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世界最強の神獣たちを育てた飼育員、百年後に目覚めたら全員俺の家に住み着いた ~竜王も神狼も俺の前では昔のままです~  作者: てへろっぱ


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第48話 白銀神狼が百年間同じ場所で昼寝していた理由を聞いたら、帰ってくる道が見えるからだった

 フェニアが百年前の羽根を一枚だけ持ち帰った翌日。


 朝食を終えた俺が食器を片付けていると、服の裾を軽く引かれた。


 振り返る。


 シロだった。


「どうした?」


「今日、休み?」


「休みだよ」


「暇?」


「暇っていうか、特に予定はないけど」


「じゃあ、来て」


「どこに?」


「昼寝」


 説明が短い。


 さすがシロだ。


「家ですれば?」


「外」


「庭?」


「違う」


 それだけ言って、シロは俺を見上げる。


 銀色の耳がいつもより少し前を向いていた。


 どうやら、ただ昼寝したいわけではないらしい。


「分かった。どこか行きたいんだな?」


「うん」


「遠い?」


「少し」


「何持ってけばいい?」


「毛布」


「昼寝する気は本当なんだな」


「大事」


 真顔で言われた。


 俺は笑いながら、いつも家で使っている大きめの毛布を用意した。


 すると、それを見つけたルビィが寄ってくる。


「どこ行くの?」


「シロと昼寝」


「私も!」


「駄目」


 シロが即答した。


「何で!?」


「静かじゃなくなる」


「私、静かにできるよ!」


 シロがじっとルビィを見る。


 何も言わない。


「……たぶん」


「駄目」


「シロが厳しい!」


 ルビィが俺へ助けを求めるように振り返ったが、今日誘ってきたのはシロだ。


「今日は二人で行ってくるよ」


「えー」


「果物買って帰るから」


「じゃあいい!」


「切り替え早いな」


 その横で、フェニアが少し笑っている。


 ミコは何か察したのか、特に同行を申し出なかった。


 ライカも書類から一度顔を上げただけ。


 リヴィに至っては、水路の中から、


『陸の昼寝、頑張ってー』


 と意味の分からない応援をしてきた。


「頑張るものなの?」


『私は無理ー』


「お前は水の中で寝てろ」


『そうするー』


 こうして、俺とシロだけで家を出ることになった。


     ◇


 町を抜ける。


 シロは人の姿ではなく、途中から白銀神狼としての姿になった。


 俺の横を巨大な銀白の狼が歩いている。


 百年前なら仔犬より少し大きい程度だったのに、今では俺が見上げるほどだ。


「歩きでいいの?」


「うん」


「どのくらいかかる?」


「ゆっくりで、一時間くらい」


「結構あるな」


「嫌?」


「別に。天気いいし」


 秋に入りかけた空は高く、日差しも強すぎない。


 昼寝にはちょうどいい。


 町から離れるにつれて人の姿が減り、代わりに畑や草地が増えていく。


 道は緩やかな丘陵へ続いていた。


 途中、農作業をしていた人たちがシロに気づく。


 以前ならその場で跪いたかもしれない。


 今も驚きはする。


 でも。


「白銀神狼様、お散歩ですか?」


 年配の男性が少し離れた場所から声をかけた。


 シロが頷く。


「昼寝」


「今日はいい陽気ですからな」


「うん」


「どうぞごゆっくり」


 それだけだった。


 俺たちが通り過ぎる。


「最近、普通に話しかけられるようになったな」


「うん」


「嫌じゃない?」


「今の方がいい」


「そっか」


 以前、隣国の大神官がシロの顎を撫でてもいいか尋ねたところから、人々の接し方は少しずつ変わり始めた。


 神として何をしてほしいかではなく。


 本人は何が好きなのか。


 何を嫌がるのか。


 何を望んでいるのか。


 まだぎこちない。


