第7話 大好きな王子様の赤い瞳を馬鹿にされたので、少しだけ怒りました!
エレノアが八歳になる少し前のこと。
アルヴェイン侯爵家の朝食の席で、エレノアは妹のリリアから、いつもと少し違う呼び方をされた。
「お姉様、そちらのジャムを取っていただけますか?」
エレノアはジャムの瓶に手を伸ばしかけて、ぴたりと動きを止めた。
「……リリア?」
「はい、お姉様!」
リリアはにっこりと笑った。
エレノアは首を傾げながら、ジャムの瓶を妹の前へ置いた。
「ありがとうございます!」
いつもなら「ありがとう、おねいちゃま!」と言ってくれるはずなのに、今日は何だか違っている。
しかも、リリアは背筋をぴんと伸ばして、いつもよりゆっくりと紅茶のカップを持ち上げていた。
「リリア、どうしたの?」
「何がですか?」
「だって、いつもは『おねいちゃま』って呼んでくれるでしょ?」
リリアはカップを置くと、真剣な顔でエレノアを見つめた。
「もう子どもじゃないです! レディです!」
エレノアは目を丸くした。
「……レディ?」
「はい! リリアは、五歳から淑女のお勉強をしているんです! もうすぐ六歳になるんですから!」
リリアは胸を張った。
五歳になってから始まった淑女教育では、挨拶の仕方や食事の作法、言葉遣いなどを習っている。
どうやら、昨日のお母様とのお勉強で、何かを決意したらしい。
「だから、これからは『お姉様』って呼ぶことにしたんです!」
「そうなんだぁ……」
エレノアは妹の顔をじっと見つめた。
ついこの前まで、小さな手でドレスを握りながら「おねいちゃま!」と駆け寄ってきていたのに。
もちろん、今でもリリアはとっても可愛い。
でも、少しずつ大きくなっているのだと思うと、嬉しいような、ちょっぴり寂しいような気持ちになった。
「……おねいちゃまって呼んでくれなくなるの?」
「お姉様です!」
リリアはきっぱりと言った。
「だって、レディですから!」
「そっかぁ……」
エレノアが少し肩を落とすと、リリアは慌てて椅子から降りた。
そして、姉の隣へ駆け寄ってくる。
「お姉様! リリア、お姉様のこと、大好きですよ!」
「……ほんと?」
「はい! 世界でいちばん大好きです!」
リリアは両手を広げて、エレノアに抱きついた。
「えへへ! わたしもリリアが大好き!」
エレノアも妹をぎゅっと抱きしめた。
すると、向かい側で朝食を取っていた父親が、二人を見ながら微笑んだ。
「リリアは立派なレディになりたいんだね」
「はい、お父様!」
リリアは元気よく頷いた。
「では、レディは食事の途中で席を立ってもいいのかな?」
「……あっ」
リリアは自分の椅子を振り返った。
それから、エレノアの腕の中で少しだけ頬を赤くした。
「……も、戻ります!」
父親が笑い、エレノアもつられて笑った。
リリアは急いで席へ戻ると、今度こそ背筋を伸ばして座った。
どうやら、立派なレディへの道のりは、まだ始まったばかりらしい。
◇
それから数日後。
エレノアは父親と一緒に王城を訪れていた。
今日は王妃主催の小さなお茶会が開かれることになっており、エレノアも招待されていたのだ。
もちろん、エレノアにとって何より楽しみなのは、レオンハルト王子に会えることだった。
「お父様! 今日はレオンハルト様に会えますよね!」
「ああ。殿下もお茶会に参加される予定だよ」
「やったぁ!」
エレノアは嬉しそうに笑った。
レオンハルト王子とは、以前、王城の庭園で初めて会った。
黒い髪と、とっても綺麗な赤い瞳を持つ王子様だった。
エレノアは、あの赤い瞳が大好きだった。
宝石みたいに綺麗で、光が当たると少しだけ色が変わって見える。
それなのに、初めて会ったときの王子様は、自分の瞳をあまり好きではないようだった。
だから、エレノアは今日も王子様に会ったら、あの綺麗な瞳をたくさん見せてもらおうと思っていた。
「エレノア。今日は王城だからね。あまり走り回らないように」
「はい!」
「それから、魔法は使わないこと」
「はい!」
エレノアは元気よく返事をした。
父親は娘の顔を見つめた。
「……本当に分かっているね?」
「もちろんです!」
エレノアは胸を張った。
「今日はお茶会ですから、魔法なんて使いません!」
父親は少し安心したように頷いた。
もっとも、エレノアの場合、魔法を使おうとしていなくても、魔力が漏れてしまうことがある。
