21_大妖精セランと伝説の魔女
セランに尋ねられたメイジーは、こくんと頷いて「ええ、知りたいわ」と言った。
小説の中に書かれているセランの情報は限られている。役に立つために、少しでも彼のことを知りたいのだ。
「前も、俺がどうして世界樹に封印されたのかって聞いてきたよな。なんで知りたがる?」
「だってセランは、誰より強いでしょう。なのに、世界樹に封印されるなんて、よっぽど何かあったんじゃないかって」
小説に封印されるまでの経緯も書かれていたが、それは思い出せなかった。
もしそれが分かれば、セランが邪霊暴走に巻き込まれて、命を落とすのを防ぐ手がかりを得られるかもしれない。
「力になりたいって思うのはおこがましいかもしれないけど、セランのことがもっと知りたいの」
「……」
そのとき、セランの瞳の奥がわずかに揺れた。彼は小さく息を吐き、「しょうがねーな」と言う。
「いいよ。お前が知りたいなら教えてやる」
それからふたりは、図書館で話して周りに迷惑になるということで、開放廊下に出た。
レンガ造りで落ち着いた雰囲気がある。中央のベンチに並んで座る。
「好きなこと、聞けよ」
「……どうしよう」
いざ何でも聞いていいと言われると、何から話せばいいか分からなくなってしまう。
「あの絵本に書いてあることは、ほんと?」
「半分本当で半分嘘」
「魔女サティーサは実在したの?」
「した。俺が知ってる人間の中で一番性悪だったけどな」
サティーサは普通の人間では到底到達できない、魔術の高みに到達していた。
本来の治癒魔法では治せない四肢の欠損を補い、死んだばかりであれば死者すら蘇生できたという。
だが、彼女はその力を悪用した。失った四肢を与える代わりに、あらゆる財産を取り上げ、蘇生の代わりに身分を奪った。
「それで俺はあの女に言ったんだ。――人間の姿にしてくれって」
セランはサティーサを凌駕する魔力量と魔法の才能があったが、人間の姿に変身することだけはできなかった。
それを実現できたのが――サティーサだったのだ。
「その代償に、セランは何を支払ったの?」
「全てだ」
セランはサティーサと契約魔法を結んだ。それは、メイジーと結んだ魔力を共有する程度のものではなく、命を縛られるほど強力なもの。
サティーサの命令ひとつで、どんな冷酷非道なこともしてきた。
(魔女を愛していたわけじゃなくて、強制支配されてたってことね)
サティーサはやがて、不老不死を望むようになり、世界樹に目をつけた。生命の源である世界樹を利用し、不老不死を叶える可能性を見込んだのである。
この国の世界樹を手に入れるために、契約術でセランに世界樹を守れと命じ、自分はメルシエ聖公爵家に世界樹の延命方法について教えた。
だが、サティーサは不老不死になる前にメルシエ公爵家に裏切られ、口封じのためにメルシエ公爵家当主に、あっさりと殺されてしまったのだった。
そして、セランに与えた世界樹の守護者としての命令の強制力は、サティーサが死んでも消えなかった。
「ただ、人間と関わって、仲良くなりたかった……そんなことを願ったせいで、大勢の人間を傷つけることになった。馬鹿で惨めだよな」
「そんなことない!」
彼が自嘲気味に零した言葉に、すぐに反発した。
人間と長い間関わってきて、仲良くなりたいと興味を持つようになるのは自然なことだ。それなのに、セランは人間と姿が違うというだけで、仲間に入れなくて、寂しかっただろう。人が当たり前のように持っている『他者との繋がり』に届かなくて、辛かっただろう。
「セランにとっては、すごく大事なことだったんでしょ。当たり前に人と笑って、一緒に過ごすこと。自分の姿を変えて、全部を犠牲にしても欲しかったんでしょ。それが馬鹿で惨めなんて、思わないわ」
「…………」
「私が逆行するときに、黙って傍にいてくれたのも、痛みを知っているからだったのね。そうやって、自分の痛いところは隠して、ひとりで抱えてきたの?」
素直ではないし、ぶっきらぼうで自分のことはほとんど話したがらないセラン。
