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第2話 世界記録より、先に買取を

 俺が買取の話をした途端、協会の男は足元の狼を見下ろした。


 黒い防具の肩に、瀬川という名札がついている。年齢は俺と同じくらいだろう。驚いていた顔を仕事中のものに戻すと、腰につけた端末を取り出した。


「流出個体でも、討伐した方に素材の取得権があります。協会での買取も可能です。ただ、この個体は街中に出ていますので、回収前に記録を取らせてください」


「お願いします。俺も、こっちでの売り方は知らないんで」


 瀬川は膝をつき、狼の全身と傷口を撮影した。続いて端末を獣へ近づけ、表示された数字に目を止める。


 その間にも後続の車が到着し、降りてきた職員たちが通りへ規制テープを張っていた。親子を保護した店には、救護担当らしい女性が入っていく。


 誰もが自分の仕事を分かって動いている。


 ダンジョンがあるという現実にはまだ馴染めないが、魔物が出た後の対応まで用意されているのを見ると、20年という年月には納得するしかなかった。


「背部の棘と毛皮が良好です。魔石も損傷していなければ、まとまった額になります」


「魔石は無事です。顎から衝撃を入れて、頭の中で止めましたから」


 瀬川の指が端末の上で止まった。


 説明が足りなかったかと思ったが、彼は狼の顎を確かめて頷いた。


「査定担当に伝えます。討伐者のお名前を伺ってもよろしいですか」


「龍宮寺敦です。財布に免許証があります」


 取り出した運転免許証を見て、少しだけ緊張した。


 街にダンジョンがあるなら、俺の名前まで変わっていてもおかしくない。だが、記載されていたのは見慣れた氏名と生年月日、それに会社の寮の住所だった。


 瀬川へ渡すと、彼は記録を取り、すぐに返してくれた。


「龍宮寺さん、支部までご同行いただけますか。登録と査定をまとめて進めます。先ほどのお話についても、計測担当が確認できるよう準備しています」


「構いません。登録に必要な金があるなら、先に教えてください。手持ちはあまりなくて」


「費用は買取代金から精算できます。身分証もありますし、今日の手続きで困ることはないはずです」


 それを聞いて、ひとまず安心した。


 世界の事情が変わっていても、手続きの途中で金が足りなくなる心配だけは、したくなかった。


     ◇


 冒険者協会の支部は、駅から歩いて10分ほどの場所にあった。


 俺の記憶では、家具を売っていた建物だ。広い入口には剣や槍を持った人間が出入りし、壁際の洗浄設備で靴についた泥を落としている。


 瀬川の車から降りると、ちょうど担架を載せた小型車が裏手へ回っていった。


 華やかな広告で見た冒険者だけが、ここに集まるわけではないらしい。


 狼は別の回収車で搬入口へ運ばれ、俺は瀬川と一緒に2階へ上がった。通された部屋には、卓上に黒い石を据えた装置が置いてある。


 その脇に立っていたのは、紺色のスーツを着た女性だった。


「支部長の久世です。まずは、親子を助けてくださったことにお礼を申し上げます。お2人とも救護班の確認が済みました。追加の処置は必要ないそうです」


「それならよかった。頭を打っていたので、気になっていました」


「お母様から、お礼をお伝えする連絡先を伺いたいと頼まれています。お渡ししてもよろしいでしょうか」


 俺が頷くと、久世は礼を言って端末へ記録した。


 年齢は40歳前後に見える。声を荒らげることも、必要以上に笑うこともない人だったが、卓上の石へ向き直ると、ほんの少し姿勢が変わった。


「こちらで、レベルと職業を確認させてください。詳細な能力値やスキルを表示するには、別途ご本人の同意が必要です。今はそこまでお願いしません」


「石に触ればいいんですか」


「はい。手を置いて、計測を受け入れる意識を向けてください」


 魔道具の使い方まで異世界と似ていた。


 台座には日本語の注意書きがあり、コードは壁のコンセントへつながっている。その取り合わせに妙な気分になりながら、俺は石へ手を置いた。


 指先から、ごく弱い魔力が触れてきた。


 拒む必要はないと意識すると、石の内部に光が灯り、脇の画面へ文字が並んだ。


【氏名:龍宮寺敦】

【レベル:673】

【職業:聖者】


 瀬川が深く息を吸い、久世は画面から台座へ目を移した。


 彼女は装置の下部を操作し、表示された作動状態を確かめている。その手つきに慌ただしさはなかったが、同じ項目を指で追う時間が長かった。


「確認用の携帯端末でも、計らせてください」


 今度は瀬川が、手のひらほどの機器を差し出した。


 言われた通りに触れると、小さな画面にも673と表示された。携帯端末では職業まで出ないらしいが、数字は変わらない。


