第12話_帰る日、出ていく日
夏休みの始まり、テシアは工房でもらった資料を持って帰省した。
馬車の窓から家が見えると、胃のあたりが硬くなった。恋人ができても、見学に行っても、玄関へ近づく怖さは残っていた。
母が迎えに出てきた。
今度は髪へ手を伸ばさず、荷物はそれだけ、と尋ねた。テシアは頷き、挨拶をした。
夕食のあと、父が居間へ来るよう言った。
テシアは資料と手帳を持ち、両親の前に座った。ユリアは同席しなかった。頼めば来てくれたかもしれないが、自分の仕事の話を、まず自分でしてみたかった。
「工房へ行ったそうだな」
父の声に、テシアは頷いた。
働くと決まったわけではないこと、見学で聞いた仕事の内容、卒業までに必要な実習について話した。途中で父が、そんなに苦労する必要があるのかと言った。
「苦労しない仕事だと思ってるわけじゃない。でも、やってみたい」
テシアは膝の上で手帳を押さえた。
父は背もたれへ体を預け、外で働けば人付き合いから逃げられないぞ、と言った。
そのとおりだ。職人にも言われた。
「だから、学園で練習してる。灯りの係で、上手く話せないこともあった。でも、話し直して、最後まで作った」
父は黙っていた。
テシアは祝祭の回路図を出した。父が仕組みを聞きたいわけではないのは、覚えている。今回は細かい説明ではなく、何人で、どんな役目をしたかを話した。
途中で意見がぶつかったことも、言い方を謝ったことも伝えた。
「そんなに嫌な思いをしてまで、どうして」
母が言った。
テシアは顔を向けた。
「嫌なことだけじゃなかったから。出来上がった灯りを、皆で見られた。嬉しかったよ」
母は手帳の上の図を見た。
父は紙を持ち上げ、しばらく眺めてから、今すぐ認めるとは言えない、と答えた。
テシアは頷いた。胸が沈んだが、手帳をしまわなかった。
「卒業まで、勉強は続けたい。見学や実習にも行きたい。その都度、日程は知らせる」
父は口元を押さえ、好きにしろと言いかけた。
母が、夏の実習は何日、と先に尋ねた。テシアは案内を広げ、四日間と答えた。学園の寮が開く期間内で、引率もある。
母は日程を書き留め、父はそれ以上反対しなかった。
就職の話は、まだ決まらない。けれど夏の四日間は、次の予定に入った。
翌日の午後、母と二人で布をしまった。
ユリアの夏のドレスに使う残りだった。テシアが畳んだものを箱へ入れると、母は手を止めた。
「帰ってくるのが怖いって、あのとき言ったでしょう」
テシアは顔を上げた。
母は布の角を揃え、すぐにはこちらを見なかった。
「私は、そんなつもりじゃなかったのよ」
また同じ話になるかもしれない。
テシアは箱から手を離し、母が続きを言うまで待った。
「でも、あなたが帰ってくる日、何を聞こうか考えていたら、友達はできたのか、舞踏会へ行ったのか、そればかりだった」
母はそこで言葉を切った。
謝る言葉はなかったが、テシアは自分の膝を見て、少し息を吐いた。
「私も、何を話していいかわからなくなる。話しても、違うことを聞かれると思うと」
母は頷きかけて、では私が全部悪いの、と言った。
テシアの喉がまた詰まった。穏やかに話せると思っただけに、すぐには返事ができなかった。
母も言ったあと、唇を結んだ。
「……今のは、聞き方が悪かったわね」
そう言って、箱の蓋を閉じた。
テシアは膝の布を揃え、全部という話ではない、と答えた。
「お菓子を作ってくれたのは嬉しかった。でも、食卓で私の返事を笑われたのは嫌だった。両方ある」
母はしばらく黙り、そう、と言った。
納得してくれたかはわからない。それでもその日は、もっと明るくしなさい、で終わらなかった。
夕方、ユリアと庭を歩いた。
妹は恋人の名前を尋ね、テシアはオルヴェと答えた。どんな人なのか聞かれると、皆と話すのが上手い、と最初に言った。
それから、勝手に引き受けることがあるとも話した。
「それ、困るでしょう」
ユリアが言い、テシアは笑った。
「困った。でも、話したら聞いてくれた。私のほうが、うまく伝えられないこともある」
妹は花壇の縁へ手を添え、恋人ってそういう話もするのね、と言った。
テシアは少し考え、しないと困ることが増えるから、と答えた。ユリアは笑い、会ってみたいと続けた。
その希望には、いつか、と答えた。まだ日を決める必要はなかった。
帰省中、予定されていた二つのお茶会のうち、一つには出た。
人数と時刻を聞き、途中で帰ってもよいと母に確かめてから行った。会話の輪に入れない時間もあり、帰りの馬車では疲れて目を閉じた。
母が今日は静かだったわねと言い、テシアの肩が強張った。
けれど母は、それ以上続けず、夕食は部屋で食べるかと聞いた。
テシアはそうしたいと答えた。
もう一つのお茶会は、出なかった。父は不満そうだったが、約束した実習の準備があると伝え、荷物をまとめた。
出発の朝、母はまた焼き菓子を渡してくれた。
今度は好きな木の実のものだった。
「友達と食べなさい」
母が言い、テシアは包みを受け取った。
友達なのか恋人なのか、その場で説明はしなかった。まずはありがとうと答えたかった。
父は玄関で、体を壊すなよ、とだけ言った。
テシアは頷き、馬車へ乗った。




