第8話 お前ら、本当に住むつもりなの?
「お前らああああああ!!」
百年後の世界で迎えた、新しい家での最初の朝。
俺は叫びながら目を覚ました。
右腕。
「んぅ……」
ルビィ。
左腕。
「……おはよう」
シロ。
足元。
「あと五分だけ……」
フェニア。
「居間で寝ろって言ったよな!?」
三人とも動かない。
「聞いてる!?」
「聞いてるよぉ……」
ルビィが俺の腕に頬を擦りつける。
「じゃあ離れろ!」
「百年分」
「またそれか!」
シロは俺の左腕を抱いたまま目を閉じた。
「今日だけって約束だっただろ」
「昨日が今日になった」
「屁理屈!」
「今日は今日だけ」
「明日も言う気だろ!」
「……たぶん」
「正直だな!」
フェニアに至っては、俺の足に抱きついている。
「フェニア」
「はい……」
「起きろ」
「起きています」
「目閉じてるじゃん」
「精神は覚醒しております」
「身体も覚醒させろ」
「あと五分……」
「お前、百年前こんな寝坊助じゃなかっただろ!」
三柱合わせて。
世界最強。
朝には弱い。
俺は何とか三人を引き剥がし、寝室から追い出した。
「まったく……」
寝癖だらけの頭を掻きながら台所へ向かう。
「朝飯どうするかな」
「私が作る!」
ルビィが元気よく手を挙げた。
「却下」
「まだ何もしてない!」
「昨日、雑巾乾かそうとして床焦がした」
「今日は料理だから!」
「もっと怖い!」
シロも手を挙げる。
「私が」
「料理できるの?」
「肉なら焼ける」
「どうやって?」
「雷」
「却下!」
「……便利なのに」
「台所で雷使うな!」
最後。
フェニア。
「私なら問題ありません」
「お」
「浄化の炎で――」
「却下!」
「まだ最後まで聞いてください!」
「炎が出た時点で駄目!」
何でこいつら、普通に火を使えないんだ。
「俺が作る」
「レオンが!?」
ルビィの顔が輝く。
「食べたい」
シロの尻尾が揺れる。
フェニアまで椅子へ座った。
「懐かしいですね」
「お前ら完全に食べる側になったな?」
三人とも綺麗に目を逸らした。
「……まあいいか」
台所を確認する。
昨日、帰りに食材は買ってある。
卵。
パン。
少しの肉。
野菜。
百年前と大して変わらない。
「よし」
卵を焼く。
肉も少し。
野菜を切って。
パンを温める。
大した料理じゃない。
昔、育成所で何度も作った朝飯だ。
「できたぞ」
皿を並べる。
「…………」
三人とも黙っている。
「何?」
「同じ」
シロが呟いた。
「何が?」
「昔と」
「ああ」
ルビィが卵を見つめている。
「これ……レオンがよく作ってくれたやつ」
「材料が少ない時にな」
「覚えてた」
「そりゃ作った本人だからな」
フェニアが小さく笑う。
「百年ぶりです」
そう言われると。
俺には昨日のことみたいでも、こいつらには本当に百年ぶりなのだ。
「冷めるぞ」
「うん!」
三人が食べ始める。
ルビィ。
「おいしい!」
シロ。
「……これ」
「ん?」
「好き」
「そうだったな」
フェニアも一口食べて。
「変わっていませんね」
「腕が上がってないってこと?」
「そういう意味ではありません!」
思わず笑う。
こんな小さい家で。
世界中から神様扱いされているらしい三人と。
普通に朝飯を食べている。
昨日までなら想像もしなかった光景だ。
「おかわり!」
「早い!」
ルビィが皿を差し出してきた。
「お前昔から食うの早いな!」
「いっぱい食べるから!」
「私も」
シロまで皿を出す。
「お前も!?」
「百年分」
「その言葉禁止にしようかな!」
フェニアが上品に食べ終わる。
「では、私も少々」
「結局食うんかい!」
結局。
四人分のつもりだった朝飯は。
三人にほとんど食われた。
◇
「さて」
食事が終わった。
俺は腕を組む。
「今日の予定だ」
三人がこちらを見る。
「まず俺の身分証を作る」
「うん」
「それから仕事探し」
「え?」
三人の声が揃った。
「何?」
「仕事するの?」
ルビィがものすごく不思議そうだ。
「するよ」
「何で?」
「生活するため」
「私がお金出すよ?」
「昨日も言っただろ。自分で働く」
シロも首を傾げた。
「私のところなら働かなくていい」
「それ、ただの居候じゃん」
「レオンならいい」
「俺が嫌なの」
フェニアまで言う。
「聖域の管理をお願いするという形なら、正式なお仕事にできますよ?」
「それ絶対、仕事する必要ないやつだろ」
「……よくお分かりで」
「駄目」
三人が揃って不満そうな顔をする。
「俺、飼育員だったんだぞ」
「うん」
「何か仕事探す」
「じゃあ」
ルビィの表情がぱっと明るくなる。
