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EX.7 そらのあお

どこまでも柔らかく透き通った蒼の瞳。

その瞳に、永遠に惹かれてやまないのだろう。



飴色の調度品が並ぶ応接間。

薄く開かれた窓から気持ちの良い風が流れ込んでくる。

晴れやかな外の空気とは裏腹に、応接間の中は気難しい雰囲気に満ちていた。

こう言った日には、外でのんびりしたいものだが、ゆるく現実逃避した思考をデイルは呼び戻す。

「ボルモア卿、少し落ち着いて頂けませんか?」

「これが落ち着いていられる事か!」

手を付けられないままのお茶をすすめると、手厳しい声が返って来る。

名門貴族ベラール家の一門であるボルモア卿は、若かりし頃は騎士団長も務めた生粋の武人だ。

眼光も未だ衰えず、その一喝は痺れるような力があった。

一介の騎士であれば震えあがる様な大喝もデイルは綺麗に受け流した。

庶子として公爵家に入ってから、修行と称してしごかれ続けた子ども時代は未だに鮮やかに思い出せる。

良くも悪くも耐性はついている。

「セルゲイラ殿。しかし、その言は貴方らしくもない妄言と取られてもいたしかたない事でしょう」

息を荒げるボルモア卿の隣で、ゆっくりと話し出したのはデイルにとっては従兄弟叔父にあたるマグリア卿だ。

その二人に挟まれる形で、杖を両手に抱えて座っているのがデイルの後見人でもあったサルワール老公である。

苛烈なボルモア卿と憂慮を浮かべるマグリア卿に対して、御大とも呼ばれる老人は静かな面持ちで口を閉ざしている。

「貴方は、良くご存知の筈だ。公爵家に限らず貴族と身分なき方との婚姻は幸せにはなりません。相手の方にとっても」

言い辛そうにマグリア卿が言うのは、デイルの実母に関わる話だからだろう。

確かに、両親の結果は幸せな物ではなかった。

だがらと言って、母から不幸だとも聞いた事はない。

今は、優しい男性と結婚して子どももいると聞く。

一般的に身分違いの恋愛は、女性に対して不幸に傾く事が多いのは事実だ。

だが、今回の事に関して言えばマグリア卿の心配は杞憂に過ぎない。

それが分かっているから、真面目に進言してくれる二人に悪いと思いながら、笑ってしまいそうになる。

「何を笑っている!これ程、愚かな人間だとは思わなかったぞ!」

「ボルモア卿、口が過ぎます」

嗜めながらも、その目にはデイルに対する非難の色もあった。

「失礼。お二方の憂慮ももっともだと思うのですが」

「思うのなら、相応の態度があるだろうがっ」

すっかり子ども時代の師匠と弟子の関係に戻っているボルモア卿に、デイルは今度はハッキリと苦笑を露わした。

「言葉で説明するよりも、ひと目会って頂いた方が早いでしょうから」

「呼んでいるのか?」

ボルモア卿が、苦々しい表情を浮かべた。

只でさえ厳めしい顔つきのため、子どもが見たら泣きだしそうな容貌になっている。

「えぇ。御三家の方々に何度も足を運ばせるのも申し訳ありませんから」

しれっとした顔で言って若き公爵は、後に控えていた従者に目配せで合図を送る。

部屋を出て行った従者を見るともなしに見送って、ベラール家を支える有力者である面々は深くため息を吐いた。

長らく名門として栄えて来たベラール家も、一時は跡取りの問題で揉めに揉めた。

先代の公爵は、色ごとの方面では問題があったが公爵としては優秀な人物だった。

だが、傑物の子が優秀である通りは少なく、公爵家の嫡子は一言で言えば凡庸だった。

可もなく、不可もなく。

その分、教育を行ってベラール家を背負うに相応しい人物として育てていかねばならないと思っていた矢先に、流行り病で呆気なく長男と二男が亡くなった。

幸運にも病を得なかったのは、末の妹だけだ。

女では公爵家を引き継ぐには無理がある。

余程の覚悟と後ろ盾があれば問題はなかっただろうが、まだ幼い少女に覚悟云々は厳しすぎた。

