22_転生者ともうひとり
翌日、メイジーはひとりで魔塔に行った。
研修生としての仕事はしっかりやっている。
「整理した資料、こちらにまとめておきますね」
「ああ、助かるよ」
「それからこちらの魔術研究のデータに不備があったので、修正しておきました。後でご確認ください」
「ありがとう。メイジーちゃんは働き者だね」
「いえ……」
執務室で仕事をするギースが、にっこりと愛想よく微笑む。
いつもにこにこへらへらしているが、眼鏡をかけていると仕事ができそうな理知的な雰囲気になる。
「他に何かお手伝いできることはありますか?」
「じゃあ、このメイド服着て、肩揉んで」
前言撤回。
当たり前のように引き出しからメイド服が出てきたが、一体いつの間に用意したのだろうか。
「セクハラです」
「はは、ごめんごめん。冗談だから」
軽く笑ったギースは、引き出しから別の書類を引き出した。それは、邪霊に関する資料だった。
「これって……」
「君が言う通り、世界樹の邪霊が暴走したときに即座に対応できる体制を整えておいたよ。あちこちの手を使って、当日は周囲に魔術師を待機させておくことになったから」
「……! 信じてくださったんですか……!?」
ギースが王族という地位で、これまで築いてきた人脈があるからこそ人を集められたのだろう。
小説の中では、メルシエ聖公爵家が世界樹の秘密を隠そうとしたばかりに、国内の異変の原因解明に時間がかかり、被害が大きくなった。
「万が一に備えてだよ。何も起こらなければ、それが一番だし、もし起きたらメルシエ家を失脚させて、闇を暴く口実になる」
「力を貸していただき、感謝します」
「どういたしまして」
やはり、ギースに頼ったのは正解だったと安堵しつつ、メイジーも学生たちに結界魔法の協力をしてもらうために動いていると伝えた。
するとギースは頬杖をついてこちらを見上げ、「あのさぁ」と続ける。
「どうして俺を頼ってくれたの?」
「……」
「信用してもらえるほど、付き合いは長くないはずだけど」
彼が疑問に思うのは自然なことだ。
ギースについて分かっているのは小説の中のことだけで、現実の彼のことはよく知らない。
(ギース様もジルバート様も小説の中で死んでしまうから。私が干渉することで、運命も一ミリくらいは変わるんじゃないかって)
レディシカのように、正直に何もかも打ち明けてしまおうか。
一瞬そんなこと思ったけれど、やっぱりメイジーには残酷すぎて言えなかった。
代わりに、困った風に笑う。
「なんとなくです。でも、ギース様に話してよかったと思っています」
「うん、ありがとう」
メイジーはきゅっと唇を引き結んで、覚悟を決め、机に鎮座するメイド服に手を伸ばした。
「世界樹の問題が全部解決したら、メイドでも肩揉みでも何でもしますから……だからどうか」
一呼吸置いて、「無理はしないでください」と伝える。
メイジーには、ギースとシルバートが生き延びられるように願うことしかできなかった。
魔塔での仕事を終えて帰ろうとすると、エントランスのソファーでメイジーの帰りを待っている人物がいた。
「レディシカさん……」
「お待ちしておりました」
彼女はゆっくりとソファーから立ち上がり、冷めた表情でこちらを見つめていた。
「何の用?」
「メイジーさんと話したいことがあって」
「ごめんなさい。今日は研修で疲れているので、また今度にしてちょうだい」
また今度、とはいったものの、今後も彼女と話すつもりない。
だが、レディシカは引き下がらず、メイジーの袖をつまんだ。
「小説『世界樹の守護者』を読んだことが、ありますよね?」
「……」
直球の質問に、メイジーの眉がピクリとわずかに動いた。
メイジーは微笑み、きっぱりと「いいえ、ないわ」と答える。何度尋ねられても、自分の手の内を晒すような真似はしない。
するとレディシカはきゅっと下唇を噛み締め、顔をしかめる。
「嘘よ! だってこの世界で、メイジーさんだけが小説と違う行動を取っているもの。この世界は私中心に回っていなきゃいけないのに……」
「何をおっしゃりたいのか、分かりません」
「だから……っ、セラン様を私に返してと言っているの。私が契約者になって、セラン様を助けて、みんなで幸せになるのよ」
(みんなで幸せに、ね)
あまりにもお花畑な発想に、乾いた笑みが零れる。
「じゃあどうして、努力していらっしゃらないの?」
口では運命を変えると言っておきながら、レディシカは何もせず、成績は平均以下のまま、小説のストーリーをなぞっているだけだ。
メイジーは少しでもマシな未来になるようにと魔術の鍛錬に励み、努力している。必死に歯を食いしばって。
「な……っ」
「セランに対して、『未来で死ぬ』なんて、残酷な予言を口にするだけで、未来を変えるために何をしてくれた? 結局レディシカさんは自分のことしか考えていないのよ」
「そんなことないです。私は悪役のあなたにも、引き立て役のセラン様にも優しくして、仲良くなろうとしました。応えてくれなかったのは、メイジーさんじゃないですか。セラン様のことも、どうせ死ぬなら、せめて最後まで幸せに笑っていてほしいと思ったからで……」
表面的にはレディシカはメイジーに優しかったかもしれない。
しかし、メイジーが婚約者を奪われて、世界樹を燃やすほど心に傷を負うことには無関心だった。
セランに残酷な未来を話しながら、涙を流すだけで、自分は安全な場所にいて、彼を助けるために手を差し伸べることはしない。
レディシカは自分が可愛いだけなのだ。
話にならない、そう思った。
レディシカは小説を読み、自分が主人公だと知っているのだろう。主人公はハッピーエンドを迎えると決まっている。
だから、余裕のある顔で、表面的な優しさを振りまいて、脇役の痛みには無関心でいられるのだ。
それが、見下されているようにしか感じられなかった。
「ここは何でも思い通りになる物語の世界じゃなく、現実なんです。あなたを幸せな主人公にするために回っているわけではありません」
「…………」
悪役にも、引き立て役にも、モブにも、それぞれの人生があって、それぞれが自分の人生の『主人公』として輝くために必死で歯を食いしばって、頑張っている。
小説の筋書き通り、ロインズはレディシカを選び、メイジーは捨てられた。
世界樹の精霊はもうすぐ暴走する。
(でも私は、諦めない)
人生をやり直す機会をくれたセランを、物語の引き立て役だからと切り捨てる真似はしない。
彼のことを助けて、メイジーは自分なりの幸せな人生を生きていくのだ。
自分の人生の『主人公』の座を、誰にも奪わせない。
「それでは、失礼します」
メイジーは軽く会釈をして、エントランスを後にした。
残されたレディシカは首から下げた小瓶のついたネックレスを、服の内側から引っ張り出す。
「せっかく、ふたりのことも助けてあげようと思ったのに。脇役のくせに、私に歯向かうからいけないのよ? メイジーさん」
その呟きは、エントランスの喧騒に溶けて消えた。




