第二幕 君の隣に
第二幕 君の隣に
君の隣に並べる男に、なりたかった——
結城さんと付き合い始めて、まだ十日ほどしか経っていない。それでも、未だに実感が追いついていない。
隣を歩くのも、声をかけるのも、周りの視線が気になる。妙に緊張する。
「直哉……お前最近、結城さんと、あんまり話さなくなったな」
昼休みに、相沢守が、弁当をつつきながら言った。
「……そうかな」
「そうだよ、あんだけ沙友里、沙友里って言ってたのに」
「沙友里とは呼んでないだろ……」
小学校からの親友は、口元を吊り上げた。軽口が多いが、空気を読むのが上手い。よく今みたいに核心を突いてくる。
「けど、直哉さあ。最近ちょっと浮かれてるの丸わかりだぞ」
「……マジで?」
「マジで」
自分では分からないけど、態度に出ているのか。
そして、守は決定的な言葉を口にする。
「結城さんと付き合ってるんだろ?」
僕の身体が固まった。
したり顔で、守が笑っている。
「な、何で……」
「やっぱりね、水くさいじゃねえか」
その口調には、からかいが混じってる。
「お前は、ホント分かりやすいな」
「そうかな……」
「……んで、どうして公表しないんだ?」
「それは……彼女のため、だよ」
何度か二人で話し合い、僕の要望を通す形で決着した。
「ふぅん……理由は?」
「結城さんは、人気者だから……」
「それ、彼女は納得してんの?」
「分かった、って」
そう言っていた結城さんの顔は、明らかに不満げだった。
だけど、僕は頷いてもらった。
「黒崎くんみたいな人なら……モテるよね」
「サッカー部の、黒崎修司か?」
「うん。同じクラスだし……いい人だよね」
「俺がどうかした?」
突然、横から声がして、口の中にいた唐揚げを吐き出しそうになった。
「お前はイケメンで、いい奴だって話だよ」
「相沢の方こそ。モテるでしょ?」
「もてねーよ」
嘘だ。守は誰とでも仲良くなれるし、顔もカッコいい。
黒崎くんは、爽やかな笑顔を僕に向ける。
「それに、桐谷だっていい奴だよ。こないだ掃除当番代わってくれたし」
「そ、そんなことないよ……」
他の男子に呼ばれて、黒崎くんは戻って行った。何気なく顔を向けると、黒崎くんを中心とした輪の中に結城さんもいる。
(あんな風に、笑うんだ……)
胸のどこかに痛みが走る。
「直哉、お前は認識を改めた方がいい」
「……何の?」
「色々だわ」
その日、午後からは体育だった。テンションの上がっている守に、グラウンドまで引っ張られていく。準備運動の間も、守は言葉の端々に棘を潜ませてくる。
深いため息をつき顔を背けると、黒崎くんと結城さんが今二人で話していた。
「結城さんってダンス部だよね?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり、身体の使い方が上手いよね」
二人は普通に会話をしているだけだが、それを周囲が放っておかない。勝手に盛り上がっている。
「黒崎と結城、なんかお似合いじゃね?」
「美男美女だよねー」
観客は好き勝手に、感想を述べる。
結城さんは困ったように笑顔を浮かべていた。僕は、黙って前を向く。
(やっぱり、僕よりも釣り合いが取れるよね……)
急に守が肩を組んできた。
「お前さ」
「……なに」
「また、しょうもないこと考えてるだろ」
「そんなこと……」
僕は最後まで言い切ることができない。
「お前が隠したいのって、ホントに彼女のため?」
「も、もちろん……」
「自分のためだろ」
守の一言で頭を殴られたようだった。
(僕は……何を……)
「照れくさい、とかもあるだろうけど……違うだろ?」
「……」
「お前さー、もっと彼女のこと信じてやれよ」
「……信じる?」
いつもふざけている守が、真剣な顔で僕を見ている。
「俺や彼女が、お前を認めていることをだよ」
僕の身体が、徐々に熱を帯びていく。
見上げた空は、何も知らない顔をしていた。
「ねぇ、桐谷くん。今日も部活あるんでしょ?」
放課後、まだほとんどの生徒が残っている中、結城さんが急に近寄ってきた。
「うん。あるよ」
「じゃあ、今日の帰りも一緒だね」
「も、もちろん……」
「結城さーん。今日、部活終わりにファミレス行かない? 黒崎も来るし!」
