第2話_消えない灯り
旧温室には、もう鉢も土もなかった。
高い窓の一枚に亀裂があり、庭師が置いていった脚立が壁に立てかけられている。祝祭までの六週間、灯り係はここを作業場に使うことになった。
初日の打ち合わせで、テシアは配られた中庭の図面を見つめていた。
中央の噴水、その両側の花壇、回廊へ続く石畳。運営委員は噴水の縁に色を変える灯石を並べ、音楽に合わせて点滅させたいという。
「ずっと点いている灯りも、道にあったほうがいいと思う」
テシアが言うと、委員長のディナは図面から顔を上げた。
「回廊の灯りがあるわよ」
回廊から離れる部分は暗い。それを説明しかけたところで、ディナは持参した去年の絵を広げた。噴水の上を光の鳥が飛んでいる。
話は装飾の形へ移り、テシアは開きかけた口を閉じた。
あとで聞こう。皆が楽しそうなときに、止めなくてもいい。
そうして何度もあとに回したことが、最後には何も言わなかったことになるのを、テシアは知っていた。
遅れてきたオルヴェが隣に座った。肩に剣術部の袋をかけ、額にはまだ汗が残っている。
ディナから説明を受けると、彼は紙の隅へ何か書いた。噴水の装飾、回路、石の準備。それぞれの担当が決まり、テシアは回路の設計を引き受けた。
「細かいことは二人で相談して。今週末には必要な石の数が欲しいの」
ディナたちが出ていくと、温室は急に広くなった。
テシアは筆箱を揃え、図面の上へ薄紙を重ねた。オルヴェは向かいへ腰を下ろし、さっきの紙を差し出す。
「道にあったほうがいい灯りって、どこ?」
紙の端には、常時点灯、と書いてあった。
テシアは彼の顔と文字を見比べたあと、石畳の曲がり角を指した。
「ここ。花壇の陰になるから、回廊からの光が届きにくいと思う。たぶん、実際に夜に見ないとわからないけど」
オルヴェは図面を自分のほうへ回し、定規で距離を測った。
「じゃあ、見るか。寮へ戻る前に」
簡単に決めるのが不思議だった。テシアは、ここで待ってもらっていいのか尋ねた。夕食に遅れるかもしれない。
彼は窓の外を見て、まだ明るいから先に食べよう、と答えた。
その順番ならできる。テシアは机の上を片づけた。
食堂では同じ卓に座らなかった。
彼は剣術部の仲間に呼ばれ、テシアはいつもの席へ行った。ミルカに係のことを聞かれて、噴水に灯りを置くと説明すると、少女は楽しみ、と笑った。
テシアも今度は、少し楽しみだと答えた。
皿を返しに立ったとき、オルヴェが入口で時計を指した。食後、一刻ほどしてから。テシアは頷き、その時間まで寮で宿題を進めた。
暗くなった中庭では、噴水の水だけが白く見えた。
花壇のあいだを歩いてみると、確かに曲がり角は暗かった。オルヴェは自分の手持ち灯を足元へ下げ、テシアが図面へ印をつけるあいだ、黙って待った。
「ここに一つ。それから、入口の段差にも」
テシアが膝を折ると、彼も隣にしゃがんだ。
昼間なら気に留めない小さな段差だった。靴の爪先で確かめる彼を見て、テシアは去年ここを通った夜のことを思い出した。
「去年、私、ここで躓いたの」
広間から抜け出して、寮へ戻る途中だった。皆に笑われたわけでもないし、怪我もしていない。だから話すほどのことではないと思っていた。
オルヴェは段差から靴を引いた。
「それなら、いるね」
灯りがいる。その返事を聞いて、テシアは図面へもう一つ丸を描いた。
翌日の昼、石の数をまとめてディナへ渡した。道に三つ追加した理由も、今回は最後まで説明した。
ディナは予算の欄を見て唸ったが、色を変えない小さな石なら足りるとわかると、購入表へ書き足した。
通らないと思っていた話が通った。
テシアは温室へ戻ってから、自分の図面をもう一度開いた。
週末、実家から手紙が届いた。
妹のユリアが近隣の家のお茶会へ招かれたこと。父が新しい馬を買ったこと。叔母がテシアを心配していること。
最後の二行を読んだところで、手紙を持つ指が硬くなった。
夏休みの前に一度帰ってきてください。ユリアばかり外へ連れていくのは、親として気になります。あなたも人付き合いを練習しなければ。
机に便箋を出し、テシアは母の名を書いた。
祝祭の係になったことを知らせようか。けれど父は、灯石なら職人に任せればいいと言うだろう。母は、係より舞踏会の相手を尋ねるかもしれない。
頭の中で返事まで考えてしまい、ペンが動かなかった。
窓の外から、寮へ帰る少女たちの声が聞こえた。笑い声が部屋の前を通り過ぎるまで待ってから、テシアは帰省の日だけを書いた。




