第34話 六大神獣、子供相手の予行練習で本性が出る
触れ合い教室への六大神獣参加が正式に決まった翌日、俺は一つの問題に気づいた。
「……お前ら、本当に子供相手に普通にできる?」
朝食の席でそう尋ねると、六人は揃って不思議そうな顔をした。
昨日は《神としてではなく、神獣として参加します》《礼拝禁止》《供物禁止》《普通に接してください》とまで掲示板へ書いた。
だが、参加者側にだけ普通を求めても意味がない。
肝心の六大神獣が、子供に話しかけられただけで国を揺るがすような反応をしたら台無しだ。
「もちろんできるよ。子供でしょ?」
ルビィは自信満々だが、こいつの場合は自信がある時ほど少し怖い。
「じゃあ、知らない子に『翼触っていい?』って聞かれたら?」
「いいよって言う」
「力いっぱい引っ張られたら?」
「…………」
ルビィの笑顔が止まった。
「怒る?」
「怒らない」
「本当に?」
「……ちょっとだけ顔に出るかも」
「それを練習するんだよ」
今度はシロを見る。
「シロは知らない子に尻尾を触られても平気?」
「優しくなら」
「急に掴まれたら?」
「逃げる」
「噛まない?」
「噛まない」
「唸らない?」
「…………たぶん」
「そこも練習な」
フェニアはというと、俺が質問する前から警戒していた。
「私は子供に対して怒ったりいたしません」
「『お風呂嫌いなの?』って聞かれても?」
「…………」
「フェニア?」
「その質問は教育上不要ではありませんか?」
「絶対誰か聞くぞ」
「誰が広めたのです!」
「主に俺と近所」
「レオン!」
ここも危ない。
ライカは真面目な顔で腕を組んでいる。
「私は問題ない。幼子へ無用な威圧を向けることなどない」
「じゃあ『お手して』って言われたら?」
「断る」
「怖い顔で?」
「礼儀正しく断る」
「見本やって」
ライカは少し考えたあと、何も知らない子供が目の前にいるつもりなのか、表情を柔らかくしようと努力した。
「申し訳ないが、私は犬ではない。故にその要求には応じられ――」
「怖い怖い。軍法会議みたいになってる」
「どうすればいいのだ!」
「もっと普通に『ごめんね、それはできない』くらいでいいよ」
「……難しいな」
「国を治めるより?」
「ある意味では」
雷帝が子供への断り方で悩み始めた。
ミコは余裕そうだったが、俺は一番信用していない。
「ミコは?」
「子供は好きですよ」
「何か欲しいって言われたら?」
「可能な範囲で用意します」
「例えば?」
「菓子でしたら好きなだけ」
「駄目」
「玩具でも」
「駄目」
「家が欲しいと言われれば――」
「もっと駄目!」
俺が止めると、ミコは少し首を傾げた。
「子供の願いを叶えることは、よいことでは?」
「限度があるんだよ。触れ合い教室で家一軒もらった子供、親が困るだろ」
「では土地だけに」
「そういう問題じゃない」
最後はリヴィ。
『私は大丈夫ー』
「本当に?」
『水の中いるだけだから』
「子供が水球をつついたら?」
『くすぐったい』
「何回もやったら?」
『潜る』
「子供が魚くれたら?」
『好き』
「知らないものでも食べる?」
『…………』
「リヴィ?」
『食べるかも』
「絶対駄目!」
予想通りだった。
六大神獣。
世界相手なら何でもできる。
しかし。
子供相手の触れ合い教室。
かなり不安。
「よし。予行練習するぞ」
