17_世界樹を研究する組織
その日の放課後も、メイジーは研修生として魔塔を訪れた。
魔塔研修は、将来の有望な魔術師育成を目的に、学校でひとりずつ代表が選ばれる。
魔塔の廊下を歩いていると、他の学校の制服を着た学生をちらほらと見かけた。
研修担当のギースが、忙しそうに学生の対応をしている。
対応が終わるまで離れたところで待っていようと思い、廊下の端に立つと、会話の内容が聞こえてきた。
「一緒にこの後デートに行こうよ」
「ごめん、まだこの後も仕事なんだ」
「えー、つまんない」
女子生徒と話し終わったギースはくるりと背を向け、メイジーに気づいた。彼は「やあ」と片手を上げ、再び笑顔を浮かべてこちらに歩み寄る。
「お疲れ様です」
「待たせたね」
「あの女の子は?」
「他の学校から来た研修生だよ。いつもデートに誘われて困っててね」
さらりと髪を除けながらそう言う彼。
初対面のメイジーをデートに誘ってきたあなたが言うのか、とは思った。それに、困っているようにも見えない。
それから、ギースの後をついて歩く。
「今日はあの騎士君はいないの?」
「はい」
騎士を連れてきたことで、前回は懐疑的な目で見られてしまったので、今日はぬいぐるみのまま連れてきている。カバンの中から顔だけを覗かせたセランと一瞬、目を合わせた。
案内されたのは、魔塔の最上階の端の部屋。立て付けの悪い古びた扉に手をかけ、「この部屋だ」と言うギース。
部屋の奥は、魔塔の厳かな雰囲気にそぐわない、王族の居間や応接間のような感じだった。
金で装飾され、花柄や植物の模様が入ったソファーにローテーブルなどの家具が並んでいる。
「君の配属先はここ、特殊保安局だ。これから半年の研修期間、僕たちと世界樹に関する調査と対策をしてもらう」
執務室内には、複数の男性魔術師もいて、ソファーで紅茶を飲みながら、書類仕事をしていた。
厳格な魔塔とは思えない、とても優雅な光景だ。
(特殊保安局……)
小説の中で、研修生となったレディシカはここに配属されたのをきっかけに、メルシエ聖公爵家の世界樹の秘密に近づいていくことになる。
「この局はその名の通り特殊でね。世界樹の魔力や歴史など、様々な観点から研究しているんだ。世界樹は国家維持の要だからね。特別に選ばれた人間しかここには入れない」
ギースは特殊保安局について説明し、メイジーの度胸と魔法の才能を見込んで、保安局を配属先に口利きして決めたと言った。
「僕も一応肩書は、特殊保安官なんだ。これからよろしくね」
「こちらこそ」
「じゃあ、ここにいるメンバーを紹介していくよ」
彼はそう言って、室内で仕事をしている保安官の名前と簡単な経歴を教えてくれた。
世界樹の研究に関わる選ばれた精鋭の面々を見ながら、メイジーは思った。
(全員イケメンってどういうこと? 顔審査でもあるのかしら)
魔塔に来た初日にたくさんの職員に会っているが、寝癖がついていたり、無造作な髪にヒゲを蓄えていたり、高齢であったり、いかにも研修者という風貌の人が多い印象だったが、特殊保安局は、全員若くて、美男子ばかり、アイドルグループのようだった。
保安官の紹介が終わったあと、研修期間についてギースが話した。
「主に手伝ってもらうのは、書類整理とか雑用だけど、ここにいる保安官たちは優秀だから、時々魔物討伐にも参加している。そこに君も同行してもらうよ」
「分かりました」
「今伝えておくのは、ざっとこんなもんかな。何か質問ある?」
メイジーは少し間を置いたあと、そっと口を開ける。
「折り入ってお話ししたいことがあります。ギース様と……シルバート様のおふたりに」
名指しを受けたシルバートが、書類作業をする手を止めて顔を上げる。
シルバートは名のある公爵家の次男で、ギースの従兄弟にあたる。水色がかった長い髪は、女性のように艶があって顔立ちもどこか女性らしさがある。丸いメガネをかけていて、理知的な印象を受けた。
ギースの計らいによって人払いされ、部屋にはメイジーとギース、シルバートの三人になる。
正確に言えば、セランを含めて四人なのだけれど。
「失礼します」
