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世界最強の神獣たちを育てた飼育員、百年後に目覚めたら全員俺の家に住み着いた ~竜王も神狼も俺の前では昔のままです~  作者: てへろっぱ


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第28話 国王陛下、六大神獣より俺に緊張していた

コピペミスで前話27話を投稿してましたすみません



 国王から届いた封筒を前に、俺はしばらく食卓へ頬杖をついていた。


 百年前なら、王宮なんて勤務先の上司よりさらに遠い場所だ。俺が働いていた《王立神獣育成所》には国の名前こそ付いていたものの、飼育員が国王と直接顔を合わせることなどまずない。上役を何人も挟み、報告書の端に名前が残れば十分という立場だった。


 それなのに、百年寝て起きただけで国王から直筆らしい招待状が来た。


「断ったら駄目かな」


 俺が封筒をひらひらさせると、食卓を囲んでいた六人のうち、最初に反応したのはライカだった。


「形式上は招待となっているが、王国側としても確認しなければならないことが多いのだろう。六大神獣すべてが一つの町に集まり、その中心に百年前の人間がいるのだからな」


「言い方だけ聞くと、俺がすごく怪しい奴みたいだな」


「実際、事情を知らない者から見れば相当に怪しいかと」


 フェニアにまで言われた。


 ルビィはというと、国王からの封書にはほとんど興味を示さず、俺が焼いたパンへ蜂蜜を塗っている。その横ではシロが俺の皿に残っている焼き肉をじっと見つめ、窓の外の小さな水球にはリヴィが浮かんでいた。ミコだけはすでに何かを考えているようで、いつの間に用意したのか紙と筆を並べている。