「私を飼う?」
「嫌だよ!」
「何で!?」
「百歳超えた神獣を誰が飼育するんだ!」
「レオン!」
「俺以外で!」
シロが静かに手を挙げる。
「私も飼える」
「張り合うな!」
フェニアまで。
「でしたら三柱まとめて――」
「仕事量増えてるじゃん!」
駄目だ。
話が進まない。
その時。
こんこん。
玄関が叩かれた。
「ん?」
「誰だろ」
俺が扉を開ける。
そこには眼鏡をかけた若い男が立っていた。
「おはようございます。城下町南区役所の者ですが」
「役所?」
「はい。昨日こちらへ転居された方の住民登録について確認に参りました」
「ああ!」
ちょうどいい。
「俺、百年前の人間だから身分証なくてさ」
「百年前……?」
「詳しくは後で」
「は、はあ……」
役人が困惑している。
もう慣れた。
「とりあえず俺一人」
「承知しました」
役人が書類を取り出す。
「では、こちらに――」
「四人」
後ろから声。
「ん?」
振り返る。
ルビィが立っている。
「何が?」
「住む人」
「俺一人だよ」
「私も」
「住まないよ」
「住む」
次。
シロが顔を出す。
「私も」
「お前も帰れ!」
フェニアまで。
「私もこちらへ住所を移そうかと」
「何で!?」
役人が書類を持ったまま固まっている。
「あの……」
「すみません、こいつら一時的に泊まってるだけなんで」
「一時的ではない」
シロ。
「昨日は今日だけって言ったよな?」
「予定変更」
「勝手に変更するな!」
ルビィが胸を張る。
「私も決めた!」
「何を!」
「ここに住む!」
「城あるだろ!」
「別荘にする!」
「城を別荘扱いするな!」
フェニアが微笑む。
「私の聖域も、必要な時だけ戻れば問題ありません」
「お前ら仕事は!?」
「部下がいる!」
「代理がいる」
「神託で対応できます」
「世界最強って自由すぎない!?」
役人の顔がだんだん青くなってきた。
「あ、あの……」
「ごめん。気にしないで」
「いえ、その……」
彼の視線がルビィへ。
次にシロ。
そしてフェニア。
「昨日より街で噂になっておりまして……」
「何が?」
「炎竜皇陛下が城下町へ降りられた、と」
ルビィが目を逸らす。
「……」
「さらに白銀神狼様と天鳳様も目撃されたとの報告が」
シロとフェニアも目を逸らす。
「…………」
「まさかとは思いますが」
役人が震える指で三人を指す。
「こちらの御三方は……」
「違うぞ」
俺は即答した。
三人が俺を見る。
「え?」
「普通の同居人」
「レオン!?」
「ここで正体バレたら近所が大騒ぎになるだろ!」
「……確かに」
役人は明らかに納得していない。
特にルビィの赤髪。
シロの銀髪。
フェニアの金髪。
どう見ても目立つ。
「では……普通の同居人として登録を?」
「しない!」
「する!」
「する」
「お願いします」
「お前ら!」
四人で揉める。
役人が恐る恐る聞いた。
「寝室は……?」
「一つ」
シロが答える。
「シロ!」
「事実」
「昨日勝手に入っただけだろ!」
ルビィが続ける。
「四人で寝られる!」
「寝ない!」
フェニア。
「少々狭いので増築を――」
「するな!」
役人がそっと書類を閉じた。
「……後日、改めて参ります」
「待って! 俺の登録!」
「心の整理が必要です」
「役所の人が仕事放棄した!?」
役人は逃げるように帰っていった。
玄関を閉める。
振り返る。
三人。
「…………」
「…………」
「…………」
「お前ら」
「はい」
「今日中に帰れ」
三人の顔が一斉に曇った。
「…………」
「そんな顔しても駄目」
ルビィの目が潤む。
「百年……」
「それ禁止!」
シロの耳が下がる。
「またいなくなるかも」
「ならない!」
フェニアが寂しそうに微笑む。
「ご迷惑……ですよね」
「その言い方ずるい!」
三人が俺を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
負けた。
「一週間」
三人の顔が上がる。
「一週間だけ!」
「!」
「それまでに自分のところへ戻る準備を――」
「分かった!」
ルビィ。
「一週間」
シロ。
「承知しました」
フェニア。
「本当に分かった?」
「「「うん」」」
怪しい。
ものすごく怪しい。
そして。
俺がこの時知らなかったことが一つ。
その日の午後。
炎竜領。
神狼領。
天鳳聖域。
三つの場所から、それぞれ大量の荷物が発送された。
届け先。
――俺の家。
荷札には。
**《長期滞在用》**
と書かれていた。
「一週間って言っただろおおおお!!」
俺がそれを知るのは。
もう少し後のことだった。