メイジーは人差し指をくるんと回して、部屋に防音魔法をかけた。これから話す内容は、国の命運を左右する極秘事項なので、万が一外に漏れることがあってはならない。
すると、シルバートが言った。
「メイジー様にお会いするのは初めてだと思いますが……。私に一体何の話でしょうか」
「最初にひとつ、確かめさせてください。お二人が、メルシエ聖公爵家の世界樹延命を疑っているというのは、事実ですか?」
「どうしてそれを……」
「情報源は伏せさせてください」
前世で読んだ小説に書いてあった、と正直に話したところで、信じてはくれないだろう。
すると、ギースが頬杖をついていった。
「メイジーちゃんはさー、それを確かめてどうしたいの? それなりの覚悟はできてるってことだよね」
聖公爵家メルシエ家を疑うということは、メルシエ家と対立することだ。
もし、ギースとシルバートの考えを知ったら、後には引けない。
「私ならお力になれます」
「ふうん、良い目だ」
ギースはメイジーの強い意思の宿った目を見て、不敵に口角を上げる。そして一呼吸を置いてから、底の見えない表情で告げた。
「君が言ったように、僕らはメルシエ聖公爵家を疑っている。疑っているというより、確信に近い」
「ギース、そんなに簡単に打ち明けては……」
「いいさ。これでメイジーちゃんも共犯ってことで」
ギースはローテーブルに両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せた。
人好きのする笑顔を浮かべているが、その瞳の奥に威圧が宿り、逃げ場はないのだと悟った。
「それで、君はどうやって僕らに力を貸してくれるの」
「私はメルシエ聖公爵家の元婚約者だったので、聖公爵家の内情はよく知っています。ご明察通り、聖公爵家は聖公爵の地位を守るため、とっくに寿命を迎えたはずの世界樹に延命措置を施しています」
古い世界樹が枯れなければ、この国に新しい世界樹が芽生えることはない。
無理矢理延命された世界樹に宿る精霊は悪霊化しており、役目も果たせていない状態だ。
メイジーがそう言うと、シルバートは返す。
「延命を施すには、世界樹に膨大な魔力を供給し続けなければなりません。しかし、私たちは長年、その方法を掴めずにいます」
メルシエ聖公爵家の当主は代々、魔塔の大臣を務めて権力を握っている。
国家存続に関わる世界樹は、世界各国が多額の費用を投じて、こぞって研究し、守ろうとしているが、メルシエ聖公爵家は国内における世界樹の研究を制限し、管理は公爵家だけが行う仕組みを作った。
だから、国民は世界樹に近づくこともほとんどできない。
この特殊保安局は国内で唯一の世界樹研究組織だが、予算も人手もなく、保安局員の私財や貴族からのわずかな寄付で成り立っている。
「保安局員は五年に一度、調査としてメルシエ聖公爵家の立ち会いのもと、世界樹の視察に行く機会が与えられます。我々は一般の人より魔力の気配に敏感なのですが、あの世界樹は他国のものとは明らかに違う、異質な気配がしました」
「この保安局員の記録にも似たようなことが書いてあった。あの世界樹の精霊に、異変が起きているんじゃないかってね」
ギースに見せてもらった記録には、過去の保安局員たちが世界樹に違和感を感じていたことが書かれていた。
中には、精霊の悪霊化を指摘する者もいた。
ギースは資料の本を閉じ、眉をひそめた。
「でも、核心に近づいた保安局員はみんな、行方不明になったり、事故や事件に巻き込まれて……」
「……」
メルシエ聖公爵家は、世界樹にまつわる秘密を守るために、邪魔な者を秘密裏に排除してきたのだ。そして、世界樹が寿命を迎えてからの三百年、聖公爵であり続けた。
(このふたりも、危険だわ)
ギースとシルバートは、知りすぎている。
シルバートは小説で、レディシカの研修中に汚職事件で魔塔から追放されかけた。王族であるギースの口利きで懲戒処分は免れたが、彼は保安局から異動となった。
そしてふたりは、世界樹の邪霊の暴走を抑えるための戦闘で、命を落とす……。
「メルシエ聖公爵家が世界樹を延命した方法、それは――大妖精セランとの契約術です」
「「…………」」
メイジーがそう告げると、ふたりは目を見開いた。




