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20/30

20_学院一の模範的な生徒を決めるそうです

 

 世界樹の邪霊暴走まで、二ヶ月を切っていた。王立学園では、一年の中で一番の大イベントとされる、バラ生の選定の最中だった。

 この学院の校花はバラで、一年に一人、最も学園にふさわしい模範的な生徒を男女一人ずつ決める。

 小説の中では、ロインズとレディシカがバラ生に選ばれた。


「で、今度はそのバラ生の座を狙う、と?」

「ええ。バラ生に選ばれた生徒は、学園長に一つだけ何でも願いを聞いていただけるんですって」

「願い、ねぇ……」


 学園長はこういう行事が大好きらしく、この特典を自ら会議で提案したとか。

 まだ人がいない食堂で、パスタを食べるメイジー。きょろきょろと辺りを見渡して、誰も見ていないことを確認し、フォークに巻いたパスタを差し出すと、ぬいぐるみ姿のセランがパクっと食べた。


 セランの分と一緒に、パスタは二人分頼んでいる。


「ふふ、付いてる」


 セランの口元にトマトソースが付いているのに気づき、手を伸ばして指で拭うと、セランは一歩後ろに後退して顔を背け、口元を自分の腕で拭いた。


「構うな」

「何よ、照れちゃって」

「照れてない」

「美味しい?」

「まぁまぁ」


 フォークをメイジーから取り上げ、おぼつかない手つきで自分のパスタを食べるセラン。

 ぬいぐるみモードだと、手が不自由そうなので、手伝ってあげたくなるが、彼はメイジーが世話を焼くのを嫌がる。

 セランはフォークをこちらに向けて立てて言った。


「で、その学園長に何をお願いする気だ? モンブラン三年分にしろ」

「何か幻聴が聞こえた気がするけど」

「残念だったな、幻聴じゃないぞ」

「そんなに食べたらしっぽが砂糖になっちゃうわよ。お願いするのは町の結界」


 学園長は、オスニエル王国の魔法教育連盟の会長を務めており、国中の教育団体の統括を行っている。

 彼なら、国中の学生や教員たちに結界を張る協力を仰ぐことができる。


(世界樹の邪霊が暴走した際、邪気が国土に広がって、魔物の活動が活発になり、大勢の人たちが体調不良になった。せめて邪気をメルシエ聖公爵家の敷地内で抑えられたら、被害もそこまで大きくならなかったかもしれない)


 魔術師の多くが、各地で暴走する魔物との戦闘でいっぱいいっぱいになる。

 しかし、結界を張るための人手は、学生でも補うことができるだろう。学生たちに魔物討伐を行わせるわけにはいかないが、結界を張って維持するためなら、力を貸してくれるはずだ。


「確かに聖公爵家の敷地を囲むように、結界を張れば邪気の拡大を防げる」

「その間に、邪霊を私たちで浄化しなくちゃいけないわね」

「世界樹に眠っている邪霊は、国中の魔力量を調節してきた奴らだ。簡単じゃないぞ」

「分かってる」


 伝説と呼ばれる大妖精セランでさえ、自分の命を削って、ようやく浄化できたほどだ。セラン以外にも、優秀な魔術師が大勢亡くなっている。

 難しいことだとは分かっているが、できる限りのことはしたいと思っている。


「まぁ、心配するな。いざとなったら俺がいる。お前を危険な目には遭わせねえよ」

「セランもね」

「……」

「セランも無茶しないで。自分の安全を守ってね」


 この五年間一緒に過ごしてきて、セランは友達や家族のような存在になっていた。

 彼の存在がメイジーの中で大きくなればなるほど、小説の展開通りに失うのが怖くなってくる。


セランはすぐに返事をせず、少し間置いてから、「ああ」と言った。


「それにね、ロインズ様を見返したい気持ちもちょっとあって」

「あの男を?」

「家柄と才能だけって言われたのがずっと悔しかったから」


 そのとき、食堂に人が入ってきて、「誰か来た!」とメイジーが慌てると、セランは後ろにパタッと倒れて、ぬいぐるみのふりをする。しかし、セランの口元にまだトマトソースが付いていて、はっとする。


(ソース付いてる……!)


