第7話 だから普通の家って言ってるだろ
「レオン!」
「これ買って!」
「私も」
「レオン、こちらのお菓子をご覧ください!」
「お前ら観光に来たんじゃない!」
城下町へ降りてから、まだ十分。
俺はもう疲れていた。
目的は家探し。
ただそれだけだ。
なのにルビィは串焼き屋の前から動かない。
シロは焼き菓子の袋を抱えている。
フェニアに至っては、通りのアクセサリー店を真剣な顔で覗き込んでいた。
「フェニア」
「はい?」
「何見てるの?」
「髪飾りです」
「家探しは?」
「忘れておりません」
「完全に忘れてた顔だったぞ」
「そんなことはありません」
目を逸らすな。
「レオン!」
ルビィが串焼きを二本持って戻ってくる。
「はい!」
「何?」
「一緒に食べよう!」
「さっき朝飯食っただろ」
「これは別腹!」
「肉に別腹あるの?」
「ある!」
初めて聞いた。
するとシロが俺の袖を引いた。
「レオン」
「今度は何?」
「口」
「え?」
「開けて」
「何で?」
「いいから」
「あー」
口を開ける。
ぽい。
焼き菓子を入れられた。
「んぐ」
「おいしい?」
噛む。
甘い。
「……うまい」
シロの尻尾が小さく揺れた。
「でしょ」
「お前、自分で食べたかったんじゃないの?」
「レオンに食べさせたかった」
「何で?」
「百年分」
「便利だな、その言葉!」
何をしても百年分で押し通す気だ。
「二人とも!」
フェニアが振り返る。
「家を探すのでしょう?」
「お前が言うな!」
さっきまで髪飾り見てた奴が。
「とにかく不動産屋を探すぞ」
「不動産屋?」
ルビィが首を傾げる。
「家を紹介してくれる店」
「家なら私が建てるよ?」
「いらない」
「一日でできるよ?」
「もっといらない」
「何で!?」
嫌な予感しかしないからだ。
「普通の家がいいって言っただろ」
「普通……」
三人が揃って難しい顔をする。
どうやら世界最強になった結果、こいつらから普通という概念が消えたらしい。
しばらく歩くと、
《住居・土地紹介 銀月商会》
と書かれた看板が見えた。
「あれだな」
店へ入る。
「いらっしゃいませ!」
若い男が駆けてくる。
「家を探してるんだけど」
「ありがとうございます! ご希望を伺っても?」
「小さい家」
「はい」
「寝室一つ」
「はい」
「台所」
「はい」
「風呂」
「はい」
「あと庭が少しあれば」
「なるほど!」
男が笑顔で頷いた。
いい。
話が通じる。
俺はちょっと感動した。
「ご予算は?」
「…………」
忘れていた。
「金ない」
「えっ」
男の笑顔が止まった。
「正確には百年前の金しか持ってない」
「えっ?」
「だから仕事探して――」
「私が払う!」
ルビィが手を挙げた。
「いや」
「何で!?」
「自分で払う」
「じゃあ貸す!」
「それもいい」
「何で!?」
ルビィが本気で分からない顔をしている。
「自分の家くらい自分の金で借りたいんだよ」
「……レオンらしい」
フェニアが少し笑った。
「そう?」
「はい」
シロも頷く。
「昔から」
「変なところ頑固」
「変なところ言うな」
不動産屋の男だけが完全に置いていかれている。
「あ、あの……百年前とは……?」
「気にしないで」
「は、はい……」
「安い物件ある?」
「でしたら」
男が資料を取り出す。
「城下町南区に小さな一軒家がございます。築四十年ほどで、少々古いですが――」
「それ!」
「まだ説明途中ですが」
「見たい!」
良さそうじゃないか。
古い。
小さい。
安い。
完璧。
「場所は?」
「徒歩で二十分ほどです」
「行こう」
「承知しました!」
男が立ち上がる。
その横で三人が顔を寄せ合っていた。
「築四十年……」
ルビィ。
「古い」
シロ。
「安全性に問題があるのでは?」
フェニア。
「聞こえてるぞ」
三人が黙った。
「余計なことすんなよ」
「しない」
「しません」
「分かった!」
最後の一人だけ信用できない。
◇
二十分後。
「おお!」
俺は家の前で声を上げた。
いい。
ものすごくいい。
二階建てですらない。
木造の小さな平屋。
庭には少し草が生えている。
裏には小さな物置。
窓も四つだけ。
「こういうのでいいんだよ!」
俺は嬉しくなった。
百年ぶりに目覚めてから見たものは、何もかも大きすぎた。
巨大な遺跡。
巨大な城。
巨大な神獣。
城より巨大な魚。
ようやく普通だ。
「こちらです」
不動産屋が鍵を開ける。
「どうぞ」
「失礼します」
中へ入る。
小さな居間。
台所。
寝室。
風呂。
少し埃っぽいが掃除すれば十分。
「いいな」
「えっ」
ルビィが声を上げた。
「何?」
「これで?」
「十分だろ」
「私の部屋より小さい」
「お前の部屋と比べるな」
シロが壁を触る。
「薄い」
「普通だろ」
「私がくしゃみしたら壊れる」
「くしゃみする時は外行け」
「……分かった」
「分かるの!?」
不動産屋が驚いている。
フェニアは風呂を覗いていた。
「……狭いですね」
「一人用だからな」
「四人では入れません」
「何で四人で入る前提なんだよ」
「え?」
「え? じゃない!」
危ない。
こいつら絶対何か勘違いしている。
「俺が住む家だからな」
三人が俺を見る。
「……うん」
「そうですね」
「分かってる」
「本当に?」
「「「うん」」」
怪しい。
