第十五幕 新しい春
第十五幕 新しい春
新しい春は、知らない君を連れてくる——
四月、始業式の朝。
昇降口の前には、クラス分けを確認しようとする生徒たちが集まっていた。
人混みが苦手な僕は、少し離れた場所から掲示板を眺めていた。
「直哉、同じクラスだぞ!」
相沢守が、僕より先に桐谷直哉の名前を見つけてくれた。
少しだけ肩の力を抜くことができた。
僕も掲示板へ目を走らせた。
真っ先に見つけたのは、結城沙友里の名前だった。
僕は胸を撫で下ろした。
さらに追っていくと——
神楽麻衣、黒崎修司、高瀬梢。
その下には、春宮里奈と、神前七瀬の名前も並んでいた。
「全員一緒じゃねぇか!」
守が歓声を上げた。
後からやってきた沙友里と春宮さんが、掲示板を見て飛び上がった。
「やったね、直哉! これ運命?」
「あ、私もみんなと一緒だ! 運命だね!」
「偶然よ」
浮かれまくっている沙友里たちと対照的に、神楽さんが冷静に返事をした。しかし、その表情は柔らかい。
「……私の名前もある」
すぐ後ろから声が聞こえて、僕の肩が跳ねた。
振り向くと、神前さんが立っていた。
「同じクラスなんだから、あるに決まってるでしょ……」
神前さんにも、神楽さんはちゃんと突っ込んだ。
僕と沙友里は、顔を見合わせて笑い合った。
沙友里たちの輪の中に、僕もいる。そう考えるだけで、足取りが軽くなった。
僕たちは教室に入ると、それぞれの席を確認する。
新しい教室には、床のワックスの香りが残っていた。
席についてカバンをおろすと、周りを見渡してみる。
沙友里の席は離れていて、廊下側の一番後ろだった。
「俺の席から、麻衣と七瀬ちゃんは近いな!」
「守……あんたの横なのは、新学期早々の不幸ね」
「……なんでだよ」
守と神楽さんがいつものように言い合っている。
その横で、僕の前に座っている神前さんが突然振り向いた。
「桐谷くん……」
「は、はい?」
信じられないくらい整った顔が、僕をじっと見つめている。思わず声が裏返った。
「桐谷くんも、絵を描くんだよね」
「う、うん。漫画だけど……もしかして、神前さんも絵を?」
「描くよ。私、桐谷くんの漫画、見てみたい」
「漫画じゃないけど、これなら……」
僕は、持ち歩いているスケッチブックを取り出した。
神前さんは、ゆっくりとページを眺めていた。
「桐谷くんの絵、優しい……」
そのままページを捲り、沙友里を描いたところで手が止まった。
「さゆを描く時は、もっと優しいね」
何の含みもない声に、僕の顔は熱くなった。
二年生になった僕たちの日常が、ここからまた始まっていく——
放課後、沙友里たちはレッスン場に向かった。年度が変わって、初めてのレッスンだったので、僕たちも見学について行くことにした。
廊下を歩いていると、新入生が沙友里たちを見て囁いていた。
「あの人たち、芸能コースの先輩だよ」
「オーディションに受かった人たちだよね」
「みんな、可愛い……憧れるよ」
沙友里は照れくさそうに笑っていた。
その笑顔が、一年前の記憶と重なった。
ダンスが好きな普通の中学生が、今はもう、誰かに憧れられる存在になり始めている。
誇らしいはずなのに、レッスン場へと向かう足は、ほんの少しだけ重くなった。
レッスン場には、多くの一年生が集まっていた。いつも以上のざわめきと熱気が、室内に満ちていた。
沙友里たちの表情は、いつもより硬い。
ざわめきの中、城ヶ崎さんが姿を現した。
颯爽と歩いてくるだけで、レッスン場は次第に静まっていった。
いつもの位置に立つと、周りに視線をゆっくりと巡らせた。
(……ん? なんか、いつもと違う……)
柔らかい笑顔なのに、纏う空気が張り詰めているように感じた。
「皆さん、お疲れ様です。そして、今日ははじめましての方も多いですね」
城ヶ崎さんは、集まった生徒たちを見渡した。
「芸能コースを統括している、城ヶ崎玲奈です。よろしくお願いします」
レッスン場には、城ヶ崎さんの声だけが響いていた。
「ここにいるメンバーたちは、皆さんの先輩であり、このプロジェクトの一期生です」
沙友里たちは振り返り、新入生たちに向かって深く頭を下げた。
「早速ですが、今年も芸能コースへ参加する生徒を募集します。つまり——オーディションを開催します」
一気に新入生たちの目が輝き出した。
城ヶ崎さんの説明が続く。新入生たちは、その言葉の一つも聞き漏らすまいと、必死に耳を傾けていた。
「ここにいる先輩たちも、毎日必死に努力しています」
そう言われて、沙友里は背筋を伸ばした。
去年は審査される側だった沙友里たちが、今は目標として見られている。
「せっかくですから、今の皆さんを見てもらいましょうか」
城ヶ崎さんは、一期生たちに実演を促した。
早速、音楽が流れ、メンバーのダンスが始まった。
前に見たときとは違う。動きが揃い、洗練され、迷いを感じなくなっていた。
中でも、僕は沙友里たちのパフォーマンスに目を奪われた。
沙友里は、あの頃よりもずっと伸びやかに踊っていた。
神楽さんのダンスには、正確さだけでなく、鋭い激しさも備わっていた。
春宮さんは勢いだけでなく、目を引く華があった。
神前さんの表現は相変わらず独特で、それがかえって彼女を際立たせていた。
新入生たちは、目を輝かせながらその姿を見つめていた。
僕は、以前の沙友里の不安げな横顔を覚えていた。だけど、目の前の沙友里は堂々と胸を張り、躍動していた。
(随分と、変わったな……)
また、僕の知らない沙友里がいた。
やがて——
実演が終わると、大きな拍手が起きた。
沙友里は肩で息をしながらも、嬉しそうに笑っていた。
春は、そんな沙友里の新しい姿を、僕に見せてくれた。
しかし、余韻に浸っていた僕らに、城ヶ崎さんは告げた。
「それでは、ポジションの発表を行います」
それぞれの立つ場所が、決まろうとしていた——




