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心配だったら、何を言ってもいいんですか?  作者: あずきまんま


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8/13

第8話_庭へ続く道

 祝祭の前夜、最後の試験で噴水の灯りが一つ消えた。

 テシアは膝をつき、台の内側を覗いた。昼間は動いていた切り替えの留め具が、湿った風に当たると接点からずれていた。

 温室で試すだけでは気づけなかった。

 予備の部品はあるが、同じ形へ替えるだけではまた動くかもしれない。テシアは道具箱を開け、小さな固定板を探した。


「こっちの石、一回外せる?」


 頼むと、オルヴェが隣にしゃがんだ。二人で石を外し、台の中へ板を入れる。ネジを締める場所が狭く、テシアの指が何度も滑った。

 回廊では装飾係が帰り支度をしていた。明日のために休まなければ、とわかっているのに、終わらないことに焦る。


「少し止めよう」


 オルヴェが道具箱の蓋へ手を置いた。

 テシアは顔を上げ、まだできていないと言った。


「だから、手が戻るまで止めよう。俺も一回、立ちたい」


 彼は膝を伸ばし、腰へ手を当てた。

 自分だけに休めと言われたのではないとわかり、テシアも立った。回廊の柱へ背をつけると、指先に力が戻ってきた。


「明日、点かなかったらどうしよう」


 オルヴェは噴水を見た。


「そのときは直す。直らなかったら、残りで点ける」


 彼は大丈夫とだけは言わなかった。

 灯りが一つ消えたところで、何をするかは残っている。テシアは息を整え、工具を持ち直した。


 留め具を固定し、湿らせた布を近くに置いて何度か試した。灯石は予定どおり色を変えた。

 最後に道の三つを灯すと、石畳の曲がり角も段差も見えた。

 テシアはそこを一度歩き、振り返った。オルヴェが噴水の前に立っている。手持ち灯は消していたが、顔が見えた。


「明日は、ここで待ってる」


 彼が言った。

 テシアは道の入口から戻り、何時に、と尋ねた。開会の挨拶のあと。時刻を決めると、明日の庭が少し具体的になった。


 翌日、衣装を着るときにミルカが手伝ってくれた。

 背中の留め具を整え、髪へ細い銀色の紐を結ぶ。鏡の中のテシアは、自分のままだった。けれど、鏡から目を逸らしたくはならなかった。


「その色にしてよかったね」


 ミルカが肩越しに言った。

 テシアはありがとうと答え、先に会場へ行く彼女を見送った。待たせていないことを確かめてから、靴を履いた。


 広間の入口には、人が溢れていた。

 香水と温かい食べ物の匂いが混ざり、あちこちから名前を呼ぶ声がする。テシアは受付を通り、壁際まで歩いた。

 去年と同じ場所だった。立っているだけで、何かを間違えている気がした。

 逃げているように見えるだろうか。楽しむ努力が足りないのだろうか。

 そう考え始めたところで、壇上から開会の挨拶が聞こえた。話が終わるまで聞き、テシアは庭へ続く扉へ向かった。

 行く場所は決めている。


 中庭の噴水は、まだ金色に光っていた。

 回路を動かす時刻まで、ディナが栓の横で待っている。テシアが近づくと、彼女は手を上げた。


「試しておいた。ちゃんと動いてるわ」


 自分で確かめたくなったが、ディナの言葉を受け取った。ありがとう、と答え、噴水の向こうへ回った。

 オルヴェがこちらを見つけた。

 濃い青の上着で、襟元に小さな銀の留め具がある。昼間、制服で会ったばかりなのに、違う人のように見えた。


「……似合ってる」


 先に言ったのは彼だった。

 テシアは手袋をした指を揃え、ありがとうと返した。こちらからも伝えようとして、顔を見すぎた。


「オルヴェも。いつもより、少し」


 そこで言葉が止まり、彼が笑った。


「少しだけ?」


 からかわれているとわかったが、嫌ではなかった。テシアは彼の留め具を見てから、格好いい、と最後まで言った。

 オルヴェの笑みが薄くなり、唇が一度開いて閉じた。

 その顔を見て、テシアの胸もいっぱいになった。


 噴水の灯りが、淡い青へ変わった。

 周りの生徒が声を上げ、誰かが手を叩いた。テシアは反射的に回路へ目を向けたが、八つとも点いている。

 オルヴェが横へ並び、小さく言った。


「できたな」


 テシアは頷いた。

 台を選んだ日のこと、点かなかった実習室、喧嘩をした机、前夜の湿った風。全部が、目の前の光まで続いていた。


 広間へ戻ると、ちょうど次の曲が始まるところだった。

 オルヴェが手を差し出した。テシアは手袋越しに指を重ね、彼と列へ入った。

 一歩目でスカートを踏みそうになり、肩へ力が入る。


「俺を見て。足は、時々でいいから」


 そう言われても、彼を見るほうが難しかった。

 それでも顔を上げると、オルヴェは真面目な目でこちらを見ていた。ふざけていないとわかって、テシアは息を吐いた。

 回る方向を間違えかけ、彼が少し歩幅を小さくする。テシアも次の拍子を待ち、二人の足がまた揃った。


「今の、私?」


 聞くと、彼は首を傾けた。


「俺も遅かったかも。次は合う」


 次の拍子で、今度は合った。

 テシアは少し笑った。何のために笑ったのか考える必要がなかった。


 曲が終わると、拍手と一緒に人の輪がほどけた。

 オルヴェがもう一曲と聞きかけたが、テシアは先に、少し外へ出たい、と伝えた。

 彼は頷き、出口へ向かった。ついてきてほしいと頼んでいないのに、よいのだろうか。テシアが確かめると、俺も外へ行きたい、と答えた。


 回廊へ出ると、音楽は薄い壁の向こうになった。

 テシアは柱のそばで息を整えた。オルヴェは少し離れて立ち、水の杯を持ってきてくれた。

 飲み終えるまで、何も尋ねなかった。


「楽しかった。でも、疲れた」


 テシアが言うと、彼は壁へ肩を預けた。


「じゃあ、楽しかったところで出てきてよかった」


 あと少し頑張れと言われなかったことに、涙が出そうになった。

 けれどそれだけで泣くのは、彼を困らせるかもしれない。テシアは杯を持ち直し、濡れた縁へ指を当てた。


「私、皆みたいに長くいられない。楽しいのに、音が重なると、何を話してるかもわからなくなる」


 彼はゆっくり頷いた。

 テシアは庭の灯りを見た。今日、ここまで来られたことを喜びたいのに、できなかった分まで数えてしまう。


「オルヴェは、もっと広間にいたかった?」


 彼は少し考えた。


「あとで、剣術部のやつらとは話したい。でも、今はここにいたい」


 その返事なら、わかった。

 自分のために全部諦めているのでも、楽しい場所へ戻りたいのを隠しているのでもない。彼が戻るなら、そのときは別に帰ればいい。

 テシアは杯を回廊の台へ置いた。


「少し、歩く?」


 オルヴェが尋ねた。

 テシアは頷き、二人で花壇の間へ下りた。


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