第50話 雷帝獅子の「不寝の塔」を閉じる日に、百年間休めなかった理由を聞いた
リヴィと海へ行った翌々日、ライカ宛てに雷帝国から一通の手紙が届いた。
珍しいことに、彼女は封筒を受け取ってもすぐには開かなかった。
「読まないの?」
「今日は休暇だ」
居間の窓際で茶を飲んでいたライカは、封蝋の施された手紙を机へ置くと、そこから意識的に視線を外した。
「以前、私自身が『緊急時以外、休暇中に仕事を持ち込まないでほしい』と伝えた。ならば私の側も守らねば示しがつかん」
「偉いじゃん」
「子供を褒めるように言うな」
「百年前なら普通に褒めてたからな」
「今の私は雷帝だ」
「休みの日まで雷帝やってたら、また休めなくなるだろ」
「……それもそうだ」
以前なら絶対に封を切っていた。
場合によっては、そのまま返事を書き始めていたと思う。
少なくとも、十年間部下に休めと言われ続けても休まなかった奴が、目の前に仕事らしきものを置いたまま茶を飲んでいられるようになっただけでも大きな進歩だ。
ところが昼過ぎ。
俺が庭から戻ると、ライカはまだ同じ机の前に座っていた。
手紙も同じ場所。
ただし。
「さっきから封筒見すぎじゃない?」
「見ていない」
「正面に置いてあるじゃん」
「視界へ入っているだけだ」
「反対向きに座れば?」
「そこまでする必要はない」
雷帝の威厳たっぷりに言っているが、耳が封筒の方を向いている。
「緊急ならどうするんだ?」
「緊急連絡には赤い封蝋を使う。これは通常連絡だ」
「なら明日まで放っとけば?」
「そのつもりだ」
そう答えながら、また手紙を見る。
面倒くさいな。
「貸して」
「何をする?」
「宛名の下に何か書いてあるぞ」
手紙を持ち上げると、確かに小さな文字があった。
《陛下の休暇中に到着した場合、開封は休暇終了後にお願いいたします》
「部下にまで対策されてるじゃん」
「…………」
《なお、気になってお休みになれない場合に限り、レオン・ハルト殿の判断で開封を許可いたします》
「俺の名前まである」
「…………」
「完全に行動読まれてるぞ」
ライカが両手で顔を覆った。
「部下たちが最近、妙に強くなった」
「前からじゃない? 三千人で勝手についてきた奴らだろ」
「それを言われると反論できん」
結局。
俺の判断で開封することになった。
中に入っていたのは、仕事の指示でも緊急報告でもない。
雷帝国北部の山岳地帯にある古い施設についての知らせだった。
「《不寝の塔》?」
読み上げると、ライカの表情が変わった。
「まだそう呼ばれていたのか」
「知ってる?」
「当然だ。私が建設を命じた監視塔だ」
手紙によれば、その塔は約八十年前に造られたものらしい。
山岳地帯を結ぶ重要な街道にあり、長年にわたって気象観測、魔獣警戒、救難連絡の拠点として使われてきた。
だが近年、もっと安全で設備の整った新しい拠点が完成したため、監視塔としての役割を終えることになったという。
「壊すの?」
「いえ」
ライカが手紙の続きを読む。
そして眉をひそめた。
《今後は山岳警備隊および街道利用者の休息施設へ改修する予定です》
「いいじゃん」
「待て」
《つきましては、不寝の塔という旧称を廃止し、新たな名称を定めたく存じます》
そこまでは普通だった。
最後に。
《また、塔に掲げられている「雷帝不寝の誓い」の碑文について、陛下ご本人の意向を確認したく存じます》
「不寝の誓い?」
俺が聞くと、ライカがものすごく嫌そうな顔をした。
「……知らん」
「お前の塔なのに?」
「そのような誓いを立てた覚えはない」
嫌な予感がする。
◇
翌日。
休暇が終わったライカに付き合い、俺たちは雷帝国北部へ向かった。
転移門を抜けた先は、秋だというのにかなり冷えている。
険しい山々。
深い谷。
その間を縫うように石造りの街道が続いていた。
道の途中に建つ大きな塔が、《不寝の塔》らしい。
「立派だな」
「八十年前に一度建て直している。最初はもっと小さかった」
「その頃からここで警備してたの?」
