01_再会した幼馴染に婚約者を奪われて
聖公爵邸の世界樹の下で、十二歳のときにメイジーと婚約者ロインズと愛を誓った。
『僕には君だけだよ。――愛してる』
『私もロインズ様が大好きです』
『ああ。ずっと一緒にいよう』
しかし、大好きな彼がメイジーにくれた甘い言葉も、優しさも、眩しい笑顔も、何もかも全部――
……――嘘だった。
そう気づいたのは、ロインズが十年ぶりに再会したという幼馴染の令嬢を連れて、婚約解消を申し出てきたときだった。
「すまない。君を好きな気持ちは本物だったんだ。でも、本当の運命の相手はレディシカだったと気づいて……僕と別れてほしい」
「そんな……嫌です、こんな形での別れなんて、納得できません……!」
「本当にすまない、メイジー。頼む、分かってくれ」
納得なんて、そう簡単にできるはずなかった。
聖公爵令息ロインズ・メルシエと、公爵令嬢メイジー・ウェザーズが婚約したのは、ふたりが十二歳のときだった。
親が決めた政略結婚だったけれど、メイジーは熱烈なアプローチを受けて次第に彼を好きになっていった。
好青年に成長したロインズは、美しい容姿と優秀さから女性たちの憧れの的になっていき、そんな彼の婚約者であることを誇りに思っていた。
メイジーの取り柄といったら家格と魔法だけだったけれど、自分も少しでもロインズにふさわしくあろうと、苦手な淑女教育も勉強も頑張って努力していたし、尽くしてきた。
なのに、再会した幼馴染にあっけなく奪われてしまうなんて――認めたくない。
「私に悪いところがあったなら全部直すから教えて? 私にはロインズ様しかいないの……っ」
力なく床にへたり込んだメイジーは、みっともなくロインズに懇願する。
「メイジー」
彼に名前を呼ばれ、俯いていたメイジーは、目に涙を浮かべながら顔を上げる。
考え直す、と言ってくれるのを期待して。けれど、返ってきた言葉はメイジーの期待とは違った。
「僕のことが好きなら、幸せを願ってくれないか」
「…………っ」
そんな風にロインズを好きな気持ちを試されたら、食い下がれない。
(ロインズ様は、ずるい)
なんて残酷な人なのだろう。つい昨日まではいつもと変わらない笑顔を向けてくれていたのに、今は困ったような顔して、メイジーにとって最も辛い選択を迫ってくるのだから。
(身を引くのがロインズ様のためだと分かってる。でも、でも……)
「私は、五年前からずっとロインズ様だけが好き……好きなの。お願い、もう一度私のところに戻ってきて。見捨てないで……っ」
泣きながら縋る自分の姿は、彼の目にどんな風に映っているのだろうか。
きっとさぞかし、惨めて情けなく見えているのだろう。
彼に手を伸ばすと――パシンッ、と冷たく弾かれ、その拍子にメイジーは倒れ込んでしまう。
「きゃっ……」
「もうやめてくれ。僕の気持ちは変わらない。レディシカを愛しているんだ」
ロインズの隣で、静かに様子を見ていたレディシカが、片手で可憐に髪を耳にかけながら、もう片手をメイジーに差し伸べた。
「大丈夫?」
奪い取った側のくせに無関係な顔をして、加害者としての自覚を感じさせない心配ぶった態度に、胸がぎゅっと締め付けられた。
誰のせいでこんなに傷ついていると思っているのだろう。
(悔しい、悔しい、悔しい……)
メイジーはその手を取らず、胃が焼けるような怒りに下唇を噛み締めた。
そして、「婚約解消を受け入れます」と告げ、逃げるように部屋を出た。
部屋を出た扉の外で、メイジーは身体の力が抜けてしまい、両手を床についたまま立ち上がれなくなってしまった。すると、扉の隙間から、くすくすとふたりの笑い声が聞こえてきて。
「まさか、あそこまで縋られるとは思わなかった」
「ええ、いつも余裕のあるメイジー様が、あんな風になるなんて、びっくりだわ。よっぽどロインズ様のことが好きだったのね」
「正直……迷惑なだけだったけどね」
冷笑するロインズの声に、メイジーはぴくりと反応する。
「メイジーと結婚したら、ウェザーズ家にうちの借金を返済してもらう予定だったから、契約が反故にならないようにメイジーの気を引いていただけだ。安心しろ、レディシカ。彼女を好きだったことは一度もなかった」
「ええ。分かっているわ。全部、演技だったってこと」
淡々と語られた内容に、頭を殴られたような衝撃を受ける。
メイジーが盗み聞きをしているとも知らずに、ふたりは話を続ける。
「低迷気味だったうちの事業も持ち直して借金も返済できたし。これで、メイジーと結婚する理由はなくなったというわけだ」
「これでようやく、ふたりで幸せになれるのね」
「そうだな。これからは嘘をつかなくて済む。家格と才能だけのメイジーより君の方がはるかに魅力的だ。レディシカ、愛している」
大好きな人に、家格と才能だけだと思われていた。
扉の隙間から、口付けを交わすふたりを見た瞬間、メイジーの中で何かが崩壊した。
◇◇◇
そして気がつくと、メルシエ聖公爵家の敷地の最奥にある、世界樹のもとにいた。
メルシエ聖公爵家はオスニエル王国で、世界樹の管理を任されている。
幼いころから類まれな魔力量を有し、魔法の逸材と呼ばれてきたメイジー。
本来は世界樹を守っていくために使うはずだった力だったが、見張りの騎士たちを睡眠魔法で眠らせたあと、結界に手をかざす。
空中に無数の槍が現れて、結界に刺さった瞬間に爆発する。
バキッ、バリンッ、とガラスが砕け散る音が響き渡り、結界が壊れた破片が飛び散るが、防御魔法で防ぎながら世界樹に近づく。
各国に一本ずつある世界樹は、世界の魔力量を一定に保ち、環境を整えてくれる存在だ。
(世界樹に何かあれば、メルシエ家が責任を問われる。ロインズ様もきっと困るわね)
メイジーの唇に、歪んだ笑みが浮かぶ。
これは、ただの腹いせだ。
自分がとんでもない大罪を犯そうとしていることは分かっている。けれど、裏切られた怒りが治まらないのだ。
(私と婚約したのは、私の才能と経済援助のため。彼はそれしか見ていなかった。私にくれた言葉が全部、嘘だった……なんて)
メイジーを散々もてあそんでおいて、自分たちだけ幸せになろうなど虫が良すぎる。
「ふざけないで」
気づくと手をかざし、魔法で自分ごと世界樹に火を放っていた。
「ふ……ふふっ、あははっ、ふふ……いい気味ね。あなたたちだけ幸せになんかさせないんだから!! ざまぁみなさい……っ」
燃え盛る炎の中で肩を震わせ、大笑いした直後。
(うそ、なんで)
サァァァ……と、頭の中に前世の記憶が流れ、ここが小説『世界樹の守護者』の世界であり、自分は悪役令嬢だと気づいた。
「なんで、このタイミング…………」
さすがに、そうツッコミを入れずにはいられなかった。こんな命尽きる直前に思い出したところで何もかも遅すぎると、真っ青になる。
炎の中で絶望したあと、意識を手放した――。
ハッピーエンド完結保証です。元サヤではありません。
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