茶会の終わりに
春の茶会は、賑やかな笑い声と甘い団子の香りに包まれていた。
それぞれが自然に同じ時間を囲み、穏やかな夜がゆっくり更けていく。
やがて空がゆっくりと藍色へ染まり、茶会もお開きとなる。
庭先を渡る春風が、甘い団子の香りと笑い声の余韻を静かに攫っていった。
「そろそろ、お開きにしましょうか」
姫が袖を軽く払って立ち上がる。
すると、控えていた女房がすっと歩み寄った。
「姫様、茶器はこちらへお渡しくださいませ」
「では、こちらをお願いします。私は残りを運ぶわね」
「かしこまりました」
慣れたやり取りだった。
姫はにこりと笑い、空いた皿を手際よく重ねていく。
その動きに迷いはない。
「月の一族の方々は、本当に何でもなさいますね」
道隆が感心したように呟く。
実際、月の一族では身分による役割分担が薄い。
食事の支度も、掃除も、記録整理も、必要があれば誰もが行う。
男女の区別もほとんどない。
それは月という限られた土地で、互いに支え合わなければ生きていけなかった名残だった。
姫は女房と並び、慣れた様子で片付けを続ける。
「これは厨房へ戻して――あ、そちらお願いできますか?」
「はい、姫様」
「ありがとう」
くるくるとよく動く姫を見ながら、政朝は感心したように目を瞬かせた。
「……姫さん、普通に働くんだな」
「何だと思っていた」
賢木が淡々と返す。
「いや、もっとこう……見てるだけというか」
「月では、自分のことは自分でするのが基本だ」
賢木は空になった茶器を盆へ載せながら続けた。
「役職持ちだからといって、何もしない方が珍しい」
その言葉に、姫がふと顔を上げる。
視線が自然と賢木に重なった。
長く共に過ごしてきたせいか、二人はこうしてよく目が合う。
「何事も習慣になっているからな。まぁ、落ち着きがないのは今も変わらずだが」
「賢木兄様は昔から細かいのよ」
姫が少し頬を膨らませる。
「幼いころ、湖へ落ちたのは誰だ」
「あれは足を滑らせただけでしょう?」
「三回もか?」
「……」
姫がわずかに視線を逸らす。
賢木はニヤリと口の端を上げる。
「最後の方は楽しくなって、自分から飛び込んでいただろう」
「だって涼しかったんだもの」
「開き直るな」
皆が堪えきれず吹き出した。
賑やかな声は、いつしか春の夜風へ溶けていった。
庭では桜が静かに揺れている。
姫は空になった皿を抱えたまま、ふと夜空を見上げた。
淡い月光が、花びらの縁を銀色に飾った。
「姫さん、ぼーっとしてると落とすぞ」
政朝の声に、姫ははっと顔を向ける。
「……ふふ、ごめんなさい」
「ほら、そっち寄越せ。半分じゃ落とすだろ」
自然に差し出された手。
その気遣いに、姫は微笑んだ。
「ありがとう、政朝さん」
春の夜風が、二人の頬をかすめる。
その空気は、どこか故郷にも似ている気がした。
次回は賢木兄様と姫の幼い頃のお話を書きます。
お付き合いいただけますと嬉しいです。




