第20話 朝起きたら、家の権利書が書き換わっていた
朝。
「…………」
目を開ける。
近い。
ものすごく近い。
俺の目の前に、ライカの顔があった。
「…………」
寝ている。
昨日の雷雨で、結局俺の部屋へ転がり込んできた雷帝様だ。
そして俺の右腕には。
「すぅ……」
ルビィ。
左側には。
「……ん」
シロ。
足元には。
「…………」
フェニア。
窓の外。
『すやぁ』
「水槽で寝言言うなよ」
リヴィまでいる。
「…………狭い」
これ。
俺の寝室だよな?
布団一組しかなかったはずなんだけど。
「おい」
誰も起きない。
「朝だぞ」
「あと五分……」
ルビィ。
「三分」
シロ。
「十分ほど……」
フェニア。
「私は起きている」
ライカ。
「じゃあ目開けろ」
「…………」
「寝てるじゃん」
「精神は起きている」
「フェニアと同じ言い訳使うな!」
「便利だったので」
「共有するな!」
俺は身体を起こそうとした。
動かない。
「ルビィ」
「んぅ……」
「腕離して」
「やだ」
「シロ」
「……やだ」
「起きてるじゃん!」
ライカまで俺の服を掴んでいる。
「お前も」
「雷対策だ」
「もう晴れてる!」
「…………」
「窓見ろ!」
朝日。
快晴。
「対策終了!」
「……念のため」
「何の念!」
するとフェニアが薄く目を開けた。
「レオン」
「何?」
「皆を無理に起こすのは健康によくありません」
「俺の健康は!?」
「レオンは丈夫ですので」
「雑!」
百年ぶりに再会した。
嬉しい。
それは分かる。
でも。
「いい加減にしろおおおお!」
十五分後。
全員を寝室から追い出した。
◇
「今日こそ普通に仕事行くからな」
「はい」
ルビィ。
「行かない」
シロ。
「留守番しております」
フェニア。
「私は休暇中だ」
ライカ。
「だから?」
「同行しても問題ない」
「ある!」
「護衛として――」
「護衛いらない!」
「しかし」
「魔獣店に雷帝が来る方が危険!」
「…………」
「家で休め!」
「休むとは難しいな」
「寝ろ」
「昨夜寝た」
「四時間?」
「六時間四十三分」
「細かい!」
でも六時間なら進歩だ。
「じゃあ昼寝」
「分かった」
「素直だな」
雷怖くてほぼ寝てなかったのかもしれない。
「とにかく」
俺は靴を履く。
「今日は全員留守番」
「レオン」
ルビィが手を挙げる。
「何?」
「お昼ご飯は?」
「作ってある」
「!」
「鍋にスープ」
「やった!」
「パンもある」
シロの耳が立つ。
「私の分?」
「全員分」
フェニアが微笑む。
「ありがとうございます」
ライカが真剣な顔になる。
「レオン」
「ん?」
「帰宅予定時刻は」
「夕方」
「具体的には?」
「五時か六時」
「幅がある」
「仕事だから!」
「遅れる場合は連絡を」
「俺がお前の部下みたいになってない?」
「心配なのだ」
「分かった分かった」
百年以上生きて。
国まで持って。
何でこいつら全員、俺の帰宅時間を気にするんだ。
「行ってきます」
「いってらっしゃい!」
「……早く帰ってきて」
「お気をつけて」
「六時を過ぎたら迎えに行く」
「来るな!」
『いってらっしゃーい』
「リヴィもちゃんと飯食えよ!」
『食べさせてー』
「自分で食え!」
俺は家を出た。
今日こそ。
普通の日。
普通の仕事。
普通の夕方。
そうなる。
絶対になる。
◇
「レオン君」
「はい?」
「顔が疲れてるね」
店へ着くなり店主に言われた。
「寝不足で」
「なるほど」
「同居人が増えて」
「何人?」
「四人と水槽一人」
「水槽一人?」
「気にしないでください」
「気になるなあ」
仕事は。
平和だった。
