第19話 雷帝様、自分の雷が怖いらしい
「抜け駆けは禁止だと、百年前に決めただろうがあああああ!!」
「家の中で雷出すなあああああ!!」
ばちばちばちっ!
ライカの金髪から青白い雷が弾ける。
壁。
床。
天井。
俺の買ったばかりの小さな家が、一瞬だけ真昼みたいに明るくなった。
「ライカ!」
「なんだ!」
「雷!」
「……あ」
ぱちっ。
消えた。
「ごめんなさい」
「よし」
素直なのは偉い。
問題は、世界を支配する雷帝が怒るたびに家が焼けそうになることだ。
「で」
ライカが改めて三人を見る。
「説明してもらおう」
「何を?」
ルビィが目を逸らす。
「レオンと同じ部屋で寝たのか」
「…………」
「ルビィ」
「ちょっとだけ」
「シロ」
「朝まで」
「フェニア」
「事故です」
「一番怪しい言い方だな」
「違います!」
フェニアが慌てる。
「私は二人を連れ戻そうとして、そのまま眠ってしまっただけで!」
「結果として同じ部屋だろう!」
「それを言われますと……」
ライカのこめかみに青筋。
「百年前!」
「はい」
「レオンが寝ている間に!」
「うん」
「全員で決めた!」
「そうですね」
「抜け駆け禁止!」
「覚えてるよ」
「なら何故守らん!」
ルビィが胸を張った。
「レオンが百年も帰ってこなかったから、時効!」
「勝手に時効を作るな!」
シロも静かに続ける。
「法律じゃない」
「精神的な契約だ!」
「なら期限不明」
「屁理屈を!」
フェニアが二人の間へ入る。
「まあまあ。ライカも今日から一緒に暮らすのですし」
「そういう問題ではない!」
「じゃあ今日から公平にすれば?」
俺が言う。
四人。
「…………」
一斉に俺を見る。
「何?」
ルビィが恐る恐る聞く。
「公平って?」
「全員、自分の寝床で寝る」
「そういう公平!?」
「他に何があるんだよ!」
シロの耳がぺたん。
「寝室は?」
「俺だけ」
「……横暴」
「俺の家だよ!」
ライカが腕を組む。
「だが、この家には部屋が足りない」
「居間がある」
「私は?」
「居間」
「ルビィは?」
「居間」
「シロは?」
「居間」
「フェニアは?」
「居間」
窓の外。
『私はー?』
「水槽!」
『知ってたー』
リヴィだけ納得が早い。
「布団どうするかな」
俺は居間を見る。
すでに三人分の寝具でいっぱいだ。
ここへライカが一人増える。
「ちょっと詰めればいけるか?」
「レオン」
「ん?」
ライカが真剣な顔で言う。
「私は床で構わない」
「駄目だよ」
「軍人はどこでも眠れる」
「休みに来たんだろ」
「だが」
「布団使え」
「…………」
「返事」
「はい」
ライカの口元が少し緩む。
世界では雷帝。
俺の前では妙に分かりやすい。
「じゃあ布団買いに――」
「必要ない」
ライカが枕を持ち上げた。
「寝具はこれだけでいい」
「いや身体どうするの?」
「絨毯で」
「駄目」
「では椅子で」
「もっと駄目」
「壁にもたれて」
「なんで普通に寝る選択肢だけ避けるの!?」
「長年の習慣で……」
「今日から直す」
「はい」
雷帝国の騎士たちが俺にライカを預けた理由。
ちょっと分かってきた。
◇
夕飯。
「いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
「いただきます」
「……いただきます」
『いただきまーす』
五人と一水槽。
小さな食卓は限界だった。
「ライカ」
「なんだ?」
「椅子、狭くない?」
「問題ない」
「肩、ルビィとぶつかってるぞ」
「こいつが寄ってきている」
「私じゃないよ!」
「お前だ!」
「ライカが大きいんでしょ!」
「身長差はほとんどない!」
「二人とも喧嘩するなら飯抜き」
「…………」
「…………」
一瞬で静かになった。
フェニアがくすっと笑う。
「百年前と変わりませんね」
「何が?」
「レオンの『飯抜き』が最も効果的なところです」
「お前ら食い意地張ってたからな」
シロが首を横に振る。
「今も」
「自覚あるんだ」
ライカがシチューを一口。
「…………」
「どう?」
「うまい」
「よかった」
「本当に……変わらないな」
「味?」
「ああ」
もう一口。
少しだけゆっくり食べる。
「百年前と同じだ」
「そりゃ同じ作り方だからな」
「……そうか」
ライカはそれ以上何も言わなかった。
でも。
食べる速度だけは、さっきより少し落ちた。
味わっているように見えた。
「おかわりいる?」
「……いいのか?」
「鍋まだあるよ」
「では」
空の皿を差し出す。
「少しだけ」
「はいはい」
俺がシチューを盛る。
その瞬間。
外で。
ごろごろ。
「ん?」
雷。
窓を見る。
いつの間にか雲が出ている。
「雨かな」
「…………」
返事がない。
「ライカ?」
「…………何でもない」
何故か背筋がさっきより伸びている。
ごろごろごろ。
ぴくっ。
ライカの肩が動いた。
「…………」
俺は見る。
ライカは真顔。
「今びくってした?」
「していない」
「したよね?」
「気のせいだ」
どおおおん!!
