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世界最強の神獣たちを育てた飼育員、百年後に目覚めたら全員俺の家に住み着いた ~竜王も神狼も俺の前では昔のままです~  作者: てへろっぱ


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第38話 六大神獣に「何が欲しいですか」と聞いたら、願いが庶民的すぎた

 白狼大聖堂の礼法が改訂されたという話は、思っていた以上の速さで広まったらしい。


 三日後の朝。


 仕事へ行こうとした俺は、玄関の前に置かれた六つの箱を見て足を止めた。


 赤。


 銀。


 金。


 青。


 黄色。


 黒。


 色まできっちり分かれている。


「……嫌な予感しかしないな」


 後ろから覗き込んできたルビィが、赤い箱を見つけて目を輝かせた。


「私のある!」


「色だけで判断するなよ」


「竜の紋章付いてるよ?」


 本当だった。


 残りの箱にも、それぞれ狼、鳥、海蛇、獅子、狐を模した紋章が刻まれている。


 どう考えても六人宛てだ。


 居間へ運んで中を確認すると、食べ物や宝物ではなく、ほとんどが手紙だった。


「また子供たちから?」


 シロが俺の横へ座り込む。


「いや、こっちは違うみたいだな」


 一番上の封筒を開く。


《炎竜皇ルビリア様へ》


《神殿一同、改めて御本人の御意向をお尋ね申し上げます》


 その下には、随分と丁寧な文章が続いていた。


 簡単にまとめると。


「『今後、俺たちは何をしたらルビィが喜びますか』だって」


「私が?」


「そう」


 ルビィは目を丸くした。


「何で?」


「白狼大聖堂の話が広まったからじゃない? 礼法を守るだけじゃなく、本人が何を望んでるか聞こうって」


 別の箱も確認する。


 シロ。


 フェニア。


 ライカ。


 リヴィ。


 ミコ。


 全部同じだった。


 細かな文面は違うが、聞いていることは一つ。


《あなたは何を望んでいますか》


 六人はしばらく黙っていた。


 最初に口を開いたのはライカだった。


「国民の安寧と、領土の――」


「そういうのじゃないと思うぞ」


「では何だ?」


「もっと個人的な話だろ。何をしてもらうと嬉しいとか、何は嫌だとか」


「個人的な……」


 ライカが難しい顔になった。


 国を率いる時より悩んでいる。


 フェニアも自分宛ての手紙を何度も読み返していた。


「これまで神殿から届く問い合わせとは随分違いますね」


「普段は何を聞かれるの?」


「豊穣祈願の日取りや、浄化の儀式、聖域での祭礼についてなどです」


「今回は?」


「私自身が何を好み、何を望むかを教えてほしい、と」


「それだけ?」


「……それが難しいのです」


 フェニアは本気で困っているらしい。


 百年以上。


 誰かの願いを叶える側だった。


 雨を。


 癒やしを。


 守護を。


 豊穣を。


 勝利を。


 六人へ送られてくる言葉は、ほとんどが「お願いします」だったのだろう。


「じゃあ今日は、それ考えてみる?」


 俺が言うと。


 六人が一斉にこちらを見た。


「何を?」


 ルビィが尋ねる。


「自分がしてほしいこと。難しく考えなくていいから、一個ずつ」


「一個だけ?」


「まずはな。神殿に送る答えなんだから、百個書いたら向こうも困るだろ」


 ミコの手が少し動いた。


「今、百個くらい書こうとした?」


「候補を整理しようかと」


「一個」


「……承知しました」


     ◇


 最初はルビィだった。


「私、決まった!」


「早いな」


「甘い果物!」


「やっぱり」


 迷いがない。


「でも神殿に『果物ください』って書くの?」


「だめ?」


「駄目じゃないけど、毎日山みたいに届くぞ」


 ルビィが少し考え込む。


「じゃあ、一緒に食べる」


「誰と?」


「みんな」


「神殿の人たちと?」


「うん。今までお供えされても、私だけで食べたり、あとで配ってもらったりしてたから」


 ルビィは赤い箱の手紙を見つめながら、少し照れくさそうに笑った。