そう告げると、六人の顔が揃って固まった。
◇
昼過ぎ。
「ほんとにいいの!?」
「触っていい!?」
「わあああ!」
うちの庭は、近所の子供たちの歓声でいっぱいになっていた。
マーサさんに頼んで、いつも顔を見せる子供を六人ほど連れてきてもらったのだ。
もちろん、親にも事情は説明してある。
というより。
「六大神獣相手の練習台なんて、この町の子しかできないわよ」
マーサさんは楽しそうだった。
「怖くないんです?」
「昨日まで水槽で魚ねだってた人たちでしょう?」
『人じゃないよー』
「細かいことはいいのよ」
『はーい』
近所の適応力が高すぎる。
「いいか、お前ら」
俺は子供たちの前に立つ。
「今日は六人と遊んでもらうけど、何をしてもいいわけじゃない。嫌がってる時はやめること。尻尾も翼も、引っ張らない。大声で驚かせない」
「はーい!」
「それから六人も」
今度は後ろを見る。
「何か嫌だったら我慢しすぎないで、普通に『やめて』って言う。神力で解決しない」
「分かってる!」
ルビィが元気よく返事をする。
「よし。じゃあ小さくなれる奴は、子供が怖がらない大きさにしてみよう」
六人の身体を光が包む。
最初に変わったのはルビィだった。
赤い光が収まると、そこには大型犬ほどの赤い仔竜が座っていた。百年前ほど小さくはないが、大人の本体と比べればずっと親しみやすい。
「かわいい!」
子供たちが一斉に集まる。
『かわいい!?』
「ルビィ、喜びすぎて火出すなよ」
『分かってる!』
尻尾が地面をばしばし叩いている。
「何か犬っぽくなってるぞ」
『竜だよ!』
隣ではシロが少し大きめの銀狼になり、すでに子供二人から背中を撫でられていた。
『…………』
「シロ、大丈夫?」
『うん』
尻尾。
ぶんぶん。
「むしろ一番楽しんでるな」
『普通』
「その尻尾で?」
『普通』
無理がある。
フェニアは大きな黄金色の鳥になっていた。翼を広げれば子供の身長より大きいが、普段の神々しさよりずっと柔らかい姿だ。
「羽、触っていい?」
『優しくでしたら』
女の子がそっと翼へ触れる。
「ふわふわ!」
『……そうでしょう』
フェニアが少し得意そうだ。
その直後。
「お風呂嫌いってほんと?」
『…………』
来た。
フェニアの翼が止まる。
俺はすぐ近くから様子を見た。
「フェニア」
『分かっております』
深呼吸。
『少しだけ、苦手です』
「どれくらい?」
『…………』
「昨日逃げた?」
『逃げておりません!』
声が大きくなる。
子供がびくっとした。
『あ』
フェニアはすぐ身体を小さくし、女の子と目線を合わせた。
『ごめんなさい。少し大きな声を出してしまいました』
「ううん」
『ただ、そのお話はあまり何度も聞かないでいただけると嬉しいです』
「分かった!」
女の子が笑う。
フェニアも、少し安心したように翼を下ろした。
「今のは上手かったぞ」
『……ありがとうございます』
「風呂もちゃんと入れたら完璧」
『それは別の話です!』
「まだ声大きいぞ」
『…………はい』
先は長い。
◇
一番苦戦したのはライカだった。
仔獅子というには少し大きい黄金の獅子になったライカの前に、男の子が一人立っている。
「お手!」
『…………』
予想通り。
来た。
ライカの眉間に、獅子の姿でも分かるほど皺が寄る。
「ライカ」
『分かっている』
怒るな。
怖がらせるな。
普通に断る。
