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世界最強の神獣たちを育てた飼育員、百年後に目覚めたら全員俺の家に住み着いた ~竜王も神狼も俺の前では昔のままです~  作者: てへろっぱ


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第26話 六大神獣の正体、とっくに近所にはバレていた



 家の前に立てられた看板には、どう見てもこう書いてある。


《世界樹と六大神獣の聖域》


 しかも、その下にはご丁寧に《町内有志一同》の文字まで添えられていた。


「……なあ」


 俺は看板を指差したまま、ゆっくり振り返る。


 ルビィ、シロ、フェニア、ライカ、ミコ。庭の水槽にはリヴィ。六人とも何となく俺と目を合わせようとしない。


「これ、どういうこと?」


「私たちも今知ったよ?」


 ルビィが答えた。


「本当?」


「本当!」


「シロ」


「知らなかった」


「フェニア」


「少なくとも、看板については存じませんでした」


「ライカ」


「私もだ」


「ミコ」


「…………」


「ミコ?」


「看板については存じません」


「『看板については』って何だよ!」


 絶対何か知っている。


 追及しようとしたところで、少し離れた道からマーサさんが歩いてきた。昨日の歓迎会でも世話になった近所のパン屋のおばさんだ。


「あら、見つけたのね」


「マーサさん!」


「どう? なかなか立派でしょう?」


「どう、じゃないですよ!」


 俺は看板を叩く。


「六大神獣って書いてあります!」


「書いたわねえ」


「正体隠してたんですけど!?」


 マーサさんはきょとんとしたあと、後ろにいる六人を見た。


 赤い髪のルビィ。


 銀髪で狼耳を隠しきれていないシロ。


 金色の羽根がたまに出るフェニア。


 感情が高ぶると静電気では説明できない雷を出すライカ。


 九本の尻尾を隠す気が薄いミコ。


 そして、家より大きな水槽で暮らしていたリヴィ。


「……隠してたの?」


「隠してましたよ!」


「そうだったの」


「気づいてなかったんですか!?」


「てっきり、みんな知ってるけど触れないでほしいのかと思ってたわ」


「もっと悪い!」


 俺は頭を抱えた。


 後ろでルビィが小声を漏らす。


「やっぱりバレてたんだ」


「お前ちょっと安心してない?」


「だって、ずっと誤魔化すの難しかったし……」


「努力しろ!」


 シロが自分の頭へ手を伸ばした。


「耳、出てた」


「知ってる!」


「尻尾も」


「それも!」


「なら仕方ない」


「諦めるな!」


 マーサさんが腹を抱えて笑い始めた。


「そんなに笑わなくても……」


「だってレオンさん、近所じゃとっくに有名よ。『六大神獣を普通の娘みたいに叱ってる兄ちゃん』って」


「何ですかその評判!」


「昨日なんて、天鳳様がお風呂に入れられて悲鳴を上げてたでしょう?」


「やめてください!」


 フェニアの顔が真っ赤になる。


「雷帝様は雷雨の夜にレオンさんの部屋へ逃げ込んだそうだし」


「誰から聞いた!?」


 今度はライカ。


「壁が薄いのよ」


「…………」


 雷帝様が固まった。


 ルビィが笑おうとして、その瞬間マーサさんが続ける。


「炎竜皇様は朝になるとパンの匂いで窓から顔出すし」


「私も!?」


「白銀神狼様は庭でお腹見せて寝てたわね」


「…………見られた」


「海皇様は水槽から魚ちょうだいって叫んでるし」


『聞こえてたー?』


「通り二本先までね」


『そんなにー?』


「お前声でかいんだよ!」


 そして。


 全員の視線がミコへ。


「ミコだけ何もない?」


 俺が聞く。


 マーサさんは少し考えた。


「九尾様は、近所の土地を三倍で買った人でしょう?」


「はい」


「十分だよ!」


 全滅だった。


     ◇


「じゃあ、いつから知ってたんです?」


 家の庭に椅子を出し、マーサさんへお茶を渡す。世界樹の根元では、今日も何匹もの小さな魔獣が丸くなって眠っていた。


「最初から全部分かってたわけじゃないわよ」


「ですよね」


「最初は、ずいぶん綺麗な娘さんたちが集まってる家ねえ、くらい」


「そこから?」


「炎竜皇様が屋根から降りてきた辺りで、パン屋の主人が気づいたわ」


「かなり早い!」


「昔、王都で御姿を見たことがあるのよ」


 ルビィが気まずそうに視線を逸らす。


「でも、それだけなら似た人かなって思ったの」


「良かった」


「次の日に白銀神狼様が尻尾出したまま買い物してたから確信したけど」


「シロ!」


「忘れた」


「隠すのを?」


「うん」


 シロならやりそうだ。


「それで騒ぎにならなかったんですか?」


「最初はなったわよ。この辺りの家で集まってね」


「やっぱり」


 普通ならそうなる。


 六大神獣なんて、国によっては神殿まで建っている存在らしい。それが一つの家に全員集まっているのだから、腰を抜かしてもおかしくない。


「でもねえ」


 マーサさんはお茶を一口飲んでから、庭を見渡した。


「一週間くらい見てたら、どうでもよくなっちゃって」


「どうでも!?」


「だって炎竜皇様はパン欲しそうに店の前をうろうろしてるし、白銀神狼様は子供に撫でられて尻尾振ってるし、天鳳様はお風呂から逃げるし」


「そこだけもう忘れてください!」


「雷帝様なんて、朝にゴミ出ししてたでしょう?」


 俺はライカを見る。


「お前そんなことしてたの?」


「レオンが仕事へ行ったあと、当番を決めた」


「偉いじゃん」


「……当然だ」


 褒めると、ほんの少しだけ胸を張る。


「海皇様は?」


『水槽のごみ拾ってるー』


「自分で?」


『うん』


「偉い偉い」


