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第3話 初めて会った王子様の赤い瞳が、あまりにも綺麗だったので!

 エレノアが六歳になった春、アルヴェイン侯爵家に王宮から招待状が届いた。


 王宮の庭園で開かれる、王族と貴族の子供たちを招いた小さなお茶会への招待だった。

 エレノアにとって、王宮へ出かけるのは初めてのことだった。


「お母様! 王宮って、お城のこと?」

「ええ、そうよ。国王陛下や王妃陛下がお暮らしになっている、とても大きなお城よ」


 母親の説明を聞いたエレノアは、ぱっと顔を輝かせた。


「じゃあ、お姫様もいるの?」

「そうね。今日は王子様もいらっしゃるそうよ」

「王子様!」


 エレノアは両手を胸の前で合わせた。


「王子様って、絵本に出てくる王子様みたいなの?」

「ふふっ。どんな王子様かは、お会いしてからのお楽しみね」


 エレノアは嬉しそうに頷いた。


「うん! わたし、ちゃんとご挨拶する!」


 母親は微笑み、娘の銀色の髪を優しく撫でた。


「ええ。いつも練習しているとおりにすれば大丈夫よ」


 エレノアは胸を張った。


「わたし、いっぱい練習したもん!」


 そのとき、部屋の扉から小さな声が聞こえた。


「おねいちゃま……?」


 振り返ると、リリアが扉のところに立っていた。

 その後ろには侍女のマリアが控えている。


「リリア!」


 エレノアは駆け寄り、妹の手を握った。


「リリア、今日はね、わたし、お城に行くんだよ!」

「お城に行くの?」

「うん! 王子様にも会うんだって!」


 リリアは目を丸くした。


「王子様? どんな人なの?」

「えっとね……わたしも、まだ会ったことないの!」


 エレノアが答えると、リリアは少し考え、姉の服の裾をつかんだ。


「リリアもお城に行きたい!」

「えっ?」


 エレノアは母親を振り返った。


「お母様、リリアも一緒に行ける?」


 母親は困ったように微笑んだ。


「今日はエレノアだけなの。リリアはもう少し大きくなってからね」

「えーっ……リリアも行きたかったのに……」


 リリアが残念そうにすると、エレノアも眉を下げた。


「そっかぁ……」


 すると、リリアは姉の手をぎゅっと握った。


「じゃあ、リリア、お留守番がんばる!」

「リリア、お留守番できる?」

「うん! マリアと一緒に待ってる!」


 リリアは元気よく頷いた。


「リリア、えらいね!」

「えへへ! リリア、おりこうでしょ?」

「うん! とってもおりこう!」


 エレノアは妹を抱きしめた。


「帰ってきたら、お城のお話、いっぱいしてあげるね!」

「うん! 王子様のお話も聞かせてね!」

「もちろん!」


 リリアは嬉しそうに笑った。


     


 王宮の庭園は、エレノアが想像していたよりもずっと広かった。


 色とりどりの花が咲き、綺麗に刈り込まれた生け垣が続いている。

 中央には大きな噴水があり、その周囲には白いテーブルと椅子が並べられていた。


「お母様! お花がいっぱい!」

「ええ。とても綺麗ね」


 エレノアは母親と手をつなぎながら、庭園を見渡した。


「リリアにも見せてあげたいなぁ……」

「そうね。今度、お父様にもお願いしてみましょうか」

「うん!」


 エレノアは嬉しそうに頷いた。


 庭園には、すでに何人もの貴族の子供たちが集まっていた。

 母親に連れられて挨拶を交わす子供もいれば、同じ年頃の友達と楽しそうに話している子供もいる。


 エレノアも母親と一緒に、何人かの貴族へ挨拶をした。


「アルヴェイン侯爵家のエレノアと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 練習したとおりに頭を下げると、相手の貴婦人が微笑んだ。