「この子、最近毛が抜けるんです」
「季節の換毛ですね」
「病気では?」
「大丈夫ですよ」
次。
「この仔がずっと床を掘るんですが」
「寝床作りたいんだと思います」
次。
「餌を隠します!」
「習性ですね」
普通。
本当に普通。
「最高だ……」
「何が?」
「平和」
「君、仕事するたびに言ってるね」
「噛み締めさせてください」
昼。
店の前を掃除していると。
「レオンさん!」
「ん?」
昨日の少年。
白い毛玉魔獣を抱えている。
「こんにちは」
「こんにちは」
「この子、完全に元気になりました!」
「お」
「きゅっ!」
毛玉が腕から飛び降りる。
俺の足元へ。
「よかったな」
「きゅ!」
頭を撫でる。
「今日は食べすぎてない?」
「きゅ……」
目を逸らした。
「おい」
「昨日またお菓子を……」
「飼い主も気をつけて!」
「はい!」
店主が笑う。
「すっかり人気者だねえ」
「俺が?」
「君が」
「何で?」
「自覚ないんだ」
「普通に仕事してるだけですけど」
「その普通ができる飼育員が少ないんだよ」
「そうなの?」
「またそれかい」
でも。
悪い気はしなかった。
百年経って。
世界が変わって。
昔の資格も使えなくなって。
それでも。
俺の仕事は。
ちゃんと誰かの役に立つ。
「……よし」
「どうした?」
「もっと覚えます」
「何を?」
「今の魔獣」
百年前にはいなかった種類も多い。
「図鑑あります?」
「あるよ」
「貸してください」
「勉強熱心だね」
「飼育員ですから」
店主が笑った。
「じゃあ帰りに持っていきな」
「ありがとうございます!」
今日もいい日だ。
本当に。
その時だった。
こんこん。
店の扉。
「いらっしゃいませ!」
俺が振り返る。
女性が一人入ってきた。
「ごきげんよう」
長い黒髪。
上品な着物のような服。
細い目。
柔らかい笑顔。
初めて見る人だ。
「魔獣のご相談ですか?」
「いいえ」
「では餌?」
「いいえ」
「道具?」
「いいえ」
「…………?」
女性は俺を見る。
「あなたがレオン様ですね?」
「そうですけど」
「ようやくお会いできました」
「?」
誰だ?
「どこかで会ったことあります?」
「ございます」
「え?」
「ずっと昔に」
女性が微笑む。
「あなたに尻尾を踏まれました」
「…………」
俺は固まった。
「尻尾?」
「はい」
「何本?」
「当時は一本でした」
「…………」
嫌な予感。
ものすごく。
嫌な予感。
「まさか」
「ふふ」
「ミコ?」
女性の目が。
少しだけ。
潤んだ。
「はい」
六大神獣。
最後の一柱。
九尾のミコ。
俺が知っていた頃は。
小さな狐だった。
「……大きくなったな」
「百年ですから」
「尻尾は?」
「今は九本ございます」
「見せて」
「ここで?」
「駄目?」
「……昔と変わりませんね」
ミコが笑う。
その笑顔。
間違いない。
「久しぶり」
「はい」
「元気だった?」
「ええ」
「よかった」
俺が頭へ手を伸ばす。
ミコが一瞬固まる。
「嫌だった?」
「…………いいえ」
「じゃ」
ぽん。
頭を撫でる。
「よしよし」
「…………」
ミコの顔が赤くなる。
「どうした?」
「百年ぶりに」
「うん」
「子供扱いされました」
「嫌?」
「…………」
少し間。
「もっとお願いします」
「お前もか」
頭を撫でる。
ミコが目を細めた。
「レオン様」
「様いらない」
「ではレオン」
「うん」
「本日はご挨拶だけです」
「家来ないの?」
「もちろん伺います」
「じゃあ一緒に帰る?」
「いいえ」
「?」
「先に済ませることがございますので」
ミコが頭を下げる。
「夕刻、改めて」
「分かった」