 久世は椅子を引き、俺にも着席を勧めた。


「龍宮寺さん。現在、公に確認されている世界最高レベルは268です。673という数値は、私たちがこれまで扱ってきた範囲を大幅に超えています」


「駅前で調べて、俺も驚きました。ただ、数字を間違えて伝えたわけではありません」


「その点は、今の計測で確認できました」


 久世は画面を消さずに、机の端へ寄せた。


「能力を身につけた経緯は、登録時にお話しいただける内容でしょうか」


 俺は少し考えてから、口を開いた。


 海外のダンジョンで鍛えたことにすれば、説明は楽かもしれない。だが、存在しない渡航記録を調べられれば、すぐに話が崩れる。


「信じてもらえるかは分かりませんが、俺は別の世界で魔物と戦っていました。今日、日本へ戻ってきたところです」


 瀬川は口を挟まなかった。


 久世も笑わず、俺が続けるのを待っていた。


「ただ、俺の知っている日本には、ダンジョンも冒険者協会もありませんでした。こちらの事情を、まだほとんど知りません。だから登録の相談に来ようと思ったんです」


「ご自身が暮らしていた日本と、違う部分があるということですね」


「はい。日付も駅名も同じですが、魔石を買う店なんてありませんでした」


 久世は短く記録を取り、端末を伏せた。


「経緯については、現時点で裏づけを取れません。ただ、あなたが高い能力を持ち、人を救助したことは確認できています。登録はその事実に基づいて進めます」


 思っていたより、ずっと落ち着いた返事だった。


 魔物が街を走る世界なら、俺の話だけを頭から否定することもできないのだろう。それでも、すぐに信じたと言われるより信用できた。


「助かります。説明できることは話しますが、俺にも分からないことが多いので」


「では、必要なものから確認していきましょう。日本のダンジョンに入る際の規則と、素材の持ち込みについてです」


     ◇


 説明は、俺が思っていたほど難しくなかった。


 ダンジョンへ入るには、登録した冒険者証を入口で提示する。入退場は記録され、内部で倒した魔物の素材は、原則として討伐した側のものになる。


 複数の人間で潜るなら、分配を先に決めておくこと。立入制限のある区域へは許可なく入らないこと。救難の連絡方法や、地上へ持ち出せないものについても説明を受けた。


 特に魔物の卵や、生きた寄生虫がついた素材の扱いは厳しかった。


 異世界でも、持ち帰った獲物から宿屋に虫を広げた男を知っている。その辺りは、説明されるまでもなく頷けた。


「それと、先ほどの討伐映像が、すでに複数投稿されています」


 久世が端末をこちらへ向けた。


 画面の中で、灰色のシャツを着た大男が狼の首をつかんでいた。自分では必死に衝撃を逃がしたつもりだったが、外から見ると、飛びついてきた犬を押さえたように見える。


 続いて、子供の額へ手をかざす場面が映った。


 俺は無意識に、自分の顔へ手を当てた。


 異世界へ行く前なら、身長195センチの男は、ただでさえ目立つ。今さら顔を隠しても、仕方がない気がした。


「削除してもらうことはできるんでしょうか」


「投稿者へ依頼することはできますが、すべての複製を消すのは難しいと思います。協会から、龍宮寺さんのお名前やレベルを公表することはありません」


「分かりました。こちらから名乗ったりはしません」


 映像の中で、母親が子供を強く抱きしめていた。


 助けに入ったことを後悔する気にはならなかった。ただ、これからは撮られることもあると、頭に入れておく必要がある。


 手続きの説明が終わる頃、査定結果が届いた。


「買取総額は18万6400円です。魔石に割れがなく、背部の棘も良質でした。手数料を含む登録費用3000円を差し引いて、18万3400円になります」


 俺は、差し出された明細へ目を落とした。


 数字を見間違えていないことを確かめ、もう1度、狼の査定だと分かる欄を見た。


 日雇いで働いていた頃なら、何日分になるだろう。


「街中に出てきた狼でも、これだけになるんですね」


「レベル46の個体ですから、単独で安全に狩れる方は限られます。今回は素材の状態もよかったので」


 瀬川の言葉を聞きながら、俺はアイテムボックスの中身を思い浮かべた。


 魔王城へ向かう途中で倒した魔物の素材が、まだ相当残っている。武具に使おうと取っておいた角や、売る暇のなかった魔石もあった。


「ほかにも査定を頼めますか。出所の説明が必要なら、先ほど話した世界で手に入れたものになりますが」


「まず品物を拝見します。こちらで価値や安全性を確認できない場合は、お預かりせず、専門部署へ照会します」


 それなら、少量から出すのがよさそうだった。


 俺は卓上の空いた場所へ手をかざし、掌に収まる大きさの赤い魔石を取り出した。