「ああ。この街道は北部五都市を結ぶ要所だ。冬場は雪崩も多く、昔は魔獣被害も珍しくなかった」
塔へ近づくと、警備隊の一団が待っていた。
三千人ではない。
十二人だった。
「少ないな」
「十二名は普通だ!」
「ライカ基準だと少ないだろ」
「三千の話は忘れろ」
一団の先頭にいた壮年の騎士が、俺たちへ敬礼した。
「陛下、レオン殿。遠路ありがとうございます」
「今日は三千人いないんですね」
「陛下より厳命されておりますので」
「その件を掘り返すな!」
ライカが怒った。
でも、部下たちは以前ほど怯えていない。
むしろ少し楽しそうに見える。
この国でも、ライカと部下の関係は変わり始めているのかもしれない。
「それで碑文というのは?」
ライカが聞く。
騎士の表情が少し硬くなった。
「こちらです」
塔の入口横。
かなり大きな石碑があった。
年季が入っている。
刻まれている文字を読む。
《雷帝は眠らず》
《民が眠る間、我らが雷帝は立ち続ける》
《己が休息より民の安寧を選びし七日の守護を、臣下永遠に忘るべからず》
「…………」
俺はライカを見る。
ライカも石碑を見ている。
「七日寝なかったの?」
「……昔の話だ」
「そこ否定しないんだ」
騎士が説明してくれた。
約八十年前。
この地方を記録的な暴風雪が襲った。
雪崩で街道が寸断され、複数の集落が孤立。さらに山から魔獣の群れが下りてきたことで、救援部隊すらまともに動けなくなった。
当時まだ今ほど国家体制が整っていなかった雷帝国で、ライカはこの塔を臨時指揮所とし、救難活動の総指揮を執った。
「最後の集落との連絡が回復するまで、陛下は七日間ほとんど休息を取られなかったと伝えられております」
「ほとんど?」
俺が聞く。
騎士が少し言いづらそうに答えた。
「正確には、七日目に当時の副官が気絶させる寸前まで説得し、ようやく二時間ほどお休みになったと」
「ライカ」
「見るな」
「八十年前から同じじゃん」
「緊急事態だった!」
「七日寝ない理由にはならないだろ」
「当時は人員も設備も足りなかったのだ!」
「副官いたんだろ?」
「いた」
「休めって言われた?」
「……言われた」
「聞かなかった?」
「…………」
答えがない。
つまりそういうことらしい。
ところが。
話には続きがあった。
「この出来事以降、不寝の塔は我が国の軍人にとって特別な場所となりました」
騎士が少し申し訳なさそうに話す。
「陛下が眠らず民を守った場所として、若い騎士たちの研修にも使われるようになりまして」
「まさか」
俺にも先が読めた。
「はい。長時間勤務を耐え抜くことを忠誠心の証とする風潮が、一部で生まれました」
ライカの顔が固まった。
「待て。私はそのような命令をしていない」
「存じております」
「休息を取るなとも言っていない!」
「はい」
「では何故だ!」
騎士は石碑を見た。
ライカも見る。
俺も見る。
《己が休息より民の安寧を選びし七日の守護を、臣下永遠に忘るべからず》
「あれ読んだら真似する奴いるだろ」
「…………」
「しかもお前、普段から全然休まなかったんだろ?」
「…………」
「説得力が補強されてる」
「レオン」
「はい」
「今、かなり反省している。これ以上は刺さないでくれ」
「珍しく素直だな」
「八十年分刺さっている」
それは痛そうだ。
◇
塔の内部を見せてもらった。
一階は詰所。
二階は通信室。
三階には観測設備。
最上階が指揮室になっている。
古い設備はすでにほとんど撤去され、代わりに寝台や暖炉、簡単な調理設備を置く工事が始まっていた。
「本当に休憩所になるんだな」
「はい」
案内役の騎士が頷く。
「冬季の巡回隊が交代まで仮眠できる場所が不足しておりましたので、以前から要望が出ておりました」
「不寝の塔で寝るの?」
「それが問題でございまして」
「名前変えたい理由、それか」
「はい」
ちょっと面白い。
ライカは笑っていなかった。
最上階へ着く。
窓から山岳地帯全体を見渡せた。
遠くに街。
谷を渡る橋。