「まあ、なんて可愛らしいお嬢様でしょう」

「ありがとうございます!」


 エレノアは嬉しくなって、もう一度頭を下げた。


 その様子を見ていた母親も、満足そうに頷いていた。


 しばらくして、王宮の侍従が庭園へ姿を現した。


「レオンハルト殿下がお越しになります」


 周囲の大人たちが姿勢を正し、子供たちも話をやめた。


 エレノアも母親の隣で背筋を伸ばした。


 そして、庭園の入口へ目を向けた。


 そこに現れたのは、エレノアとそれほど年の変わらない、一人の男の子だった。


 整った顔立ちに、艶のある黒い髪。

 王族らしい上品な服を着ているけれど、表情は少し硬く、周囲の子供たちを見ても笑っていなかった。


 けれど、エレノアが何よりも目を奪われたのは、その瞳だった。


 鮮やかな赤い瞳。


 陽の光を受けたその色は、エレノアが今まで見たどんな宝石よりも綺麗だった。


「……わあ」


 エレノアは思わず声を漏らした。


 母親が小さく振り返る。


「エレノア?」

「お母様……」


 エレノアは王子から目を離せなかった。


「あの王子様、おめめがすっごく綺麗……!」


 母親は一瞬、驚いたように娘を見つめた。


「……そうね。とても綺麗な赤い瞳ね」


 エレノアは何度も頷いた。


「うん! きらきらしてる!」


 そのとき、周囲の子供たちの声が聞こえてきた。


「……赤い目だ」

「本当だ……」

「お母様が、あまり見ちゃいけないって……」


 小さな声だったが、エレノアには聞こえていた。


 エレノアは首を傾げた。


 どうして見てはいけないのだろう。

 あんなに綺麗なのに。


 王子は周囲の声に気づいているのか、少しだけ視線を落とした。


 エレノアは、その様子をじっと見つめていた。


     