ものすごく怪しい。
だが家は気に入った。
「家賃はいくら?」
男が金額を言う。
もちろん今の俺には価値が分からない。
「それって高い?」
「城下町ではかなり安い部類ですね」
「仕事すれば払える?」
「一般的な職に就かれるのでしたら、問題ないかと」
「じゃあここにする」
「本当ですか!?」
「ああ」
よし。
百年後の世界で、最初の拠点確保だ。
「ただ」
俺は自分の服を見る。
「契約するにも身分証とかないぞ」
「それでしたら――」
不動産屋が困った顔をした。
やっぱり。
百年前の人間なんだから当然だ。
「まず役所か」
「レオン」
ルビィが俺の肩を叩く。
「ん?」
「身分証ならすぐ作れるよ」
「本当?」
「うん!」
「助かる」
さすが百年後。
便利になったんだな。
「どうやって?」
「私が保証人になる!」
「…………」
「どうしたの?」
「お前が?」
「うん!」
不動産屋の男が固まった。
「保証人ってできるの?」
「できるよ!」
「炎竜皇陛下が?」
「うん!」
男の顔から血の気が引いた。
「え?」
俺が首を傾げる。
「何?」
男がルビィを見る。
シロを見る。
フェニアを見る。
そして。
がたがた震え始めた。
「あの……」
「はい?」
「先ほどから……もしやとは思っておりましたが……」
ルビィがにこっと笑う。
「秘密ね」
「ひっ!」
「脅すな!」
「脅してない!」
「顔が怖い!」
「笑っただけ!」
男がその場に跪きそうになったので、慌てて止めた。
「普通にして! 俺普通に家借りたいだけだから!」
「し、しかし……!」
「大家には俺が払う!」
「はい!」
「家賃も普通!」
「はい!」
「特別扱いなし!」
「はい!!」
「よし!」
何故か軍隊みたいな返事になった。
とりあえず契約自体は進めてもらえることになった。
正式な手続きは明日。
今日は家の鍵だけ預かり、掃除をしてもいいらしい。
不動産屋が帰っていく。
俺は改めて家を見る。
「よし」
腕をまくる。
「掃除するか」
「私も!」
ルビィ。
「手伝う」
シロ。
「もちろんです」
フェニア。
「お前ら掃除できるの?」
「できる!」
「できる」
「得意ですよ」
「よし」
三十分後。
「ルビィ!!」
「ごめんなさい!」
「雑巾乾かすのに火を使うな!」
「早いと思って!」
「床焦げてる!」
「直す!」
「魔法禁止!」
次。
「シロ!」
「なに」
「埃飛ばすのに風起こすな!」
「効率的」
「家中に広がったわ!」
「……ごめん」
次。
「フェニア!」
「はい!」
「何してる!」
「浄化魔法です!」
「家全部光ってるぞ!」
「綺麗になります!」
「近所が集まってきてる!」
窓の外。
近所の人たちが、
「何だあの家」
「光ってない?」
「神聖な気配が……」
と集まっている。
「普通に掃除しろおおお!」
世界最強の神獣たち。
掃除能力。
ゼロ。
結局。
俺一人でやった方が早かった。
◇
夕方。
「終わったー……」
俺は居間の床へ寝転がった。
小さい。
古い。
でも。
「いい家だな」
天井を見上げる。
ようやく落ち着いた。
百年前の世界はもうない。
俺の職場も。
俺の部屋も。
知っている街も。
全部なくなっている。
それでも。
「ここから始めればいいか」
新しい家。
新しい仕事。
新しい生活。
「……うん」
ちょっと楽しみになってきた。
「レオン」
「ん?」
ルビィが俺の顔を覗き込んでいる。
「何?」
「今日ここで寝る?」
「そのつもり」
「分かった!」
何故か嬉しそうだ。
シロも頷く。
「私も」
「何が?」
「寝る」
「どこで?」
「ここ」
「は?」
フェニアまで微笑んだ。
「では私も」
「ちょっと待て」
三人を見る。
「お前ら自分の家あるだろ」
「ある」
「あります」
「あるよ!」
「じゃあ帰れ」
三人の表情が消えた。
「…………」
「…………」
「…………」
「何だよ」
ルビィが俺の袖を掴む。
「百年ぶりなのに?」
「明日また来ればいいだろ」
シロも反対側を掴む。
「また消えたら?」
「消えないって」
フェニアが静かに言う。
「レオン」
「ん?」
「私たちは百年間、あなたが戻ってくるかもしれないと思っていました」
「……」
「せめて今日だけは」
三人が俺を見る。
その顔を見て。
「…………今日だけな」
「!」
ルビィの顔が輝く。
「うん!」
シロの尻尾が揺れる。
「約束」
フェニアが嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「ただし」
俺は指を立てる。
「寝室は俺」
三人を見る。
「お前ら居間」
「えっ」
「何で!?」
「当然だろ!」
俺は立ち上がる。
「あと風呂は順番!」
「…………」
フェニアだけ黙った。
「フェニア?」
「…………」
「逃げるなよ」
「……はい」
こうして。
百年後に手に入れた俺の新しい家で。
最初の夜が始まった。
――そして翌朝。
「…………重い」
目を覚ました俺の右腕には、ルビィ。
左腕にはシロ。
足元にはフェニア。
「お前らああああああ!!」
「んぅ……」
「……おはよう」
「あと五分だけ……」
「居間で寝ろって言っただろ!!」
なお。
三人とも、
**「今日だけ」**
という約束を守る気は。
最初からまったくなかったらしい。