「ひっ!」
ライカが。
俺の腕を掴んだ。
「…………」
「…………」
全員。
静止。
ルビィが口を開ける。
「ライカ」
「違う」
「まだ何も言ってないよ?」
「違う!」
シロ。
「雷、怖い?」
「怖くない!」
フェニア。
「ですが今、明らかに――」
「条件反射だ!」
「何の条件反射?」
「…………」
ライカが黙った。
俺は思い出す。
「そういや」
「レオン?」
「昔も雷鳴ると俺の寝床来てたな」
「言うな!」
「お前雷属性なのに」
「それとこれとは違う!!」
「自分で出す雷は平気なの?」
「当然だ!」
どおおおん!!
「っ!」
今度は。
ぎゅっ。
俺の腕を両手で抱えた。
「…………」
「…………」
ライカがゆっくり俺を見る。
「レオン」
「はい」
「今見たことを忘れろ」
「無理」
「命令だ」
「俺に命令効くの?」
「…………効かない」
「じゃあ無理」
ルビィが笑い出す。
「あはははは!」
「笑うな!」
「雷帝なのに!」
「黙れ!」
シロまで口元が緩んでいる。
「かわいい」
「シロ!!」
フェニアは上品に口元を隠しているが。
肩が震えている。
「フェニアも笑っているだろう!」
「いいえ」
「嘘をつけ!」
『ライカ、雷こわいのー?』
「リヴィまで!」
『かわいいー』
「貴様は黙って魚を食べていろ!」
世界最強の雷帝。
部下三千人。
国家を一つ束ねる王。
そして。
雷が怖い。
「百年経っても直らなかったか」
「……努力はした」
「どうやって?」
「雷雨の日に外へ出た」
「うん」
「三分で戻った」
「短いな」
「五十年後には五分になった」
「成長遅っ!」
「二分も増えた!」
「百年で二分!」
何故そこだけ成長しなかった。
◇
夜。
雨は強くなっていた。
ごろごろごろ。
「じゃあ寝るぞ」
居間。
ルビィ。
シロ。
フェニア。
ライカ。
四枚の布団。
「絶対寝室来るなよ」
「分かった」
「はい」
「承知しました」
「当然だ」
「特にライカ」
「何故私だけ見る!」
「雷鳴ってるから」
「問題ない!」
どおん!
「っ」
ライカの耳が動いた。
「問題ない?」
「問題ない!」
「じゃあおやすみ」
「おやすみ!」
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
「……おやすみ」
『おやすみー』
俺は寝室へ。
扉を閉める。
布団へ入る。
「今日は来ないよな」
目を閉じる。
雨音。
雷。
ごろごろ。
十分。
二十分。
「…………」
静かだ。
「偉いじゃん」
ちゃんと寝てるらしい。
その時。
どおおおおおおん!!
「…………」
しーん。
こん。
「…………」
扉。
こんこん。
「誰?」
『…………』
「ライカ?」
『違う』
「声ライカじゃん」
『…………』
「何?」
『……水』
「台所にあるよ」
『暗い』
「雷で明るいじゃん」
『…………』
「怖い?」
『怖くない』
「じゃあ自分で行けるよね?」
『…………』
「ライカ?」
少し沈黙。
『……レオン』
「ん?」
『今日だけ』
「…………」
『扉を開けてくれないか』
俺はため息。
でも。
笑ってしまった。
「今日だけな」
扉を開ける。
ライカが枕を抱えて立っていた。
「…………」
「何?」
「枕まで持ってきたの?」
「偶然だ」
「準備万端じゃん」
「偶然だ!」
「はいはい」
その時。
背後。
「じゃあ私も!」
ルビィ。
「私も」
シロ。
「仕方ありませんね」
フェニア。
「お前らは帰れ!」
「何でライカだけ!」
「雷怖いから!」
「怖くない!!」
『私も雷こわいー』
窓の外。
「リヴィは絶対嘘だろ!」
『ばれた』
「便乗するな!」
結局。
その夜も。
俺の寝室は。
世界最強の神獣たちによって占領された。
「狭い!」
「もう少し詰めて!」
「ルビィが押してる」
「シロこそ!」
「フェニア、翼出すな!」
「寝相です!」
「ライカ、俺の腕掴むな!」
「雷対策だ!」
「認めたじゃん!」
ごろごろごろ。
「…………」
ライカの手に。
少しだけ力が入る。
「まあ」
俺はその頭を軽く撫でた。
「今日は仕方ないか」
「…………」
「ライカ?」
「何でもない」
布団の中。
雷帝様は。
少しだけ。
嬉しそうに目を閉じた。




