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世界最強の神獣たちを育てた飼育員、百年後に目覚めたら全員俺の家に住み着いた ~竜王も神狼も俺の前では昔のままです~  作者: てへろっぱ


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第22話 見るだけのはずだった温泉が残った



「見るだけだからな」


 俺は地下へ続く階段の前で、もう一度念を押した。


「分かってる!」


 ルビィが元気よく返事をする。


「見るだけ」


 シロも頷いた。


「もちろんです」


 フェニアは微笑んでいる。


「採用するかどうかは、レオンが決めればいい」


 ライカも真面目な顔だ。


「はい。私もそのつもりでおります」


 ミコ。


『温泉あったかいよー』


 水路の奥からリヴィ。


「お前もう使ってるじゃん!」


『見るだけー』


「全身浸かってるだろ!」


『よく見てるだけ』


「屁理屈!」


 嫌な予感しかしない。


 それでも、作られたものを一度も見ずに全部壊せというのも少しもったいない気がしてしまった。


 ……この時点で俺は負け始めていたのかもしれない。


「じゃあ行くぞ」


 階段を降りる。


 十段。


 二十段。


 三十段。


「……長くない?」


「空間を調整しておりますので」


 後ろを歩くミコが答えた。


「地下じゃないって言ってたよな?」


「地下空間ではございません」


「じゃあ何?」


「亜空間です」


「もっと大ごとだよ!」


 普通の家の床下に亜空間を作るな。


 ようやく階段が終わる。


「…………」


 俺は立ち止まった。


 目の前。


 広い。


 ものすごく広い。


 岩造りの通路が伸びていて、壁には柔らかな光を放つ魔道具が並んでいる。地下というより、高級な宿か何かにしか見えない。


「ミコ」


「はい」


「三部屋増やす話だったよな?」


「地上部分は三部屋です」


「そういう抜け道使うな!」


「嘘は申しておりません」


「一番たち悪いやつ!」


 ルビィが俺の背中を押す。


「レオン、こっち!」


「押すな押すな」


「温泉!」


「分かったって」


 通路の先。


 木製の扉を開く。


「おお……」


 思わず声が出た。


 湯気。


 岩風呂。


 小さな露天部分。


 広すぎない。


 派手すぎない。


 周囲には木が植えられていて、どこからか月明かりまで差し込んでいる。


「……これ、亜空間なんだよな?」


「はい」


「外じゃないの?」


「外ではございません」


「空あるけど」


「演出です」


「やりすぎだろ」


 とはいえ。


 かなりいい。


 俺が黙っていると、ルビィがにやにやした。


「気に入った?」


「…………まあ」


「気に入った!」


「まあって言った!」


 シロがすでに靴を脱ぎ始めている。


「おい」


「入る」


「今?」


「見るだけ終わった」


「勝手に次の段階へ進むな!」


 ライカまで湯へ手を入れている。


「適温だな」


「お前も自然に参加するな」


「疲労回復効果も確認した」


「だから普通の温泉に変な効果つけるなって!」


「これは泉質だ。魔法ではない」


「……本当に?」


「本当だ」


 それならまあ。


 温泉くらい。


「…………」


 いやいや。


 流されるな俺。


「でも維持費どうすんの?」


 ミコが答える。


「不要です」


「何で?」


「地脈から自然湧出しております」


「ここ亜空間だろ!?」


「地脈だけ接続しました」


「家の下どうなってるの!?」


 怖くなってきた。


 俺が床を見ていると、フェニアがそっと後退した。


「では温泉も確認できましたし、次へ参りましょう」


「待て」


「はい?」


「フェニア」


「何でしょう」


「せっかく温泉あるぞ」


「そうですね」


「今日入れ」


「…………」


「昨日も『夕食後に入る』って言ったよな」


「…………」


「入った?」


「……足湯を」


「それ入浴じゃない!」


 ルビィが吹き出す。


「フェニア、逃げたんだ!」


「逃げておりません!」


 シロも淡々と言う。


「足だけ」


「十分清潔です!」


「十二日入らなかった人が言うな」


「シロ!」


 俺は温泉を指差した。


「今日こそ」


「しかし」


「温泉だぞ」


「…………」


「広いぞ」


「…………」


「みんな入るぞ」


 フェニアの目が少し揺れる。


「……皆で?」


「うん」


「レオンも?」


「俺は時間ずらす」


「…………」


 露骨に残念そうな顔をした。


「何で!?」


「いえ、別に」


「男女一緒には入らない!」


 ルビィが手を挙げる。


「神獣だから大丈夫!」


「何が大丈夫なの!?」


 シロ。