「今度はさ、お祭りの日にみんなで食べたい。私は一番甘いやつもらうけど」


「最後の一言で台無しだな」


「だって好きなんだもん!」


「まあ、いいんじゃない?」


 俺は紙へ書く。


《供物として大量に捧げるより、祭礼の日に皆で果物を食べたい》


「これなら?」


「それ!」


 ルビィは満足そうに頷いた。


 世界最強の炎竜皇。


 願い。


 みんなで果物。


 思っていた以上に庶民的だった。


     ◇


「次、シロ」


「決まってる」


「顎?」


「それも好き」


「それもなんだ」


 シロは少し考えてから、世界樹の見える窓の方へ視線を向けた。


「静かな場所」


「静かな場所?」


「神殿、いつも人多い。祈りの声も多い」


「嫌だったの?」


「嫌じゃない。でも、休む場所ほしい」


 それなら分かる。


「神殿の中に、誰も入らない昼寝場所を作ってほしいって?」


「うん。日が当たるところ」


「かなり具体的だな」


「あと毛布」


「一個って言っただろ」


「昼寝場所に必要」


「付属品扱いか」


 結局。


《祈りの時間とは別に、誰にも邪魔されず日向で休める時間と場所がほしい》


 と書いた。


 シロはそれを読み。


「いい」


 と満足そうに頷いた。


「顎下については?」


「参考にもう書かれてる」


「そうだった」


 あれ、正式資料に残ったんだった。


     ◇


「フェニアは?」


 俺が尋ねると、フェニアは長いこと黙った。


 嫌な予感がする。


「もしかして『入浴を強制しない』とか言う?」


「…………」


「フェニア」


「そのようなことは申しません」


「今考えてたな?」


「少しだけです」


 正直でよろしい。


 フェニアは諦めたように息を吐き、しばらくしてから意外なことを言った。


「羽根を拾わないでいただきたいです」


「羽根?」


「はい。自然に抜け落ちたものを、神殿の方々が聖遺物として保管することがございまして」


「全部?」


「ほぼ全て」


「掃除大変そう」


「そこではなく!」


「ごめん」


 どうやらフェニアとしては、抜けた羽根まで大げさに扱われるのが落ち着かないらしい。


「普通に捨ててほしい?」


「できれば。少なくとも、一本抜けるたびに神官長を呼び、金の箱へ収めるのはやめていただきたいです」


「そんなことしてるの!?」


「百年前から続いている慣習です」


「本人嫌がってるじゃん」


「これまでは、わざわざ止めるほどでもないかと思っておりましたので」


「じゃあ今言おう」


《自然に抜けた羽根は、必要以上に神聖視せず普通に処分してほしい》


 フェニアは紙を見る。


 そして。


「……本当に書くのですか?」


「本人の希望聞いてきたんだろ?」


「そうですが、神殿の方々が倒れないでしょうか」


「羽根捨てるくらいで?」


「百年続いた聖遺物管理が一日で終わりますので」


「頑張ってもらおう」


「他人事ですね」


「俺、神官じゃないし」


 少し迷ったあと。


 フェニアは笑った。


「では、お願いします」


     ◇


 ライカはさらに時間がかかった。


 紙を前に。


 腕を組み。


 十分。


「まだ?」


「待ってくれ」


「国策決めてるみたいになってるぞ」


「個人的な願いというものを公にする機会など、今までなかったのだ」


「何でもいいんだよ」


「何でもと言われると余計に難しい」


 俺はしばらく考えたあと。


「じゃあ神殿とか部下に、普段一番やめてほしいことは?」


「休暇中に仕事を持ってくることだ」


 即答。


「決まってるじゃん!」


「これは願いなのか?」


「立派な願いだよ!」


 ライカは少し驚いていた。


「休んでいる時に、緊急じゃない報告書を送らないでほしいとか?」


「ああ。それは非常に助かる」


「会議も?」


「減らしてほしい」


「視察は?」


「代理で済むなら任せたい」


「完全に疲れてるじゃん」


「……否定はしない」


 家へ来た頃。


 年間三日しか休まず、睡眠もまともに取っていなかった。


