02_幸せな日々の終わりは突然に
メイジーがロインズと出会ったのは、十二歳のとき。
貴族の令嬢は子どものころに結婚相手を決めることが多く、メイジーの両親も、娘の結婚相手をよく話し合っていた。
そんなとき、メルシエ聖公爵家から縁談が舞い込んだ。
聖公爵の称号は、国で世界樹を管理する家にしか与えられない特別なもの。
その花嫁は、メルシエ家に匹敵する大貴族出身で、世界樹の管理に必要な優秀な魔法使いから選ばれてきた。
『どうして聖公爵家が我が家に縁談を……?』
『メルシエ家は経済状況が良くないらしいわ。それで、借金返済のための経済支援と、メイジーの魔力量が理由みたいね』
『聖公爵家と繋がりを持てるなんて、これはまたとないチャンスだ』
加えて、長男のロインズは十二歳でありながらとても優秀で、周囲から将来を期待されており、その噂を耳にしていたウェザーズ公爵夫妻は縁談を了承した。
「はじめまして。ロインズ・メルシエと申します」
ウェザーズ一家を歓迎するために、華やかな装飾が施された公爵邸。
テラスでメイジーを暖かく迎え、微笑みかけてくれたロインズに、ひと目で恋に落ちた。メイジーは頬をほんのりと染め、あわあわしながら慣れない淑女の礼を執る。
「メイジーです。……お初にお目にかかります」
「ご丁寧にどうもありがとう。こんなにかわいらしい人だなんて思っていなかったから、びっくりしました。君みたいな子が花嫁になってくれて嬉しいよ」
「そ、そんな……」
これは、メイジーが前世で読んだ恋愛小説『世界樹の守護者』のワンシーンでもある。
小説のヒーローが、悪役令嬢メイジーと出会う場面だ。
ふたりは家の意向で婚約者とはったが、それからロインズは熱烈にメイジーにアプローチを繰り返し、メイジーは彼に惹かれていく。
「……です」
「ん?」
小首を傾げる彼に、メイジーは拳を胸の前で握りながら告白した。
「私も、ロインズ様のことが好きです」
突然の言葉に驚いて目を瞬かせたあと、ロインズはふっと微笑んで頷いた。
ふたりの関係は、大きな障壁もなく進んでいく。
ロインズは次期公爵として勉強や剣術、社交などあらゆる分野で努力し、アカデミーに首席で入学した。
そんな彼が誇らしくて、大好きで、メイジーは少しでもふさわしくなるように淑女教育に励んでいた。
この熱烈なアプローチは全部、親の命令を受けたロインズの嘘だとは、このときの自分は夢にも思わなかった。
◇◇◇
アカデミーに入学して一年が経った十七歳のとき。
「メイジー、迎えに来たよ。一緒に帰ろうか」
「はい。一日お疲れ様です」
「君もね」
ロインズはいつも優しく紳士的で、放課後になるといつもメイジーを教室まで迎えに来てくれていた。
帰り自宅を終えて椅子から立ち上がると、彼はごく自然にメイジーの荷物を持つ。
教室を出ていくふたりの姿を見て、女子生徒たちがひそひそと噂をする。
「ねぇ見て、今日もロインズ様がメイジー様をお迎えにいらしたわ。本当に仲がよろしいのね」
「ふたりとも絵になるし、お似合いだわ」
「憧れちゃうわ」
家柄と魔法以外になんの取り柄もないメイジーだけれど、いつの間にかロインズとメイジーは、アカデミーの理想のカップルになっていて、嬉しかった。
だが、幸せな日々は――彼女が現れたことで一変する。
アカデミーの停車場に向かって歩いていると、ひとりの女子生徒に呼び止められる。
「あら、ひょっとしてロインズ? ねぇあなた、ロインズよね?」
鈴が鳴るような声にふたりが立ち止まり、振り返ると、愛らしい顔をした彼女が立っていた。
ひらひらとどこかから白い花びらが舞い降りてきて、彼女は風に揺れる長い髪を耳にかけた。
「……レディシカ?」
「うん、久しぶり。また会えるなんて夢みたい」
そう言って、レディシカと言う女子生徒は無邪気に笑った。
メイジーが「お知り合いですか?」と尋ねてロインズを見上げると、彼はレディシカを熱を帯びた目で見つめていて、ぐっと息を呑む気配までした。
(ロインズ、様……?)
