第14話 海皇様、本人より先に水槽を住まわせる
「リヴィイイイイイイ!!」
『はーい!』
山の向こうから、やけに元気な返事が返ってきた。
「水槽だけ送りつけるな!」
『だめー?』
「駄目に決まってるだろ!」
『でもそこ住むー』
「本人がまだ来てないだろ!」
『明日行くー』
「本当に?」
『たぶんー』
「だからそれが信用できないんだよ!」
俺は頭を抱えた。
目の前には巨大な水槽。
高さだけでも俺の家よりある。
横幅に至っては、隣の家まで届きそうだ。
これを水槽と呼んでいいのか?
小さな池を透明な箱にしたような代物である。
「どうやって運んできたんだ……」
「転移」
シロが答えた。
「便利すぎない?」
「海皇領の大規模転移術ですね」
フェニアが水槽の側面を確認する。
「空間固定までされています」
「つまり?」
「簡単には動きません」
「最悪じゃん!」
送り主の許可なく設置するな。
「レオン」
ルビィが水槽を見上げる。
「これ、家より大きいね」
「見れば分かる」
「家を大きくすれば――」
「しない」
「まだ最後まで言ってない!」
「どうせ増築だろ」
「…………」
「図星じゃん」
俺は水槽の周囲を一周した。
透明度は高い。
妙に立派だ。
底には白い砂。
岩。
水草。
何故か小さな貝までいる。
「……これ」
「?」
「完全に住む気の設備だよな?」
三人が黙った。
「ルビィ」
「はい」
「シロ」
「なに」
「フェニア」
「はい」
「お前ら、リヴィがここに住むって知ってた?」
「知らない!」
「知らない」
「存じませんでした」
即答。
今回は本当っぽい。
「じゃあ何でそんなに普通の顔してるの?」
ルビィが首を傾げた。
「リヴィだから?」
「理由になってない」
シロ。
「昔から」
「何が?」
「先に場所取る」
「ああ……」
そういえば。
育成所でも似たようなことがあった。
新しい大きめの水槽を運び込んだら。
まだ水を入れる前からリヴィが中に入って寝ていた。
「自分のものだと思ったのか?」
「うん」
「今回もそれか」
フェニアが微笑む。
「成長していませんね」
「お前が言う?」
「何故私を見るのです?」
「十二日風呂入ってなかった奴が」
「その話は終わりました!」
「今日入った?」
「…………」
「フェニア?」
「夕食後に」
「絶対だぞ」
「はい……」
今日も平和だ。
いや。
家より大きな水槽が玄関前にある時点で、全然平和じゃない。
「とりあえず」
俺は紙を剥がした。
『水入れといて』
「これどうすんの?」
「入れる?」
ルビィが手を上げる。
「どうやって?」
「雨を降らせる!」
「水属性じゃないだろ」
「雲くらい作れるよ!」
「近所だけ豪雨になるからやめろ」
「じゃあシロ」
ルビィが振る。
「雪」
「もっと駄目!」
シロがちょっと残念そう。
「溶かせば水」
「手間が増える!」
フェニア。
「浄化水でしたら」
「お前は神力禁止!」
「まだ何もしておりません!」
「どうせ水槽が光るだろ!」
「……少しだけ」
「ほら!」
こいつらに頼ったら、この住宅街が聖地になりそうだ。
「普通に水道から入れる」
三人が水槽を見る。
蛇口を見る。
また水槽を見る。
「何日かかる?」
ルビィ。
「…………」
俺も考えた。
家庭用の蛇口一本。
家より大きい水槽。
「かなり」
「明日までに間に合わない」
シロ。
「リヴィ来るか分からないし」
「来なかったら?」
「放置」
「それでいいか」
本人が来ないなら、水だけ入れても仕方ない。
『レオーン』
「何だー!」
『水ー』
「今その話してたんだよ!」
『いっぱい入れてー』
「自分でやれ!」
『えー』
「海皇だろ! 水くらい自分で何とかしろ!」
少し沈黙。
『できるよー?』
「じゃあ何で俺に頼んだ!?」
『レオンにやってほしかったー』
「…………」
俺は額を押さえた。
そういうところだ。
百年経っても。
本当にそういうところだ。
「明日自分で入れろ」
『分かったー』
「あと」
『なーに?』
「この水槽、道塞いでる」
『…………』
「聞いてる?」
『聞こえなーい』
「聞こえてるだろ!」
『じゃあねー』
「逃げた!」
返事がなくなった。
「リヴィ」
シロがぽつり。
「昔より賢くなった」
「どこが!?」
「逃げるタイミング」
「そこだけ成長すんな!」
◇
問題は水槽だけではなかった。
「すみませーん!」
振り返る。
また配達員。
「今度は何ですか?」
