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【短編】月影の記憶 -茶会-  作者: しまゆり


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4/5

茶会は恋話で

豊穣と記録を司る月の一族が、なぜか団子と恋話で騒がしくなる、春の夕暮れの記録である。

 茶会は穏やかな空気のまま続いていた。

 卓には町で買ってきた団子が山のように並べられている。

 餡、みたらし、胡麻、季節限定の桜餡——二人が勢いで買い込んだ結果だった。


「これ美味しいでしょう。ささ、皆さんも」


 姫は目を輝かせながら団子を頬張っている。

 女房たちも楽しそうに笑い合い、賑やかな空気が庭に広がっていた。


 その少し離れた席で、静かに筆を走らせる者がいる。


 月の一族の記録者——。


 地上での任務や、生育周期の観測結果を記す役目を持つ者だ。


 月の一族は、もともと地上の民と共に暮らしていたが、一部の民が月へ移り住み、地上の農作や季節の巡りを管理する立場となった。

 月で蓄積された生育データをもとに、必要があれば地上へ助言を与える。


 その中心にいるのが、“月の姫”——美琴である。


 本来なら、月の姫が自ら地上へ赴くことは滅多にないが、季節の巡りと作物の生育周期に大きなズレが生じていた。

 このまま放置すれば、数年以内に大規模な飢饉が起こりかねない。

 ゆえに、美琴と、その補佐役である賢木が遣わされたのだ。


 賢木は幼い頃から美琴の傍にいた。

 誰より近くで“月の姫”を支える者として。


 ——もっとも。


 記録者はそっと筆を止め、視線を上げる。

 今の賢木は、“補佐官”というには些か落ち着きがなかった。


 姫は女房たちと恋話に花を咲かせている。

「それでね」「まぁ素敵」などと楽しげな声が聞こえるたび、政朝と賢木の空気が僅かに張る。

 政朝は団子を一本持ったまま、完全に耳がそちらへ向いていた。


 ——恋の話って、なんで女ってあんな楽しそうなんだ。


 ちら、と姫を見る。

 ころころ変わる表情から目が離せない。

 初めて会った時より、随分よく笑うようになった。


「理想の殿方は?」


 その言葉が聞こえた瞬間、政朝の手が止まった。

 みたらし団子を口元まで運びかけたまま固まっている。

 気にしていない顔を装いながら、耳だけは完全に向いていた。


 一方の賢木は、何事もない顔で茶を啜る。

 だが女房たちが「優しい方が素敵」「頼れる殿方も良いわね」と騒ぐたび、瞬きが増えている。


 姫が「優しい人が好きかも」と笑えば胸がざわつき、

「でも強引な方も少し憧れるわ」と続けば眉間に皺が寄る。


 気付けば、持っていた団子の餡がぽたりと落ちた。


 道隆は茶を飲みながら肩を震わせた。

 面白いほど分かりやすい。


 政朝が吹き出す。


「おい賢木、お前団子落ちてる」


「黙れ」


「動揺しすぎだろ」


「誰が」


「いやお前」


 政朝も笑いながら団子を齧る。


「一緒にいると安心する人がいいかしら」


 姫の声が聞こえた瞬間、今度は政朝の手が止まる。

 賢木がじろりと横目で見る。


「お前もではないか」


「うるせぇ」


 みたらしが垂れた。


 記録者は静かに筆を走らせる。

 ——月の姫の周囲、本日も騒がしい。


 その一文を書き留めたところで、道隆がついに扇で口元を隠した。

 肩が震えている。完全に笑っている。


 女房たちはそんな男二人を見比べ、にやにやしていた。

 その時、姫が不思議そうに振り返る。


「……二人とも、どうしたの?」


 男二人は同時に団子を口へ押し込んだ。


「別に」

「なんでもない」


 見事に声が揃う。


 次の瞬間、女房たちの笑い声が庭いっぱいに広がった。

 夕暮れの風がそよりと吹き抜け、茶会は和やかな空気に包まれていく。


 薄紅の花びらがひらひらと舞い、姫の袖へ静かに落ちた。



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