第七幕 君だけの贈り物
第七幕 君だけの贈り物
誰かの夢を描くことは——その人の未来を信じることだと知った。
あの夏の日から、僕たちは六人で集まることが増えた。みんなでプールに行き、夏休みの終わりには、黒崎くんの家に集まり協力して宿題を終わらせたりもした。
夏が終わっても、一緒にいることが当たり前のようになっていた。
体育祭では、守、神楽さん、黒崎くんが活躍し、合唱コンクールの練習では沙友里と高瀬さんが一際輝いていた。
そして、十月の文化祭。
僕たちのクラスでは、レトロ喫茶をすることになった。僕は内装担当になり、自分の絵を飾らせてもらったりと、みんな忙しく働いていた。
そして何より——十月十四日。沙友里の誕生日。
授業中も、漫研の活動中も、帰り道も。気づくとその日のことばかりを考えていた。
「誕生日プレゼントって、何がいいと思う?」
昼休みの中庭。お弁当をつつきながら、何度目かになる質問を、守に投げかけた。
「直哉……まだ決まってねぇの? もう来週だぞ」
「そうなんだよ……ヤバいよ……」
「今まで何してたんだよ……」
「うう……助けて、守」
守は溜息をつきながらスマホを取り出し、誰かに連絡を取っていた。
「今日の帰り、一緒に買いに行くぞ。助っ人も呼んでおいた」
両手を合わせて、僕は守を拝んだ。
「桐谷くん……私、夏休みに教えてあげたよね?」
「おっしゃる通りです……」
放課後に付き合ってくれたのは、神楽さんだった。待ち合わせ場所のファミレスに到着して早々、怒られてしまった。
「まあまあ、麻衣もたまには息抜きしようぜ」
「……しょうがないわね」
「一応、準備はしているんだけど、プレゼントだけがまだ……」
神楽さんは目の前のパフェを、スプーンで一口放り込んだ。
「初めての誕生日なんだから、形に残る物がいいわね」
「僕もそう思う。ネックレスとかどうかな?」
「良いと思うわ」
「じゃ、決まりだな! かっこいいやつ探そうぜ」
「……可愛いのにして」
その後二人と、色々な店舗を巡った。そして何とか予算内で、納得のいくものを手に入れることができた。
「二人のおかげだよ、ありがとう!」
「よかったな」
ブランド品ではないけど、ハートが二つ重なったシルバーのネックレス。
「沙友里に似合いそうね」
神楽さんのお墨付きをもらい、僕は胸を撫で下ろした。
「実はもう一つ、贈ろうと思ってる物があって……」
「何か手伝うか?」
「いや、大丈夫だよ、ありがとう」
「桐谷くんが贈りたい物をあげればいいわ」
「うん、頑張るよ」
二人に背中を押されて、僕の心は決まった。
それからの数日間、僕は準備に追われて、あっという間に時間が過ぎてしまった。
文化祭当日、僕たちのレトロ喫茶は繁盛した。神楽さんや沙友里がレトロタイプのメイド服で接客してくれるので、学年どころか校内でも話題になっていた。目当ては沙友里たちだったと思うが、中には僕の絵を褒めてくれる人もいたらしい。
二日間に渡る学校をあげてのイベントは無事終了し、その打ち上げ兼、沙友里の誕生日会がよく行く喫茶店『喫茶ひかり』で開催された。
「沙友里ちゃん、おめでとー」
高瀬さんが、一番大きな声でお祝いしていた。
「おめでとう、沙友里!」
「今日の主役だぜ」
「結城さん、おめでとう」
みんなからの言葉に、沙友里の瞳が潤んでいた。
食事を済ませ、しばらくすると黒崎くんが用意してくれたホールのケーキが運ばれてきた。店内はそれほど広くない。だけど僕たちは周りを気にせず、ハッピーバースデーの歌を歌った。ろうそくの火を沙友里が吹き消すと、店内から拍手が鳴り響いた。
「みんな、ありがとう!」
沙友里は照れながら、でも満面の笑みを浮かべていた。
ひかりを出た後はカラオケに移動した。それぞれが曲を歌い、しばらく経ったころ守が耳打ちしてきた。
「直哉、そろそろ出せよ」
「みんなの前で出すの?」
「当たり前だろ、ほら——」
ちょうど高瀬さんが、歌い終わったタイミングだった。守とのやりとりを高瀬さんは目ざとく見つけ、詰め寄ってくる。
「え、なになに? プレゼントー?」
沙友里もタブレットから顔をあげて、こっちに振り向いた。
顔が熱くなる。だけど——プレゼントをちゃんと渡してあげたかった。
「誕生日、おめでとう」
カバンの中からシンプルな紙袋を取り出し、沙友里の顔の前に掲げた。
「直哉——ありがとう! 開けていい?」
「も、もちろんだよ」
