第25話 世界樹を返品しようとしたら、魔獣たちが集まってきた
「ミコ」
「はい」
「世界樹の管理者に連絡」
「すでに可能です」
「返品する」
「…………」
「何で黙る?」
朝。
俺は家の裏庭に生えた巨大な世界樹を見上げながら、腕を組んでいた。
昨日までは何もなかった場所に、銀色の幹を持つ大樹がそびえている。葉は朝日を受けて青白く輝き、風が吹くたびに涼しげな音を鳴らしていた。
綺麗ではある。
ものすごく綺麗ではある。
だが。
「普通の家の庭に置くものじゃないだろ」
「苗木ですよ?」
「家の三倍くらいある苗木があるか!」
「世界樹としては小柄です」
「比較対象がおかしい!」
ミコの横では、ルビィが木を見上げていた。
「でもレオン、これいいよ」
「何が?」
「夏涼しそう!」
「そこは認める」
シロはすでに根元に座り、幹へ背中を預けている。
「落ち着く」
「お前、日向ぼっこ庭作っただろ」
「ここも好き」
「気に入る場所増やすな」
フェニアは葉を一枚眺めながら感心していた。
「周辺の空気も浄化されていますね。これほど若い世界樹でこの力とは」
「フェニア」
「はい?」
「残す方向へ誘導しない」
「客観的な感想です」
ライカまで根元を調べている。
「地盤も強化されている。防風、防火、魔力災害への耐性も――」
「要塞評価するな!」
「だが有用なのは事実だ」
そして水槽から。
『葉っぱきれいー』
「リヴィまで」
『根っこ、水槽の下まで来てる』
「え?」
俺は固まった。
「もう?」
『うん』
「昨日生えたばっかりだぞ!?」
ミコがさらりと答える。
「世界樹ですから」
「便利な言葉にするな!」
これ以上根を広げられる前に返した方がいい。
「決定。返品」
「レオン」
ルビィが残念そうに木を見る。
「本当に?」
「ああ。貰い物として規模がおかしい」
「……分かった」
意外にも素直だった。
シロも立ち上がる。
「レオンが決めたなら」
「私も異存はありません」
フェニアが頷き、ライカもそれ以上反対しない。
ミコだけが確認するように尋ねた。
「管理者側へ、移植の手配を?」
「頼む」
「承知いたしました」
「今日中にできる?」
「先方に確認いたします」
「よし」
ようやく一つ、普通へ戻せそうだ。
そう思った時だった。
「……ん?」
かさっ。
茂みから音がした。
「何だ?」
見る。
小さな耳。
茶色い顔。
兎に似た魔獣が、こちらを窺っていた。
「おいで」
しゃがんで手を出す。
魔獣は少し警戒したあと、とことこと近づいてきた。
「森耳兎かな」
店でも見たことがある。臆病で、人里には滅多に近づかない種類だ。
「何でこんなところに……」
頭を撫でる。
体調は悪くなさそうだ。
「迷った?」
「違う」
シロが鼻を動かす。
「世界樹」
「これ目当て?」
「たぶん」
すると。
がさがさ。
「…………」
もう一匹。
さらに二匹。
その後ろから、小さな角の生えた鹿。
羽のある猫。
丸い毛玉。
「増えたな」
俺は立ち上がった。
ルビィが指を差す。
「レオン、向こうも」
「え?」
塀の上。
鳥型魔獣が十羽。
屋根。
三羽。
世界樹の枝。
「…………」
いっぱい。
「何これ!?」
フェニアが少し考え込む。
「世界樹から流れる清浄な魔力に引き寄せられているのでしょう。弱い魔獣ほど、安心できる場所として感じるのかもしれません」
「へえ」
俺の足元。
さっきの森耳兎が丸くなる。
「お前、ここで寝る気?」
「きゅ」
「返事した」
シロが俺の隣へしゃがむ。
「居つく」
「いやいや」
家にはもう六大神獣がいるんだぞ。
これ以上住人を増やすわけには――。