『やったー』


 リヴィが水面から両手を上げて喜ぶ。


 それを見たマーサさんが笑った。


「ね?」


「何がです?」


「神様だって言われても、近所から見ればレオンさんちの娘さんたちなのよ」


「…………」


 思わず黙ってしまった。


 ルビィたちも同じだった。


「怖くないんですか?」


「最初は怖かったわよ。でも」


 マーサさんは世界樹の下で遊ぶ子供たちを見る。


「うちの孫が転んだ時、フェニアさんが真っ先に駆け寄ってくれたでしょう?」


「……ああ」


 昨日の歓迎会の帰り、小さな子が膝を擦りむいた。フェニアは神力なんて使わず、俺に言われた通り水で洗って布を巻いてやっていた。


「シロさんは迷子の犬を探してくれたし、ルビィさんはパン屋の重い小麦袋を運んでくれた。ライカさんは壊れた柵を直してくれたし、ミコさんは一人暮らしのお爺さんの買い物を手配してくれた」


「私だけ金で解決したように聞こえますね」


「実際そうだろ?」


「今回は品物だけです」


「成長したな」


「ありがとうございます」


 褒めていいのか微妙だ。


「だからまあ」


 マーサさんが肩をすくめる。


「六大神獣だろうが何だろうが、迷惑かけなきゃ近所の人よ」


 その言葉に。


 六人とも、しばらく何も言わなかった。


 百年間。


 世界から神として扱われてきたこいつらに。


 そんなことを言う人は。


 もしかしたら、あまりいなかったのかもしれない。


「……マーサさん」


 ルビィが少し照れたように笑う。


「明日もパン買いに行っていい?」


「もちろんよ」


「普通にお金払ってね」


「払うよ!」


「店ごと買わない?」


「それミコ!」


「私ももういたしません」


「『もう』ってことは買う気あったんだ」


 やっぱり危ない。


     ◇


「でも」


 俺は看板を見る。


「正体がバレてるなら、この看板も問題ないのか……?」


「問題ある」


 珍しくシロが即答した。


「何で?」


「知らない人が来る」


「……あ」


 そうか。


 近所だけならいい。


 でも《六大神獣の聖域》なんて看板を見られたら。


「巡礼者とか来る?」


 俺が聞くと、フェニアが困ったように笑う。


「来るでしょうね」


「どれくらい?」


「私の聖域だけでも年間数十万人ほどが」


「そんなに!?」


 ライカが腕を組む。


「六柱すべてとなれば、各国から人が押し寄せる可能性が高い」


「まずいじゃん!」


「そのため」


 ミコが懐から紙を取り出した。


「対策案を用意しております」


「何?」


「周辺を買収し、巨大防壁を――」


「却下!」


「まだ一行目ですが」


「もう駄目!」


「では入場料を設定し――」


「観光地にするな!」


「予約制に」


「そういう問題じゃない!」


 俺は看板へ駆け寄った。


「これ外す!」


「あら」


 マーサさん。


「せっかく作ったのに」


「誰が作ったんです?」


「近所の大工さん」


「出来はすごくいいですよ!」


 立派な木。


 丁寧な彫刻。


 捨てるのも悪い。


「…………」


 俺は少し考えて。


「よし」


 筆を持ってきた。


「書き換える」


《世界樹と六大神獣の聖域》


 そこへ線。


 そして。


《レオン家》


「これでいい」


「普通」


 シロが満足そうに頷く。


「普通すぎませんか?」


 フェニア。


「家なんだからこれでいいんだよ」


 さらに下へ。


《魔獣を大切にしましょう》


「これは残す」


「うん」


 ルビィも笑った。


 そして最後。


 大きく。


《見学・巡礼お断り》


「完璧」


 これなら誰も来ない。


 俺は満足して筆を置いた。


     ◇


 翌朝。


「レオン」


「ん……?」


「起きて」


 シロに肩を揺すられた。


「まだ早いだろ……」


「外」


「何?」


「人」


「…………」


 嫌な予感。


 窓を開ける。


「…………」


 家の前。


 ずらああああああっ。


 人。


 人。


 人。


 通りの先まで。


 人。


「何これ!?」


 巡礼者。


 騎士。


 神官。


 商人。


 旅人。


 どう見ても近所の人数ではない。


「昨日の看板、誰かが見たらしい」


 ルビィが言う。


「一晩で!?」


 外から声。


「六大神獣様の聖域はここか!」


「世界樹もあるぞ!」


「奇跡だ!」


「拝ませてくれ!」


「見学お断りって書いてあるだろおおおお!」


 俺の声が。


 朝の町へ響いた。


 すると。


 列の一番前にいた老人が看板を見て。


「なるほど」


 深く頷いた。


「俗世を離れ、静かに暮らされたいとの神託……!」


「違う!」


「この慎ましい名――《レオン家》にも深い意味が!」


「ただの名字みたいなもんだよ!」


「巡礼お断りとは、真に信仰を試す試練!」


「帰れって意味だよ!!」


 駄目だ。


 何を書いても。


 勝手にありがたがられる。


 背後では。


 六大神獣が。


 揃って俺から目を逸らしていた。


「お前ら」


「…………」


「何とかしろ!」


 ルビィが小さく手を挙げる。


「私たちが出ると」


「うん」


「もっと盛り上がると思う」


「…………」


 正論だった。


 俺は。


 玄関前に並ぶ巡礼者の大群を見て。


 深く。


 深く。


 ため息をついた。


 ようやく近所では普通に暮らせるようになったのに。


 今度は。


 **世界中が俺たちの家を見つけ始めたらしい。**


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