先日も、リリアを馬鹿にされたときに、庭園の食器が震えるほどの魔力を放出してしまったばかりだった。
父親は、そのことを思い出していた。
「……何かあったら、すぐに私を呼ぶんだよ」
「はーい!」
エレノアは笑顔で答えた。
◇
王城の庭園には、色とりどりの花が咲いていた。
お茶会の会場には、王妃をはじめ、数組の貴族とその子供たちが集まっている。
エレノアは父親と一緒に挨拶を済ませると、レオンハルト王子の姿を探した。
「あっ!」
少し離れたところに、黒い髪の少年が立っていた。
「レオンハルト様!」
エレノアが声を掛けると、少年が振り向いた。
「……エレノア?」
赤い瞳が、少しだけ大きくなる。
「こんにちは、レオンハルト様!」
「ああ。こんにちは」
レオンハルトは小さく微笑んだ。
「今日も元気そうだね」
「はい! レオンハルト様に会えるのを、ずっと楽しみにしていました!」
エレノアが笑顔で答えると、レオンハルトは少し照れたように視線を逸らした。
「……そうか」
「はい!」
エレノアは王子の顔を覗き込んだ。
「今日も、とっても綺麗ですね!」
「……え?」
「レオンハルト様の赤い瞳です!」
レオンハルトは思わず瞬きをした。
「……また、その話?」
「はい! だって、本当に綺麗なんですもん!」
エレノアは嬉しそうに笑った。
「わたし、レオンハルト様の瞳、大好きです!」
レオンハルトはしばらく黙っていた。
それから、少し困ったように笑った。
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
エレノアは満足そうに頷いた。
そのときだった。
「……あれが、例の赤い目の王子か」
少し離れた場所から、声が聞こえた。
エレノアが振り向くと、二人の少年がこちらを見ていた。
どちらもレオンハルトより少し年上に見える。
貴族の子息らしく、仕立てのよい服を着ていた。
「本当に赤いんだな」
「ああ。噂には聞いていたけど、あんな色の目、初めて見たよ」
少年たちは小声で話しているつもりらしい。
けれど、エレノアにもレオンハルトにも、はっきりと聞こえていた。
レオンハルトの表情が変わった。
先ほどまで浮かんでいた笑みが消え、静かに視線を下げる。
「……エレノア。向こうへ行こう」
「……?」
エレノアは首を傾げた。
「どうしてですか?」
「……いいから」
レオンハルトが歩き出そうとした、そのとき。
「なんだか、気味が悪いよな」
少年の一人が笑った。
「魔物みたいな目だ」
エレノアは足を止めた。
「…………」
今、何と言ったのだろう。
レオンハルト様の瞳が、気味悪い?
魔物みたい?
エレノアは少年たちを見た。
「……あの!」
少年たちが振り向いた。
「何?」
「今、レオンハルト様の瞳のことを言いましたか?」
少年の一人が肩をすくめた。
「そうだけど?」
「……どうして、気味が悪いんですか?」
エレノアは不思議そうに尋ねた。
「だって、赤いんだぞ?」
「はい! とっても綺麗な赤です!」
「……は?」
少年は目を丸くした。
エレノアは真剣な顔で続けた。
「宝石みたいで、すっごく綺麗なんです! わたし、初めて見たときから大好きなんですよ!」
少年たちは顔を見合わせた。
「……変わってるな、君」
「そうですか?」
エレノアは首を傾げた。
「でも、綺麗なものは綺麗ですよ?」
少年の一人が鼻で笑った。
「普通の人間の目は、あんな色じゃないだろ」
「……普通?」
「そう。赤い目なんて、不気味じゃないか」
エレノアは少し考えた。
「……わたし、レオンハルト様の瞳を見ると、嬉しくなるんです」
「……は?」
「だって、とっても綺麗なんですもん! どうして、そんなに嫌なことばかり言うんですか?」
少年は答えに詰まった。
「そ、それは……」
「わたしの髪も、みんなと同じ色じゃありませんよ?」
エレノアは自分の銀色の髪を一房持ち上げた。
「でも、お父様もお母様も、綺麗だって言ってくれます!」
「それとこれとは違うだろ!」
少年は少し苛立った様子で言った。
「赤い目なんて、昔から不吉だって言われてるんだよ!」
「……不吉?」
エレノアは目を瞬かせた。
「それって、どういう意味ですか?」
「だから、よくないことが起こるってことだよ!」