「レオン様宛のお荷物です!」
「もう嫌な予感しかしない」
荷車には。
大きな箱。
「差出人は?」
「海皇宮でございます!」
「やっぱり!」
箱を開ける。
中身。
巨大なクッション。
水に浮くタイプらしい。
次。
魚の干物。
大量。
次。
何故か貝殻。
大量。
さらに。
ぬいぐるみ。
「…………」
俺は一つ持ち上げる。
魚のぬいぐるみだ。
「リヴィ、こんなの好きだったっけ?」
「好き」
ルビィが即答。
「昔レオンが作ったやつ、ずっと持ってたよ」
「俺が?」
少し思い出す。
「ああ」
布が余った時。
適当に縫って。
魚の形にした。
あれか。
「まだ持ってたの?」
「たぶん」
ルビィが少し笑う。
「ボロボロになっても捨てなかった」
「…………」
百年。
それだけの時間。
「そっか」
俺はぬいぐるみを箱へ戻す。
すると。
「レオン」
シロが袖を引く。
「ん?」
「私のも作って」
「何を?」
「ぬいぐるみ」
「お前も欲しいの?」
「うん」
ルビィも即座に手を挙げる。
「私も!」
フェニアまで。
「では私も一つ」
「何で増えるの?」
「リヴィだけずるい!」
「昔の話だぞ」
「それでも!」
「私も」
「フェニアまで真顔で並ぶな!」
三人の目。
期待。
「…………」
負けた。
「暇な時な」
「やった!」
「約束」
「ありがとうございます」
また仕事が増えた。
飼育員ってこんな仕事だったっけ。
「とにかく荷物は最小限!」
俺は配達員を見る。
「水槽に入る分だけ置いて、残りは持って帰ってください」
「承知しました!」
「あと今後、追加便は本人が来るまで止めて」
「しかし海皇様より、まだ四十七便ほど――」
「四十七!?」
「現在輸送準備中です」
「全部止めて!!」
「か、かしこまりました!」
危なかった。
あと少し遅かったら、この住宅街が海皇の倉庫になっていた。
◇
夜。
「いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
「いただきます」
夕食。
今日も四人。
小さな食卓はぎゅうぎゅうだ。
「明日は仕事だからな」
三人を見る。
「分かってる」
「留守番」
「承知しております」
「絶対来るなよ」
「はい」
「……はい」
「もちろんです」
「何でシロだけ間があった?」
「気のせい」
「本当?」
「うん」
怪しい。
「ルビィ」
「なに?」
「屋根も駄目」
「先に言われた!」
「フェニア」
「はい」
「変装研究もいらない」
「まだ完成していません」
「研究してたの!?」
「眼鏡だけでは不十分でしたので」
「やめろ!」
頭が痛い。
「それよりレオン」
ルビィが窓を指差した。
「何?」
「水槽」
「ああ」
「まだあるね」
「明日リヴィが来るらしいからな」
「本当に来るかな」
「分からん」
シロが肉を食べながら言う。
「来ないかも」
「あり得る」
フェニアも頷く。
「リヴィですから」
信用ないなあいつ。
「まあ来なかったら――」
どん。
家が揺れた。
「…………」
「…………」
「…………」
俺たちは止まった。
もう慣れたくないのに。
嫌な予感には慣れてきた。
「何?」
窓を見る。
暗い。
外は夜。
水槽。
その中に。
何か。
いる。
「…………」
顔。
水槽の透明な壁に。
女の子の顔が。
ぺたーっと張りついている。
「…………」
青い髪。
頬まで水槽へ押しつけている。
俺たちを見ている。
「リヴィ?」
俺が呟いた瞬間。
その顔が。
にぱっ。
と笑った。
「来てるじゃん!!」
俺は椅子から立ち上がり、玄関へ走った。
扉を開ける。
「お前、明日って言っただろ!」
水槽の中。
少女が指を一本立てる。
その横に。
水で文字が浮かんだ。
『日付変わった』
「まだ夜八時だよ!!」
『まちがえた』
「百年生きて時刻も分からないの!?」
少女は少し考え。
もう一度、水文字を作った。
『ごはん』
「まず謝れ!!」
水槽の中で。
世界中の海を支配するとされる《海皇》が。
両手を合わせた。
『ごめんなさい』
その下。
『ごはんください』
「反省が軽い!」
こうして。
本人より先に住居を送りつけてきた海皇リヴィは。
結局。
予定より早く。
俺の家へやって来た。
ただし――。
「リヴィ」
『なーに?』
「どうして水槽から出ないの?」
『面倒』
「やっぱりか!!」
四柱目。
百年経っても。
どうしようもないくらい。
昔のままだった。