「気にしない」


「俺が気にする!」


 ライカまで真面目に頷く。


「百年前は一緒に入浴させていたな」


「あれはお前らが仔だったから!」


 全員。


 少しだけ不満そう。


 百年って怖い。


 こいつらの中では、そのあたりの距離感が昔のままなのかもしれない。


「とにかく温泉は……」


 もう一度見る。


 いい湯気。


 いい香り。


 仕事帰りにこれが使える。


「…………残す」


「やった!」


 六人の声が重なった。


「ただし!」


 俺はすぐ指を立てる。


「これ以上大きくしない!」


「はい」


「新しい風呂作らない!」


「はい」


「滝とかいらない!」


 ミコが目を逸らした。


「今計画してた?」


「小さなものを」


「中止!」


「承知しました」


 危ない。


 早めに言っておいてよかった。


     ◇


 次。


「ここは?」


「シロ用の日向ぼっこ庭です」


「地下に?」


「亜空間ですので」


「もう何でもありだな!」


 扉を開く。


 芝生。


 木。


 青空。


 暖かな陽射し。


 真ん中に大きなクッション。


「…………」


 シロが入る。


 ぽすん。


 クッションへ寝転がる。


「…………」


 尻尾。


 ぶん。


 ぶんぶん。


「気に入った?」


「普通」


「めちゃくちゃ尻尾振ってるぞ」


「普通」


「じゃあなくしてもいい?」


「だめ」


「気に入ってるじゃん!」


「……少し」


 これも。


 まあ庭くらいなら。


「残す」


 シロの耳がぴんと立った。


「ほんと?」


「ああ」


「レオンも来る?」


「暇なら」


「毎日暇作る」


「俺の予定まで決めるな」


     ◇


 次。


「書庫」


 ミコが扉を開く。


「…………」


 本棚。


 本棚。


 本棚。


 ずっと先まで。


「十万冊って言ってたよな」


「はい」


「これ十万で済んでる?」


「現在十二万八千冊ほどです」


「増えてる!」


「本日追加分が届きました」


「仕事早すぎる!」


 俺は適当に一冊抜く。


《百年間における六大神獣の活動記録・第一巻》。


「こんなのあるの?」


「ございます」


「何巻まで?」


「三百十二巻」


「多っ!」


 別の本。


《炎竜皇陛下御言行録》。


「ルビィの本まである」


「何それ!?」


 本人が飛んでくる。


「知らなかったの?」


「知らない!」


 開く。


『炎竜皇陛下、北部火山噴火を単独で鎮圧される』


「おお。すごいじゃん」


「えへへ」


 次のページ。


『その後、献上された菓子四百個を一晩で召し上がる』


「お前」


「誰が書いたの!?」


「記録官でしょう」


「消して!」


「歴史的資料ですので」


「恥ずかしい!」


 面白い。


「書庫も残す」


「レオン!?」


「読む」


「そこ読まないで!」


「百年間何してたか知りたいし」


 ルビィが本を奪おうとする。


「返せ」


「そこだけ飛ばして!」


「他にもあるの?」


「ない!」


「怪しい」


 今度暇な時に全部読もう。


     ◇


 次。


「雷帝用緊急指揮所」


「これは必要だ」


 ライカが先に扉を開ける。


 中。


 机。


 椅子。


 通信魔道具。


 地図。


 以上。


「……普通だ」


「最低限にした」


「珍しい!」


「褒めているのか?」


「褒めてる」


 俺は机を見る。


「仕事しすぎるなよ」


「緊急時だけだ」


「本当に?」


「一日一時間」


「それ緊急時じゃないよな?」


「…………」


「ライカ?」


「三十分」


「交渉するな」


「では国家存亡時のみ」


「それならいい」


「分かった」


 これは残す。


     ◇


 そして。


「最後です」


 ミコが一番奥の扉を開いた。


「大型水路?」


「はい」


 ざあああああっ。


 水音。


「…………」


 家の下を。


 川が流れていた。


「何で?」


『レオーン!』


 水面からリヴィが飛び出した。


「うわっ!」


『見て見て!』


「何!?」


 ざぶん。


 消える。


 数秒後。


 反対側から。


『こっちー!』


「楽しそうだな!」


『楽しい!』


 泳ぐ。


 速い。


 水路をぐるぐる回っている。


「これどこまで繋がってる?」


 ミコが答える。


「裏庭の水槽までです」


「それだけ?」


「現在は」


「現在はって言うな!」


『台所まで伸ばしてー』


「何しに来る気!?」


『ごはん』


「却下!」


『寝室ー』


「もっと却下!」


 リヴィが水面へ顎を乗せた。


『じゃあここまで』


「それなら」


 別にいいか。


「残す」


『やったー!』


 ばしゃあっ!


