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第8話 大好きな王子様の婚約者になりました!――でも、秘密なんです!

 エレノアが八歳になって、しばらく経った頃のこと。


 アルヴェイン侯爵は、王城から届いた一通の書状を前に、朝から何度もため息をついていた。


 書状を運んできた使者は、すでに帰っている。

 執務机の上には、王家の紋章が押された封筒と、丁寧な文字で記された親書が置かれていた。


「……まさか、本当にこのお話が来るとはね」


 侯爵は親書をもう一度読み返した。


 内容は、第三王子レオンハルトと、侯爵家の長女エレノアとの婚約についてだった。


 王家から正式な打診があったのである。


 もちろん、侯爵としては光栄なことだった。

 王子は礼儀正しく、聡明で、エレノアにも優しく接してくださっている。


 先日の王城のお茶会では、娘が無意識に漏らした魔力を、王子が落ち着かせてくれたとも聞いていた。


 ただし、それと婚約は別の話である。


 王族との婚約には、侯爵家同士の縁談とは比較にならないほど大きな責任が伴う。

 娘が将来、王家の一員になる可能性もあるのだ。


 何より、まだ八歳のエレノアが、その意味をどこまで理解できるのか。


「……まずは、本人の気持ちを聞かないとね」


 侯爵は親書を机に置き、娘を呼ぶよう侍女に伝えた。


     ◇


「お父様! お呼びですか!」


 しばらくして、エレノアが執務室へやってきた。


 銀色の髪を揺らしながら入ってきた娘は、いつもと変わらず元気いっぱいだった。

 その後ろからは、なぜかリリアまでついてきている。


「……リリアも一緒なのかい?」

「はい! お姉様が呼ばれたので、リリアも来ました!」


 リリアは胸を張った。


 五歳から始めた淑女教育の成果なのか、最近は以前よりも丁寧な言葉遣いを心掛けている。

 ただし、大好きな姉の後をついて回る習慣は、まったく変わっていなかった。


「今日はエレノアに大切なお話があるんだ。リリアは、お母様のところで待っていてくれるかな?」

「……大切なお話、ですか?」


 リリアは姉を見上げた。


「お姉様、怒られるんですか?」

「えっ!?」


 エレノアは驚いて父親を見た。


「わたし、何かしましたか!?」


 侯爵は慌てて首を横に振った。


「いやいや、違うよ! 今日は何も壊していないだろう?」

「はい! 今日は何も壊してません!」


 エレノアは自信満々に答えた。


 侯爵は一瞬、その返事をどう受け取るべきか迷った。

 できれば、今日だけでなく、これからも何も壊さないでほしい。


「……とにかく、怒るお話ではないから安心していいよ」


 そう説明すると、リリアはようやく納得したらしい。


「分かりました! お姉様、終わったらリリアのところへ来てくださいね!」

「うん! すぐ行くね!」


 リリアは侍女に付き添われて執務室を出ていった。


 扉が閉まると、侯爵は娘をソファへ案内した。


「エレノア。今日は、レオンハルト殿下についてのお話なんだ」

「レオンハルト様ですか!?」


 エレノアの顔がぱっと明るくなった。


「また王城に遊びに行けるんですか!?」

「……いや、今日は少し違うんだ」


 侯爵は娘の向かいに腰を下ろした。


「エレノアは、レオンハルト殿下のことが好きかな?」

「はい! 大好きです!」


 返事は一瞬だった。


 侯爵は思わず苦笑した。


「……そうかい。では、殿下のどんなところが好きなのかな?」

「赤い瞳です!」


 これも即答だった。


「……それだけかい?」

「それだけじゃありません!」


 エレノアは慌てて首を振った。