「え……あの……」
僕の言葉を遮り、クラスの男子が結城さんに声をかけてくる。
「いいじゃん、結城さんもダンス部の子、連れてきてよ」
口を挟む隙間がないほど、その男子は一人で話を進めている。そこへ黒崎くんが、慌ててやってきた。
「おい、結城さんは今、桐谷と話してるだろ」
「へ? そうなの? 別によくない」
「いや、よくないだろ」
結城さんの顔から、表情が消えていく。僕の顔からは、血の気が引いていくのが分かる。
「黒崎だって、結城さんと飯行きたいだろ?」
「俺は、別に……」
「照れるなって。前に結城さんのこと、褒めてたじゃん」
「それは……」
その言葉を聞き、鼓動が早まる。
周りには、だんだん観客が集まってきて、騒ぎが大きくなっていく。
「もうさ、お似合いなんだから、付き合っちまえよ」
「おい!」
黒崎くんの制止がきかないほど、周りの声が大きくなっている。みんな、口々に囃し立て、この降って沸いた恋物語の結末を待っている。
僕は思わず守に助けを求めるが、その目はこの場への介入を拒んでいた。どうするんだと、問われている。
その時、結城さんが大きく息を吐いた。
「あのね、私は……」
そこまで言いかけて、彼女は止まる。そして、僕に視線を向ける。
その瞳は——あの日と同じだった。
(また、僕は……)
僕は拳を握りしめる。そして、背後から衝撃を受け、みんなの前まで飛び出してしまった。
「いてっ!」
おそらく守の蹴りが入ったのだろうが、振り返る余裕はない。
教室が静まる。もはや司会者となった彼が、眉を顰めてこっちを見た。
「どうした、桐谷……」
「ぼ、僕が——」
「……は?」
彼女が期待を込めた目をしている。僕は大きく息を吸い込んだ。
「僕が、僕が結城さんの——『彼女』なんだ!」
「……は?」
時間が止まる。
誰も動かない。
結城さんも、口を開けたまま固まっている。
「いや、逆だろ」
守の声がステージに響く。
(えっ、ま、間違えた……)
顔から耳から、全てが熱を持つ。
「ぷっ……あははっ」
堪えきれない様子で、結城さんが笑い出した。いつもの目を細める笑顔。
「ゆ、結城さん……」
「あはは……ごめん、ごめん」
涙目になった瞳を、指で拭っている。
その瞳が僕を捉えた。
彼女は進み出て、僕の腕に自らの手を回す。触れている場所が、一気に熱を帯びる。
「私から訂正します。彼が、私の——」
彼女はステージから、客席に向かって言葉を解き放つ。
「私の——『彼氏』ですっ!」
一斉に沸き立つ観客たち。みんな、それぞれの感情を口にする。
「えー」
「ま、マジ?」
「きゃーー」
満面の笑みを浮かべ、みんなを魅了する。僕はその横顔から目が離せない。
我に帰った司会者が、みんなの想いを代弁する。
「桐谷なんだ……てっきり黒崎かと」
「お似合いだよ、二人とも」
黒崎くんの祝福が、さらに場を盛り上げる。
「うふふ、ありがと!」
彼女の腕に力がこもる。
「これでもう隠せないね——直哉くん」
その囁きが、耳の奥まで届いた。
彼女の腕の温度だけが、やけに鮮明だった。
僕たちは、その時確かに——同じステージに立っていた。
——ここからは、直哉の知らないお話。
まさかの交際宣言で、盛り上がる教室内。
守が、隣の男子にだけ聞こえる声で呟く。
「黒崎……これで良かったのか?」
「ん、どうして?」
「好きだったんじゃねえの? お前も」
「直球だね」
黒崎の表情は変わらない。口元に微笑みを残したまま。
「鋭い、と言いたいところだけど、ちょっと違う」
「あら……俺様の読み、外れたか」
「そうだね」
まだまだ、この場の熱は冷めそうにない。黒崎は、そこから少しだけ顔を背けた。
「ただ……似ていただけだよ」
「誰に?」
「……初恋の子に」
「青春だねぇ」
守は、黒崎の肩に手を置いた。
「やっぱ、お前はいい奴だ」
「相沢もね」
「そうでもねぇよ」
肩に置いた手に、守は少しだけ力を込めた。
「——すごいね。相沢は」
「すごいのは俺じゃねぇよ。直哉だ」
その時、一際大きな歓声が上がった。黒崎が顔を上げる。
「あぁ——ホントだ」
「だろ?」
「彼女のあんな笑顔……彼にしか引き出せないよ」
守と黒崎は、顔を見合わせて笑った。