公爵はまだ存命の為、新たな子が生まれる可能性もないでもないが、あまり望めはしないだろう。

そんな中、降って沸いたように飛び出したのが庶子であるデイルの話だった。

市井で暮らしている、今では唯一直系の血を引く男子。

デイルを招き入れる際、親族を二分に分けかねない論争が巻き起こった。

それをまとめ上げ、名実ともに公爵家の跡取りとしてデイルを迎え入れたのがこの場の三人だ。

幼い頃から付き合いがあるだけに、それぞれに今の若い公爵を己の子どもの様に感じていた。

手塩にかけて育てて来た有望な若者が、久しぶりに知らせを寄こして来て見れば、結婚の話だ。

それ自体は、喜ばしい話だったが。

相手が問題だった。

デイルが望む相手は、家各の吊り合う名のある貴族であるどころか、何処ぞの出とも知れぬ生まれだと言う。

彼自身の熱意が伝われば伝わる程、後見人を自負している立場からは否の言葉しか出ない。

重苦しい無言の室内を破るように、扉を叩く音が響いた。

ボルモア卿は、腕を組みどんな人物がやって来るのかと扉を睨む。

マグリア卿は、背筋を伸ばしスッと表情を失くした。

サルワール老公は、今までと変わらずただ目だけを動かした。

三者三様の様子を見ながら、デイルは扉口まで出迎えに向かった。

公爵手ずからの出迎えに、三名の空気がまた一段階重くなった。

内心、これからの反応を想像して笑いをこらえるのに精いっぱいだ。

開いた扉に手を差し伸べて、応えるように持ち上げられた小さな白い手を握る。

一歩、金の刺繍の靴がまず覗いた。

背後で聞こえた息を飲む声は、一体誰の物だっただろう。

今日の為に念入りに梳られた金色の髪は、月光を依り合わせたような透き通る輝きで白い肌を彩っている。

レジーナが一週間ほど悩んで選んだ衣装は、髪と瞳の色を際立たせる紅茶色が落ち着いた縦縞模様の一着だ。

裾から覗くレースも薄く染められて、色取り取りの小さな硝子粒が地味になりがちな衣装に華やかさを添えている。

清楚で可憐を体現した姿に、デイルも一瞬だけ目を奪われる。

おずおずと見上げて来る大きな瞳は、今日の空と同じ蒼色だ。

「紹介します。ミルレイア殿です」

「はじめまして。ミルレイアと申します」

慎ましやかに礼をとったミルレイアは、集中する視線に怯えたように一歩下がった。

心細いのかデイルの手を離さないでいる。

力を込めて握り返すと、ホッとしたように強張っていた口元が緩んだ。

先ほどの名乗りも、一生懸命レジーナと練習していたことを知っている。

長い間、喋ると言う事していなかったミルレイアは、今も気を抜くと喋らないまま一日を過ごしてしまう。

レジーナやライドール相手では、喋らなくても負担がないせいだろう。

今は、なるべく会話をするように気を付けて、ミルレイアにも一日にあった事を言葉で伝えるように言い聞かせていた。

そんな甲斐があってか、どうにか知らない人であっても滑らかに言葉が出るようになってきた。

人見知りまでは、直ってはいないが。

「ご挨拶、ありがたく頂戴いたします」

ずっしりとした声が応接間に広がった。

見ればサルワール老公が、両手で杖をついて立ち上がった所だった。

「ベラール公爵家が一門、イシュベル・イル・サルワールと申します」

老公の挨拶に我に返った二人もそれぞれに名乗って腰を下ろす。

デイルもミルレイアを伴って席に戻った。

新しく用意された紅茶から、甘い香りが立ち上る。

「ミルレイア殿、と申されたか。天上の一族の方とお見受けしますが」

「はい。えと、父、が神族です」

ゆっくりと考えながらミルレイアが答える。

「半神でしたか」

掠れた吐息に混ぜてマグリア卿が呟く。

ボルモア卿に至っては声も出ないようだ。

「この度、我が公爵は貴方を花嫁として迎え入れる事を希望されております。その為には、貴方に私の養子になって頂く必要がございます。見知らぬ爺の子になって頂けますかな」

