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手を繋ぐことができなくなっても —アイドルになった君を、それでも僕は好きでいる—  作者: 早谷 蒼葉
第一章 中学一年生編

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第二幕 君の隣に

第二幕 君の隣に


 君の隣に並べる男に、なりたかった——



 結城さんと付き合い始めて、まだ十日ほどしか経っていない。それでも、未だに実感が追いついていない。


 隣を歩くのも、声をかけるのも、周りの視線が気になる。妙に緊張する。


「直哉(なおや)……お前最近、結城(ゆうき)さんと、あんまり話さなくなったな」


 昼休みに、相沢守(あいざわまもる)が、弁当をつつきながら言った。


「……そうかな」

「そうだよ、あんだけ沙友里(さゆり)、沙友里って言ってたのに」

「沙友里とは呼んでないだろ……」


 小学校からの親友は、口元を吊り上げた。軽口が多いが、空気を読むのが上手い。よく今みたいに核心を突いてくる。


「けど、直哉さあ。最近ちょっと浮かれてるの丸わかりだぞ」

「……マジで?」

「マジで」


 自分では分からないけど、態度に出ているのか。


 そして、守は決定的な言葉を口にする。


「結城さんと付き合ってるんだろ?」


 僕の身体が固まった。


 したり顔で、守が笑っている。


「な、何で……」

「やっぱりね、水くさいじゃねえか」


 その口調には、からかいが混じってる。


「お前は、ホント分かりやすいな」

「そうかな……」

「……んで、どうして公表しないんだ?」

「それは……彼女のため、だよ」


 何度か二人で話し合い、僕の要望を通す形で決着した。


「ふぅん……理由は?」

「結城さんは、人気者だから……」

「それ、彼女は納得してんの?」

「分かった、って」


 そう言っていた結城さんの顔は、明らかに不満げだった。


 だけど、僕は頷いてもらった。


「黒崎くんみたいな人なら……モテるよね」

「サッカー部の、黒崎修司(くろさきしゅうじ)か?」

「うん。同じクラスだし……いい人だよね」

「俺がどうかした?」


 突然、横から声がして、口の中にいた唐揚げを吐き出しそうになった。


「お前はイケメンで、いい奴だって話だよ」

「相沢の方こそ。モテるでしょ?」

「もてねーよ」


 嘘だ。守は誰とでも仲良くなれるし、顔もカッコいい。


 黒崎くんは、爽やかな笑顔を僕に向ける。


「それに、桐谷だっていい奴だよ。こないだ掃除当番代わってくれたし」

「そ、そんなことないよ……」


 他の男子に呼ばれて、黒崎くんは戻って行った。何気なく顔を向けると、黒崎くんを中心とした輪の中に結城さんもいる。


(あんな風に、笑うんだ……)


 胸のどこかに痛みが走る。


「直哉、お前は認識を改めた方がいい」

「……何の?」

「色々だわ」



 その日、午後からは体育だった。テンションの上がっている守に、グラウンドまで引っ張られていく。準備運動の間も、守は言葉の端々に棘を潜ませてくる。


 深いため息をつき顔を背けると、黒崎くんと結城さんが今二人で話していた。


「結城さんってダンス部だよね?」

「うん、そうだよ」

「やっぱり、身体の使い方が上手いよね」


 二人は普通に会話をしているだけだが、それを周囲が放っておかない。勝手に盛り上がっている。


「黒崎と結城、なんかお似合いじゃね?」

「美男美女だよねー」


 観客は好き勝手に、感想を述べる。


 結城さんは困ったように笑顔を浮かべていた。僕は、黙って前を向く。


(やっぱり、僕よりも釣り合いが取れるよね……)


 急に守が肩を組んできた。


「お前さ」

「……なに」

「また、しょうもないこと考えてるだろ」

「そんなこと……」


 僕は最後まで言い切ることができない。


「お前が隠したいのって、ホントに彼女のため?」

「も、もちろん……」

「自分のためだろ」


 守の一言で頭を殴られたようだった。


(僕は……何を……)


「照れくさい、とかもあるだろうけど……違うだろ?」

「……」

「お前さー、もっと彼女のこと信じてやれよ」

「……信じる?」


 いつもふざけている守が、真剣な顔で僕を見ている。

 