「レオンハルト様は優しいですし、わたしのお話もちゃんと聞いてくださいます! それに、わたしが怒ったときも、手を握って落ち着かせてくださったんです!」


 エレノアは嬉しそうに続けた。


「それから、赤い瞳がとっても綺麗なんです!」

「……うん。それはさっきも聞いたね」


 侯爵は微笑んだ。


 どうやら、娘が王子を好いていることに疑いはないらしい。


 ただ、これから話すことは、単に好きな相手と遊ぶ約束をするのとは違う。


「エレノア。婚約という言葉は知っているかな?」

「……婚約?」


 エレノアは首を傾げた。


「はい! お勉強で習いました!」


 そして、少し考えてから答えた。


「将来、結婚するお約束のことですよね?」

「そうだよ」


 侯爵は頷いた。


「王家から、エレノアとレオンハルト殿下に婚約してほしいというお話が届いたんだ」

「…………」


 エレノアは目を瞬かせた。


「……わたしと、レオンハルト様が?」

「ああ」

「……結婚するお約束、ですか?」

「そうだよ」


 エレノアはしばらく父親を見つめていた。


 それから、突然、両手を胸の前で合わせた。


「……じゃあ!」


 侯爵は娘の反応を待った。


「これからも、ずっとレオンハルト様に会えるんですか!?」


 侯爵は少しだけ肩の力を抜いた。


「……そうだね。婚約が成立すれば、今まで以上にお会いする機会は増えると思うよ」

「本当ですか!?」

「ああ」


 エレノアは満面の笑顔になった。


「わたし、婚約したいです!」


 あまりにも早い返事だった。


 侯爵は思わず額に手を当てた。


「……エレノア。もう少し、お父様のお話を聞いてくれるかな?」

「はい!」


 エレノアは姿勢を正した。


 侯爵は娘の目を見つめた。


「王子殿下と婚約するということは、楽しいことばかりではないんだよ。これから、王家のことや礼儀作法、国のことも、たくさん勉強しなければならない」


 エレノアは真剣に聞いていた。


「それに、将来は殿下を支える立場になる。自分のしたいことだけをしていればいいわけではないんだ」

「……はい」


 侯爵は言葉を選びながら続けた。


「お父様は、エレノアが幸せになってくれることが一番大切なんだ。だから、王家からのお話だからといって、無理に受ける必要はないんだよ」


 エレノアは父親を見つめた。


「……お父様」

「何だい?」

「レオンハルト様は、どうなんですか?」


 侯爵は少し驚いた。


「……殿下?」

「はい! レオンハルト様も、わたしと婚約したいって思ってくださっているんですか?」


 エレノアは少しだけ不安そうな顔をした。


「わたしだけが嬉しくても、レオンハルト様が嫌だったら、困ります……」


 侯爵は娘の言葉を聞いて、静かに微笑んだ。


「そのことなら、安心していいよ」


 エレノアが顔を上げた。


「王家からのお手紙には、レオンハルト殿下ご本人も、この婚約を望んでおられると書かれているんだ」

「……本当ですか?」

「ああ。本当だよ」


 エレノアの頬が、みるみる赤くなった。


「……レオンハルト様も……?」


 侯爵は頷いた。


「だからこそ、エレノアの気持ちを確かめたかったんだ。王子殿下だからではなく、レオンハルト殿下ご本人と、将来一緒にいたいと思っているのかな?」


 エレノアは、今度はすぐに答えなかった。


 初めて王城で会った日のことを思い出していた。


 綺麗な赤い瞳を持つ王子様。

 その瞳を褒めると、少し驚いたような顔をしていたこと。


 そして、先日のお茶会で、王子様が自分の手を握ってくれたこと。


『君になら、いくらでも見せるよ』


 あのときの言葉を思い出すと、今でも嬉しくなる。


 エレノアは父親へ向き直った。


「……はい!」