昨日から何度も言った。
ライカはしばらく葛藤したあと、できる限り優しい声を出した。
『ごめんね。それは、できない』
「どうして?」
『私は犬ではないからだ』
「シロお姉ちゃんはできるよ?」
少し離れたところ。
「シロ、お手!」
『はい』
銀色の前脚。
ぽん。
「やった!」
『撫でて』
「いいよ!」
ライカの顔。
『…………』
「比べるな比べるな」
『シロには誇りがないのか』
『撫でてもらえる』
『そういう問題ではない!』
「ライカ、子供の前」
『……すまない』
男の子は少し考えてから、今度は別のお願いをした。
「じゃあ握手!」
『握手?』
「うん!」
ライカは自分の大きな前脚を見る。
そして。
そっと。
男の子の手へ乗せた。
「できた!」
『……これは、お手ではないのか?』
「握手!」
『そうか』
ライカの尻尾が。
少しだけ。
動いた。
「楽しい?」
『別に』
「尻尾」
『見るな!』
子供たちが笑う。
ライカも最初は困った顔をしていたが、やがて諦めたのか一緒に笑い始めた。
これなら大丈夫そうだ。
◇
ミコは予想外に人気だった。
小さめの九尾狐になった途端、九本の尻尾が完全に子供たちの遊び場になった。
「一本ずつ違うの?」
『同じ私の尻尾ですよ』
「全部触っていい?」
『優しくでしたら』
「ふわふわ!」
『ありがとうございます』
意外にも。
普通。
かなり普通。
「ミコ」
『何でしょう』
「やればできるじゃん」
『失礼ですね。私は元々、対人関係を苦手としておりません』
「金絡まなければな」
『余計な一言です』
その時。
一人の女の子がミコの前へ座った。
「ミコちゃん」
『はい』
「このお人形ほしいんだけど、お母さん買ってくれないの」
「ミコ」
俺は先に呼んだ。
『…………』
「駄目だからな」
『まだ何もしておりません』
「今、値段聞こうとしただろ」
『少しだけ』
「買わない」
女の子は首を傾げる。
「ミコちゃん買ってくれるの?」
『…………』
「ミコ」
『買いません』
「偉い」
『ですが、誕生日でしたら――』
「駄目」
『では抽選で』
「商売にするな!」
普通。
撤回。
◇
リヴィは最初から小さな水球に入って、子供たちの目線くらいの高さを浮いていた。
「水の中なのに喋れる!」
『喋れるよー』
「息苦しくない?」
『ずっと水の中いられる』
「すごい!」
『すごいでしょー』
かなり相性がいい。
「魚あげる!」
男の子が小さな干し魚を差し出した。
『やったー』
「待て」
俺が止める。
『レオン』
「何の魚か確認」
『普通の魚』
「誰からもらった?」
「お母さん!」
「リヴィ、今食ったら夕飯減らすぞ」
『…………』
水球の中。
リヴィが。
干し魚を見る。
俺を見る。
また魚を見る。
『半分なら?』
「交渉するな」
『一口』
「夕飯前」
『…………後で食べる』
「偉い」
干し魚を水球の中に大事そうに持っている。
子供が笑った。
「魚好きなんだね!」
『大好きー』
「僕も!」
『仲間ー』
何の仲間なのか。
まあ、これは大丈夫だろう。
◇
ルビィは。
予想以上に子供受けがよかった。
「翼触っていい?」
『いいよ! 優しくね』
「角は?」
『そこもいいよ』
「尻尾!」
『引っ張らなかったらいいよ!』
俺が教えた通り、自分で条件を伝えている。
「ちゃんとできるじゃん」
『でしょ!』
褒めた瞬間。
尻尾。
ぶん!
