第9話 一週間だけの荷物じゃないだろ
「一週間だけだからな」
朝。
俺は三人へ、もう一度念を押した。
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
ルビィ。
「一週間」
シロ。
「承知しております」
フェニア。
「本当に?」
「「「本当に」」」
怪しい。
ものすごく怪しい。
だがまあ、昨日よりは話が通じている気がする。
俺は玄関で靴を履いた。
「じゃあ俺、役所行ってくる」
「私も!」
ルビィが立ち上がる。
「来なくていい」
「なんで!?」
「昨日、役人が逃げただろ」
「私のせい?」
「三人のせい」
シロが首を傾げる。
「普通にしてた」
「お前らの普通が普通じゃないんだよ」
フェニアが少し考える。
「では人間らしく振る舞えば?」
「できる?」
「もちろんです」
「昨日、掃除に浄化魔法使った奴が?」
「…………」
「できる?」
「努力します」
「よし」
今日は俺一人で行こう。
身分証を作る。
仕事も探す。
生活を始めるには、まずそこからだ。
「昼には戻る」
「分かった!」
「待ってる」
「お気をつけて」
「家壊すなよ」
「「「壊さない」」」
よし。
今度こそ大丈夫だ。
俺は家を出た。
◇
二時間後。
「ただいまー」
役所での手続きは思ったより簡単だった。
炎竜皇の保証という、よく分からない最強の身分証明があったからだ。
というか。
「炎竜皇陛下が保証されるのであれば、出生地が冥界でも問題ございません」
とまで言われた。
そこまで信用されているのか、ルビィ。
「次は仕事だな」
そんなことを考えながら家へ戻ってきた俺は。
「…………」
立ち止まった。
家が見えない。
「……あれ?」
道は合っている。
隣の家も昨日と同じ。
向かいの店も同じ。
なのに。
俺の家だけが見えない。
代わりに。
巨大な木箱。
木箱。
木箱。
木箱。
さらに荷車。
大量の荷物。
全部、俺の家の前に積み上がっていた。
「…………」
荷物の山の向こうから声がする。
「こっち!」
「いや、こっちの方がいい」
「それは寝室へお願いします」
「…………」
嫌な予感。
「おーい」
「あっ!」
荷物の隙間からルビィが顔を出した。
「レオン、おかえり!」
「ただいま」
「身分証できた?」
「できた」
「よかった!」
「うん」
俺は荷物の山を指差した。
「で」
「?」
「これ何?」
ルビィが振り返る。
「荷物」
「見れば分かる」
「私たちの」
「もっと分からなくなった」
昨日。
一週間だけ。
そう言った。
それなのに。
「何で荷車十二台も来てるの?」
「十二台だけだよ?」
「だけ!?」
ルビィが本気で不思議そうな顔をしている。
「私なんてかなり減らしたんだから!」
「これで!?」
「お城にある物の一部しか持ってきてないよ?」
「一週間の意味知ってる?」
「七日!」
「そこは知ってるんだな!」
シロが箱を一つ抱えて出てくる。
「レオン」
「シロ」
「邪魔?」
「物による」
「私の枕」
「何個?」
「八個」
「一週間で八個使うの!?」
「気分で変える」
「王様か!」
「守護神」
「もっと上だった!」
フェニアも奥から現れた。
「レオン、お帰りなさい」
「ただいま」
「こちら、どこへ置きましょう?」
彼女の後ろ。
巨大な衣装箱。
一つ。
二つ。
三つ。
「全部服?」
「はい」
「一週間分?」
「はい」
「何着?」
「百二十ほど」
「一日十七回着替える気!?」
「状況に応じて」
「どんな状況だよ!」
フェニアが真顔で答える。
「朝食用」
「一着」
「外出用」
「分かる」
「昼食用」
「朝のままでいい」
「午後のお茶用」
「いらない」
「夕食用」
「外出してないなら同じでいい」
「就寝前用」
「寝巻き一枚!」
「就寝用」
「同じだよ!」
百年経つと服ってそんなに必要になるの?
