともしない。この倉庫には魔道具も保管されており、扉も魔法の加工が施されていた。
メイジーは、扉の反対の壁にある窓を見上げた。メイジーならどうにか通れそうだ。
しかし、窓の位置が高いところにある。ちょうどいい踏み台やはしごはないかと辺りを見回したとき、セランと目が合った。じっと見つめていると、彼は警戒心を剥き出しにして眉をピクリと動かす。
「おいあんた、今何を考えて……」
五分後、メイジーは人の姿になったセランの両肩を踏み、踏み台代わりにして立って、窓に手を伸ばしていた。セランは、メイジーがバランスを崩して落ちないように足首を支えている。
「おい、早くしろ」
「あと、少し……ん、あっ、重いって言わないでね!」
「言わねーよ」
「絶対上見ないでね!」
「ああ、分かってる分かってる」
セランの位置から、メイジーの下着が丸見えなのだ。
どうにか窓を開けて窓枠に乗る。それから、セランに妖精の姿になってもらい、あらかじめ結んでおいた紐で引き上げた。「釣られる魚の気分だ」などと言うセランを胸に抱いて、窓から外に脱出した。
着地したのは花壇で、しかも水やりをした直後だったらしく、靴は泥まみれで、スカートにも水飛沫が飛んでしまった。
(あちゃー……これ、どうしよう)
今日はとことんついていないとため息を零し、スカートに視線を落とす。すると、肩口から顔を覗き込んだセランが、スカートに目をやりながら耳元で囁いた。
「花柄」
「!?」
それは今日の下着の柄だ。ばっと勢いよく振り返ると、セランは真っ赤になったメイジーの顔を見て、楽しそうに口角を上げる。
「見たわね!」
セランの両頬をつまんで引っ張ると、「悪かったって」と心にもない謝罪を述べる彼。
「で、衣装はどうするつもりだ?」
「どうって……このまま行くしかないでしょう。急がないと」
講堂に向かうために、くるりと背を向けると、セランがメイジーの手を掴んで「待て」と言った。
「俺に任せろ」
「……?」
彼が何をするか分からず、メイジーは首を傾げた。
◇◇◇
一方、そのころ、講堂では……。
式典が進み、バラ生ふたりの演奏の時刻になってもメイジーが現れず、進行担当の生徒会委員たちが困っていた。
「メイジーさん、一体どこにいるのかしら」
「すっぽかすような方じゃないから、何かトラブルに巻き込まれているのかも」
「心配ね。でも演奏の方も困ったわ……」
この式典には、王族に並ぶ大貴族が来賓として招待されており、学園長もバラ生の演奏を楽しみにしていた。
舞台の上で、もうひとりのバラ生に選ばれた男子生徒が、ピアノを準備している。舞台上にメイジーの姿がないことに、客席から疑問の声が上がり始めた。
「あら? バラ生がひとりだけ?」
「メイジーさんはどうしていないの?」
生徒会委員が、ふたりでの演奏からソロに変更しようと話し出したとき、舞台袖にドレス姿のレディシカが現れる。
「あの……もしよろしければ、私に代わりに舞台に立たせていただけませんか?」
「レディシカさん……」
「私でお役に立てるか分かりませんが、平民だったころ、よく歌を歌っていたので。精一杯頑張らせていただきます」
「ありがたいです! ぜひお願いします……!」
大役が決まった瞬間、レディシカは不敵な笑みを浮かべる。が、その直後……客席がどよめいた。
レディシカは舞台袖のカーテン越しに客席を覗き見て、その光景に唖然とする。
舞台から一番離れた通路にスポットライトが光り、その下に華やかなドレスを着たメイジーが立っていたからだ。
レディシカは親指の爪を噛み、「どうしてここにあの女が……」と地を這うような声で呟いた。
一方、メイジーは毅然とした態度で、余裕のある笑みを浮かべながら、客席の間の通路を歩く。
ちらりと上を見ると、妖精姿のセランが天井で、倉庫から拝借した小型のライト用魔道具を持ってこちらを照らしてくれており、メイジーは(ありがとう)と心の中で伝えつつ、ウィンクをした。
(セランがいてくれて本当に助かったわ。まさかこんなに素敵なドレスを用意してくれるなんて。……めちゃくちゃ冷たいけど)
あれからセランは、得意の氷魔法を活かして、制服をベースに氷のドレスを作ってくれたのだ。
ライトを反射して、氷の一粒一粒が繊細な輝きを放つ。
メイジーは舞台に登り、それからこちらを見つめているレディシカを、視線で牽制した。
斬新な登場の仕方に、「今の演出良かったな」と客席が盛り上がる。
メイジーは優雅なカーテシを披露したあと、バイオリンを顎と肩で挟み、演奏を始めた。
小説では歌で注目を集めたレディシカだったが、メイジーは幼いころから淑女教育の一環として、様々な楽器を学んできた。
プロ顔負けの美しい旋律に、客席は聴き入っていた。
◇◇◇
無事に演奏が終わったあと、学園長室に呼び出されたメイジー。氷が冷たかったので溶かし、元の制服に戻した。
執務机の奥に座る学園長が、長い髭をしゃくりながら言う。
「先程の演奏は大変見事であった」
「恐れ多いお言葉です、学園長先生」
「メイジー嬢、貴殿の日ごろの活躍は、常々耳にしているからして、褒美をあげよう。何でも望みを言いなさい」
ついに、学園長に願い事イベントが来た。ちなみに、さすがの学園長でも叶えられない願いには、首を横に振るようだ。
以前のバラ生が、「島が欲しい」という図々しすぎる望みを言った際も、当たり前に断られたらしい。
そんな非常識な生徒がなぜバラ生に選ばれたのか、と言う疑問はさておき、メイジーの頼み事はひとつしかない。
「万が一、世界樹に何かあった際、国内への邪気拡大を防止するため、結界魔法の協力を学生に促していただきたいのです」
「……ほう」
学園長の顔つきが変わり、彼は机に両肘を突いて、組んだ手の上に顎を乗せ、「何かあった際、というのがどういうことか具体的に教えてくれるかね?」と真剣な声で言った。
学園長は、魔塔の特殊保安部に毎年最も寄付をしている人物であり、ギースいわく、メルシエ聖公爵家の世界樹の管理に疑念を抱いているという。
メイジーは落ち着いた様子で、これから世界樹に起こるであろう惨劇を、淡々と語るのだった。