「では」
「あ」
ミコが振り返る。
「何でしょう?」
「ルビィたち、もう家にいるぞ」
「存じております」
「ライカも昨日来た」
「ええ」
「リヴィは水槽」
「それも」
「全部知ってるの?」
「もちろん」
「すごいな」
ミコは。
とても綺麗に。
笑った。
「ええ」
「?」
「全て把握しておりますので」
何故だろう。
少し怖かった。
◇
夕方。
「ただいまー」
「レオン!」
いつものようにルビィが飛んでくる。
「おかえり」
シロ。
「お疲れさまでした」
フェニア。
「六時前だな」
ライカ。
『おかえりー』
リヴィ。
「ただいま」
靴を脱ぐ。
「今日、ミコ来たぞ」
「…………」
全員。
止まった。
「何?」
ルビィの笑顔が引きつっている。
「ミコ?」
「うん」
シロ。
「どこで?」
「職場」
フェニア。
「何を?」
「挨拶」
ライカ。
「それだけか?」
「夕方また来るって」
五人。
「…………」
「何だよ」
リヴィが。
『やばい』
「何が!?」
「レオン」
ルビィが真剣な顔。
「ミコに何か言われた?」
「別に」
「何か渡された?」
「ない」
「書類は?」
「書類?」
その瞬間。
こんこん。
玄関。
「来たかな」
「待って!」
ルビィが俺の腕を掴む。
「何?」
「私が出る!」
「何で?」
「いいから!」
「俺の家だぞ」
扉を開ける。
「ごきげんよう」
ミコ。
「いらっしゃい」
「お邪魔いたします」
そして。
その後ろ。
「…………」
人。
人。
人。
役人っぽい人。
商人っぽい人。
職人。
荷物。
「ミコ」
「はい」
「何これ?」
「手続きが完了いたしました」
「何の?」
ミコが一枚の紙を差し出す。
「こちらを」
「…………」
読む。
家。
土地。
権利。
難しい。
「簡単に説明して」
「はい」
ミコが微笑んだ。
「この家と」
「うん」
「隣家二軒」
「うん?」
「裏手の土地」
「うん?」
「さらに周辺一帯」
「待て」
「全て購入いたしました」
「誰が!?」
「私が」
「何で!?」
ミコの笑顔。
「皆で住むには」
一呼吸。
「狭いでしょう?」
「勝手に買うなあああああ!!」
背後。
ルビィが頭を抱えた。
「やっぱり!」
シロ。
「ミコ、一番危ない」
フェニア。
「こうなると思っておりました」
ライカ。
「交渉を始める前に止めるべきだった」
『ミコ、はやいー』
「お前ら知ってたなら先に言え!!」
ミコは。
にこにこ。
「ご安心ください」
「何を!?」
「レオン名義ではございません」
「そこじゃない!」
「住民の皆様には市場価格の三倍で移転いただきました」
「追い出したの!?」
「皆様大変お喜びでした」
「そういう問題じゃない!」
「また」
ミコが後ろを指す。
「増築計画も」
「却下!!」
「まだ説明を」
「聞かない!」
「露天風呂」
「ルビィと話した!?」
「大食堂」
「ライカ向け!?」
「地下書庫」
「フェニア!?」
「神狼用庭園」
「シロ!」
「大型水路」
『やったー』
「リヴィ!!」
全員。
目を逸らした。
「お前らああああああ!!」
六大神獣。
ついに。
全員集合。
そして。
最後に来た一人が。
一番速く。
俺の普通の暮らしを破壊し始めた。
「レオン」
「何!」
ミコが。
嬉しそうに。
九本の尻尾を広げた。
「ただいま」
「…………」
その一言だけ。
ずるい。
「……おかえり」
「はい」
百年ぶり。
六人全員。
帰ってきた。
ただし。
「増築はしないからな!」
「検討いたします」
「却下って意味分かる!?」
俺の家が。
普通の平屋でいられる時間は。
どうやら。
あと少ししか残っていないらしい。