エレノアはますます分からなくなった。
レオンハルト様の瞳は、とっても綺麗だ。
それに、王子様は優しくて、いつもエレノアの話を聞いてくれる。
そんな王子様の瞳を見ただけで、どうして悪いことが起こると思うのだろう。
「……レオンハルト様の瞳を見て、何か悪いことが起きたんですか?」
少年は口を開きかけて、止まった。
「……いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、不吉じゃないですよね?」
エレノアはにっこりと笑った。
少年は顔をしかめた。
「……なんだよ、君。さっきから、いちいちうるさいな」
その言葉を聞いて、レオンハルトが一歩前に出た。
「もういい、エレノア」
「……レオンハルト様?」
エレノアが振り向くと、王子は静かな顔をしていた。
「僕は気にしていない。だから、もうやめよう」
「……でも」
エレノアは王子の顔を見つめた。
気にしていないと言っているけれど、さっきまで笑っていた王子様は、もう笑っていなかった。
それが、エレノアにはとても悲しかった。
「……レオンハルト様」
エレノアは王子の手を握った。
「わたし、レオンハルト様の瞳が大好きです」
「……ああ」
「だから、馬鹿にされるのは嫌です」
レオンハルトは何も言わなかった。
エレノアは少年たちへ向き直った。
「……謝ってください」
「はあ?」
「レオンハルト様に、謝ってください!」
少年の一人が顔をしかめた。
「なんで僕たちが謝らなきゃいけないんだよ!」
「だって、レオンハルト様のことを馬鹿にしたからです!」
「馬鹿になんかしていない! 本当のことを言っただけだろ!」
エレノアは唇を結んだ。
どうして、謝ってくれないのだろう。
レオンハルト様は何も悪いことをしていないのに。
ただ、綺麗な赤い瞳を持っているだけなのに。
「……わたし、怒ってます」
エレノアは少年をまっすぐ見つめた。
「レオンハルト様の瞳は、とっても綺麗です! それを馬鹿にするなんて、ひどいです!」
少年は呆れたように肩をすくめた。
「……だから、赤い目なんて――」
その瞬間だった。
エレノアの足元で、芝生が揺れた。
「……え?」
少年が足元を見た。
風は吹いていない。
それなのに、エレノアの周囲では、芝生が外側へ押し出されるように倒れていく。
近くのテーブルで、ティーカップが小さく震え始めた。
かたかた、かたかた。
「……な、何だ?」
少年たちが顔を見合わせた。
エレノアは気づいていなかった。
ただ、レオンハルトの瞳を馬鹿にした少年たちを見つめている。
「……謝ってください」
もう一度、エレノアが言った。
その途端、少年の一人が肩を強張らせた。
何か重いものに押さえつけられているような感覚に、思わず後ずさった。
「……な、何だよ……これ……!」
もう一人も顔を引きつらせて、一歩後ろへ下がった。
足元の芝生は、まだ倒れたままだった。
レオンハルトは二人の様子を見て、エレノアへ視線を戻した。
以前、彼女から聞いた話を思い出していた。
風の魔法で庭の木を倒してしまったこと。
魔力が大きすぎるので、今は制御の練習をしていること。
そして、今、エレノアは怒っている。
「エレノア!」
レオンハルトは、握られていた手を強く握り返した。
「……え?」
エレノアが振り向いた。
「僕を見て」
「……レオンハルト様?」
レオンハルトはエレノアの正面に立ち、赤い瞳でまっすぐ彼女を見つめた。
「君は、僕の瞳が好きなんだよね?」
「はい! 大好きです!」
「だったら、今は僕の瞳を見ていてくれないかな」
エレノアは驚いたように瞬きをした。
「……いいんですか?」
「ああ。君になら、いくらでも見せるよ」
レオンハルトは微笑んだ。
「君が綺麗だと言ってくれたから、僕も少しずつ、この色を好きになれそうなんだ」
エレノアは王子の顔をじっと見つめた。
「……ほんとですか?」
「本当だよ」
レオンハルトは握った手を離さずに続けた。
「だから、あの二人が何を言っても、君まで悲しい顔をしなくていい」
エレノアは自分が眉を寄せていたことに、ようやく気づいた。
「……わたし、そんな顔をしていましたか?」
「うん。僕は、いつもの笑っている君の方が好きだな」
エレノアの頬が、ぱっと赤くなった。
「……えへへ!」
エレノアが笑うと、周囲の芝生がゆっくりと起き上がった。