だが、すぐにいつもの余裕のある笑顔でこちらを見下ろし、質問に答える。
「子どものころ、別荘の近くの街に住んでいて、毎日のように遊んでいたんだ」
「まぁ、昔のお友達だったんですね」
ロインズは少し間を置いたあと、動揺混じりに「あ、ああ」と返事をし、レディシカの方を見た。
「それより、なんで君がここに?」
レディシカはアカデミーの制服を着ていたが、ここは貴族しか通えない。彼女は平民だった。
「ふふ、びっくりした? 実は私ね、貴族になったの」
ロインズと出会ったころ、レディシカは平民だった。
元々孤児院にいた彼女だったが、パン屋を営む夫婦に引き取られて大切に育てられた。
しかし、本当の親が伯爵だったと分かり、育ての親と別れて、レディシカは伯爵令嬢になったのだ。そしてレディシカはロインズな貴族ということを知らなかったらしく、「あなたこそ、どうしてその制服を着ているの?」と無邪気に小首を傾げる。
「ええっ!? うそ、ロインズが聖公爵令息!? 信じられない……」
「隠していてすまない」
「私、ロインズ……じゃなくてロインズ様にすごく失礼な態度を取ってたんじゃ」
レディシカが彼に対して敬語でなかったのも、身分を知らなかったからだと納得した。
公爵家の中でも特に格式高いメルシエ家の令息に、慣れた口調で気安く話せる人は、早々いない。
おろおろするレディシカに、ロインズがふっと笑う。
「今さら敬語は結構だ。君にそんな風に接せられるとムズムズする」
それを聞いてメイジーは戸惑いを覚える。
(婚約者の私でさえ、タメ口を許されていないのに)
よほど彼女とは親しいのだろうか。
するとレディシカはメイジーに目を向け、「どなた?」と遠慮がちに言う。
「紹介するよ。僕の婚約者のメイジー・ウェザーズ嬢だ」
「……婚約、してたのね」
「レディシカ……?」
そのとき、レディシカは明らかにショックを受けたような顔をした。彼女は作り笑いを浮かべながら続ける。
「こんなに素敵な婚約者ができてよかったわね! 美人で優しそうで……」
「うん。僕にはもったいない人だ」
その言葉が、口先だけに聞こえてメイジーは不安になり、ロインズの腕を引く。
「行きましょう。挨拶はお済みになったでしょう?」
「え? でもせっかくだからあと少し――」
「もう十分話したではありませんか!」
メイジーの怒鳴り声が辺りに響き、しん……と静まり返る。
五年の婚約期間で、こんな風に大きな声を上げたことなんてなかったので、ロインズは困った顔をした。
レディシカは不安そうに眉を寄せてこちらを見た。
「お邪魔してごめんなさい。ロインズ様、これからよろしくね。同じアカデミーの友達として!」
「もちろん。困ったことがあれば、いつでも言って」
「ありがとう」
メイジーたちに頭を下げたあと、レディシカはくるりと背を向け歩いて行った。
その後ろ姿を、ロインズが名残り惜しそうに見送っているのが、メイジーの目に焼き付いた。
その日を境に、ロインズとメイジーの関係は変わっていく。
ロインズはレディシカを何かと気にかけ、メイジーはロインズを束縛するように。
『婚約者さん、厳しくない? ロインズ様が可哀想……私ならあんな風に束縛なんてしないのに』
まさかレディシカが裏で、ロインズの相談相手になっているとも知らずに。




