第1話_笑うところ
誰かが笑うと、テシアはその理由を探した。
面白いことがあったのか。誰かを慰めているのか。それとも、笑っておかなければならないところなのか。
答えを見つける頃には、たいてい話は先へ進んでいた。
「それで、先生の袖から蛙が出てきたのよ」
昼休みの食堂で、隣に座るミルカが両手を広げた。向かいの少女たちが笑い、テシアも口元を緩めかけたが、その前に疑問が出た。
「蛙は大丈夫だった?」
ミルカの手が宙で止まった。
向かいの一人がパンをちぎりながら、もちろん、と答える。その声に混じったものをテシアが確かめるより早く、別の少女がミルカへ続きを促した。
今のは、聞かなくていいことだったのだ。
テシアは皿へ視線を落とし、冷めた芋を切った。
王立リオネル学園に入って、二年目の春だった。
地方の領地を持つ貴族の子も、王都の商人の子も、試験を通れば同じ紺色の制服を着る。ただし、同じ服になったところで、話し方まで揃うわけではない。
父は出発の日、今度こそ友達を作りなさいと言った。
母は手紙に、あなたがもう少し柔らかくなれば、と書いた。
テシアも、そうしようと思っていた。思っていない日などなかった。
「テシア、今度の舞踏会は出るでしょう?」
食事が終わりかけたところでミルカに尋ねられ、テシアは水の杯を置いた。
学期末に開かれる祝祭のことだ。昨年は、人の多い広間で頭痛がして、途中で寮へ戻った。今年も行きたいとは思わないが、ミルカは誘うとき、いつも少し身を乗り出してくれる。
「まだ決めてない。何時まであるの?」
終わりの時刻を聞けば、過ごし方を考えられると思った。けれどミルカは肩を落とし、そんなに嫌なら無理にとは言わないけど、と言った。
嫌だと答えたつもりはなかった。
そう説明する前に鐘が鳴り、少女たちは皿を返す列へ向かった。テシアは杯に残った水を飲み切ってから席を立った。
午後の実習では、灯石を決められた間隔で点灯させる回路を組んだ。
魔力を通した石は、強く光らせるだけなら難しくない。けれど廊下や庭へ据える灯りは、何時間も使う。どの石へどの順に力を回すか、それを考えるのがテシアは好きだった。
好きなものを扱っているあいだだけ、何をすればいいかがはっきりしていた。
「そこ、細すぎない?」
実習台の向かいから声をかけたのは、同級生のオルヴェだった。
淡い褐色の髪を後ろへ撫でつけた彼は、入学した頃から人の輪の中にいた。教師にも寮の用務員にも同じ調子で話しかけ、誰かの機嫌を損ねたところをテシアは見たことがない。
彼の指が、銅線の継ぎ目を示していた。
「この灯石なら足りるはず。でも、これを四つに増やすなら替えたほうがいい」
テシアが説明すると、オルヴェは実習書を持ち上げた。
「今日は四つだって」
開かれた頁には、確かにそう書いてあった。
最初の二つの配線に気を取られ、下の指示を読み落としていた。テシアは喉の奥が熱くなるのを感じながら、線を外した。
「ありがとう。見落としてた」
彼は短く返事をし、自分の台へ戻った。
責められなかったことにほっとしたあとで、ほっとしすぎた自分が嫌になった。間違いを教えてもらっただけなのに、何を身構えていたのだろう。
実習を終えた生徒たちが帰り支度を始める頃、祝祭の運営委員が教室へ来た。今年は中庭にも灯りを置くので、回路を作る手伝いが欲しいという。
誰かがオルヴェの名を挙げた。彼は返事をする前に周囲を見回し、それから笑った。
「じゃあ、やるよ」
そのすぐあと、教師がテシアを呼んだ。
「君もどうだ。昨年の作品、時間ごとの切り替えがよくできていた」
皆の視線が集まる。テシアは膝の上で指を握り、断る言葉と、引き受ける言葉を一緒に考えた。
大勢と相談する仕事は苦手だった。ただ、作った回路が実際の庭で使われるところは、見てみたい。
「灯りを作る係なら、やりたいです」
教師は頷き、運営委員の少女が名簿へ書き込んだ。答えが通ったことを確かめてから、テシアは息を吐いた。
寮へ戻る途中、掲示板の前でオルヴェが追いついてきた。
彼は横へ並ぶと、手にした予定表を二つに折った。
「明日の放課後、旧温室だって。俺、途中からになるかもしれない」
遅れる理由は剣術部の片づけだった。テシアが開始時刻をもう一度確かめると、彼は予定表を渡してくれた。
「蛙、庭へ戻したらしいよ」
唐突な言葉に、テシアは足を止めた。
オルヴェは二歩先で振り返った。夕方の光が襟の端にかかっている。
「食堂で聞こえたから。さっき、あの実験やったやつに会った」
自分の声は、そんなに大きかっただろうか。テシアが答えずにいると、彼は少し眉を寄せた。
「知りたくなかった?」
その問いには、すぐに返事ができた。
「知りたかった。無事ならよかった」
オルヴェは頷き、女子寮へ続く道の手前で手を上げた。
テシアは予定表を持ったまま、彼が男子寮の角を曲がるまで見送った。蛙が無事だった。ただそれだけの知らせを、何度も頭の中で繰り返した。
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