 お茶会が始まると、子供たちは用意された席へ案内された。


 エレノアは母親と離れ、同じ年頃の子供たちが集まるテーブルに座った。

 テーブルには小さな焼き菓子や果物が並べられ、可愛らしい花模様の食器が用意されている。


「わあ、お菓子!」


 エレノアは目を輝かせた。


 けれど、すぐに母親から教わったことを思い出した。


 お茶会では、勝手に食べ始めてはいけない。


 エレノアは両手を膝の上に置き、おとなしく待つことにした。


 その向かい側では、数人の子供たちが小さな声で話していた。


「ねえ、レオンハルト殿下って、いつもあんな感じなの?」

「知らない。でも、ちょっと怖いよね」

「赤い目だもの……」


 エレノアは顔を上げた。


「どうして?」


 子供たちが振り返った。


「え?」

「どうして、赤いおめめだと怖いの?」


 一人の少女が困った顔をした。


「だって……赤い目って、魔王みたいだって……」

「まおう?」


 エレノアは首を傾げた。


「魔王って、絵本に出てくる?」

「そうよ。怖い魔王よ」


 エレノアは少し考えた。


 確かに、家にある絵本にも魔王が出てきた。

 けれど、その魔王がどんな目をしていたかまでは覚えていない。


「でも、王子様は魔王じゃないよ?」

「それは、そうだけど……」

「それに、すっごく綺麗だよ!」


 エレノアは嬉しそうに笑った。


「わたし、あんなに綺麗な赤いおめめ、初めて見た!」


 子供たちは顔を見合わせた。


「……変わってるね」

「そうかなぁ?」


 その間にも、子供たちは侍従に案内され、一人ずつレオンハルトへ挨拶に向かっていた。


 やがて、エレノアの番になった。


「エレノア様。レオンハルト殿下へご挨拶をお願いいたします」


 エレノアはぱっと立ち上がった。


「はい!」


 そして、王子が座っている席へ案内された。



 レオンハルトは、庭園の端に用意された席に座っていた。


 近くには侍従が控えているものの、同じ年頃の子供たちは少し離れた場所に集まっている。

 王子の前には焼き菓子が置かれていたが、ほとんど手がつけられていなかった。


 エレノアは王子の前まで進み、練習してきたとおりに頭を下げた。


「アルヴェイン侯爵家のエレノアと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます!」


 レオンハルトが顔を上げた。


「……ああ。よく来てくれた」


 落ち着いた声だった。


 エレノアは顔を上げ、王子を見つめた。


 近くで見ると、赤い瞳には陽の光が映り込み、エレノアは身を乗り出しそうになった。


「……わあ」


 レオンハルトが眉を寄せる。


「……何だ?」

「あのね、王子様!」


 エレノアは両手を胸の前で握った。


「おめめ、すっごく綺麗!」


 レオンハルトは動きを止めた。


「……え?」

「赤くて、きらきらしてるの!」


 エレノアは嬉しそうに続けた。


「わたし、こんなに綺麗なおめめ、初めて見た!」


 レオンハルトは何も答えなかった。


 エレノアは首を傾げた。


「王子様?」

「……君は」


 レオンハルトは少し戸惑ったように尋ねた。


「私の目が、怖くないのか?」

「こわい?」


 エレノアは驚いた。


「どうして?」

「……赤いからだ」

「赤いと、怖いの?」


 レオンハルトは黙った。


 エレノアは少し考えてから、にこっと笑った。


「わたし、赤い色、大好きだよ!」

「……そうなのか?」

「うん! お花も赤いのが好き!」


 エレノアは庭園の花壇を指さした。


「あそこにも、赤いお花がいっぱい咲いてるでしょ?」

「……ああ」

「でもね!」


 エレノアは王子の瞳を見つめた。


「王子様のおめめの方が、ずっと綺麗!」


 レオンハルトは目を見開いた。


 目の前の少女は、赤い瞳をじっと見つめたまま、嬉しそうに笑っている。

 怖がるどころか、もっと近くで見たいとでも言いたげだった。


「……そんなことを言われたのは、初めてだ」

「ほんと?」

「……ああ」


 エレノアは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、わたしが一番だね!」

「……一番?」

「うん! 一番最初に、綺麗って言ったの!」


 レオンハルトはしばらくエレノアを見つめていた。


 そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……そうだな」


 エレノアはその変化に気づいた。


「あっ!」

「……何だ?」

「王子様、笑った!」


 レオンハルトは慌てて表情を戻した。


「……別に、笑っていない」

「笑ったよ!」

「……気のせいだ」

「ううん! にこってした!」


 エレノアは自分の頬を両手で持ち上げた。


「こう!」


 レオンハルトは、その顔を見て思わず吹き出した。


「……ふっ」

「あっ! また笑った!」


 エレノアは嬉しくなって、両手を叩いた。


「王子様、笑うともっと素敵!」


 レオンハルトは少しだけ顔を赤くした。


「……君は、変わっているな」

「そうかなぁ?」

「……ああ」


 けれど、その声は先ほどよりも柔らかかった。


 レオンハルトは、目の前の焼き菓子に視線を向けた。


「……エレノア。よければ、ここで一緒にお菓子を食べないか?」

「いいの?」

「……ああ」


 エレノアは嬉しそうに頷いた。


「うん! 一緒に食べたい!」


 レオンハルトが侍従に声をかけると、エレノアのための椅子と菓子皿が用意された。


 エレノアはレオンハルトの隣に座り、用意された焼き菓子を一つ手に取った。


「王子様、このお菓子、おいしいね!」

「……そうだな」

「リリアにも食べさせてあげたいなぁ……」

「リリア?」