「ミコ、それ何」


「王宮へ赴く際の準備一覧です。移動経路、護衛、献上品、宿泊の可能性、王都での臨時住居などをまとめました」


「日帰りで行って帰るだけだよ。あと家を買うなよ」


「まだ買っておりません」


「『まだ』を付けるな」


 危ないところだった。


 俺は改めて招待状を読む。日時は明日の午前。場所は当然、王城。服装については何も書いていない。


「普通の服でいいよな」


 そう口にした途端、ライカの表情が険しくなり、フェニアは困ったように微笑み、ミコは静かに首を横へ振った。


 嫌な予感しかしない。


「レオン、国王との正式な謁見だぞ。最低限の礼装は必要だ」


「これじゃ駄目?」


 自分の服を摘まむ。町で買った普通のシャツに普通のズボンだ。汚れても洗いやすいし、魔獣の世話をするにも動きやすい。


 ライカは数秒黙ったあと、なるべく俺を傷つけないよう言葉を選ぶ顔になった。


「……魔獣店へ出勤するのであれば、非常に適切だ」


「王様に会うには?」


「非常に不適切だ」


「はっきり言ったな」


 仕方なく礼装だけは任せることにした。ただし、金糸、宝石、王冠、マントは禁止。ミコが「装飾用の神獣核は」と聞いてきたので、それも禁止した。


 そこまで決めたところで、もっと重要な問題に気づく。


「ところで、お前らはどうするの?」


 六人が揃ってこちらを見た。


「何が?」


 ルビィが本気で分からない顔をしている。


「俺だけ呼ばれてるんだけど」


「だから?」


「だから、俺一人で行く」


 食卓が静かになった。


 さっきまでパンを狙っていたシロまで、ぴたりと動きを止める。


「……一人?」


「ああ」


「王城へ?」


「そう」


「私たちを置いて?」


「そうだけど」


 シロの耳が目に見えて下がった。


「そんな顔するなよ。仕事に行く時だって留守番してるだろ」


「王城は仕事場じゃない」


「もっと安全だと思うぞ」


 これにはライカが即座に首を振った。


「そうとも限らない。王城という場所は権力と利害が集中する。レオンの存在を快く思わない者がいる可能性も――」


「お前、俺を守るために騎士三千人連れてこようとした奴だよな?」


「連れてきたのは部下が勝手にだ!」


「五十人までは連れてくる気だっただろ」


「……最低限として」


「最低限の意味、あとで辞書で調べような」


 結局、誰も留守番する気がないことだけは分かった。


 ただ、六大神獣全員を連れて王城へ行く方がよほど大事件になりそうだ。俺がそう言うと、ミコはさらりと解決策を出してきた。


「では、レオンが選んではいかがでしょう」


「選ぶ?」


「同行者を一人だけ」


 空気が変わった。


 六人の視線が一斉に鋭くなる。


「……ミコ」


「はい」


「余計に揉める提案しただろ」


「公平かと思いまして」


「絶対分かっててやったよな?」


 笑顔しか返ってこなかった。


 その後、誰が同行するかを巡って話し合い――という名の争奪戦が始まりかけたので、俺は五分で全部却下した。


「全員来るなら来ていい。ただし王城では俺の言うことを聞く。勝手に威圧しない、神力を出さない、国王を怖がらせない。それが条件」


 六人は顔を見合わせ、それなら、と揃って了承した。


 国王を怖がらせない。


 その時の俺は、それが一番簡単な条件だと思っていた。


     ◇


 翌朝。


 王城の正門前に立った俺は、自分の認識が甘かったことを早々に思い知らされた。


「……人いなくない?」


 本来なら兵士や役人が行き交っているはずの広い正門前が、妙に静かだった。立っている近衛兵たちは全員が背筋を伸ばしすぎており、こちらを見ないよう必死になっている。


 理由は分かる。


 俺の後ろだ。


 赤髪のルビィ、銀髪のシロ、金髪のフェニア、軍服姿のライカ、黒髪のミコ。そしてリヴィは今日だけ水球を小さくして、ふわふわと俺の肩の横に浮かんでいる。


 本人たちは神力を抑え、ものすごく普通にしているつもりなのだろう。


 でも、近衛兵からすれば世界を代表する六大神獣が横一列で歩いてくるわけだ。


「お前ら、もう少しばらけられない?」


「どうして?」


 ルビィが首を傾げた。


「圧がすごい」


「出してないよ?」


「存在の圧」


「それは消せない」


 シロに正論を言われた。


 やがて、案内役らしい中年の文官がやってきた。顔色がかなり悪い。


「レ、レオン・ハルト殿にございますね」


「はい。今日はよろしくお願いします」


「そして、こちらの皆様は……」


「同居人です」


 文官の喉が鳴った。


「同……居人」


「はい」


「六大神獣様方が」


「はい」


「同じ家に」


「狭いですけど」


「…………」


 何故か天井もない場所で遠くを見る目をされた。


 慣れてほしい。


     ◇


 王城の中は豪華だった。


 百年前にも一度、育成所の代表に付いて入口付近まで来たことがあるが、当然こんな奥へ入ったことはない。赤い絨毯が敷かれた廊下、巨大な絵画、磨き上げられた柱。俺がきょろきょろしていると、ルビィが面白そうに覗き込んでくる。