 それでも、変わっている。


「ところで、どこまで行くんだ?」


「あそこ」


 シロが鼻先を向けた。


 道の先。


 低い丘が一つある。


 頂上近くに、大きな木が立っていた。


 葉を広げた一本の木。


 周囲には建物らしいものが見えない。


「あの木?」


「うん」


 俺たちは坂を登った。


     ◇


 丘の上へ着いて最初に思ったことは。


「……昼寝には最高だな」


 だった。


 木の下には柔らかな草が広がっている。


 日差しは葉の隙間から適度に落ちてくる。


 風も強くない。


 少し先からは町へ続く街道が見え、その向こうにはさらに遠くの山々まで見渡せる。


「ここ、シロが前に言ってた昼寝場所?」


 第38話。


 神殿から「自分は何を望んでいるのか」と聞かれたシロは、誰にも邪魔されず、日向で昼寝できる場所と時間が欲しいと答えた。


 俺はてっきり、そのために新しく用意された場所だと思った。


 しかしシロは首を振った。


「昔から」


「昔?」


「ずっとここ」


「百年前から?」


「そこまではない」


 シロは木の根元へ向かう。


「レオンがいなくなってから」


 俺の足が止まった。


「……そうなんだ」


「うん」


 シロはそれ以上説明しない。


 俺もすぐには聞かなかった。


 持ってきた毛布を広げる。


 かなり大きなものだが、神狼の姿になったシロには小さい。


「人の姿になる?」


「今日はこれ」


「じゃあ頭の下くらいだな」


「それでいい」


 シロが伏せる。


 巨大な頭を毛布へ乗せた。


 俺もその隣へ座る。


「気持ちいいな」


「うん」


 風が草を揺らす。


 遠くから鳥の声が聞こえる。


 時々、街道を馬車が通っていく。


 確かに静かだ。


 でも、人里から完全に離れているわけではない。


「誰にも邪魔されないって言ってたけど、人は来ないの?」


「来る」


「じゃあ邪魔されるんじゃ?」


「今は、しない」


「今は?」


 シロが少し顔を上げた。


「前は祈られた」


「ああ……」


 やっぱりそうなるのか。


「シロがここで寝てるって知られてたんだ?」


「うん」


「それで神聖な場所にされた?」


「うん」


「またか」


 六人とも似たようなことになっている。


 ルビィが果物を受け取れば供物になる。


 フェニアの羽根が落ちれば聖遺物になる。


 シロが昼寝すれば、昼寝場所まで神聖になる。


「何て呼ばれてたの?」


 シロが嫌そうに目を細めた。


「白銀神狼休息聖地」


「長いな」


「嫌い」


「だろうな」


「寝てると、周りで祈る」


「眠れないじゃん」


「うん」


「場所変えなかったの?」


 そう尋ねた。


 シロが黙った。


 長い沈黙ではない。


 でも。


 答えを考えているというより、言うかどうか迷っているように見えた。


「ここが良かった」


「何で?」


「見えるから」


「何が?」


 シロは顔を上げた。


 銀色の瞳が、丘の下へ伸びる街道を見る。


「道」


「道?」


「うん」


 俺も同じ方向を見る。


 町から南へ続く街道。


 人や馬車が行き来している。


 どこにでもある道だ。


「この道がどうした?」


「百年前」


 シロがゆっくり続ける。


「レオン、こっちから来ると思った」


 意味を理解するまで、一瞬かかった。


「俺が?」


「うん」


「何で?」


「育成所から近かった道と、つながってた」


 今では道も町も変わっている。


 百年前と同じ形ではないだろう。


 それでも、方向は同じらしい。


「最初、ここで待ってたの?」


「うん」


「どのくらい?」


 シロは答えなかった。


「シロ?」


「忘れた」


「本当に?」


「……長かった」


 胸の奥が少し重くなる。


 俺にとっては、緊急保存結界へ入ってから目覚めるまで一晩のようなものだった。


