↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手を繋ぐことができなくなっても —アイドルになった君を、それでも僕は好きでいる—  作者: 早谷 蒼葉
第一章 中学一年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/17

第一幕 繋いだ手

第一幕 繋いだ手


 あの日、僕はアイドルを見つけた——



 入学して、まだ一週間も経ってない教室は、どこかよそよそしい空気のままだった。


 ホームルームまで、あと十分。クラスメイトたちの声が、まだ馴染めていない名前と一緒に飛び交っている。


 僕は窓際の席で、ノートを開いて絵を描いていた。


 ノートの上で、ステージに立つ女の子が躍動していた。マイクを握り、笑っている。上手くはない。でも、描いていると張っていた肩の力が抜ける。


 喧騒が遠くなる。ペンを動かしてる時間だけは、呼吸が楽になる。


「……それ、桐谷(きりたに)くんが描いたの?」


 突然、後ろから声がした。


 振り返ると女子が一人、僕の背中からノートを覗き込んでいた。


「……!」


 僕は、すごい勢いでノートを閉じた。


「あー、待って待って」


 全身で待ってを表現している女の子。


 確か——


「結城(ゆうき)、さん……だったよね?」

「うん! 結城沙友里(ゆうきさゆり)だよ」


 結城さんは、穏やかに微笑んだ。


「ねぇ、さっきの絵。見せて」

「え……で、でも……」

「いいから」


 反論を許さないその圧に負け、僕はノートを開いた。


 結城さんは、目を輝かせて見ている。僕の背中から冷たい汗が吹き出す。


「……すごい。本物のアイドルみたい」


 動きが止まった。


 上手い、ではなかった。アイドルだと言われた。


 それが、何より嬉しかった。


「結城さんって、アイドル好きなの?」

「うん! 歌もダンスも好き」

「へぇ」


 クラスの女子と、こんなに長く話すのは初めてだ。


「桐谷くんは? 絵、ずっと描いてるよね」

「……輝いてるから……好き、だよ」

「そうなんだ……」


 結城さんは、もう一度ノートに目を落とした。


「この子、すっごく楽しそうに笑ってる」


 技術ではなく、表情を見てくれた。それは僕にとって、最上級の褒め言葉。


 胸の奥が温かくなった——




 それからは毎日のように、結城さんと言葉を交わした。


 僕は漫画研究部、結城さんはダンス部に入り、帰り道もよく一緒になった。好きな音楽の話、漫画の話、学校の話。話題は尽きない。


 結城さんは笑う時、少しだけ目を細める。嬉しい時も、照れた時も。


 その笑顔が好きだ。


 鼓動が高鳴る。

 なのに、結城さんの隣は不思議と落ち着いた。



 五月の終わり頃、帰り道に大型ビジョンがアイドルを映し出していた。結城さんが立ち止まる。


「いいなぁ……」


 ため息混じりに呟く。


「実は私、アイドルに憧れているんだよね」


 何故か、結城さんの視線が泳いでる。


「向いてると思う」


 僕は即答していた。


「え?」

「人を惹きつけるの、上手いから」


 結城さんは大きな瞳を、さらに大きく見開いた。そして、いつものように目を細めて笑った。頬が少しだけ朱色に染まっている。


(可愛いな……)


 教室でも目立つ結城さんは、すでにクラスのアイドルだ。彼女と話していると、男子からの視線が刺さる。


「桐谷くんは? 漫画家、なりたいんでしょ?」

「そう、だね」

「絶対なれるよ」


 迷いのない声だった。

 結城さんはいつも、僕を認めてくれる。真っ直ぐに言葉を渡してくれる。


 だからこそ——


「いつか……ステージにいる結城さんを、描いてみたいな」

「……えっ」


 僕は画面の向こうで踊るアイドルを見上げながら、心臓の音を聞いていた。


(そうか、そうだったんだ……)


 僕は初めて自覚する。


——彼女のことが好きだ。



 六月、梅雨の晴れ間の夕方。


 いつもの並木道を、いつものように二人で歩いている。

 

 沈黙すら愛おしい。


 そんな当たり前で、特別な時間。


「……ねぇ、桐谷くん」

「ん?」

「今日、麻衣に聞かれたんだけど……」

「何を?」


 結城さんは立ち止まった。一拍遅れて、僕も立ち止まる。振り返ると、彼女は顔を少し伏せていた。


 その様子に、僕は胸が騒いだ。


「ど、どうしたの?」

「……私たちって——」


 彼女は顔を上げた。


「私たちって——付き合ってるの?」


 僕の心臓が大きく跳ねた。


「ほとんど毎日、一緒に帰ってるし……こんなに話す男子、桐谷くんだけだよ」


 頭が働かない。ダメだと分かっていても、言葉が出てこない。


 彼女は、真っ直ぐな瞳を伏せてしまった。


「私は……そのつもりだったけど……」


 その言葉が、僕の胸に刺さった。


(僕は……バカだ!)


 顔が熱くなる。

 鼓動がうるさい。


 彼女の笑顔が消えている。


 伝えないと。


「僕は——」


 彼女の視線が動いた。


「結城さんのことが——好きだ」


 その言葉が、二人の間を繋いだ。


 彼女の瞳が見開き、その輝きを増す。僕は目を離せない。


 彼女が少しだけ目を細めて笑う。

 初めてみた時から、ずっと好きだった笑顔。


 頬を流れる雫だけが、いつもと違う彼女を魅せていた。


「やっと……言ってくれた」



 その日の帰り道、僕たちの距離は少しだけ近くなった。


 実感は、まだ湧かない。声が上擦り、会話が続かない。沈黙が、胸を高鳴らせる。


 信号が赤になった。


 彼女の手が、僕を探していた。だけど、途中で指が止まる。


 僕は——その手を繋いだ。


 小さくて、柔らかい。

 そして、少し震える指先。


 全て、初めて知った。


 彼女が微笑む。


「……なんか、照れるね」

「……うん」


 僕も多分、笑顔を作れている。


 夕日が、二人を同じ色に染めていた。


 やがて、信号が変わり、僕たちは手を繋いだまま歩き出す。


 僕は、その手を少しだけ強く握った。


——ずっと、離れることがないように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。