「うん! わたしの妹!」


 エレノアは嬉しそうに説明した。


「ちっちゃくてね、すっごく可愛いの!」

「……そうなのか」

「うん! いつも『おねいちゃま!』って呼んでくれるんだよ!」


 エレノアは妹の真似をしてみせた。


「おねいちゃま!」


 レオンハルトは目を瞬かせた。


「……それは、君の妹の真似なのか?」

「うん! 似てる?」

「……本物を知らないから、分からないな」

「あっ、そっかぁ!」


 エレノアは納得した。


「じゃあ、今度リリアにも会ってね!」

「……ああ。機会があれば」


 エレノアは満足そうに頷いた。


 そのとき、レオンハルトが小さく尋ねた。


「……エレノア」

「なあに?」

「君は、また王宮へ来るのか?」


 エレノアは少し考えた。


「うーん……お母様に聞いてみないと分かんない」

「……そうか」


 レオンハルトは視線を落とした。


 エレノアはその顔を覗き込んだ。


「王子様?」

「……何だ?」

「また、わたしとお話したい?」


 レオンハルトは一瞬、言葉に詰まった。


「……別に、そういうわけでは……」


 エレノアは首を傾げた。


「そうなの?」

「……」


 レオンハルトはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……少しは」

「ほんと!」


 エレノアはぱっと笑った。


「わたしも! また王子様とお話したい!」


 レオンハルトが顔を上げた。


「……本当に?」

「うん!」


 エレノアは当然のように頷いた。


「だって、王子様のおめめ、もっと見たいもん!」


 レオンハルトは再び言葉を失った。


「……目、なのか?」

「うん!」


 エレノアは嬉しそうに笑った。


「それに、王子様とお話するの、楽しい!」


 レオンハルトはエレノアを見つめた。


 そして、今度は隠そうともせずに微笑んだ。


「……私も、楽しかった」


 エレノアは両手を合わせた。


「じゃあ、また遊ぼうね!」

「……ああ。約束だ」


     ◇


 その日の夕方。


 侯爵家へ帰ってきたエレノアは、玄関で待っていたリリアへ駆け寄った。


「リリア! ただいま!」

「おねいちゃま! おかえりなさい!」


 リリアは両手を広げ、姉に抱きついた。


「お城、楽しかった?」

「うん! すっごく楽しかったよ!」


 エレノアは妹を抱きしめた。


「リリア、聞いて! 今日ね、王子様に会ったの!」

「王子様! どんな人だった?」

「すっごく綺麗なおめめだったんだよ!」


 リリアは首を傾げた。


「おめめが綺麗なの?」

「うん! 赤くて、きらきらしてたの!」


 エレノアは両手を広げた。


「宝石みたいでね、すっごく綺麗だった!」


 リリアは姉の顔をじっと見つめた。


「……おねいちゃま」

「なあに?」

「でも、おねいちゃまのおめめも、すっごく綺麗だよ!」


 エレノアは目を丸くした。


「……わたしの?」

「うん! 青くて、きらきらしてるもん!」


 リリアは姉の頬に両手を添えた。


「リリア、おねいちゃまのおめめ、大好き!」


 エレノアは嬉しくなって、妹をぎゅっと抱きしめた。


「リリア、大好き!」

「リリアも、おねいちゃまが大好き!」


 その様子を見ていた母親が、微笑みながら尋ねた。


「エレノア。今日は楽しかった?」

「うん!」


 エレノアは元気よく頷いた。


「お母様! わたし、また王子様に会いたい!」

「あら、そうなの?」

「うん! 約束したの!」


 母親は少し驚いたように娘を見つめた。


「レオンハルト殿下と?」

「うん!」


 エレノアは嬉しそうに笑った。


「王子様ね、最初はあんまり笑わなかったんだけど、最後はにこにこしてくれたの!」


 母親は娘の頭を撫でた。


「そう。それはよかったわね」

「うん!」


 エレノアはリリアの手を握った。


「今度はリリアも一緒に行けたらいいね!」

「うん! リリアも王子様に会ってみたい!」

「そうだね!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 その日の夜、エレノアは眠る前にも、母親へ王子の話をした。


 赤い瞳がとても綺麗だったこと。

 最初はあまり笑ってくれなかったこと。

 けれど、最後には一緒にお菓子を食べて、また会う約束をしたこと。


 母親は娘の話を最後まで聞き、優しく微笑んだ。


「エレノアは、レオンハルト殿下のことが気に入ったのね」

「うん!」


 エレノアは布団の中から顔を出した。


「だって、王子様、とっても素敵なんだもん!」


 母親は娘の銀色の髪を撫でた。


「そう。では、またお会いできるといいわね」

「うん!」


 エレノアは嬉しそうに目を閉じた。


 そして、眠りにつく直前、小さな声で呟いた。


「……また、あのおめめ、見たいなぁ……」


 母親は娘の寝顔を見つめ、静かに微笑んだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに、エレノアとレオンハルト殿下が出会いました!


読者の皆様が期待されていた出会いとは、少し違っていたかもしれませんが、作者としては、二人の初めての出会いはこんな感じをイメージしておりました。


まだ六歳のエレノアですが、ここから少しずつ、レオンハルト殿下との関係を育んでいければと思っています。


……もっとも、エレノア本人は、今のところ王子様の赤い瞳に夢中のようですが(笑)。


少しでも「面白かった」と思っていただけましたら、ブックマーク・★評価・リアクション・一言感想のどれか一つでもいただけると、とても励みになります。


今後ともよろしくお願いいたします!

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