 メイジーがぬいぐるみにパスタを与えていた痛い人だと思われてしまうかもしれないし、セランがぬいぐるみではなく、妖精だとバレたら大混乱になる。

 慌ててぬいぐるみを掴んでハンカチで口元を強く拭くと、セランは嫌そうに眉を寄せた。


「メイジー、一人でご飯食べるなら、私を誘ってよ。寂しいじゃない。あら、一人……じゃないみたいね」


 グリーテはメイジーのぬいぐるみを見てそう言う。彼女は、メイジーがこのぬいぐるみを大切にしていることに対して、不思議そうにしていても特に突っ込んでこない。


「はは、うん」


 メイジーは愛想笑いを浮かべて、セランを膝の上に乗せた。

 グリーテは向かいの椅子に座って、昼食のプレートをテーブルに置いた。

 グリーテはパンとスープを食べながら言う。


「それで、バラ生選定に突然出るって言い出すなんて、どういう風の吹き回し? ああいう目立つの、好きじゃないと思ってたわ」

「まぁ、そうなんだけど」


 パスタをフォークに巻きながら頷く。


「どうしても学園長とお話ししたくて」

「優勝者の特典のやつね? 前回の優勝者は学園にペット持ち込みを許可してもらったそうよ」

「ペット?」

「ミーアキャット。鳴き声のせいで授業に集中できないって苦情が殺到したみたいだけど」

「はは、それはそうね」


 だが、変わったペットのようなものをぬいぐるみと偽って学園に持ち込んでいるメイジーに、その人にとやかく言う資格はないだろう。


「まぁ、出るからには、優勝目指して頑張って。私も応援するから。あの女には負けてほしくないわ」

「……」


 近くの席にやってきたレディシカは、三人の男子生徒と一緒に昼食を摂っている。


「バラ生選定に出場されるんですね? 俺たち応援します!」

「絶対投票して優勝を取ろうぜ」

「ふふ、みんなありがとう」


 レディシカたちが楽しそうな様子で話しているのを見ながら、メイジーは改めて思った。


(レディシカも転生者なの?)


 小説の中の彼女は清純で初心で、男友達とつるんでいる様子なんて書かれていなかった。しかし、今の彼女は、多くの男子生徒たちの妹キャラとして定着している。

 この状況について、ロインズは婚約者としてどう思っているのだろうか。

 するとグリーテは口元に手を添え、内緒話をする。


「ねー知ってる? レディシカさん、婚約解消の危機なんですって」

「ええっ!?」

「し。本人に聞こえるから」


 詳しく話を聞くと、レディシカが様々な異性と交友関係を持っていることで広がった悪評が、ロインズの父親の耳に入ったらしい。

 メルシエ聖公爵は、自分の気持ちを優先してふさわしい婚約者を見極められなかったと、ロインズを叱責しているとか。


 レディシカは希少な光魔法の使い手だが、経験が浅いため、学園での成績は平均以下。

 メルシエ聖公爵は、メイジーとレディシカを度々比較しているだろう。


「もしかしたらそろそろ、メルシエ聖公爵家の婚約者として戻ってきてくれって泣きつかれるんじゃない?」

「勘弁して。絶対嫌よ」


 レディシカの自由奔放な行動のせいで、メルシエ聖公爵家の評判が落ちたところで、メイジーには関係ないことだ。メルシエ聖公爵家は、メイジーを簡単に切り捨てたのだから。


「まぁ、今更逃した魚の大きさに気づいたところで、何もかも遅いってことね」

「……」


 グリーテのその言葉に答えず、メイジーはセランの食べかけのパスタを口に運んだ。



 ◇◇◇



 王立学園には、オスニエル王国でも最大規模の蔵書数を誇る図書館がある。

 その日の放課後、メイジーは図書館で調べ物をしていた。

 木製のテーブルに本を積み上げ、静かに目を通す。


 真面目な顔をして読んでいたのは、『大妖精セランの伝説』という子ども向けの伝記絵本だった。


『大妖精セランは遥か昔、世界樹から生まれました。

 偉大な力を持ち、心優しいセランは、みんなの役に立ちたくて、汚れた水を清め、病を癒し、乾いた土地に雨を降らせます。

 しかし、人々はセランに感謝するどころか、彼を利用しようと考えます。

 働き者のセランは一生懸命に働きます。次第に力がなくなって、自分の命を削って、役に立とうとしました』


 大妖精セランがあくせく働く姿が書かれている。

 脚色も加えられているだろうが、これらは概ね事実だと、小説の中でセランは語っていた。

 今のセランはつっけんどんで、人間に興味がなさそうに見えるが、世話焼きで優しいことを、メイジーも知っている。


『セランは、誰にも愛されないことを悲しみました。しかし、そんなとき、一人の魔女サティーサに出会います。

 魔女はセランに、美しい青年の姿を与えました。

 人の姿になったセランは、大勢の人間と仲良くなります。

 そして、心優しい魔女とセランは恋に落ち、いつまでも幸せに暮らすのでした』


 絵本ではハッピーエンドだが、実際のサティーサは、最悪の魔女だったと言われている。


 呪いや毒薬など、現在は禁止されている危険な魔術を扱っていた彼女は、セランを従わせていた。戦争でセランを戦わせることで、国王から莫大な報酬を与えられたり、セランを毒の実験台にしていたとされている。

 この有名な絵本は、サティーサが作家を脅して無理矢理書かせたものだとか。


(こんなひどい目に遭った上に、世界樹に三百年も封じられ、ヒロインを守るために、最後は命を失ってしまうなんて)


 あまりにもセランが報われなくて、かわいそうで、思わず唇を噛み締める。

 小説の中で、レディシカは唯一、セランに優しくした人間として書かれていた。だからセランは彼女を、心から慈しむようになる。レディシカには、ロインズという運命の人がいると分かっていながら……。


「そんなに俺の過去が知りたいか?」

「セラン……!」


 するとそのとき、テーブルの向かいから声をかけられて、はっと顔を上げる。

 人の姿をした彼が頬杖をつき、こちらの顔をじっと見つめていた。


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