第四幕 夏色メモリー
第四幕 夏色メモリー
周りの目を気にせず、全部忘れてはしゃいでいた——あの夏。
夏休み真っ只中、初デートの熱はまだ冷めていない。思い出すと、顔が熱くなる。
(次会った時、どんな顔をすれば……)
そんな中、守からLINEが来たのは、夏祭りの数日後だった。
『海、行くぞ!』
守の行動力には、いつも驚かされる。集合場所に集まったのは六人。
男子は僕、守、黒崎くん。
女子は沙友里、神楽麻衣さん、高瀬梢さん。
沙友里とのデートもそうだが、クラスの女の子と出かけるのも初めてだった。
「直哉ー! 早くいこー」
沙友里が声を上げている。いつも通りの様子で、僕は胸を撫で下ろす。
「焼けるから嫌だって言ったんだけど……」
神楽さんは渋い顔をしている。
「でも、ちゃんと来てくれるよね」
「梢も行くなら、しょうがないでしょ」
高瀬さんが柔らかく微笑み、神楽さんの耳が少しだけ赤くなった。
「相沢、誘ってくれてありがとう」
「お前がいないと始まらねぇだろ」
守も黒崎くんも教室とは違い、どこか浮かれているように見える。
「直哉、感謝しろよ。みんなを誘うの、大変だったんだぜ」
「うん、ありがとう。けど、守はすごいね」
「なにが?」
「あの神楽さんまで、呼べるなんて」
僕が沙友里の彼氏でなければ、話すこともないような高嶺の花。美人揃いのダンス部の中でもトップの人気を誇っている。
「あぁ……まぁな」
僕がここにいていいのかと思うほど、すごいメンバーが集まっていた。
海まで電車で一時間ほど。電車の中では、男女に分かれて座っている。
まだ少し距離感のあるグループ。だけど、守も黒崎くんも上手く距離を詰める。
(すごいな、二人とも)
僕は同じ場所で、同じ空気に触れているのが心地よかった。
「よっしゃー、来たぜ、海!」
「相沢、落ち着けよ」
「結構、人がいるね」
今日は絶好の海日和。準備に時間のかかる女性陣より先に、僕たちは砂浜に出た。
暑い日差しが気持ちいい。海の家からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「みんな、お待たせー」
沙友里の声に僕たちは振り向く。
その瞬間、僕の時間が止まった——
——なんか、すごい。
(語彙力が、死んだ……)
沙友里はスカートの付いたピンクのビキニ。高瀬さんは同じようなデザインのグリーンで、神楽さんはシンプルな黒のビキニだった。
「おーみんな、すげぇ可愛いな」
守が三人に向けて、親指を立てる。
「えへへ、ありがと」
「梢、こいつから離れて」
「何だよ、麻衣。俺はバイ菌かなんかか?」
神楽さんが、勢いよく顔を背ける。その耳は、再び赤くなっていた。
「けど、ホントにみんな可愛いよ」
「ありがと、黒崎くん!」
「……いや、俺も同じこと言ったけど」
みんなが騒いでる中、沙友里が隣で肘をつつく。
「直哉」
「……はい」
「感想は?」
「……可愛い」
「聞こえなーい」
「め、めちゃくちゃ可愛い!」
「やった」
小さくガッツポーズする沙友里が、眩しくて直視できない。いつまでも心臓の鼓動がおさまってくれなかった。
急に守に腕を掴まれ、黒崎くんと三人で頭を寄せる。
「……直哉、黒崎。俺に言うことない?」
僕と黒崎くんは目を合わせた。
「相沢、ありがとう!」
「ありがとう!」
「うむっ! お前ら、後で奢れよ」
僕たちは、いい笑顔で頷いた。
「男子だけで、何してんの?」
「何でもない。よし、梢っち、海まで競走だ!」
「いいよー」
「俺について来い」
「あはは、待ってー」
守と高瀬さんが、海に向かって走っていく。
「梢、危ないよー」
「神楽さんも気をつけて」
高瀬さんを心配する神楽さんを、黒崎くんが追いかける。
「ふふっ、何あれ」
「ホントだよ」
ふと、沙友里と目が合った。花火の時を思い出す。
あの時とは髪型も、身につけているものも違う。だけど、変わらないものもある。
(色んな沙友里を、知りたいな……)
僕は、沙友里の手を取った。
「僕たちも行こう」
「うんっ!」
手を繋いだまま、僕たちは駆け出した。
海は最初だけひんやりとしたが、すぐ適温になる。僕たちは泳いだり、浮き輪に乗って、この瞬間を楽しんだ。