「水飛ばすな!」


『静かに喜ぶの忘れた』


「思い出せ!」


     ◇


 一通り見終わって。


 俺は居間へ戻った。


「…………」


 テーブル。


 紙。


 筆。


「何してるの?」


 ルビィが聞く。


「決めた」


「何を?」


「家のルール」


 六人の顔が。


 微妙に固まった。


「必要?」


 シロ。


「必要」


「私たちは皆、分別ある大人ですが」


 フェニア。


「風呂入れ」


「必要ですね」


「即落ちしたな」


 俺は書く。


 一。


 **勝手に増築しない。**


「…………」


 ミコが微笑む。


「何?」


「何でもございません」


 二。


 **家の中で神力を使わない。**


 ルビィとライカを見る。


「分かった!」


「了解した」


 三。


 **人の食べ物を勝手に取らない。**


 シロ。


「…………」


「返事」


「はい」


 四。


 **毎日風呂に入る。**


「毎日!?」


 フェニア。


「そこ一番大事」


「二日に一度では?」


「毎日」


「三日に――」


「毎日」


「……はい」


 五。


 **水路を勝手に延長しない。**


『えー』


「リヴィ」


『はーい』


 六。


 **仕事はちゃんと休む。**


 ライカ。


「…………」


「返事」


「善処する」


「はい、は?」


「……はい」


 そして最後。


 七。


 **俺の寝室へ勝手に入らない。**


 しーん。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


『…………』


「何でこれだけ返事ないの?」


 六人が顔を見合わせる。


「レオン」


 ルビィが言う。


「これはちょっと」


「何が?」


「厳しい」


「どこが!」


 シロ。


「緊急時は?」


「本当の緊急時だけ!」


 フェニア。


「雷雨は?」


「ライカだけ!」


「レオン!?」


 ライカが顔を上げる。


「お前は仕方ないだろ」


「……すまない」


「ちょっと嬉しそうだな?」


「気のせいだ」


 ミコ。


「悪夢を見た場合は?」


「自分の部屋で寝直せ!」


『寂しくなったらー?』


「リヴィはそもそも水槽だろ!」


 だめだ。


 この項目だけ反発が強すぎる。


「とにかく!」


 俺は紙を壁に貼った。


 でかく。


 目立つ場所に。


《この家の決まり》


「これ守ること!」


「はーい」


「……はい」


「承知しました」


「了解した」


「善処いたします」


『はーい』


「ミコだけ言い方怪しい!」


「気のせいです」


 これで。


 少しはまともになるだろう。


 その夜。


「よし」


 温泉。


 残した。


 そして。


「フェニア」


「…………」


「どこ行く?」


「書庫へ」


「風呂」


「先ほど本が気になりまして」


「風呂」


「五分だけ――」


「ルビィ」


「はい!」


「シロ」


「うん」


「捕まえろ」


「なっ!?」


 左右から。


 がしっ。


「お任せ!」


「確保」


「二人とも離してください!」


「ライカ」


「なんだ」


「扉」


「了解した」


「ライカまで!?」


「リヴィ」


『なーに?』


「逃げたら水路側塞いで」


『まかせてー』


「ミコ」


「はい」


「着替え」


「用意済みです」


「何故皆そんなに手際がいいのですか!?」


「百年前から同じだから!」


「レオオオオン!」


 世界中で。


 慈愛と浄化の象徴として崇められている天鳳が。


 六大神獣全員が住む家の廊下を。


 風呂へ連行されていった。


「嫌ですー!」


「暴れるな!」


「私はもう大人なのですよ!」


「だったら一人で風呂入れ!」


「それとこれとは別問題です!」


 俺は思った。


 温泉。


 残して正解だったかもしれない。


 少なくとも。


 フェニアを風呂へ入れるのは。


 百年前より少しだけ。


 楽になりそうだった。


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