「レオン!」
ルビィの声。
「今度は何?」
「道!」
表へ回る。
「…………」
俺は言葉を失った。
魔獣。
魔獣。
魔獣。
通りの向こうから、大小様々な魔獣がこちらへ歩いてくる。
犬くらいのもの。
猫くらいのもの。
頭に花を咲かせた小鹿。
浮かびながら進む丸い魚。
「魚?」
『仲間ー?』
「リヴィ、違うと思う」
しかも。
どいつもこいつも。
うちの庭へ入った途端。
ぺたん。
座る。
「…………」
「…………」
六人と俺。
静かになった。
「これ」
ルビィが聞く。
「どうする?」
「俺に聞くな」
そう言いながら。
一匹を見る。
毛が絡まっている。
「…………」
もう一匹。
爪が伸びすぎ。
「…………」
小鹿。
左後ろ脚を少し庇っている。
「…………」
俺はため息をついた。
「ルビィ」
「はい」
「桶」
「持ってくる!」
「シロ、布」
「分かった」
「フェニア、怪我してる仔だけ見て。神力は最低限」
「承知しました」
「ライカは大きい奴が暴れないよう見てて」
「任せろ」
「ミコ」
「必要な道具を購入します」
「店ごと買うなよ」
「……道具だけ購入します」
「今ちょっと間があったな?」
『私はー?』
「リヴィ」
『うん』
「水好きな奴がいたら水槽の端貸してやって」
『いいよー』
「よし」
気づけば。
全員動いていた。
「……何やってんだ俺」
返品するはずだった世界樹の下で。
俺は魔獣の毛を梳いていた。
◇
「次」
「きゅう」
「はいはい」
爪を切る。
「次」
「みゃあ」
「毛玉だな。痛かったら言えよ」
梳く。
「次」
「ぶも」
「お前でかいな!」
昼前。
庭は完全に魔獣で埋まった。
「レオン、これ何匹目?」
ルビィが聞く。
「知らん」
「百はいる」
シロが淡々と答えた。
「数えてたの?」
「途中まで」
しかも、近所の人まで集まり始めている。
「まあ!」
マーサさんが世界樹と魔獣の群れを見比べていた。
「昨日より随分賑やかねえ」
「賑やかで済ませていいですかこれ?」
「可愛いじゃない」
「数が!」
マーサさんの足元にも、小さな毛玉がすり寄る。
「あらあら」
「餌あげすぎないでくださいね」
「分かってるわよ」
「本当に?」
「レオンさん、近所のおばちゃんを何だと思ってるの」
「魔獣を太らせる人」
「失礼ね!」
でも、手にはパン。
「それ誰にあげる気でした?」
「…………」
「マーサさん」
「半分だけ」
「駄目です」
「厳しいわねえ」
子供たちも大喜びだ。
「レオン兄ちゃん! 昨日の葉っぱトカゲも来た!」
「本当だ」
世界樹の枝。
例の緑色の小さな魔獣が、元気そうに葉の間を走っている。
「ここ気に入ったみたい!」
「そのようだな」
何だか。
魔獣店より魔獣が多い。
その時。
「レオン君」
「ん?」
聞き覚えのある声。
振り向く。
《もふもふ魔獣店ポッケ》の店主が立っていた。
「店長!?」
「聞いたよ」
「何を?」
「君の家に魔獣が百匹以上集まってるって」
「情報早いですね!」
「町中の噂だよ」
店主が世界樹を見る。
「……あれが原因かい?」
「たぶん」
「世界樹に見えるんだけど」
「似た木です」
「世界樹だね」
「何で分かるんです?」
「長く魔獣商やってるからねえ」
誤魔化せなかった。
店主は笑いながら庭を見る。
「しかし」
「はい?」
「これだけいるのに、静かだね」
「そうです?」
言われて気づく。
大型も小型もいる。
普通なら縄張り争いが起きてもおかしくない。
でも。
全員。
寝ている。
食べている。
遊んでいる。
俺の周りにも何匹か固まっている。
「君がいるからかな」
「まさか」
