表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒百合の仮面  作者: 翡翠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/32

第二十二話「フォルタン子爵の次の手」

フォルタン子爵からの手紙が来たのは、クレヴァン夫人と会った四日後だった。


朝の郵便物の中に、一通だけ質感の違う封筒があった。上質な紙だった。丁寧な筆跡で、ヴィオレット・ド・ノワール様と書かれていた。


開封した。


短い手紙だった。


先日の勉強会の御礼と、次の機会についての打診が書かれていた。今度は二人だけで話したい、植物学についてもう少し深い議論をしたい、近いうちにお時間をいただけないか、という内容だった。


二人だけで。


その一文を、ヴィオレットは二度読んだ。


予想していた手だった。しかし予想より直接的だった。勉強会という場を経由せず、いきなり二人での面会を求めてきた。


急いでいる。


その判断は変わらなかった。


リュカへの連絡を出した。


その日の夜、茶館で会った。


手紙を見せた。リュカが読んだ。


「応じますか」


「応じます。ただし場所を変えます」


「どういう意味ですか」


「子爵が指定する場所には行きません。こちらが場所を指定します」


「それを子爵が受けるでしょうか」


「受けます。この男は今、私を手放したくない。多少の条件を飲んでも接触を優先します」


リュカが少し考えた。


「場所はどこを考えていますか」


「王立植物学会の併設図書室です。公共の場で、植物学の文献があり、二人で議論する理由として自然です。また公共の場であることで、子爵が極端な行動を取りにくい」


「賢い選択です」


「ただし問題があります」


「何ですか」


「公共の場であることは、子爵が本音を話しにくい状況でもあります。子爵が話そうとしていることの核心を引き出すには、ある程度の時間と、相手が安心できる雰囲気が必要です」


「それをどうするつもりですか」


「子爵に、私が引き込まれているという印象を与えます。取り込まれつつある令嬢だと思わせれば、子爵は話す」


リュカが少し間を置いた。


「危なくありませんか」


「私が引き込まれているふりをするだけです。実際に引き込まれることはありません」


「令嬢が言えば信じます」


「信じてください」


翌日、フォルタン子爵への返事を書いた。


二人での議論は喜んで。ただし公共の場の方が気が楽なので、王立植物学会の図書室はいかがでしょうか、という内容にした。


三日後に返事が来た。


喜んでお受けします、という内容だった。


日時は五日後の午後に決まった。


五日間で準備することが三つあった。


一つ目は、子爵が話しそうな内容についての想定問答を作ること。二つ目は、図書室の構造をカインに下見させること。三つ目は、セダンの件についてリュカから情報を受け取ること。


一つ目はその日の夜に終わった。


想定できる内容は、植物成分を使った組織への勧誘だ。その組織が何であるかは、まだ全容が見えていない。しかしドレヴァン家、ルーベン商会、子供の売買、植物成分の運用が繋がっている組織だ。


子爵はヴィオレットに何を求めているか。


公爵令嬢という立場だ。社交界での信用と、公爵家という名前だ。それを利用したい何かがある。


それが何かを、今度の面会で引き出す。


二つ目は翌日にカインが対応した。


図書室の構造、出入り口の数、蔵書の配置、閲覧席の位置を報告してきた。今回は問題ない場所だという判断を、カインが自分でつけて報告してきた。以前ならヴィオレットが判断していた。この従者が自分で判断を出すようになったことを、ヴィオレットは確認した。