 俺が強制的に休ませて、ようやく今がある。


 紙には。


《緊急時以外、休暇中は仕事を持ち込まないでほしい》


 と書いた。


 ライカは何度も読み返した。


「これを本当に送ってよいのか?」


「むしろ部下は泣いて喜ぶと思う」


「何故だ?」


「お前を休ませたがってたから」


 あの三千人の騎士たちなら。


 これを国法にしたがるかもしれない。


     ◇


「ミコは?」


「ございます」


 やけに自信がある。


「金関係?」


「違います」


「土地?」


「違います」


「買収?」


「レオンは私を何だと思っているのでしょう」


「九尾の不動産屋」


「神獣です」


「知ってる」


 ミコは少し頬を膨らませたあと、自分宛ての手紙を丁寧に畳んだ。


「私が望むのは、相談を受ける際、最初から『正しい答え』を求めないでいただくことです」


「どういう意味?」


「私は長く、政治や商取引に関わってまいりました。何か問題があれば『九尾様なら最善策をご存じでしょう』と言われます」


「実際かなり分かるだろ?」


「分かることもございます。しかし、分からないこともございますし、選択肢が一つとは限りません」


 ミコは珍しく真面目な表情だった。


「一緒に考えるのではなく、答えだけを求められるのは、時折少し寂しいのです」


「…………」


 なるほど。


 頭が良い。


 金もある。


 人脈もある。


 だから百年間、正解を出して当然だと思われ続けたのか。


「じゃあ」


 俺は紙へ書く。


《答えを求めるだけでなく、一緒に考えるために相談してほしい》


「これでどう?」


 ミコは文章を見つめた。


 そして。


 九本の尻尾が、ゆっくり広がった。


「はい。とても」


「でも家を勝手に買うのは正解じゃないからな」


「今その話をしますか?」


「大事」


「……反省しております」


 本当に少しずつ学んでいる。


     ◇


 最後。


「リヴィ」


『決まってるよー』


「魚は禁止」


『まだ何も言ってない』


「絶対魚だろ」


『違う』


「本当に?」


『うん』


 水路から顔だけ出しているリヴィが。


 珍しく。


 少し考えてから言った。


『遊びに来てほしい』


「誰に?」


『海の人たち』


「神殿の人?」


『うん。でも祈りに来るんじゃなくて』


 リヴィは水面へ指を滑らせた。


『泳ぎに』


「…………」


『海、綺麗なところいっぱいある。でも私がいる場所って、みんな勝手に入っちゃだめだと思ってる』


「聖域だから?」


『たぶん』


「本当は来てほしい?」


『騒がない人なら』


 リヴィらしい。


 一人が好きなのかと思えば。


 本当は。


 誰かと同じ水の中にいること自体は嫌いじゃないのだろう。


「魚持ってくる人ならもっといい?」


『うん』


「そこはやっぱり付くんだな」


『魚大事』


 俺は笑いながら。


《祈るだけでなく、海を汚さない人には聖域の一部で泳いだり遊んだりしてほしい》


 と書いた。


「これでいい?」


『いいー』


「餌の話は?」


『書かない』


「偉い」


『後で個人的にもらう』


「駄目」


『ばれた』


     ◇


 こうして。


 六人分。


 全部決まった。


 並べてみる。


 炎竜皇。


《みんなで果物を食べたい》


 白銀神狼。


《静かな日向で昼寝したい》


 天鳳。


《抜けた羽根をいちいち聖遺物にしないでほしい》


 雷帝獅子。


《休暇中に仕事を持ち込まないでほしい》


 九尾。


《答えだけ求めず一緒に考えてほしい》


 海皇。


《聖域の海で普通に遊んでほしい》


「……本当にこれ送る?」


 俺が確認すると。


 六人。


 揃って頷いた。


「送ろう」


 ルビィが言った。


「せっかく聞いてくれたから」


「そうだな」


 ミコがそれぞれの手紙を封筒へ入れる。


 以前のミコなら、最高級紙に変えたり、金箔を付けたりしたかもしれない。


 今日は。


 普通の紙。


 普通の封筒。


「普通でいいの?」