少年たちも肩の力を抜き、ようやく普通に立てるようになった。
レオンハルトは、その変化を確かめてから、そっと息を吐いた。
エレノアの手は、まだ温かかった。
そして、彼女はもう怒っていなかった。
レオンハルトは二人の少年へ向き直った。
「君たち」
「……は、はい!」
二人は慌てて背筋を伸ばした。
「僕の瞳が珍しいことは分かっている。好きになれとも言わない」
レオンハルトは静かに続けた。
「でも、本人の前で気味が悪いと言ったり、魔物にたとえたりするのは、やめてほしい」
「……そ、それは……」
「それから、僕を庇ってくれたエレノアにまで、ひどいことを言ったね」
少年たちは顔を伏せた。
「……申し訳ありません」
「……ご無礼を、お許しください」
レオンハルトは二人を見つめた。
「謝罪は受け取るよ。ただ、今後は気をつけてほしい」
少年たちはもう一度頭を下げた。
そのとき、庭園の通路から足音が聞こえてきた。
◇
「……何があった?」
低い声が聞こえた。
振り向くと、そこにはアルヴェイン侯爵と、王城の騎士が立っていた。
「お父様!」
エレノアは嬉しそうに手を振った。
侯爵は娘の顔を見た。
次に、倒れた芝生が残っている場所へ目を向けた。
そして、近くのテーブルに並んだ食器を確かめた。
「…………」
どうやら、嫌な予感が当たってしまったらしい。
「……エレノア」
「はい!」
「何があったのかな?」
エレノアは真剣な顔になった。
「お父様! あの人たちが、レオンハルト様の瞳を馬鹿にしたんです!」
侯爵の表情が変わった。
「……何?」
エレノアは少年たちを指さした。
「赤い目が気味悪いとか、魔物みたいだとか、不吉だとか言ったんです!」
「……そうか」
侯爵は少年たちへ視線を向けた。
二人とも、先ほどまでの勢いはなくなっていた。
王城の騎士まで来ていることに気づき、顔色を変えている。
レオンハルトが一歩前に出た。
「侯爵。二人には、すでに謝罪してもらいました」
「……殿下」
「ただ、王妃陛下のお茶会で起きたことです。何もなかったことにはできません」
レオンハルトは王城の騎士へ向き直った。
「二人の保護者に、今日のことを伝えてください。僕からも、母上に報告します」
「承知いたしました、殿下」
騎士は一礼した。
少年たちは青ざめた顔で、もう一度レオンハルトに頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
「今後は、気をつけてください」
レオンハルトがそう告げると、二人は騎士に付き添われて、その場を離れた。
侯爵は王子へ深く頭を下げた。
「殿下。娘がご迷惑をお掛けしたのではありませんか?」
「いいえ。エレノアは僕を庇ってくれたんです」
レオンハルトはエレノアを見た。
「……とても嬉しかったです」
「……そうですか」
侯爵は少し安心したように頷いた。
「ただ、エレノアの周囲で、何か異変はありませんでしたか?」
レオンハルトは少し迷ってから答えた。
「……芝生が倒れて、食器が震えていました。それから、あの二人が強い圧迫感を感じていたようです」
「…………」
侯爵は目を閉じた。
「……やはり」
王城の騎士は周囲の様子を確認すると、侯爵へ一礼した。
「念のため、付近の安全を確認いたします」
騎士は近くのテーブルや庭園の様子を確かめ、周囲にいた者たちにも怪我がないか尋ねた。
幸い、食器の破損はなく、負傷した者もいなかった。
「殿下、侯爵閣下。負傷者はおりません。周囲にも異常は確認されませんでした」
「……そうか。ありがとう」
侯爵は安堵したように息を吐いた。
それから、騎士へ向き直った。
「娘の魔力が無意識に漏れ、周囲に影響を及ぼしたことについても、王妃陛下へご報告いただきたい。私からも、改めてお詫びとご説明を申し上げます」
「承知いたしました、侯爵閣下」
騎士は一礼した。
エレノアは不思議そうに二人を見比べた。
「……お父様?」
「エレノア。帰ったら、また魔力制御のお勉強をしようか」
「……えっ?」
エレノアは目を丸くした。
「……もしかして、また魔力が漏れてしまったんですか?」
「そうだよ。エレノアは気づいていなかったんだね」
「……はい。お父様に教えていただいたのに、全然気づきませんでした……」
エレノアはしょんぼりと肩を落とした。