 今度の返事は、先ほどよりも落ち着いていた。


「わたし、レオンハルト様と一緒にいたいです! これからも、ずっと仲良くしたいです!」


 侯爵は娘の顔を見つめた。


「……そうかい」


 エレノアは大きく頷いた。


「それに、レオンハルト様が困っていたら、わたしが助けてあげたいです!」

「……うん」


 侯爵は微笑みかけた。


「ただし、助けるときに魔法を使うかどうかは、よく考えてほしいな」

「……えっ?」


 エレノアは目を丸くした。


「どうしてですか?」

「……殿下まで巻き込んでしまったら、大変だからね」


 侯爵は優しく娘の頭を撫でた。


「その気持ちを大切にしてくれるなら、お父様は反対しないよ」

「……!」


 エレノアは嬉しそうに立ち上がった。


「ありがとうございます、お父様!」


 そして、勢いよく父親に抱きついた。


「わっ!」


 侯爵は驚きながらも、娘をしっかりと受け止めた。


「……エレノア。まだ婚約が正式に決まったわけではないからね?」

「はい!」


 エレノアは父親の腕の中で笑った。


「でも、わたし、とっても嬉しいです!」


 侯爵は娘の銀色の髪を撫でながら、小さく息を吐いた。


 これほど喜んでいる娘を見れば、反対する理由など見つからなかった。


     ◇


 それから数日後。


 エレノアは再び、父親と一緒に王城を訪れていた。


 今回はお茶会ではなく、婚約について正式に話を進めるための訪問だった。


 王城の応接室には、国王と王妃、レオンハルト、そしてアルヴェイン侯爵とエレノアが集まっていた。


 王家からの打診に対し、侯爵家が前向きな返答をしたことで、両家の意思を正式に確認する場が設けられたのである。


「アルヴェイン侯爵。此度の婚約について、そなたの考えを聞かせてほしい」


 国王の言葉に、侯爵は深く頭を下げた。


「陛下。娘エレノア本人の意思を確認いたしました。殿下との婚約を心から望んでおります。私どもとしても、謹んでお受けしたく存じます」


 国王は頷いた。


「うむ。レオンハルトからも、本人の希望は聞いておる」


 王妃が二人の子供へ微笑みかけた。


「エレノア。レオンハルトとの婚約を望んでいるのですね?」

「はい!」


 エレノアは背筋を伸ばした。


「わたし、レオンハルト様が大好きです! これからも、ずっと一緒にいたいです!」


 王妃は嬉しそうに笑った。


「まあ。そんなふうに言ってもらえるなんて、レオンハルトは幸せ者ですね」


 レオンハルトは少し頬を赤くした。


「……母上」


 王妃は今度は息子へ視線を向けた。


「レオンハルト。あなたの気持ちは変わっていませんね?」

「はい、母上」


 レオンハルトは真剣な顔で答えた。


「僕も、エレノアとの婚約を望んでいます」


 国王は二人を見比べ、静かに頷いた。


「よかろう。双方の意思に相違がないことを確認した。第三王子レオンハルトと、アルヴェイン侯爵令嬢エレノアの婚約を、王家として正式に認めよう」


 侯爵は改めて深く頭を下げた。


「ありがたき幸せに存じます」


 国王は頷くと、侯爵へ視線を向けた。


「ただし、この婚約については、一つ考えていることがある」

「……何でございましょうか、陛下?」


 国王は落ち着いた声で告げた。


「当面、対外的にはエレノア嬢をレオンハルトの婚約者候補として扱いたい。正式な婚約が成立したことは、王家と侯爵家の間に留める」


 侯爵は少し驚いたように顔を上げた。


「……その理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「レオンハルトの立場を考えてのことだ。あの子の瞳について、いまだ心ない噂を口にする者がいることは、余も承知している」


