第24話 六大神獣、町内の歓迎会で普通を頑張る
歓迎会は三日後の夕方、近所の人たちが共同で使っている広場で開かれることになった。
それを聞いた瞬間から、うちの六人は妙に張り切っていた。
「いいか。今回は本当に普通の町内会だからな」
当日の朝、俺は食卓に六人を集め、念入りに確認する。何しろ相手は王侯貴族でも騎士団でもない。パン屋のおばさんや、向かいに住んでいる老夫婦や、その辺を走り回っている子供たちだ。
ここで炎竜皇だの雷帝だのという正体が露見したら、二度と普通の近所付き合いなんてできなくなる。
「まず、神力禁止」
「分かってる!」
ルビィが元気よく手を挙げ、シロとライカも頷く。フェニアも今回は反論せず、ミコはいつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
「高価すぎる手土産も禁止。ミコ、特にお前」
「ですので金貨はやめました」
「よし」
「代わりに王都最高級菓子店を一軒買収しまして」
「何で店ごと買うんだよ!」
「菓子折りを確実に用意するためです」
「買うのは菓子だけでいい!」
朝から頭が痛い。
ミコは百年の間に、金で解決する癖がつきすぎたらしい。俺が金貨千枚を止めた結果、「では供給元を押さえればよいのですね」と判断するあたりが特に危険だった。
「あとライカ」
「なんだ」
「護衛は?」
「連れてこない」
「本当に?」
「遠方待機もさせていない」
「偉い」
俺が頭を撫でると、ライカは一瞬だけ背筋を固くしたあと、ほんの少し顔を緩めた。
「子供扱いするな」
「嫌だった?」
「……嫌とは言っていない」
「じゃあいいじゃん」
「そういう問題ではない」
そう言いつつ離れないので、そのままもう一度撫でておいた。
それを見たルビィとシロが当然のように並び始めたので、朝の打ち合わせは予定より十分ほど長引いた。
◇
夕方。
俺たちが広場へ向かうと、すでに長い机が何本も並べられていた。
焼いた肉や野菜、パン、果物。それぞれの家から持ち寄ったらしい料理がたくさん並び、子供たちがその周囲を走り回っている。どこからか弦楽器の音も聞こえてきて、思っていたよりずっと賑やかだった。
「おお……」
俺はちょっと感動した。
「こういうのでいいんだよ」
「何が?」
隣のルビィが首を傾げる。
「普通の生活」
「これが普通?」
「ああ。近所のみんなで飯食って、喋って、子供が遊んでる。最高じゃん」
「…………」
ルビィたちが顔を見合わせた。
「どうした?」
「ううん」
ルビィが嬉しそうに笑う。
「レオンが楽しそうだから」
「まだ何も始まってないぞ」
「それでも」
そんなことを言われると、少し照れくさい。
「あら、来たわね!」
この前うちへ来たおばさんが手を振っている。名前はマーサさんといって、近所でパン屋を営んでいるらしい。
「こんばんは」
「こんばんは。まあまあ、今日は全員ね」
「はい。騒がしくしないよう言ってあります」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
「この六人の場合、警戒しすぎくらいがちょうどいいんです」
「レオン!」
ルビィが抗議するが、事実なので仕方ない。
マーサさんは笑いながら、ルビィたちを一人ずつ見た。
「ええと……赤い髪のあなたがルビィちゃん」
「はい!」
「銀髪がシロちゃん」
「うん」
「金髪がフェニアさんで、背の高いのがライカさん。黒髪がミコさん」
「覚えていただき光栄です」
ミコが綺麗に頭を下げる。
「それで青い髪の子は……」
マーサさんが辺りを見回した。
「リヴィは?」
俺も振り返る。
いない。
「…………」
嫌な予感がした。
「リヴィー?」
『ここー』
声は下から聞こえた。
「下?」
広場の端。
小さな水桶。
その中から青い頭がひょこっと出た。
『入れたー』
「小さくなれるなら最初からそうしろよ!」
『狭いー』
「我慢しろ!」
どうやら本来の巨大水槽を持ってくるのは諦め、小型の水球に身体を包んで移動してきたらしい。それを途中で見つけた大きめの水桶へ勝手に入ったようだ。