「……ごめんなさい」
「魔法を使おうとしなくても、魔力が漏れてしまうことはあるんだ。だからこそ、もっと練習が必要なんだよ」
侯爵は娘の頭を撫でた。
どうやら、訓練場の完成を待っている余裕はなさそうだった。
「侯爵」
レオンハルトが声を掛けた。
「……何でしょう、殿下?」
「エレノアは、僕が話しかけたら落ち着いてくれました。だから、誰も怪我をせずに済んだんです」
侯爵は驚いたように王子を見た。
「……殿下が、止めてくださったのですか?」
「はい。僕の瞳を見てもらっただけですけど」
レオンハルトは少し照れたように笑った。
侯爵は娘へ視線を向けた。
エレノアは、王子の隣で嬉しそうに頷いている。
「そうなんです! レオンハルト様が、赤い瞳をいくらでも見せてくださるって!」
「……そうかい」
侯爵はゆっくりと頷いた。
娘の魔力を落ち着かせられる人物がいる。
しかも、それが王子殿下だという。
ありがたいことには違いなかった。
ただ、娘があまりにも嬉しそうに王子を見つめているので、父親としては別の心配も増えてしまった。
◇
お茶会が終わり、王城を出る前のこと。
レオンハルトはエレノアを呼び止めた。
「……エレノア」
「はい、レオンハルト様!」
エレノアが振り向くと、王子は少し照れたように笑った。
「今日は、ありがとう」
「……?」
エレノアは首を傾げた。
「何がですか?」
「僕の瞳のことを、あんなふうに言ってくれたことだよ」
エレノアは目を瞬かせた。
「……だって、本当に綺麗ですから!」
レオンハルトは小さく笑った。
「君は、初めて会ったときから変わらないね」
「そうですか?」
「ああ」
レオンハルトはエレノアを見つめた。
「……僕は、君に会えてよかったと思っている」
「……!」
エレノアの顔がぱっと明るくなった。
「わたしもです!」
エレノアは王子の手を両手で握った。
「わたしも、レオンハルト様に会えて、とっても嬉しいです!」
レオンハルトは少し頬を赤くした。
「……ありがとう」
エレノアは嬉しそうに笑った。
「また、一緒に遊んでくださいね!」
「ああ。約束するよ」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
少し離れたところで、その様子を見ていたアルヴェイン侯爵は、ようやく肩の力を抜いた。
今日も何とか、誰も怪我をせずに済んだ。
王城の庭園も無事だった。
それだけでも、十分に喜ぶべきことなのかもしれない。
侯爵は娘と王子の姿を見つめた。
エレノアは、レオンハルトの赤い瞳を本当に気に入っているらしい。
そして、王子も娘のことを随分と大切に思ってくれているようだった。
そのこと自体は、父親として嬉しかった。
しかも今日、王子はエレノアが無意識に漏らした魔力を落ち着かせてくれた。
父親である自分でも苦労しているというのに、王子は娘の手を握り、優しく話しかけただけだったという。
侯爵は、もう一度二人を見た。
エレノアは王子の手を握ったまま、何かを楽しそうに話している。
レオンハルトも、その話を微笑みながら聞いていた。
「……殿下は、本当に頼もしい方だな」
侯爵は小さく呟いた。
娘が危ないとき、こうして助けてくださる方がいるのは心強い。
ただし。
エレノアは、王子の赤い瞳が大好きだ。
王子も、エレノアのことを随分と気に掛けてくださっている。
そして、二人は今も手を繋いでいる。
「…………」
侯爵は、もう一度二人を見た。
エレノアが何かを言うと、レオンハルトが少し頬を赤くした。
「……あれ?」
侯爵は首を傾げた。
娘の魔力を心配していたはずなのに、いつの間にか、それとは別の心配が生まれている気がする。
「お父様ー!」
エレノアが満面の笑顔で振り向いた。
「レオンハルト様が、また一緒に遊んでくださるんですって!」
侯爵は娘の笑顔を見て、微笑み返した。
「……それは、よかったね」
もちろん、嬉しいことだった。
ただ、これから先も二人が仲良くなっていったら、父親としては何を心配すればいいのだろう。
侯爵はしばらく考えてから、そっと息を吐いた。
どうやら、娘の成長を見守る父親には、魔法以外にも心配事が増えていくらしい。
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