 シロたちにとっては違う。


 俺が消えた。


 待った。


 帰らなかった。


 それでも最初は、明日には戻ると思ったかもしれない。


 一週間。


 一か月。


 一年。


「ずっとここで待ってたわけじゃないだろ?」


「うん」


「途中から色々あったんだろ?」


「うん」


「国とか神殿とか」


「できた」


「でもここには来てた?」


「来た」


 シロの尻尾が、草の上を静かに動いた。


「たまに」


「百年間?」


「うん」


「何で……」


 聞いて。


 途中で答えが分かった気がした。


 それでもシロは自分で言った。


「帰ってくるかもしれないから」


 風が吹いた。


 木の葉が揺れる。


 俺は何も言えなかった。


「馬鹿だな」


 ようやく出た言葉がそれだった。


 シロの耳がこちらを向く。


「うん?」


「百年も同じ道見てたの?」


「毎日じゃない」


「そういう問題じゃないよ」


「でも、帰ってきた」


「別の場所にな」


「うん」


「ここで待ってた意味ないじゃん」


「ある」


 即答だった。


「何で?」


「待てたから」


 シロはそれだけ言った。


 短い言葉。


 でも今度は、俺にも意味が分かった。


 帰ってくる保証があったから待ったわけじゃない。


 ここへ来れば。


 この道を見れば。


 今日ではなくても、いつか戻るかもしれないと思えた。


 それで百年全部が楽になったとは思わない。


 でも。


 待つ場所があること自体が、シロには必要だったのだろう。


「……そうか」


「うん」


 俺はシロの頭へ手を伸ばした。


 大きくなった。


 百年前なら片手で頭全体を撫でられたのに、今は額の一部しか届かない。


 それでもシロは目を閉じた。


「もっと早く帰れたら良かったんだけどな」


「無理だった」


「まあな」


「レオンのせいじゃない」


「それでもさ」


 俺が眠っている間。


 こいつらは百年生きた。


 そこには、俺が知らない待ち時間がたくさんある。


 全部を取り戻すことなんてできない。


「だから今、いる」


 シロが言った。


「うん」


「それでいい」


 たぶん。


 シロにとっては本当にそれでいいのだろう。


     ◇


「ところで」


 しばらく撫でたあと、俺は周囲を見回した。


「昔は祈られて昼寝できなかったって言ってたよな?」


「うん」


「今日は誰も来ないの?」


「来る」


「来るんだ」


「でも、祈らない」


 ちょうどその時。


 丘の下から人影が上がってきた。


 老夫婦だった。


 二人とも籠を持っている。


 俺たちに気づく。


 足が止まった。


 俺は何となく身構えた。


 だが二人は頭を下げなかった。


 声もかけない。


 少し離れたところへ毛布を敷いて座った。


 籠からパンらしきものを出す。


「……普通に昼飯食べ始めたぞ」


「うん」


「いいの?」


「いい」


 さらに少しして。


 今度は子供を連れた家族が来た。


 シロを見る。


 子供が指をさそうとして、父親にそっと手を下ろされる。


「今日はお休み中だから、静かにね」


 小声が聞こえた。


 家族は木から離れた日向へ座る。


 誰も祈らない。


 誰も跪かない。


 ただ同じ丘で過ごしている。


「これが欲しかった場所?」


「うん」


「誰にも邪魔されないって、誰も来ない場所じゃなかったんだな」


 シロが俺を見る。


「静かなら、いていい」


「なるほど」


 第38話でリヴィも似たことを言っていた。


 海を汚さず、騒がないなら、普通に遊びに来てほしい。


 六人は、人間から離れたいわけではない。


 神として扱われ続ける距離に疲れていただけなのかもしれない。


 シロは目を閉じる。


 しばらくすると呼吸がゆっくりになった。


「寝た?」


「まだ」


「喋れるもんな」


「撫でて」


「はいはい」