マーサさんは一瞬だけ固まったが、すぐに笑った。
「あら。便利ねえ」
「そこ受け入れるんですか?」
「喋る魔獣くらい今時珍しくないわよ」
『魔獣じゃ――』
「リヴィ」
『珍しい魔獣です』
「学習したな」
『えらい?』
「あとで魚一切れ」
『やった』
随分安いご褒美で満足する海皇だった。
◇
歓迎会が始まって十分。
俺はあることに気づいた。
「……思ってたより普通だな」
誰も空を焼いていない。
雷も落ちない。
浄化の光も出ていない。
土地も買収されていない。
六人とも近所の人と普通に話している。
ルビィはマーサさんから焼きたてのパンをもらい、幸せそうに頬張っていた。
「おいしい!」
「そんなに気に入った?」
「うん!」
「なら明日店にもいらっしゃい」
「行く!」
「買い占めるなよ」
「しないよ!」
俺が釘を刺すと、周囲から笑い声が上がる。
シロは子供たちに囲まれていた。
「お姉ちゃん、髪きれい!」
「ありがとう」
「犬好き?」
「好き」
「僕も!」
「そう」
「お姉ちゃん、犬飼ってる?」
「…………」
シロが俺を見る。
「どう答えればいい?」
「俺に聞くな」
「私が犬」
「言うな!」
危ない。
子供は意味が分からなかったらしく、楽しそうに笑っているだけだった。
一方、フェニアは年配の女性たちと話していた。
「まあ、髪が綺麗ねえ。何か特別なお手入れを?」
「いえ、それほど――」
「毎日風呂に入るようになったからです」
「レオン!」
「あらまあ」
「最近まで嫌がってまして」
「言わないでください!」
「若い子でもお風呂嫌いなのねえ」
「若い……」
フェニアが少し嬉しそうな顔をした。
「そこ喜ぶんだ?」
「何のことでしょう」
百歳を超えると年齢の基準も変わるらしい。
ライカは近所の老人たちから酒を勧められていた。
「姉ちゃん、飲める口か?」
「多少なら」
「よし!」
「ただし、明朝は五時から政務確認が――」
「休暇」
俺が背後から言う。
「…………」
「休暇中」
「分かっている」
「今日は仕事の話禁止」
「しかし国家から緊急連絡が」
「国が滅びる?」
「そこまでではない」
「じゃあ明日」
「…………はい」
老人たちが目を丸くする。
「姉ちゃん、あんた随分この兄ちゃんに弱いな」
「弱いわけではない!」
「じゃあ逆らえる?」
「…………」
ライカが俺を見る。
「レオン」
「何?」
「今日はもう一杯飲んでもいいか」
「俺に許可取る時点で答え出てるだろ」
老人たちが大笑いした。
ライカは耳まで赤くなっていた。
そして一番心配だったミコ。
「…………」
「ミコ」
「はい?」
「今何してる?」
「商談です」
「歓迎会で?」
向かいには近所の八百屋のおじさん。
「いやあ、この辺りも最近人が増えてきましてな。店を広げようかと思ってたんですよ」
「なるほど。では隣接する二店舗を取得し――」
「ミコ」
「はい」
「金で拡張するな」
「では融資を」
「普通に相談乗るだけ!」
「難しいですね」
「何で!?」
この中で一番社会生活できそうなのに、金銭感覚だけが致命的だった。
◇
「レオン兄ちゃん!」
「ん?」
近所の子供が三人、俺のところへ走ってきた。
「魔獣屋さんで働いてるんだろ?」
「ああ」
「じゃあ魔獣詳しい?」
「まあ、それなりに」
「これ見て!」
一人の少年が両手を開く。
掌の中に、小さな緑色の生き物がいた。
「お」
蜥蜴に似ている。
ただし背中に葉っぱのようなものが生えていた。
「どこで見つけた?」
「広場の木の下!」
「弱ってる?」
「動かないんだ」
「ちょっと貸して」
受け取る。
身体は冷たい。
呼吸も浅い。
「……腹減ってるな」
「分かるの?」
「たぶん」
口元。
身体の大きさ。
葉の色。
「こいつ、木の蜜を食う種類かな」
近くの果物を少し潰して、汁を指先につける。
「ほら」
鼻先へ。
ぺろ。
「!」
もう一度。
ぺろぺろ。
少しずつ動き始めた。
「わあ!」
「元気になった!」