いや、たぶんこいつだけだ。
「とりあえず」
俺は額を押さえた。
「全部入らないだろ」
三人が家を見る。
荷物を見る。
また家を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「今気づいた?」
「少し」
シロが言う。
「遅い!」
ルビィが手を叩いた。
「じゃあ家を大きくすればいい!」
「却下」
「まだ何も言ってない!」
「どうせ魔法で増築だろ」
「……うん」
「駄目」
「じゃあ隣の土地を買う!」
「駄目」
「向かいも!」
「駄目!」
「この区画全部!」
「もっと駄目!!」
怖い。
こいつに金と権力を持たせると怖い。
フェニアが控えめに言う。
「地下室を作るというのは?」
「普通に穴掘るだけなら考える」
「聖域級の亜空間倉庫を地下へ」
「却下!」
「かなり便利ですよ?」
「この家だけ異次元になるだろ!」
「見た目は普通です」
「中身も普通がいいの!」
三人とも黙った。
どうしてこいつらには「普通」が通じないんだ。
その時。
「す、すみませーん」
荷物の向こうから知らない声がした。
「はい?」
若い男が顔を出す。
作業着。
汗だく。
「炎竜城から追加のお荷物です!」
「追加!?」
「家具三十七点!」
「持って帰って!!」
ルビィが慌てる。
「待って!」
「待たない!」
「私のベッド!」
「ここに寝室一つしかない!」
「だから増築を!」
「しない!」
さらに別方向。
「神狼領より追加便です!」
「まだあるの!?」
シロが少し目を逸らした。
「何頼んだ?」
「絨毯」
「何枚?」
「二十」
「床より多いだろ!」
「予備」
「そんなに汚すな!」
そして。
「天鳳聖域より追加――」
「もう帰れ!」
「まだ何も言っておりません!」
「言わなくても分かる!」
配達員たちは困った顔で立ち尽くしている。
近所の人まで集まり始めていた。
「あの家、何してるんだ?」
「引っ越し?」
「でも昨日来たばっかりじゃ……」
「貴族じゃない?」
「荷物の紋章、王家のものじゃないか?」
まずい。
このままだと正体がバレる。
「ルビィ!」
「はい!」
「必要な物だけ選べ!」
「分かった!」
「シロ!」
「なに」
「枕一個!」
「……二個」
「一個!」
「……一個」
「フェニア!」
「はい」
「服七着!」
「七十?」
「七!」
「…………」
「不満そうな顔するな!」
三人が荷物の山を見る。
そして。
人生最大の決断でもするみたいな顔で選別を始めた。
「これは必要」
「それ昨日使ってなかっただろ」
「今日使う」
「却下」
「これは?」
「何?」
「私専用ティーカップ」
「一個ならいい」
「十二客セット」
「一個!」
「ではこれは?」
「巨大な黄金像は絶対いらない」
「私ではありません。レオンの像です」
「何で俺の像があるの!?」
布をめくる。
俺そっくりの金色の像が出てきた。
しかも。
実物の三倍くらいある。
「誰が作った!?」
フェニアが目を逸らした。
「…………」
「お前か!」
「正確には聖域の職人が」
「お前が発注したんだろ!」
「百年前に」
「百年前からあったの!?」
頭が痛い。
「持って帰れ!」
「ですが」
「帰れ!」
「……はい」
その後、一時間。
俺は三大神獣の荷物を仕分けし続けた。
必要。
不要。
不要。
絶対不要。
何で持ってきた。
燃やしたい。
「ようやく……」
夕方。
家の前から荷物がほとんど消えた。
残ったのは。
各自、服。
寝具。
少しの私物。
「これなら入るな」
「……少ない」
ルビィが寂しそう。
「一週間なら多いくらい」
シロは自分の枕を抱えている。
「……大事」
「それは持ってていいよ」
尻尾が少し揺れた。
フェニアは小さな衣装箱一つだけ。
「厳選いたしました」
「何着入ってる?」
「四十」
「箱どうなってるの?」
「空間拡張です」
「普通の箱じゃなかった!」
もういい。
疲れた。
俺は玄関を開ける。
「入ろう」
「うん!」
三人も続く。
その時。
「すみません!」
また配達員。
「今度は何!?」
「こちら、レオン様宛です!」
「俺?」
珍しい。
「誰から?」
「差出人の記載がございません」
「?」
渡されたのは。
小さな木箱だった。
さっきまでの巨大な荷物とは違う。
片手で持てる程度。
「軽いな」
「開ける?」
「今見る」
俺は蓋を開けた。
中に入っていたのは。
魚。
普通の魚。
人間一人で持てるどころか。
皿に乗るくらいの、小さな魚。
「…………」
その横に。
水で濡れた紙。
汚い字で。
『これなら普通?』
「…………」
俺は空を見た。
遠く。
山の下の湖。
「リヴィ……」
言ったこと。
ちゃんと覚えてたのか。
少しだけ感動した。
すると紙の裏にも文字がある。
『ほめて』
「台無しだよ!」
ルビィが笑う。
「リヴィらしい」
シロも小さく頷く。
「頑張った」
フェニアも微笑んだ。
「以前なら、説明を聞いても城ほどの魚を三匹ほど送ってきたでしょうから」
「基準低すぎない?」
でも。
「……まあ」
俺は魚を見る。
「よくできました、っと」
紙の裏へ書いて。
配達員へ渡す。
「これ湖まで届けてもらえる?」
「承知しました」
その夜。
湖の水面から。
『やったー!』
という大声が山全体へ響き。
俺は近所の人たちへ謝って回ることになった。
そして。
俺が家へ戻る頃には。
ルビィ。
シロ。
フェニア。
三人の私物が。
昨日より明らかに増えていた。
「…………」
「レオン」
「何?」
「一週間だから」
ルビィが笑う。
「そうだな」
「うん」
「じゃあ何で玄関にお前の靴が十二足あるんだ?」
「…………」
「ルビィ?」
「気分で」
「お前もかあああああ!!」
一週間。
まだ二日目。
なのに俺の家はすでに。
少しずつ。
確実に。
俺だけの家ではなくなり始めていた。