 瀬川が椅子を引きかけ、途中で動きを止める。


 久世は俺の手元を見つめてから、静かに言った。


「収納のスキルもお持ちなのですね」


「アイテムボックスです。倒した魔物や、食料を入れるのに使っていました」


「中に入れたものの時間は、進みますか」


「進みません。温かい料理なら、入れたときのまま取り出せます」


 久世は卓上の魔石を撮影すると、査定担当へ連絡を入れた。


「では、今日すべてをお出しになる必要はありません。こちらでも保管場所と確認できる担当者を用意します。品物は、今はお手元に戻してください」


 言われた通りに魔石をしまうと、瀬川が小さく息を吐いた。


「龍宮寺さんなら、回収の仕事だけでも引く手あまたでしょうね。深い場所で大型の獲物を倒しても、持ち帰るのに苦労しますから」


 それは、分かる。


 倒すより運ぶほうが面倒な獲物は、異世界にも山ほどいた。俺が自分の食い扶持を確保できたのも、この収納があったからだ。


 魔物を倒す以外にも、仕事はあるらしい。


 ようやく先の見通しが立ってきたところで、腹が大きく鳴った。


     ◇


 久世が時計を見て、休憩を提案してくれた。


 支部の1階には食堂があるという。食事をしている間に冒険者証を発行できるそうなので、俺は遠慮なく席を立った。


 券売機の前で、唐揚げ定食のボタンを見つけたときは、狼を売ったときより嬉しかった。


 受け取った盆には、白い飯と味噌汁、揚げたての唐揚げが載っていた。脇には千切りのキャベツと、小さな漬物の皿まである。


 席につき、手を合わせてから米を口へ運んだ。


 噛むと甘みが広がった。


 味噌汁は熱く、唐揚げの衣は歯を立てると軽く割れた。異世界で何度も思い出した味が、そのまま目の前にあった。


 急いで食うのが惜しくなり、俺は茶碗を置いて息をついた。


「お口に合いましたか」


 書類を持ってきた瀬川に聞かれ、俺は頷いた。


「これを食うために帰ってきたようなもんです」


 瀬川は笑わず、少しだけ表情を緩めた。


「でしたら、ここはお勧めです。潜る前も、帰った後も利用できます。ご飯のおかわりも、あちらで」


 その言葉で、この支部に対する俺の評価はさらに上がった。


 食事を終えて戻ると、机に冒険者証が置かれていた。名前と写真、それに登録番号が入ったカードだった。


 買取代金の振込先も確認できた。銀行のアプリで入金を見届けたとき、ようやく今日は寝床の心配をしなくていいと、腹の底から思えた。


 久世はカードを渡した後、俺の向かいへ腰を下ろした。


「龍宮寺さん。今後は、冒険者として活動されるおつもりですか」


「そのつもりです。まず住む場所を確保して、落ち着いて暮らせるだけ稼ぎたい。俺にできる仕事があるなら、教えてください」


 久世は頷き、薄い資料を机に置いた。


 近隣のダンジョンを紹介するものだった。入口までの交通手段、内部の地形、魔物の種類。そこへ、最近の攻略状況をまとめた紙が添えられている。


 俺はそのうちの1枚に目を止めた。


 写真には、関節を黒い鉱石で覆った石の巨人が写っていた。


 右肩が大きく張り出し、胸の中央には縦に細い溝がある。異世界で戦ったものと、よく似た姿だった。


「この巨人、近くにいるんですか」


「市営第3ダンジョンの32階層です。現在は、この個体の手前までを開放しています。魔法への耐性が高く、通常の武器では関節にも傷をつけにくいため、攻略が止まっています」


 資料の推定レベルは154。


 討伐と魔核の回収を条件にした依頼金額は、800万円だった。素材の買取は別と書いてある。


 俺は写真を手前へ寄せた。


「胸の溝は開きますか。攻撃する直前に、内側が赤く光ると思うんですが」


 久世が資料を見直し、瀬川も隣から覗き込んだ。


「確認されています。遭遇した経験がおありなのですか」


「同じ種類なら、何度か。硬いのは間違いありませんが、殴る場所はあります」


 魔王城へ続く山道で、橋を塞いでいた奴を思い出した。


 通してくれないので倒し、邪魔になった身体を川へ落とさないよう収納した。あれもまだ、アイテムボックスの奥に入っているはずだ。


 俺は自分の手と、資料の金額を交互に見た。


 壊してはいけない魔核の位置も、もう分かっている。


「この依頼、詳しく聞かせてください。入口まで案内してもらえるなら、俺にできると思います」


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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/WzkrKKAdV-k?si=31S2f5LM8IGjBQ_t

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