 少し意地悪く聞くと。


 ミコは笑った。


「内容が大切なのでしょう?」


「成長したなあ」


「子供扱いなさらないでください」


 そう言いながら。


 頭を撫でると。


 九本の尻尾は。


 しっかり広がった。


     ◇


 一週間後。


 各地から。


 返事が届いた。


 まず。


 炎竜皇ルビリアの神殿。


《次回の炎竜祭より、供物の一部を参拝者へ配り、皆で食卓を囲む形式へ変更いたします》


「やった!」


 ルビィ大喜び。


 白銀神狼の大聖堂。


《聖域南庭を終日立入禁止区域とし、シロ様専用の日向休憩所を整備いたします》


「毛布は?」


「付属品のところに《柔らかな毛布を用意》ってある」


「よし」


「そこ一番大事?」


「大事」


 天鳳の神殿。


《聖羽保管制度について再検討を開始いたしました》


 さらに。


《ただし歴代保管担当者七名が強く反対しており、現在協議中》


「揉めてる!」


 フェニアが頭を抱えた。


「百年分あるからな」


「私の抜け羽根で会議をしないでください……」


 ライカの国。


《陛下より「休暇中の非緊急連絡禁止」との御意向あり》


《騎士団・文官一同、全面的に支持》


 その下。


 大きな文字。


《ありがとうございます、レオン殿》


「俺宛てになってる!」


 ライカが気まずそうに目を逸らす。


「部下たちが喜んでるじゃん」


「……今まで苦労をかけたらしい」


「今気づいた?」


「反省している」


 ミコのところは。


《以後、神託を求めるのではなく、意見交換の場として月例相談会を設置いたします》


「いいじゃん」


「はい」


 ミコは嬉しそうだった。


 そして。


 リヴィ。


《海皇聖域の一部を、月二回「海遊びの日」として一般開放いたします》


 さらに。


《海洋保全教育および遊泳指導を実施》


『魚は?』


「書いてない」


『…………』


「遊びに来てもらえるんだからいいだろ」


『うん』


 少し間を置いて。


 リヴィは笑った。


『楽しみ』


 六人。


 それぞれ。


 百年間続いていた何かが。


 少しだけ。


 変わった。


 大きな革命でもない。


 国が変わったわけでもない。


 ただ。


 神として祈られるだけだった六人が。


 自分から。


「こうしてほしい」


 と言った。


 そして。


 誰かが。


「分かった」


 と答えた。


「よかったな」


 俺が言うと。


 ルビィが笑う。


「うん!」


 シロも。


 フェニアも。


 ライカも。


 ミコも。


 リヴィも。


 同じように笑った。


     ◇


 その日の夕方。


 仕事から帰ると。


 玄関に。


 新しい手紙が一通。


「今度は何だ?」


 開く。


《レオン・ハルト殿へ》


《六大神獣様方の御希望を伺う機会を設けていただいたこと、各地神殿を代表し厚く御礼申し上げます》


「俺何もしてないけどな」


 続き。


《つきましては》


 嫌な言葉。


《次回はレオン殿ご自身の御希望をお伺いしたく》


「…………」


 六人が。


 俺の後ろから。


 覗き込む。


「レオンの願い!」


 ルビィの目が輝く。


「何が欲しい?」


 シロまで寄ってくる。


「可能な限り叶えましょう」


 フェニア。


「遠慮する必要はない」


 ライカ。


「資金面はお任せください」


 ミコ。


『魚?』


 リヴィ。


「俺の願い?」


 六人。


 頷く。


「じゃあ」


 俺は。


 即答した。


「明日の朝くらい、全員自分で起きてくれ」


「…………」


 静寂。


「あと朝飯作って、洗濯して、掃除もしてほしい」


「…………」


「普通に」


 六大神獣。


 全員。


 目を逸らした。


「お前ら!」


 世界中の願いを叶えてきた六大神獣には。


 どうやら。


 俺の願いが。


 一番難しかったらしい。


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