山腹には新しい監視所も見える。
「八十年前もここにいた?」
「ああ」
ライカは窓際へ立った。
「当時は雪でほとんど何も見えなかったがな」
「七日間?」
「ここにいた時間が多かった」
「何でそこまで休まなかったんだ?」
「先ほど説明しただろう。人手が――」
「それは国としての理由だろ」
ライカが俺を見る。
「俺が聞いてるのは、お前の理由」
黙った。
部下たちが気を利かせて階下へ下りていく。
扉が閉じた。
俺とライカだけになる。
窓の外では冷たい風が雪の残る山肌を流れていた。
「……怖かったのだ」
しばらくして、ライカが言った。
「雪崩が?」
「それもある」
「魔獣?」
「それもだ」
「じゃあ何?」
ライカは窓の外を見たまま、ゆっくり息を吐いた。
「また、守れないことが」
声に、雷帝の威厳はほとんど残っていなかった。
「百年前、私はレオンを守れなかった」
「お前のせいじゃないだろ」
「今なら分かる」
「当時は?」
「分からなかった」
育成所が襲われた。
俺は六体を逃がし、緊急保存結界へ入った。
その後どうなったのか、俺自身はまだすべてを知らない。
でも。
残された仔たちには、それぞれ違う形で傷が残った。
「自分がもっと強ければ、何かできたのではないか。もっと周囲を見ていれば、レオンがいなくなる前に気づけたのではないか。何度も考えた」
「仔だっただろ」
「あの頃の私には関係なかった」
ライカは小さく笑った。
「子供ほど、自分にできなかったことを正確には測れないものだな」
「そうかもな」
「だから大きくなってからは、何でも見落とさないようにした。自分が知っていれば防げることがある。私が起きていれば間に合うことがある。私がそこにいれば守れるものがある」
「それで寝なくなった?」
「最初は、そこまで極端ではなかった」
国ができた。
頼られる人が増えた。
守る範囲も広がった。
何か起こるたびに、ライカ自身が動けば解決できた。
雷帝なのだから当然だ。
普通の人間では何日もかかる場所へ短時間で行ける。
大抵の魔獣より強い。
自然災害でも、大きな力を使えば救える命がある。
「成功してしまったのだ」
「成功?」
「私が無理をすれば、救えることが多かった」
ああ。
それは厄介だ。
「だから次も無理した」
「ああ」
「また助かった」
「ああ」
「もっと無理した」
「……ああ」
ライカが苦笑した。
「気づけば、休むことの方が怖くなっていた」
七日間眠らなかった理由。
自分が休んだ二時間の間に、何か起きるかもしれない。
誰かが助けを求めるかもしれない。
もしその時に間に合わなかったら。
また、百年前と同じように。
「でも実際、お前が全部やる必要なかったんだろ?」
「当時の副官にも言われた」
「何て?」
「『陛下が倒れれば八日目から誰が指揮するのですか』と」
「正論じゃん」
「腹が立った」
「何でだよ」
「正論だったからだ」
「面倒くさいな、お前」
「今ならそう思う」
少し笑った。
八十年前には笑えなかった話なのだろう。
「ライカ」
「なんだ」
「お前、七日間寝なかったこと、誇りに思ってる?」
しばらく考えた。
「助けられた者がいたことは誇りに思う」
「うん」
「だが、七日眠らなかったこと自体は……今は、違うと思う」
「なら下の石碑も直した方がいいな」
「ああ」
「部下が真似してるぞ」
「今すぐ直す」
返事が早かった。
◇
階下へ戻ると、ライカはすぐに騎士たちを集めた。
雷帝が何を話すのかと、皆の背筋が伸びる。
ライカは例の石碑の前へ立った。
「この碑文を撤去する」
ざわめきは起きなかった。
ただ、何人かの騎士が驚いた顔をした。
「この塔で八十年前、多くの者を救えたことは事実だ。しかし、私一人で救ったのではない」
当時の救難隊。
雪の中を進んだ兵士。
孤立した村で互いを支えた住民。
食料を運んだ者。
負傷者を治療した者。
通信を維持した者。
そして何度もライカへ休めと言い続けた副官。
「私は七日間、ほとんど眠らなかった」
騎士たちは聞いている。