「すげえ!」
「大声出すな。びっくりする」
少年たちが慌てて口を押さえる。
「この辺りじゃ珍しいの?」
「見たことない!」
「じゃあ店長に聞いてみるか」
俺がそう言うと。
視線を感じた。
「…………」
六人。
全員。
こっちを見ている。
「何?」
ルビィが笑う。
「やっぱり」
「何が?」
「レオンはどこにいてもレオンだね」
「だから何だよ」
シロも頷く。
「魔獣いるとすぐ世話する」
「仕事だからな」
「仕事じゃない時も」
「…………」
言われてみれば。
そうかもしれない。
「別にいいだろ」
「うん」
フェニアが柔らかく笑った。
「それがレオンですから」
何だか照れくさくなって、俺は小さな蜥蜴へ視線を戻した。
「ほら。もう大丈夫そう」
「ありがとう、レオン兄ちゃん!」
「木の下に戻すなら、少し元気になってからな」
「うん!」
子供たちが嬉しそうに走っていく。
その背中を見ながら。
「……こういうのいいな」
「歓迎会?」
ルビィ。
「それも」
俺は周囲を見る。
笑っている人。
食べている人。
走る子供。
普通の町。
普通の暮らし。
「百年前に目覚めた時は、どうなるかと思ったけど」
「うん」
「ここなら暮らせそうだ」
六人が。
一瞬だけ。
静かになった。
「…………」
「どうした?」
ミコが一番先に笑った。
「何でもございません」
「そう?」
「ええ」
その九本の尻尾が。
隠しているはずなのに、一瞬だけ嬉しそうにふわっと膨らんだ気がした。
◇
歓迎会も終盤。
「いやあ、食った」
俺は椅子へ背中を預けた。
「普通の歓迎会だったな」
「そうだね!」
ルビィが満足そうに頷く。
「何も起こらなかった」
シロ。
「素晴らしいことです」
フェニア。
「地域住民との交流も有意義だった」
ライカ。
「商機も――」
「ミコ」
「冗談です」
『魚おいしかったー』
リヴィ。
「よし」
本当に。
今日は普通だった。
俺の希望がようやく叶った。
「帰るか」
立ち上がった、その時。
広場の端から。
「おーい!」
誰かが走ってくる。
マーサさんの旦那さんだ。
「どうしたんです?」
「レオンさん!」
「はい?」
「お宅の方から……」
「うち?」
嫌な予感。
「何です?」
「ものすごく大きな木が生えてるぞ!」
「…………」
俺。
六人。
全員。
止まった。
「誰?」
「…………」
「今日何かした奴」
「…………」
誰も手を挙げない。
「本当に?」
「私は何も!」
ルビィ。
「知らない」
シロ。
「私でもございません」
フェニア。
「当然だ」
ライカ。
「本日は土地に触れておりません」
ミコ。
『私ずっとここー』
リヴィ。
「じゃあ何だよ!?」
急いで家へ戻る。
角を曲がった。
「…………」
あった。
うちの裏庭。
昨日まではなかった。
巨大な木。
いや。
ただの木じゃない。
銀色の幹。
青白く光る葉。
家どころか、水槽よりはるかに大きい。
「おいおい……」
俺が近づくと。
木の根元に。
一枚の紙が刺さっていた。
『レオン様へ』
「…………」
読む。
『新居祝いとして贈ります』
「誰から?」
下。
『世界樹の管理者一同』
「…………」
さらに。
『六大神獣様のお住まいと伺いましたので、世界樹の苗木を一本』
「苗木!?」
俺は巨大な木を見上げた。
「これが!?」
ミコが冷静に葉を確認する。
「まだ樹齢三十年ほどですね」
「十分でかいよ!」
ルビィが嬉しそうに見上げる。
「綺麗!」
シロ。
「日陰できる」
フェニア。
「魔力濃度も安定しますね」
ライカ。
「防御面でも有用だ」
『水槽まで根っこ来るかなー』
「全員受け入れるな!」
俺は紙を握りしめた。
歓迎会。
確かに。
普通に終わった。
ただし。
帰ってきた家は。
また一つ。
普通から遠ざかっていた。
「誰だよ俺んちの住所、世界中に教えたの!」
六人。
ゆっくり。
ミコを見る。
「…………」
「ミコ?」
「必要な連絡先として」
「お前かあああああ!!」
九尾のミコは。
とても上品に。
目を逸らした。