既に、反対する意見はない。

名もなき家の娘であっても、人のしがらみに捕らわれない存在であるのなら仕方ない。

ミルレイアの金の髪と蒼い瞳には、それだけの価値がある。

サルワール老公は、静かにミルレイアの返答を待っている。

言われた言葉を噛み砕いてゆっくりと頭に入れていたミルレイアは、隣のデイルを見上げた。

デイルは、蒼色の瞳を見つめ返して肯いて見せる。

「はい。大丈夫です」

今のままでは、家格のつり合いが取れない為、対外的な立場はどうしても必要になる。

ミルレイアには、そこまでは分からないだろうが、肯いてもらえてホッとする。

この際、デイルに残されたもう一つの関門は置いて考えておく。

「それでは、婚礼の前の一カ月は私の屋敷にご滞在して頂きましょう」

今は、デイルが婚約者兼保護者となっている。

しかし、結婚となれば曲がりなりにも形を付けなければならない。

不安そうな顔になったミルレイアに、デイルはそっと手を伸ばした。

「大丈夫。その時には、レジーナを付けますから。私も、会いに行きますよ」

こくり、と肯いたミルレイアだったがそれでも不安は抜けない。

肩に触れていた手を持ち上げて、綺麗に結いあげた髪にふれる。

温もりはミルレイアを、少しは癒すことが出来たらしい。

「おやおや、これは若い者にあてられてしまいますな」

「ふんっ!」

微笑ましさにからかいを込めたマグリア卿に、ボルモア卿は取り繕った事が明確にわかる不機嫌さで鼻を鳴らした。

空の青さが目に眩しい、そんな午後だった。



それから、数カ月後。

ベラール公爵の婚礼が上げられた。

婚礼と言っても、やはり主になるのは披露宴の場だ。

諸外国からの客人も招かれて、盛大に祝われた披露宴の主役は花嫁だ。

各国の代表との挨拶まわりは、楽しむ物と言うよりも仕事に近い。

こう言った場で、一つでも繋がりを多くする事こそがデイルにとっての主目的だ。

だが、それも主役が登場するまでだが。

楽団の演奏が止み、デイルは今日この日に、晴れて妻となった存在の手を引いて壇上にあがる。

美しく着飾った花嫁には、誰もが皆目を奪われるだろう。

瞳の色に合わせた水色の絹には、金糸で薔薇や小鳥の刺繍がふんだんにあしらわれている。

意匠自体は、いっそ簡素とも言って良いものだ。

装飾品もほとんど身に着けず、巻いた月金色の髪に藍玉と真珠を飾っている程度だ。

それが、若い花嫁の無垢な可憐さを引き立てて、美しさの中に愛らしさを添える。

伏し目がちな瞳が、デイルを見つめて笑う。

少しの間、離れていた期間は気持ちを育ててくれたのかもしれない。

見つめられる視線に、今までにない熱を見つけてデイルの方もくすぐったくなる。

まだ、ほんの小さな熾き火。

蒼色の瞳の中のそれが、燃え上がった時はどうなるのか。

それは当人にも分からない事だろう。

周囲の人々が息を飲む中で、デイルはミルレイアの手を取って並び立つ。

多くの視線が集まる中、デイルは客人たちに向けての挨拶を始めた。

蒼空の瞳が、こちらを見つめているのが、見なくとも分かった。

視線に支えられるようにして、これからも歩む。

当たり前のようにその事実を受け入れて、ひっそりと繋いだ手を握る。

ベラール公爵の朗々とした挨拶は、割れるような拍手で締めくくられた。

この夜の宴は、風華国で長く語り継がれたらしい。

デイルには、興味のない事だ。

ただ、美しい花嫁を迎えられた幸福の本当の甘さは、きっと誰にも味わえないものだろう。

盛大な惚気は胸にしまって、蒼色の瞳に笑み返した。


そう言えば、結婚式を書いてないなと思って書いた筈です。

結婚式がおまけに過ぎない、まさかの結果に終わりました。


EX.6とタイトルが似通ってますが、

どちらもサイトの7周年に書いたと言うだけで中味の繋がりはありません。


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