「あ」
ぱこん。
置いてあった水桶を倒した。
「…………」
『…………』
「ルビィ」
『ごめんなさい』
「喜ぶ時の尻尾も練習しような」
『はい』
しかし、その数分後。
一人の小さな女の子がルビィの首へぎゅっと抱きついた。
「ルビィちゃん、あったかい!」
『…………』
「嫌だったら言っていいぞ」
『嫌じゃない』
ルビィは動かなかった。
ただ。
『小さい』
「子供だからな」
『昔の私も、これくらいだった?』
「もっと小さかったよ」
『…………』
ルビィが女の子を見る。
そして、壊れ物でも扱うように。
そっと翼を添えた。
『じゃあ、もっと優しくしないと』
「そうだな」
百年前。
俺がこいつらにしてきたことを。
今度はこいつらが。
誰かにしている。
その光景は。
何だか少しだけ。
不思議だった。
◇
一時間後。
「はい、今日はここまで!」
「ええー!」
「もっと遊びたい!」
子供たちから不満の声が上がる。
「また今度な。六人も疲れてるから」
「疲れてない!」
ルビィ。
「まだ大丈夫」
シロ。
「私も問題ございません」
フェニア。
「継続可能だ」
ライカ。
「私は何時間でも」
ミコ。
『魚もらったー』
「リヴィだけ理由違うな!」
むしろ終わらせたくないのは六人の方だった。
「本番はもっと子供多いんだから、今日はここまで。疲れてから失敗しても困るだろ」
そう説明すると、ようやく納得したらしい。
子供たちは一人ずつ六人へ手を振りながら帰っていく。
「またね、シロちゃん!」
『またね』
「ライカちゃん、次は握手してね!」
『……ああ』
「フェニアちゃん、お風呂頑張って!」
『そこは忘れてください!』
「ミコちゃん、お人形いらないからね!」
『…………はい』
「ルビィちゃん、今度木の実持ってくる!」
『楽しみにしてる!』
「リヴィちゃん、魚!」
『待ってるー』
「餌付け大会にするなよ!」
最後の一人が庭を出る。
静かになった。
「どうだった?」
俺が聞くと。
六人はしばらく顔を見合わせた。
最初に答えたのはシロだった。
「楽しかった」
「私も!」
ルビィが人の姿へ戻りながら笑う。
「ちっちゃくて可愛かった!」
「お前が言うと昔思い出すな」
「レオンも私たち見てそう思ってた?」
「思ってたよ。だから何か壊されても世話してた」
「今も?」
「今は壊したら怒る」
「ええー!」
「大人だからな」
フェニアは少し考え込んでから、穏やかに口を開いた。
「レオンが何故、私たちが幼い頃に何度も『嫌なら嫌と言っていい』と教えていたのか、少し理解できた気がします」
「急にどうした?」
「子供たちは悪気なく距離を詰めますから。こちらが怖がらせないよう我慢し続けるより、普通に伝えた方がお互いに楽なのですね」
「そういうこと」
ライカも頷いた。
「断ることと、威圧することは別か」
「握手できたじゃん」
「……あれは悪くなかった」
「今度お手も?」
「それは断る!」
そこだけは譲らないらしい。
ミコは九本の尻尾についた小さなリボンを外している。
「私も一つ学びました」
「何?」
「子供へ何でも与えることが、必ずしも喜ばせる方法ではないのですね」
「百年かけて今!?」
「レオンに育てられていた頃、欲しいと言えば大抵手作りしていただけましたので」
「買ってないだろ?」
「だからでしょうか」
ミコは少し笑った。
「今日の子供にも、今度は何か一緒に作る方がよいのかもしれません」
「それならいいんじゃない?」
「では工作教室も併設を――」
「規模広げるな」
「残念です」
やっぱり油断できない。
『レオン』
リヴィが水球の中から呼ぶ。
「何?」
『私も学んだ』
「お、何を?」
『魚はすぐ食べない』
「そこ?」
『夕飯前は我慢』
「……まあ大事か」
全員。
少しずつ。
学んだ。
たぶん。
これなら本番も何とかなる。
「よし」
俺は満足して頷いた。
「触れ合い教室、これなら大丈夫そうだな」
その瞬間。
庭の外。
「レオンさーん!」
マーサさんの声がした。
「どうしました?」
「王都から使者が来てるわよ!」
「王都?」
家の前へ出る。
そこには立派な服を着た役人が一人。
「レオン・ハルト殿ですね」
「はい」
「来月の触れ合い教室について、王都教育院よりお願いがございます」
「嫌な予感」
役人が。
深々と頭を下げた。
「ぜひ」
一呼吸。
「王都の子供たちも、参加させていただきたく」
「…………何人?」
「まずは三百名ほど」
「増やすなあああああ!!」
町内の触れ合い教室。
予行練習は。
上手くいった。
ただし本番の規模だけは。
俺の知らないところで。
順調に。
普通から遠ざかっていた。