 国王は静かに続けた。


「正式な婚約を公表すれば、エレノア嬢まで悪意の対象となりかねぬ。それに、侯爵家がレオンハルトの後ろ盾と見なされ、王位継承をめぐる争いに巻き込まれる恐れもある」


 侯爵は黙って耳を傾けた。


「婚約者候補という立場なら、まだ正式に王家と結びついたとは受け取られまい。余は、二人の気持ちを政争の道具にするつもりはない」


「……陛下のお心遣い、痛み入ります」


「婚約そのものは正式なものだ。王家が責任を持って認める。その事実は変わらぬ。ただ、公表する時期については慎重に判断したい」


 国王は少し間を置いて続けた。


「正式な婚約の成立を知る者は、王家と侯爵家、それぞれ必要最小限の関係者に限る。外部には、あくまで婚約者候補として伝えるものとする」


 侯爵は深く頷いた。


「承知いたしました、陛下」


 国王は二人の子供へ視線を向けた。


「レオンハルト、エレノア嬢。そなたたちは、今日から正式な婚約者同士だ。ただし、外ではしばらく婚約者候補として振る舞ってもらうことになる。分かるかな?」


 レオンハルトは真剣な顔で頷いた。


「はい、父上。エレノアと侯爵家を守るためですね」

「そうだ」


 エレノアは少し首を傾げた。


「……あの、陛下」

「何かな、エレノア嬢?」

「わたしとレオンハルト様は、ちゃんと婚約者なんですよね?」

「ああ。間違いなく、正式な婚約者だよ」

「……よかったです!」


 エレノアは安心したように微笑んだ。


「それなら、わたし、大丈夫です! レオンハルト様と一緒にいられるなら、嬉しいです!」

「うむ。二人には、これからも仲良くしてもらいたい」


 国王が穏やかに頷くと、エレノアは背筋を伸ばした。


「はい! レオンハルト様やお父様たちが困らないように、ちゃんと秘密にします!」


 王妃も優しく微笑んだ。


「外では婚約者候補でも、私たちにとっては、あなたたちは正式な婚約者同士ですからね」


 侯爵は深く頭を下げた。


「承知いたしました、陛下」


 国王は頷いた。


「侯爵。今後も、二人をよろしく頼む」


 侯爵は改めて一礼した。


 エレノアは父親の隣で、嬉しそうにレオンハルトを見つめた。


 レオンハルトも、そんなエレノアに小さく微笑み返した。


     ◇


 正式な話し合いが終わったあと、エレノアとレオンハルトは、王妃の許しを得て隣の小さな応接室で過ごすことになった。


「レオンハルト様!」


 エレノアが声を掛けると、窓際に立っていた王子が振り向いた。


「……エレノア!」


 レオンハルトは嬉しそうに微笑んだ。


「今日は、ありがとうございます!」

「……え?」

「わたしとの婚約を、望んでくださったことです!」


 レオンハルトは少し照れたように視線を逸らした。


「……僕の方こそ、ありがとう」

「……?」


 エレノアは首を傾げた。


「どうしてですか?」

「君が、僕と一緒にいたいと言ってくれたからだよ」


 レオンハルトはエレノアを見つめた。


「……僕たち、本当に婚約者になったんだね」

「はい!」


 エレノアの顔がぱっと明るくなった。


「わたし、とっても嬉しいです!」


 レオンハルトは照れたように笑った。


 そして、少し迷ってから、エレノアの手をそっと取った。


「……僕も、すごく嬉しいよ」


 エレノアは握られた手を見て、嬉しそうに王子を見つめた。


「レオンハルト様の瞳は、今日もとっても綺麗ですね!」


 レオンハルトは、思わず声を出して笑った。


「……ありがとう、エレノア」

「どういたしまして!」


 エレノアも笑った。


 レオンハルトは、少し真剣な顔になった。


「……僕が君と婚約したいと思ったのは、瞳の色を褒めてくれたからだけじゃないんだ」


 エレノアは目を瞬かせた。


「……そうなんですか?」

「うん。君は、僕の瞳を馬鹿にされたとき、自分のことみたいに怒ってくれたよね」


 レオンハルトは、先日のお茶会を思い出していた。


「僕は、ああいうことを言われるのには慣れていたんだ。だから、聞こえないふりをしていればいいと思っていた」

「……レオンハルト様」


 エレノアは王子の顔を見つめた。


「でも、君は違った。僕が何も言わなくても、嫌なことは嫌だって、はっきり言ってくれた」


 レオンハルトは微笑んだ。


「それが、すごく嬉しかったんだ。それに、君が綺麗だと言ってくれるようになってから、僕も自分の瞳を前より好きになれたんだよ」

「……本当ですか?」

「うん。本当だよ」


 レオンハルトは頷いた。


「僕も、君が困っていたら助けたい。だから、これからも君と一緒にいたいと思っている」


 エレノアの頬が、少しずつ赤くなった。


「……レオンハルト様」

「これからも、ずっと仲良くしてくれるかな?」

「もちろんです!」


 エレノアは、繋いだ手を嬉しそうに握り返した。