「レオン、珍しい?」


「そりゃな。王城なんて入ったことないし」


「私の城より小さいよ?」


「比較するな。あと絶対ここで言うな」


 前を歩いていた文官の肩が少し落ちた。


 聞こえてしまったらしい。


 やがて大きな扉の前で止まり、文官がこちらへ向き直った。


「陛下がお待ちです」


「分かりました」


 俺は一応、礼儀を確認する。


「入ったら頭下げればいい?」


「通常であれば、そのように――」


 文官が六人を見る。


「本日は……どうすれば……」


「どういうこと?」


「六大神獣様へ国王陛下が頭を下げるべきか、六大神獣様が王国の礼法に従われるべきか、昨日から儀礼局が結論を出せておりません」


「そんなことで一晩悩んでたの!?」


「国家の威信に関わります!」


「普通に挨拶でいいですよ!」


 もう全員で「こんにちは」でいいだろ。


 文官は明らかに納得していなかったが、これ以上悩ませるのもかわいそうなので扉を開けてもらった。


「レオン・ハルト殿、ならびに六大神獣様方、ご到着!」


 広い謁見の間。


 奥には王座。


 その前に、一人の男性が立っている。


 年齢は五十前後だろうか。立派な衣装に王冠。たぶん、この国の王様だ。


「初めまして」


 俺は言われた通り頭を下げようとした。


 すると。


 国王が俺より先に。


 深々と。


 頭を下げた。


「え?」


 俺が止まる。


 後ろの六人も止まる。


 周囲の大臣や近衛兵たちも、息を呑んでいた。


「陛下?」


 国王は頭を上げると、ものすごく緊張した顔で俺を見た。


「ようやく、お目にかかれた」


「俺に?」


「もちろんです」


 俺は後ろを見る。


 六大神獣がいる。


「こっちじゃなくて?」


「レオン」


 シロが小声で言う。


「失礼」


「いや、だって普通そっちだろ」


 ところが国王は、むしろ六人を見る方が少し気楽そうだった。


 ライカとは同じ君主同士で面識があるらしく、フェニアやミコについても既知なのだろう。


 俺だけが完全な未知。


 そういうことらしい。


「レオン・ハルト殿。今日は確認したいことがございます」


「何でしょう」


「百年前、《王立神獣育成所》に勤務していたことに間違いは?」


「はい」


「六大神獣様方を幼少期から世話していたことも?」


「してました」


「そして百年前の災厄の日、六柱を逃がした後、保存結界へ取り残された」


「たぶん。それで起きたら百年経ってました」


 謁見の間が静かになる。


 国王は側近から一冊の古い本を受け取った。


「これは王家の極秘書庫に保存されていた当時の記録です」


「俺の勤務記録?」


「それも含まれています」


 開かれたページ。


 紙は黄ばんでいる。


 そこには古い文字で、いくつもの名前が書かれていた。


 俺も覗き込む。


「あ、本当だ。俺の名前」


《第二飼育棟担当 レオン・ハルト》


 懐かしい。


「給料安かったなあ」


「そこですか!?」


 近くの大臣が思わず声を上げた。


「いや、見たら思い出して」


 国王まで少し笑った。


 ただ、次のページを開くと、その表情が変わる。


「問題はこちらです」


 百年前。


 育成所襲撃後の記録。


《神獣幼体六体、生存確認》


《担当飼育員レオン・ハルト、行方不明》


 その下。


《六体すべて、担当者捜索を拒否せず》


 さらに。


《炎竜個体、三日間食事を拒否》


《神狼個体、飼育員の寝台より離れず》


《天鳳個体、施設上空を連日旋回》


《海皇個体、水路出口にて待機》


《雷獅子個体、捜索隊への同行を要求》


《九尾個体、瓦礫内の捜索を継続》


「…………」


 俺は途中から読めなくなった。


 百年前。


 俺にとっては。


 ほんの少し前。


 逃がした。


 それで終わったと思っていた。


「お前ら」


 振り返る。


 誰も俺を見ない。


 ルビィは天井。


 シロは床。


 フェニアは横。


 ライカは直立。


 ミコは笑っているが、尻尾が落ち着かない。


 リヴィは水球の中でくるっと後ろを向いた。


「探したの?」


「……少し」


 ルビィが答える。


「三日飯食わないのを少しとは言わないだろ」


「昔のこと!」


 シロが俺の袖を掴む。


「レオン」


「何?」


「その記録」


「うん」


「全部読まなくていい」


「何で?」


「恥ずかしい」


「お前らにもそういう感覚あるんだな」


 少し笑ってしまった。


 国王は静かに本を閉じた。


「王家では、この記録を長く保存してきました。六大神獣様方が何故この地を特別視されるのか、その原点を忘れぬために」


「原点って、ただの育成所ですよ」


「あなたにとっては、そうなのでしょう」


 国王は困ったように笑う。


「だからこそ、私はあなたに緊張しているのです」


「何で?」