沙友里がリボンを解いて、箱を開けた。反応が読めないので、心臓が忙しい。
まだ、沙友里の言葉は出ずに、目を見開いていた。
「きゃーー、可愛い!」
高瀬さんが先に、声をあげた。神楽さんは「可愛いでしょ」と言わんばかりに胸を張っていた。
「どうかしら?」
「……可愛い」
「良かったわね」
神楽さんは微笑んだ。
「直哉……つけてもいい?」
僕は頷いた。
沙友里が自分でつけようとして、手間取っている。隣の神楽さんが、そっと手を貸した。
二つのハートが、沙友里の首元に収まった。
「どう、似合う?」
「うん。すごく」
沙友里の首元と瞳が、カラオケのライトが反射して煌めいていた。
「よし、沙友里。歌うよ!」
「うんっ!」
マイクを持った、神楽さんと沙友里が歌う。僕でも知っている、有名なアイドルグループの曲だった。
スローな曲調で、親しみやすいメロディライン。いつの間にか、全員で歌っていた。
まだステージじゃない。それでも、少しだけ本当のステージが見えたような気がした。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけばもう帰る時間が近づいていた。
「じゃあな、ちゃんとさゆりんを送ってやれよ」
「分かってるよ」
カラオケも終わり、今日はもう解散の時間だった。いつも帰りたくないとゴネる高瀬さんが、今日は何も言わずに切り上げようとしていた。その高瀬さんが別れ際、スッと隣に並んできた。
「桐谷くん……沙友里ちゃんのこと、支えてあげてね」
「え……どうしたの?」
「最近、ちょっと元気ないようだから……麻衣ちゃんもだけど」
高瀬さんは、どこか鋭いところがあった。
「……うん、分かった。ありがとう」
「じゃあ、よろしくねー」
みんなに手をふり、それぞれが帰っていく。僕たちは、二人だけになった。
いつもの帰り道を、手を繋いで歩いている。沙友里の頬は緩んだまま、ずっとネックレスに触れていた。
「気に入ってくれた?」
「うん、すごく! ホントにありがとう」
「色々迷ったんだけど、良かった」
「……最近、落ち込むこと多かったから……」
高瀬さんの予想は当たっていた。だけど、僕はそれを聞き出す言葉を持っていなかった。
「でも……直哉がいてくれるから、大丈夫」
そう言って、沙友里は笑顔を僕に向ける。その笑顔で、僕の気持ちが固まった。繋がった手に、力が入る。
「ちょっと、そこの公園に寄ってかない?」
「いいけど……どうしたの?」
「実は、もう一つあるんだ」
「えっ!」
公園内にあるベンチに座り、カバンからスケッチブックを取り出した。震えそうになる手を抑えて、僕は沙友里にそれを差し出した。
胸の鼓動が速くなる。
沙友里は、ゆっくりとスケッチブックの表紙をめくった。
そこには——
鉛筆で描かれた沙友里が笑っていた。
「ふふっ、私が笑ってる」
花火の絵で指が止まった。
「綺麗……あの時だね」
海の絵で黙った。ゆっくりと丁寧に、ページをめくっていく。
六人が並んで海を見つめている絵。
「私たち、青春してるよね」
ゲーム大会をしている絵。
「梢の一人勝ちだったなー」
次のページは、僕と沙友里が手を繋ぐ絵。
「……私たちだ」
「うん」
沙友里の頬が赤くなった。
そして——最後の一枚。
衣装を着て、ステージに立つ沙友里。
手が止まった。
「これは……」
「いつか、こうなると思うよ」
沙友里が顔を伏せた。
「私も麻衣も……オーディションに全然受からないけどね……」
高瀬さんの言葉が蘇る。
「ねぇ……僕の絵、上手くなったと思わない?」
「え……うん、最初見た時より、ずっと……」
「沙友里が笑うたびに、もっと上手く描きたいと思ったから」
沙友里の手に、自分の手を重ねる。
「だから……この絵が描けたんだ。ずっと見てきたから」
沙友里は何も言わずに、僕の言葉を待っている。沙友里の瞳が潤んでいた。
「叶えると思ってる。本気で……」
沙友里の頬に涙が流れた。
「だから、これだけ——未来の絵なんだ」
「……直哉」
沙友里はスケッチブックを胸に抱いた。そして、声を出して涙を流していた。
僕は沙友里の頭を撫でていた。
やがて——
「ありがとう、直哉。私、頑張る!」
「うん」
「もう一つ、宝物が増えたよ」
沙友里はネックレスにそっと触れた。スケッチブックを抱いたままで。
その指が、少しだけ震えていた。
あの頃の僕は、本気で信じていた。
モノクロだったその絵が、鮮やかな色彩を持って本物になることを——