「だが、それは美徳ではない」
少し離れて立つ俺の方まで、はっきり聞こえた。
「当時の私は、自分が止まることを恐れていた。私がすべてを見ていなければ、何かを失うと思い込んでいた」
雷帝が、自分の失敗を話している。
百年間。
たぶん、ほとんどやらなかったことだ。
「ゆえに命じる」
声が強くなる。
「私が休まなかったことを、忠義の手本にするな」
騎士たちの表情が変わる。
「疲れれば休め。交代できるなら交代しろ。自分にしかできない仕事があるなら、自分が倒れた後に誰が引き継ぐかまで考えろ」
一度、言葉を切る。
「守るとは、一人で立ち続けることではない」
その言葉を一番聞くべきなのは、たぶんライカ自身だった。
「私も、これから覚える」
何人かが目を見開く。
完璧な雷帝からではなく。
休むのが下手なライカから出た言葉だった。
先頭の騎士が敬礼する。
「承知いたしました、陛下」
その声は少し嬉しそうだった。
◇
不寝の塔という名前も、その日で終わることになった。
新しい名前について案を出すよう求められ、ライカはかなり真面目に考えていた。
「《雷帝国北部山岳警戒及び救難中継休息施設》」
「長い」
「正式名称だ」
「毎回言う人のこと考えろよ」
「では《北部第一休息塔》」
「それでいいじゃん」
決まった。
八十年間、《不寝の塔》と呼ばれた場所は。
まさかの《北部第一休息塔》になるらしい。
しかも。
「陛下」
騎士が言う。
「設備確認のため、一度実際に寝台を使用していただけないでしょうか」
「何故私が?」
「陛下ご自身が休息施設への改修を承認された以上、使用感をご確認いただくことにも意味があるかと」
もっともらしい。
でも。
周囲の騎士たちが全員期待に満ちた目をしている。
「お前ら、ライカを寝かせたいだけだろ」
「否定はいたしません」
「正直だな」
「レオン!」
ライカが俺を見る。
「私は今、眠くない」
「昨日何時間寝た?」
「六時間」
「前より増えてるな」
「当然だ」
「じゃあ昼寝くらいできるだろ」
「できるかどうかと、必要かどうかは――」
「設備確認」
「……お前まで部下側へ回るのか」
「いいから試してこい」
結局。
元指揮室に新しく置かれた寝台へ、雷帝本人が横になることになった。
「五分だ」
そう宣言して。
「設備を確認するだけだからな」
さらに念を押して。
「私は眠るわけではない」
十分後。
普通に寝ていた。
「早いな」
俺が小声で言うと、騎士たちが笑いを必死に堪えている。
眠っているライカの顔は、百年前ほどではないにしても少し幼く見えた。
普段の険しい表情が消えているからだろう。
俺は寝台の横の椅子へ座る。
特にすることもない。
しばらく窓の外を眺めていた。
塔の仕事は止まっていない。
騎士が行き来する。
通信が届く。
遠くでは巡回隊が街道を進んでいる。
ライカが眠っていても。
全部、普通に動いている。
それから一時間ほど経った頃。
「……っ」
ライカが急に目を開けた。
身体を起こす。
「何かあったか!?」
第一声がそれだった。
「何も」
「北部街道は?」
「問題なし」
「新監視所から連絡は?」
「異常なし」
「救難要請は?」
「なし」
「本当に?」
「本当」
そこへ先ほどの騎士も入ってきた。
「陛下がお休みの一時間、すべて通常通りでございました」
「……そうか」
ライカは寝台の上で座ったまま、少し呆けたように答えた。
「一時間だぞ」
「はい」
「私が何もしなくても?」
「はい」
「問題なく?」
「はい」
当たり前のことだ。
でも。
ライカにとっては、たぶん当たり前ではなかった。
「部下優秀じゃん」
俺が言う。
「知っている」
「だったら任せろよ」
「……そうだな」
ライカは小さく笑った。
「八十年前の副官にも、同じようなことを言われた」
「今ごろ聞く気になった?」
「八十年遅れだな」
「百年遅れの卒業やった奴なんだから、今さら八十年くらい誤差だろ」
「それは慰めているのか?」
「一応」
ライカが笑う。
部下の騎士まで笑った。