「六大神獣様方に王として礼を尽くす方法なら、我々は知っています。しかし」


 国王の視線が俺の後ろへ向く。


 世界最強の六柱が。


 全員。


 俺の周りにいる。


「その六柱すべてから、百年経ってなお『帰る場所』と思われている人物に、どのような礼を尽くせばよいのか。王家の礼法書には書いてありません」


「普通でいいですよ」


 俺は即答した。


「普通?」


「はい。俺、今は魔獣店の店員ですし」


「…………」


「明日も仕事あります」


「…………」


「なので、あんまり偉い扱いされると困ります」


 国王はしばらく黙ったあと。


 とうとう吹き出した。


「分かりました」


「いいんです?」


「ええ。では私も、普通に一つだけお願いしましょう」


「何でしょう」


 国王が真面目な顔へ戻る。


「この国に、これからも住んでいただきたい」


「それだけ?」


「それだけです」


 俺は六人を見る。


 家。


 仕事。


 近所の人たち。


 世界樹の下で昼寝する魔獣。


 騒がしいけど。


 悪くない。


「そのつもりですよ」


 国王の肩から、目に見えて力が抜けた。


「……よかった」


「そんなに?」


「昨夜は眠れませんでした」


「国王も働きすぎじゃない?」


「はい?」


「ライカ」


「なんだ」


「王様ってみんなこんな感じなの?」


「……多い」


「休ませろよ」


「私に言うのか!?」


「お前も休めてなかっただろ」


 国王が。


 笑った。


 大臣たちも。


 最初は我慢していたのに、少しずつ笑い始める。


 謁見の間にあった妙な緊張が。


 ようやく消えた。


     ◇


 帰り際。


「そういえば」


 国王が俺を呼び止めた。


「はい?」


「王家から一つ、返還したいものがあります」


「返還?」


「本来、あなたの所有物です」


「俺の?」


 百年前の俺に。


 王家へ預けるような物なんてあっただろうか。


 国王が側近へ合図すると。


 運ばれてきたのは。


 小さな。


 古びた木箱だった。


「…………」


 見覚えがある。


「これ」


 開ける。


 中。


 首輪。


 ブラシ。


 小さな食器。


 壊れかけた玩具。


 育成所で使っていた。


 あいつらの道具。


「何で王宮に?」


「六大神獣様方が、誰にも処分させなかったそうです」


 俺は。


 ゆっくり。


 後ろを見る。


「…………」


 六人。


 また。


 誰も目を合わせない。


「お前らなあ」


「……大事だったから」


 ルビィが小さく言った。


 シロも頷く。


「レオンのもの」


「百年間?」


「うん」


 俺は木箱から古いブラシを一本取った。


 毛は擦り切れている。


 柄には。


 俺が昔書いた名前。


《シロ用》


「…………」


 シロの耳が。


 ぴん。


「シロ」


「何?」


「帰ったらブラッシングする?」


 尻尾が。


 一気に振れた。


「する」


「私も!」


 ルビィが割り込む。


「私もお願いします!」


 フェニア。


「順番なら私も異存はない」


 ライカ。


「私の分も残っていますでしょうか」


 ミコ。


『私のブラシ水の中で使えるー?』


「お前ら全員やる気かよ!」


 さっきまで。


 国王すら緊張していた六大神獣が。


 古いブラシ一本で。


 すっかり昔の顔に戻っている。


 俺は木箱を抱えながら。


 笑った。


「分かった。帰ったら順番な」


 六人の顔が。


 揃って明るくなる。


 その光景を見た国王が。


 小さく呟いた。


「……なるほど」


「何です?」


「世界中が百年かけても理解できなかった六大神獣様方の扱い方が、少しだけ分かった気がします」


「簡単ですよ」


 俺は古びたブラシを見せた。


「ちゃんと飯食わせて、ちゃんと寝かせて、汚れたら洗って、たまに撫でる」


「それを六大神獣様へ実行できるのが、あなたしかいないのです」


「そんなことないと思うけどなあ」


 後ろから。


「レオン、早く帰ろ!」


「ブラシ」


「今日は私も入浴後にお願いします」


「順番は公平に決めるべきだ」


「私は最後でも構いません。その代わり長めに」


『私もー』


「ほら」


 俺はため息をついた。


「普通だろ?」


 国王は。


 しばらく六人を見たあと。


 苦笑しながら首を横に振った。


「やはり、その『普通』だけは理解できそうにありません」


 百年ぶりに戻ってきた俺の仕事道具。


 その日の夜。


 世界を震え上がらせる六大神獣は。


 世界樹の下へ仲良く並び。


 ブラシを持った俺の前で。


 順番を巡って。


 本気のじゃんけんを始めることになった。


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