けれど、メイジーに二度目の人生を与えてくれたたったひとりの恩人だ。
彼の痛みも、忘れたい過去も、一緒に抱えていたいと思ってしまうのは、恩人への感謝にしては大きすぎる感情だろうか。
だが、セランは恋愛を諦めないメイジーに、いつかいい相手が見つかるといいなと馬鹿にせずに励ましてくれた。
「なんでだろうな」
セランがぽつりと呟く。
「お前といると、諦めたふりして素通りしてきたもんがまた欲しくなる。誰かとの繋がりってやつをさ」
「ひとりじゃ満たされないものって、あるわよね。お互い、本当に信じられる人が見つかるまで一緒にいましょ」
諦めたふりをしていたのは、メイジーも同じだ。
本当は誰かの誠実な愛情や優しさが、喉から手が出るくらいに欲しいくせに、期待を裏切られ、傷つくのが怖くて……。
メイジーにはセランの気持ちが痛いくらいに分かる。信じては裏切られ、傷つくことを繰り返してきたから。
「ったく、なんでお前が泣くんだよ」
「だって……寂しかっただろうなって」
するとセランはゆっくりと手を伸ばし、メイジーの頬に添えた。
そして、頬の涙を優しく丁寧に拭いながら囁く。
「俺にはお前がいれば、十分だけどな?」
「え……」
メイジーがわずかに目を見開いた直後、後ろから靴音と甘い声が聞こえた。
「セラン様!」
大妖精の名を呼ぶ声にはっとして振り返ると、そこにはレディシカが立っていた。
彼女は持っていた教本をバサッと床に落とし、慌てた様子で、こちらに駆け寄ってくる。そして、セランの両手を無遠慮に握り締めた。
「先日私を助けてくださってありがとうございました。私ずっと、あなたにお礼が言いたくて……」
「礼には及ばない」
セランはそう短く答え、レディシカの手をそっと振り解く。
「私、セラン様がどうして世界樹に囚われてきたか、全部知ってるんです。魔女の契約によって、これからも世界樹を守り続けていかなくちゃいけないことも……。私は、セラン様を死ぬ運命から救ってあげたい」
「一体、何の話をしている」
「落ち着いて聞いてほしいの。セラン様はこれからね、私を守るために邪霊を浄化して命を落としてしまうの!」
「はっ、それでどうやって力になってくれるって?」
「私は光魔法が得意だから、契約を結んでほしいの。ふたりで力を合わせれば、きっとうまくいくはずです……!」
ぽろぽろとわざとらしく涙を流して訴えるレディシカに、メイジーは唖然とした。
確かに、小説の中でセランはレディシカを守って命を落とした。
たとえそういう未来の可能性があったとしても、本人に宣言するのは、ためらうはずだ。
メイジーだってまだ、本人に伝えられていない。普通の神経では言わないことを迷いなく話すレディシカに、呆れを通り越して言葉を失ってしまう。
「俺の命も随分安く見積もられたもんだ」
セランは立ち上がって、レディシカに告げる。
「少なくとも、あんたのために命を懸けるつもりも義理もない。そうやって、他人の婚約者だけじゃなく、俺の気も引く気か?」
「違っ、私はただあなたのことが心配で――」
「余計な世話だと言ってるんだ。行くぞ、メイジー」
彼はそう行ってメイジーの手首を取り、廊下を歩いた。
どうやらセランは、レディシカの話を真に受けていない様子だ。でも、メイジーにとっては五年間抱えてきた重たい事実で。
「ったく、馬鹿らしい話だな」
「……」
「さっきから黙ってどうした? メイジ……」
背を丸めて顔を覗き込んできたセランと目が合う。彼は血の気が引いたメイジーの顔を見て、はっと息を呑んだ。
魔女の契約は今も効力を保っている。
セランはメルシエ聖公爵家の世界樹を守るという命令からは逃れることができない。
こうしてふたりで穏やかな日々を過ごしているのは、束の間の奇跡なのだと思い知らされた。
(セランも本当は、世界樹の呪縛から逃げられないことを分かっているんでしょ?)
声に出せなかったが、そう思いながら彼の目を見つめる。
セランは諦めたような底の見えない目で、寂しげに笑っていた。