◇
帰る前。
撤去される石碑をもう一度見た。
「捨てるの?」
「いや」
ライカは首を振った。
「歴史資料として残す」
「碑文間違ってるのに?」
「だからこそだ」
石碑の隣へ、新しい説明板を置くという。
七日間の救難活動そのものは残す。
そのうえで。
雷帝一人の英雄譚ではなかったこと。
無休を忠義の模範として広めたのは後世の解釈だったこと。
そして現在のライカ自身が、その考えを否定したことまで記録する。
「間違えた歴史も残すんだな」
「消せば、また同じ意味に戻るかもしれん」
「なるほど」
「私自身が忘れないためでもある」
「何を?」
「休むことを」
ライカがそう言った直後。
騎士が横から一枚の紙を差し出した。
「では陛下、来月の休暇予定ですが」
「待て」
「既に副官会議で候補日を三日確保しております」
「早くないか?」
「陛下が今、休むことを忘れないと仰いましたので」
「聞いていたのか!?」
「目の前におりました」
ライカが俺を見る。
「レオン」
「何?」
「こいつら最近、本当に容赦がない」
「いい部下じゃん」
「否定できないのが腹立たしい」
でも、紙は受け取った。
以前なら「政務を確認してから」と返していただろう。
今日は三つの日付をしばらく眺め。
一つに印をつけた。
「この日なら休める」
「承知いたしました!」
騎士の返事が、妙に元気だった。
◇
家へ戻った頃には夕方になっていた。
玄関を開けると、ルビィたちが揃っている。
「おかえり!」
「おかえり」
「お帰りなさいませ」
『おかえりー』
ミコまで本を閉じてこちらを見た。
「いかがでしたか?」
「ライカが昼寝した」
俺が答える。
「レオン!」
「何で隠すんだよ」
「仕事先で昼寝したように聞こえるだろう!」
「仕事先で昼寝したじゃん」
「休息施設の確認だ!」
ルビィが楽しそうに笑う。
「何時間?」
「一時間」
「結構寝てる!」
「うるさい!」
シロがライカを見る。
「昼寝、いい」
「お前と一緒にするな」
「今度、丘」
「行かない」
「日向」
「……考えておく」
「行くんじゃん」
フェニアが口元を押さえて笑っている。
リヴィは水路から顔を出した。
『休むの上手になるー?』
「努力する」
『私が教えるー』
「お前は休みすぎだ!」
『得意だよー』
「得意すぎるのだ!」
いつもの騒ぎに戻る。
俺は靴を脱ぎながら、ライカを見る。
雷帝国を百年近く守ってきた神獣。
自分が止まれば、何かを失うと思っていた。
だから働いた。
休まず。
眠らず。
全部自分で見ようとした。
それで助かった命も、きっとたくさんある。
だから過去の全部を間違いだったとは言えない。
ただ。
今日。
ライカが一時間眠っている間にも、国はちゃんと動いていた。
誰もいなくならなかった。
何も壊れなかった。
そして目を覚ました時には、仕事を引き継いでくれた人たちがいた。
「レオン」
「ん?」
ライカが小さな声で言う。
「次の休暇なのだが」
「うん」
「ここにいてもいいか?」
「もう住んでるだろ」
「そういう意味ではなく、丸一日何もしない予定だ」
「いいんじゃない?」
「……そうか」
少しだけ嬉しそうにする。
「ただし」
「何だ?」
「仕事持ち込み禁止な」
「分かっている」
「書類も」
「分かっている」
「緊急じゃない通信も」
「分かっている!」
「じゃあ何する?」
ライカは答えようとして。
止まった。
「…………」
「考えてなかった?」
「休暇とは、何をすればいいのだ?」
百年近く生きた雷帝から。
とんでもなく初歩的な質問が出てきた。
「何もしなくていいんだよ」
「それが一番難しい」
「じゃあそこから練習だな」
「……頼む」
「任せろ」
世界最強の雷帝獅子。
国を守ることなら、俺より何百倍も上手い。
でも休むことだけは、まだ昔の仔より下手らしい。
不寝の塔は今日、なくなった。
代わりにできたのは、誰かが疲れた時に眠るための場所。
そしてたぶんライカにも。
百年間ずっと必要だった場所だった。