「店でも同じだろ?」
「…………」
「魔獣が君の近くにいると落ち着く」
店主は俺の肩を叩いた。
「やっぱり天職だよ、レオン君」
「俺は普通の飼育員ですよ」
「普通ねえ」
店主は。
俺の後ろを見る。
「じゃあ、あの人たちも?」
「?」
振り返る。
ルビィが巨大な猪魔獣を抱えている。
シロは狼型魔獣十匹に囲まれている。
フェニアの周りには鳥が群がり。
ライカの前では大型魔獣たちが妙に姿勢よく座っている。
ミコの九本の尻尾には小型魔獣が何匹も潜り込み。
リヴィの水槽では水棲魔獣が増えていた。
『レオーン』
「何?」
『増えたー』
「見れば分かる!」
『水槽せまい』
「お前が言う!?」
店主。
「普通?」
「…………」
「レオン君?」
「ちょっと変わった家族です」
「だろうねえ」
◇
午後。
ミコが俺のところへ来た。
「レオン」
「ん?」
膝の上で毛玉魔獣を寝かせたまま振り返る。
「世界樹管理者より返答がございました」
「お」
「移植可能とのことです」
「よかった」
「本日夕刻にも作業を開始できます」
「じゃあ頼む」
「はい」
ミコは頷いた。
しかし。
「…………」
「何?」
「いえ」
視線。
俺の膝。
世界樹の根元。
そこで眠る魔獣たち。
「……どうした?」
「移植すれば、この仔たちは恐らく散ります」
「だろうな」
世界樹目当てなんだから。
「元いた場所へ戻るだけだろ」
「ええ」
「なら問題ない」
「そうですね」
その時。
足元の森耳兎が。
「きゅ」
俺の靴へ顔を押しつけた。
「…………」
「レオン?」
「何でもない」
別の魔獣が。
俺の足へ乗る。
「…………」
世界樹を見る。
風。
銀色の葉。
その下。
安心しきって眠る魔獣。
「…………」
「レオン」
「言うな」
「まだ何も」
「顔で分かる」
ミコが笑った。
「どうされます?」
「…………」
俺は頭を掻く。
「根って」
「はい」
「これ以上家壊したりしない?」
「調整可能です」
「大きくなる速度は?」
「抑制できます」
「管理は?」
「私が責任を持ちます」
「金で周囲を買い足したり?」
「……必要なら」
「するな」
「はい」
「あと新しい施設作るなよ」
「…………」
「ミコ?」
「はい」
本当に危ない。
「じゃあ」
世界樹を見上げる。
「残すか」
ルビィ。
「ほんと!?」
どこから聞いていた。
シロの尻尾が大きく揺れる。
フェニアも笑い、ライカが頷く。
水槽。
『やったー』
「お前ら全員聞いてたの!?」
「聞こえた!」
「耳がいい」
「神獣ですので」
「偶然だ」
『水の中でも聞こえるー』
「盗み聞きの言い訳だけ豪華だな!」
俺の膝の上。
毛玉魔獣が寝返りを打つ。
「まったく」
世界樹一本。
残った。
普通からは。
また遠ざかった。
でも。
「まあいいか」
俺が毛玉を撫でると。
「きゅう」
気持ちよさそうに鳴いた。
◇
夕方。
家の前に。
新しい看板が立っていた。
「…………」
《世界樹と六大神獣の聖域》
「ミコ」
「私ではございません」
「じゃあ誰!?」
下。
小さく。
《町内有志一同》
「近所の人かよ!」
さらに。
《魔獣を大切にしましょう》
「…………」
これは。
「まあ」
悪くない。
「レオン」
ルビィが看板を指差す。
「六大神獣って書いてあるけど」
「…………」
「正体」
シロ。
「ばれてる?」
「…………」
俺はゆっくり町の方を見る。
マーサさんが。
遠くから。
笑顔で手を振っていた。
「…………」
俺は嫌な予感がした。
どうやら。
俺たちが必死に隠しているつもりの正体は。
とっくに。
近所には知られているのかもしれなかった。