三つ目は、面会の前日にリュカから連絡が来た。


茶館で会った。


「セダンの三年前の件を調べました」


リュカが言った。


「何がわかりましたか」


「三年前、クレヴァン伯爵が影廷に書類を送ったとされる時期に、セダンは書類の受付担当をしていました」


「受付担当」


「影廷に外部から届く書類を最初に確認する役職です。その時期に限定的に担当していました。通常の担当者が体調不良で休んでいた時期に、代理を務めていた」


「つまり、クレヴァン伯爵の書類がセダンの手を経由した可能性がある」


「高い可能性があります」


「その書類が今どこにあるかは」


「見つかりませんでした。廃棄記録もありません。存在しないことになっています」


「消した」


「おそらく」


ヴィオレットは少し考えた。


「セダンが書類を消した時点で、セダンは誰かに報告をしたはずです。消したことと、書類の内容を」


「同意します」


「その報告先が、リストの一番上の名前に繋がるかどうかを確認することはできますか」


「難しい。直接の証拠が残っているとは思えません」


「間接的な証拠で構いません。三年前の時期にセダンが接触した人間の記録があれば」


「調べてみます」


「お願いします」


リュカが少し間を置いた。


「明日の面会について、何か準備できることはありますか」


「カインが図書室を下見しました。それで十分です」


「影廷からの支援は」


「いりません。一人の方が動きやすい」


「わかりました」


リュカが封筒を出した。


「これは夫人から預かった書類の写しを、影廷で分析した結果です。送金記録の流れについて、いくつか新しいことがわかりました」


受け取って、読んだ。


送金の流れが、三段階になっていることがわかった。クレヴァン伯爵家から中間の口座を経由して、最終的な受け取り先へ。中間の口座の名義がルーベン商会だった。


「ルーベン商会が中間を担っている」


「はい。表の帳簿には現れない形で、資金を動かしていた」


「最終的な受け取り先は」


「名義が複数回変わっています。変わるたびに名前が変わる。しかし変わり方のパターンがあります。変わるたびに、特定の貴族家の名前が一つずつ含まれている」


「《黄金の枷》の構成家ですか」


「三家が確認できました。四家目は追跡の途中で消えています」


四家。《枷》の構成は四門閥だ。


「四家全てが送金を受け取っている」


「三家は確認できました。四家目は今調査中です」


ヴィオレットは書類を折り畳んだ。


「これはクレヴァン伯爵が把握していたことですか」


「書類の内容から判断すると、三家までは把握していたと思われます。四家目を追っている最中に倒れた可能性があります」


四家目を追って倒れた。


四家目が、最も動いた家だということになる。


「四家目の調査を急いでいただけますか」


「優先します」


ヴィオレットは立ち上がった。


「明日の面会が終わったら、すぐに連絡します」


「わかりました」


「それと、一つお願いがあります」


「はい」


「明日の面会中に何か異常があった場合の備えとして、カインに連絡できる経路を作っておいてください。私からではなく、貴方から直接カインへ」


リュカが少し考えた。


「カインとの連絡経路を作るということは、カインが貴女以外の人間と接触することになります」


「承知の上です。カインは信用できます」


「わかりました。どのような条件で連絡しますか」


「令嬢が図書室に入って、二時間を過ぎても出てこない場合です」


「二時間」


「それ以上かかる話ではありません。二時間を過ぎていれば、何か問題が起きています」


「了解しました」


扉に向かった。


今夜の外の空気は、冬の匂いが強かった。先週より確実に冷えていた。


路地を歩きながら、明日の面会のことを考えた。


フォルタン子爵が話そうとしていることの核心を引き出す。


引き込まれているふりをして、話させる。


話した内容を記憶して、リュカに渡す。


それだけだ。


前世では、もっと難しい依頼を何度もこなしてきた。


今回は難しくない。


しかし。


難しくないと思っている時の自分が、最も油断しやすい。


前世でそれを一度だけ経験した。


今世では、繰り返さない。


公爵家の門が見えてきた。


明日の面会に何を着ていくかを考えた。


植物学の議論に来た令嬢として自然な装い。ただし内側には、いつもの準備が必要だ。


細針三本。扇子。香水瓶。ヘアピン二本。


全部確認する。


明日の朝、出発前にもう一度確認する。


門をくぐった。


玄関でミアが待っていた。


「明日の準備が必要なことがあれば言ってください」


ヴィオレットは少し考えた。


ミアがそれを言ったということは、明日何かがあることを察知している。


「装束の確認を手伝ってください。令嬢の装いですが、内側の確認を」


「わかりました。今夜やりますか」


「明日の朝でいいです」


「わかりました」


「ミア」


「はい」


「明日は屋敷で待機してください」


「一人でいかれるんですか」


「はい」


ミアが少し黙った。


「二時間待ちます」


「カインから連絡があれば動いていいです」


ミアが頷いた。


全部言わなくても、全部伝わっていた。


この従者との意思疎通が、いつの間にか、これだけ短い言葉で済むようになっていた。


自室に戻った。


机に向かった。


明日の想定問答をもう一度確認した。


子爵が何を言ってきても、引き込まれているふりができる答えを、全部用意した。


用意し終えてから、手帳を開いた。


一行だけ書いた。


明日、根の地図が完成に近づく。


手帳を閉じた。


窓の外で冬の風が鳴っていた。


眠る前に、引き出しを開けた。


スノードロップの押し花を見た。


乾いて、薄くなっていたが、形は保っていた。


白いままだった。


閉じた。


明日の自分が、今夜と同じ引き出しを開けることを、当然のこととして思った。


当然だ、と思えることが、以前とは違った。


前世では、明日を当然と思ったことがなかった。


今世では、思っている。


それがどういう変化かは、まだ言葉にならない。


ただ、変化していることは、確かだった。


眠った。


今夜の意識は、六割だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