茶会は恋話で
豊穣と記録を司る月の一族が、なぜか団子と恋話で騒がしくなる、春の夕暮れの記録である。
茶会は穏やかな空気のまま続いていた。
卓には町で買ってきた団子が山のように並べられている。
餡、みたらし、胡麻、季節限定の桜餡——二人が勢いで買い込んだ結果だった。
「これ美味しいでしょう。ささ、皆さんも」
姫は目を輝かせながら団子を頬張っている。
女房たちも楽しそうに笑い合い、賑やかな空気が庭に広がっていた。
その少し離れた席で、静かに筆を走らせる者がいる。
月の一族の記録者——。
地上での任務や、生育周期の観測結果を記す役目を持つ者だ。
月の一族は、もともと地上の民と共に暮らしていたが、一部の民が月へ移り住み、地上の農作や季節の巡りを管理する立場となった。
月で蓄積された生育データをもとに、必要があれば地上へ助言を与える。
その中心にいるのが、“月の姫”——美琴である。
本来なら、月の姫が自ら地上へ赴くことは滅多にないが、季節の巡りと作物の生育周期に大きなズレが生じていた。
このまま放置すれば、数年以内に大規模な飢饉が起こりかねない。
ゆえに、美琴と、その補佐役である賢木が遣わされたのだ。
賢木は幼い頃から美琴の傍にいた。
誰より近くで“月の姫”を支える者として。
——もっとも。
記録者はそっと筆を止め、視線を上げる。
今の賢木は、“補佐官”というには些か落ち着きがなかった。
姫は女房たちと恋話に花を咲かせている。
「それでね」「まぁ素敵」などと楽しげな声が聞こえるたび、政朝と賢木の空気が僅かに張る。
政朝は団子を一本持ったまま、完全に耳がそちらへ向いていた。
——恋の話って、なんで女ってあんな楽しそうなんだ。
ちら、と姫を見る。
ころころ変わる表情から目が離せない。
初めて会った時より、随分よく笑うようになった。
「理想の殿方は?」
その言葉が聞こえた瞬間、政朝の手が止まった。
みたらし団子を口元まで運びかけたまま固まっている。
気にしていない顔を装いながら、耳だけは完全に向いていた。
一方の賢木は、何事もない顔で茶を啜る。
だが女房たちが「優しい方が素敵」「頼れる殿方も良いわね」と騒ぐたび、瞬きが増えている。
姫が「優しい人が好きかも」と笑えば胸がざわつき、
「でも強引な方も少し憧れるわ」と続けば眉間に皺が寄る。
気付けば、持っていた団子の餡がぽたりと落ちた。
道隆は茶を飲みながら肩を震わせた。
面白いほど分かりやすい。
政朝が吹き出す。
「おい賢木、お前団子落ちてる」
「黙れ」
「動揺しすぎだろ」
「誰が」
「いやお前」
政朝も笑いながら団子を齧る。
「一緒にいると安心する人がいいかしら」
姫の声が聞こえた瞬間、今度は政朝の手が止まる。
賢木がじろりと横目で見る。
「お前もではないか」
「うるせぇ」
みたらしが垂れた。
記録者は静かに筆を走らせる。
——月の姫の周囲、本日も騒がしい。
その一文を書き留めたところで、道隆がついに扇で口元を隠した。
肩が震えている。完全に笑っている。
女房たちはそんな男二人を見比べ、にやにやしていた。
その時、姫が不思議そうに振り返る。
「……二人とも、どうしたの?」
男二人は同時に団子を口へ押し込んだ。
「別に」
「なんでもない」
見事に声が揃う。
次の瞬間、女房たちの笑い声が庭いっぱいに広がった。
夕暮れの風がそよりと吹き抜け、茶会は和やかな空気に包まれていく。
薄紅の花びらがひらひらと舞い、姫の袖へ静かに落ちた。