ビーチバレーでは神楽さんが大活躍し、守はいつの間にか、他の女子グループと仲良くなっていた。そのせいだと思うが、ものすごく冷たい言葉を、神楽さんに浴びせられていた。
広い海。
気のいい友達。
可愛い彼女。
みんなと笑い合える、こんな日が来るとは思ってなかった。
正午を過ぎ、海の家でひと時の休息の時。
「ねぇ、桐谷くん」
突然、神楽さんに見つめられて、僕の背筋が伸びた。
「な、なに? 神楽さん」
「沙友里のどこを好きになったの?」
「うぐっ!」
僕は食べていた焼きそばを、吹き出しそうになった。
「ち、ちょっと、麻衣!」
「えー、私も聞きたい」
「梢まで……」
ひとまず水を飲んで、焼きそばを流し込む。
「沙友里はね、部活中に桐谷くんの話をよくしてるから」
「麻衣……!」
「直哉もさゆりんの話ばっかだぜ」
今度は水を吐き出しそうになった。
「俺も聞きたいな、桐谷から」
「黒崎くん……」
沙友里以外の全員が、僕を見ていた。その目はキラキラと輝いている。
逃げられない。僕は一度、大きく息を吸った。
「最初は……手だよ」
「えっ」
「手? 顔じゃねぇの?」
「あんたと一緒にしないで」
なぜか、沙友里が一番驚いた表情をしていた。
「すごく……綺麗な手をしてたから……」
自分の中にある、沙友里の最初の記憶。思えば、そこから始まっていた。
(あれ? これじゃあ答えになってないぞ……)
僕は慌てて口を開く。
「あ、もちろん笑顔も大好きだし、優しいし、一緒にいると落ち着くし——」
「な、直哉……もう、その辺で……」
「えっ?」
沙友里に止められて、周りを見る。みんな、ニヤニヤしながら僕を見てた。
「きゅぅ……」
沙友里が、奇妙な声を出して下を向いた。耳まで真っ赤に染まっている。
「桐谷くん」
神楽さんが、残酷な笑みを浮かべている。
「全部、聞かせてもらうから」
外の日差しなんか問題にならないくらい、僕の全てが火照った。
海の家で最大限に発熱した僕は、海に浸かり熱を下げようと努力していた。
「あれ? 梢はどこ?」
神楽さんが、あたりを見回す。確かに、高瀬さんの姿だけ見えない。
「梢っちーー!」
「高瀬さーん」
「はーい」
力が抜けるような声がした。しかし、声が遠い。
「あ、あそこ!」
沙友里が指さした沖に、ポツンと浮き輪で漂っている高瀬さんが見えた。
「また、あの子はー」
神楽さんがため息をつく。
「梢っち、何してんの?」
「さぁ、私にも分からないわ」
「とりあえず、岸に戻ってもらおう」
そろそろ陽も落ち始めている。少し肌寒くもなってきた。
「こずえー!」
「はーい」
「戻ってきてー」
「やだー」
神楽さんが額に手を当てた。
「もうっ、どうしてよ?」
「うーん。じゃあ、僕が直接聞いてくるよ」
「……いいの?」
「任せて」
黒崎くんが、クロールで高瀬さんに近づいていく。そして、高瀬さんを捕まえた。
「さすが黒崎! これで一安心だな」
「そうね……けど、梢どうしたのかしら」
結局、黒崎くんが浮き輪を引っ張って、僕たちの元まで戻ってきた。
「こら、梢。みんな心配したんだからね」
「ごめんなさい」
素直に頭を下げる高瀬さんに、神楽さんはそれ以上何も言えなくなった。代わりに沙友里が、その先を引き受ける。
「けど、急にどうしたの?」
「だって……」
高瀬さんは下を向いた。まるで、親に叱られている子どものように。
「教えて、梢」
「……みんなと、一緒にいたい」
「えっ」
「まだ——帰りたくないの」
それぞれの足元に、波が打ち寄せる。優しく熱を攫ってくれる。
「まぁ、それは俺たちもそうだけどよ……なぁ、麻衣」
「なんで私に振るのよ……ま、まぁ、そうね」
僕は無意識のうちに、頬が綻んでいた。
この場所が、好きだと思った。
だけど——終わりの時間はやってくる。だとしても、次に繋がればいいと……
「あ、じゃあ、うちのホテルに泊まる?」
黒崎くんが、コンビニに行くような気楽さで言った。
「「……え?」」
みんなの声が重なった。僕は話の展開について行けていない。
「今、ホテルって言ったか?」
さすがの守も、立ち尽くしている。
「よし! そうしよう」
高瀬さんだけが、前向きに返答した。残った僕たちは、顔を見合わせる。
少し高い波が、僕たちの膝まで濡らした。
この夏は——まだ、僕たちを繋いでくれている。