「わたし、レオンハルト様のこと、大好きですから!」


 レオンハルトの頬が赤くなった。


「……うん。僕も、エレノアのことが好きだよ」

「……!」


 今度は、エレノアの頬まで赤くなった。


「……えへへ!」


 二人は手を繋いだまま、顔を見合わせて笑った。


 少し離れたところで見守っていた侯爵は、静かに目を細めた。


 王子も娘も、心から嬉しそうだった。


 それなら、父親として喜ぶべきなのだろう。


 ただし。


 エレノアは、王子の手を離すつもりがないらしい。


「レオンハルト様! これからは、もっとたくさん会えますよね!」

「うん。そうなると思うよ」

「じゃあ、今度はリリアも一緒に遊んでください!」

「もちろん。妹さんにも、また会いたいな」

「ありがとうございます!」


 エレノアはますます嬉しそうに笑った。


 侯爵は、その様子を見ながら小さく息を吐いた。


 表向きは婚約者候補という立場だが、王家の許しがあれば、二人が顔を合わせることに問題はない。

 もっとも、娘は婚約の意味をまだ完全には理解していないらしく、今は王子と会える機会が増えることが何より嬉しいようだった。


 けれど、レオンハルトと一緒にいたいという気持ちだけは、間違いなく本物だった。


     ◇


 帰りの馬車の中でも、エレノアはずっと嬉しそうにしていた。


「お父様!」

「何だい?」

「わたし、レオンハルト様の婚約者になったんですよね!」

「ああ。そうだよ」

「えへへ!」


 エレノアは満面の笑顔になった。


「早くリリアにも教えてあげたいです!」


 侯爵は微笑んだ。


「そうだね。リリアには話してもいいよ。ただし、お屋敷の外では、まだ婚約者候補ということにしておくんだ。リリアにも、そのことを教えてあげようね」

「はい! 分かりました!」


 エレノアは元気よく頷いた。


「リリアには、わたしからちゃんと説明します!」

「ありがとう。でも、秘密にする理由はお父様からも説明するよ。一緒にお話ししようね」


 侯爵は優しく微笑んだ。


 エレノアは窓の外を眺めた。


 これからも、レオンハルト様に会える。

 一緒にお茶を飲んだり、お庭を歩いたり、いろいろなお話ができる。


 そして、いつか大人になったら、結婚する。


 エレノアはその光景を想像して、嬉しそうに笑った。


「……お父様」

「何だい?」

「結婚したら、レオンハルト様と毎日一緒にいられるんですよね?」

「……そうだね」


 侯爵は頷いた。


「じゃあ、毎日あの綺麗な赤い瞳を見られるんですね!」


 エレノアは両手を頬に当てた。


「……素敵です!」


 侯爵は、思わず笑ってしまった。


「……エレノアは、本当に殿下の瞳が好きなんだね」

「はい! 世界でいちばん綺麗です!」


 娘の返事には、一切の迷いがなかった。


 侯爵は窓の外へ目を向けた。


 王族との婚約には、大きな責任が伴う。

 これから先、娘が苦労することもあるかもしれない。


 それでも、今日の二人の笑顔を思い出せば、この婚約を進めてよかったと思えた。


 そのとき、エレノアが父親の袖を引いた。


「お父様!」

「……今度は何だい?」

「レオンハルト様が困ったときは、わたしが守ってあげてもいいんですよね?」


 侯爵は娘を見た。


 エレノアは真剣な顔をしていた。


「……もちろんだよ。ただし、殿下を守るためにも、まずは魔法をきちんと制御できるようになろうね」

「はい! 頑張ります!」


 エレノアは元気よく答えた。


 侯爵は安堵して頷いた。


 少なくとも、娘自身に魔法を学ぶ意欲があることは喜ばしい。


 しかし、次の瞬間。


「わたし、レオンハルト様を守れるように、もっともっと強い魔法を覚えます!」


「…………」


 侯爵は固まった。


「……エレノア?」

「はい!」

「お父様が言ったのは、魔法を強くすることではなくて、制御することなんだけど……」

「はい! ちゃんと制御できるようになって、もっと強い魔法を使えるようになります!」


 エレノアは嬉しそうに笑った。


 侯爵は、そっと目を閉じた。


「……うん。まずは制御からにしようね」

「はい! それができたら、すっごく強い魔法を覚えます!」


 侯爵は天井を仰いだ。


「……殿下。どうか、娘をよろしくお願いいたします……」


 もちろん、ここに王子はいない。


 それでも侯爵は、思わずそう呟かずにはいられなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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今後ともよろしくお願いいたします!

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