「俺や彼女が、お前を認めていることをだよ」


 僕の身体が、徐々に熱を帯びていく。


 見上げた空は、何も知らない顔をしていた。



「ねぇ、桐谷(きりたに)くん。今日も部活あるんでしょ?」


 放課後、まだほとんどの生徒が残っている中、結城さんが急に近寄ってきた。


「うん。あるよ」

「じゃあ、今日の帰りも一緒だね」

「も、もちろん……」

「結城さーん。今日、部活終わりにファミレス行かない? 黒崎も来るし!」

「え……あの……」


 僕の言葉を遮り、クラスの男子が結城さんに声をかけてくる。


「いいじゃん、結城さんもダンス部の子、連れてきてよ」


 口を挟む隙間がないほど、その男子は一人で話を進めている。そこへ黒崎くんが、慌ててやってきた。


「おい、結城さんは今、桐谷と話してるだろ」

「へ? そうなの? 別によくない」

「いや、よくないだろ」


 結城さんの顔から、表情が消えていく。僕の顔からは、血の気が引いていくのが分かる。


「黒崎だって、結城さんと飯行きたいだろ?」

「俺は、別に……」

「照れるなって。前に結城さんのこと、褒めてたじゃん」

「それは……」


 その言葉を聞き、鼓動が早まる。


 周りには、だんだん観客が集まってきて、騒ぎが大きくなっていく。


「もうさ、お似合いなんだから、付き合っちまえよ」

「おい!」


 黒崎くんの制止がきかないほど、周りの声が大きくなっている。みんな、口々に囃し立て、この降って沸いた恋物語の結末を待っている。


 僕は思わず守に助けを求めるが、その目はこの場への介入を拒んでいた。どうするんだと、問われている。


 その時、結城さんが大きく息を吐いた。


「あのね、私は……」


 そこまで言いかけて、彼女は止まる。そして、僕に視線を向ける。


 その瞳は——あの日と同じだった。


(また、僕は……)


 僕は拳を握りしめる。そして、背後から衝撃を受け、みんなの前まで飛び出してしまった。


「いてっ!」


 おそらく守の蹴りが入ったのだろうが、振り返る余裕はない。


 教室が静まる。もはや司会者となった彼が、眉を顰めてこっちを見た。


「どうした、桐谷……」

「ぼ、僕が——」

「……は?」


 彼女が期待を込めた目をしている。僕は大きく息を吸い込んだ。


「僕が、僕が結城さんの——『彼女』なんだ!」

「……は?」


 時間が止まる。

 誰も動かない。

 結城さんも、口を開けたまま固まっている。


「いや、逆だろ」


 守の声がステージに響く。


(えっ、ま、間違えた……)


 顔から耳から、全てが熱を持つ。


「ぷっ……あははっ」


 堪えきれない様子で、結城さんが笑い出した。いつもの目を細める笑顔。


「ゆ、結城さん……」

「あはは……ごめん、ごめん」


 涙目になった瞳を、指で拭っている。


 その瞳が僕を捉えた。


 彼女は進み出て、僕の腕に自らの手を回す。触れている場所が、一気に熱を帯びる。


「私から訂正します。彼が、私の——」


 彼女はステージから、客席に向かって言葉を解き放つ。


「私の——『彼氏』ですっ!」


 一斉に沸き立つ観客たち。みんな、それぞれの感情を口にする。


「えー」

「ま、マジ?」

「きゃーー」


 満面の笑みを浮かべ、みんなを魅了する。僕はその横顔から目が離せない。


 我に帰った司会者が、みんなの想いを代弁する。


「桐谷なんだ……てっきり黒崎かと」

「お似合いだよ、二人とも」


 黒崎くんの祝福が、さらに場を盛り上げる。


「うふふ、ありがと!」


 彼女の腕に力がこもる。


「これでもう隠せないね——直哉くん」


 その囁きが、耳の奥まで届いた。


 彼女の腕の温度だけが、やけに鮮明だった。


 僕たちは、その時確かに——同じステージに立っていた。




——ここからは、直哉の知らないお話。




 まさかの交際宣言で、盛り上がる教室内。


 守が、隣の男子にだけ聞こえる声で呟く。


「黒崎……これで良かったのか?」

「ん、どうして?」

「好きだったんじゃねえの? お前も」

「直球だね」


 黒崎の表情は変わらない。口元に微笑みを残したまま。


「鋭い、と言いたいところだけど、ちょっと違う」

「あら……俺様の読み、外れたか」

「そうだね」


 まだまだ、この場の熱は冷めそうにない。黒崎は、そこから少しだけ顔を背けた。


「ただ……似ていただけだよ」

「誰に?」

「……初恋の子に」

「青春だねぇ」


 守は、黒崎の肩に手を置いた。


「やっぱ、お前はいい奴だ」

「相沢もね」

「そうでもねぇよ」


 肩に置いた手に、守は少しだけ力を込めた。


「——すごいね。相沢は」

「すごいのは俺じゃねぇよ。直哉だ」


 その時、一際大きな歓声が上がった。黒崎が顔を上げる。


「あぁ——ホントだ」

「だろ?」

「彼女のあんな笑顔……彼にしか引き出せないよ」


 守と黒崎は、顔を見合わせて笑った。

 

 



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