 顎の下へ手をやる。


 大きな頭が少し持ち上がる。


 ここが好きなのは百年前から変わらない。


 撫でているうちに、今度こそ目が閉じた。


 俺も木へ背を預ける。


 日差しが暖かい。


 少し眠くなってきた。


     ◇


 目を覚ました時。


 どのくらい眠ったのか分からなかった。


「……寝てた」


 身体を起こす。


 シロはまだ横にいる。


 ただし、目は開いていた。


「起きてたの?」


「途中で」


「起こせよ」


「寝てたから」


「そりゃそうだけど」


 周囲を見る。


 老夫婦はもういない。


 別の若い男女が少し離れた場所で本を読んでいる。


 子供が一人、父親の膝で眠っている。


 誰もシロを見張っていない。


 誰も祈っていない。


「本当に普通の昼寝場所になったんだな」


「うん」


 シロは満足そうだった。


 俺は伸びをする。


「そろそろ帰る?」


「もう少し」


「まだ寝るの?」


「今日はレオンいる」


 その言葉で、また動けなくなる。


「……昔も、俺がここにいれば良かった?」


「昔?」


「百年間待ってた時」


 シロは少し考えた。


「いたら、ここ来てない」


「何で?」


「家で寝る」


「そりゃそうか」


 笑ってしまった。


 ずいぶん単純な答えだ。


「じゃあ今後は家でいいじゃん」


「ここも来る」


「何で?」


「好きになった」


 待つために選んだ場所。


 でも百年使っているうちに、それだけではなくなったらしい。


「日向、気持ちいい」


「それは分かる」


「風もいい」


「うん」


「道も見える」


「もう俺を待たなくていいだろ」


 言うと。


 シロはしばらく俺を見つめた。


「待つ」


「何を?」


「仕事の日」


「……俺が帰ってくるのを?」


「うん」


「家で待てよ」


「家でも待つ」


「じゃあここ必要ないだろ」


「ここでも待つ」


「待つ場所増やすな」


 銀色の尻尾が楽しそうに草を叩いた。


 どうやら百年前とは意味が違うらしい。


 帰ってくるか分からない人を待つ場所ではない。


 今は。


 夕方になれば帰ってくると知っている人を待てる場所。


 それなら、まあ。


 悪くないのかもしれない。


「シロ」


「うん?」


「今度、俺が仕事の日にここ来るならさ」


「うん」


「帰りに寄るよ」


 尻尾が止まった。


「本当?」


「たまにな」


「毎回」


「無理」


「半分」


「多いよ」


「三回に一回」


「何で交渉始めるんだ」


 ミコじゃないんだから。


「まあ、時間合ったらな」


「約束?」


「時間が合えば」


「約束」


「条件消すなよ」


 シロは満足したように、また頭を毛布へ乗せた。


 俺も隣へ座り直す。


 丘の下には、町へ続く道がある。


 百年前。


 シロはその道の先から俺が帰ってくると思っていた。


 何度見ても。


 何年待っても。


 俺は来なかった。


 それでも、ここを嫌いにはならなかったらしい。


 百年後。


 同じ道を眺めながら、今度は俺が隣にいる。


 それだけで。


 この場所に積み重なった百年間全部を変えることはできなくても、今日という一日は少し違うものにできる。


「レオン」


「何?」


「撫でるの止まってる」


「ああ、ごめん」


「顎」


「はいはい」


 手を伸ばす。


 シロが気持ちよさそうに目を閉じる。


 白銀神狼が百年間守ってきた昼寝場所。


 世界ではいつの間にか聖地と呼ばれていたらしいが。


 本人に言わせれば。


 ただ日当たりが良くて。


 風が気持ちよくて。


 大切な人が帰ってくる道を見られる場所だった。


 そして今日からは、もう一つ。


 帰ってきた人と一緒に昼寝できる場所にもなった。

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