↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手を繋ぐことができなくなっても —アイドルになった君を、それでも僕は好きでいる—  作者: 早谷 蒼葉
第二章 中学二年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/17

第十六幕 それぞれの立つ場所

第十六幕 それぞれの立つ場所


 同じ夢を追いながらも、歩く道は少しずつ違う——



 レッスン場には、さっきまでとは違う空気が広がっていく。実演の熱気が引いた後の、静かな緊張だった。


 城ヶ崎(じょうがさき)さんは、手元の資料をゆっくりと閉じた。


「ポジションの発表の前に、一つ皆さんにお知らせがあります」


 みんなの準備を待つように、少しだけ間を置いた。


「このグループの名前が決まりました。今日から皆さんは——」


 物音ひとつしないレッスン場に声が響いた。


「祈理55(いのりフィフティファイブ)として、活動してもらいます」


 僕たちは静かに、その言葉を受け止めた。


 だが、次の瞬間——


「可愛い名前!」


 春宮(はるみや)さんが、真っ先に声を上げた。

 それをきっかけに、大きな歓声と拍手に包まれる。

 沙友里(さゆり)も神楽(かぐら)さんと、手をとり喜びあっていた。


「本当に、アイドルなんだ……」


 隣で高瀬(たかせ)さんが、声を漏らした。


 名前がついた瞬間、沙友里たちの活動が、急に現実味を帯びたように見えた。


(祈理(いのり)55……)


 僕はその名前を噛み締める。

 祈るように、理想を追う——そんな名前だと思った。


 鳴り止まない拍手の中、城ヶ崎さんは表情を引き締める。

 みんなを視界に収め、決して大きくないがよく通る声で宣言した。


「それでは、続いてポジションを発表します」


 その言葉が、その場の空気を変えた。

 あれほど歓声を上げていたメンバーたちの顔から、笑顔が消えていた。

 見ているだけの僕ですら、喉の渇きを覚える。


「発表は、後列、中列、フロントの順で行います。名前を呼ばれたら、向こうにフォーメーション通りに並んでください」


 メンバーが返事をするのを確認して、城ヶ崎さんは頷いた。


「それでは、始めます。まずは後列——」


 一人、また一人と名前が呼ばれて、立ち位置が告げられていく。

 喜ぶ者。

 悔しそうに、唇を噛む者。

 緊張から解放されたように笑う者。


 様々な表情を、彼女たちは見せていた。


「後列は以上です」


 残ったメンバーが、ため息を吐いた。

 後列として呼ばれたのは十一人。沙友里たちの名前は呼ばれなかった。


「あいつら、全員残ってるぞ!」

「うん、ちょっと期待できそうだね」


 守(まもる)と黒崎くんの声が弾んでいる。その横で、高瀬さんは目を閉じて手を合わせていた。


「それでは、次に中列を発表します」


 城ヶ崎さんの言葉で、僕の身体に力が入る。

 沙友里を見ると、その拳が硬く握られているのが分かった。


 同じように名前が呼ばれていく。

 次第に、周囲のざわめきが大きくなっていった。

 どんどんメンバーは減り、やがて沙友里たち四人だけが残った。


「中列は以上です」


 城ヶ崎さんは、ここで一度言葉を切った。


「あ、あいつら……やりやがった!」

「けど……四人しかいないよ」

「梢っち、どういうこと?」

「フロントは四人で、センターは一人だよね?」

「あ……」


 確かに一人足りない。

 それでも、沙友里たちが中心にいることは決まった。

 守が、僕の隣で小さく息を呑んだ。


「よく分からねぇが、いよいよ……だな」


 城ヶ崎さんが、資料から顔を上げた。


「それでは——次にフロントメンバーを発表します」


 沙友里たちの背筋が、一斉に伸びた。


「神楽麻衣(かぐらまい)さん」

「はい」


 神楽さんが一歩前に出た。


「あなたが、フロントの一人目です」

「……はい」

「そして、このグループの——キャプテンを任せます」

「えっ!」


 再び、大きな歓声が上がった。

 神楽さんは、両手で口を押さえて動かない。

 レッスン場には、万雷の拍手が降り注いでいた。


「やったな、麻衣!」

「麻衣ちゃんー、おめでとう!」


 守たちも声を投げかけていた。

 それが、届いたのかは分からないが、神楽さんは我に返ったように動き出した。

 指定の位置に立つと、こちらを向いて控えめにガッツポーズを見せてくれた。

 僕たちも、それに応えた。


 何だか、胸の鼓動が早くなってきた。


「それでは、次に——」


 じんわりと浮き出る汗が、今は邪魔くさい。


「春宮里奈(はるみやりな)さん」

「はいっ!」

「あなたが、フロントの二人目です」

「任せてください!」


 飛び抜けて明るく返事をした春宮さんに、拍手と笑いが起きた。


 僕から見ても、この数ヶ月で一番伸びたのは彼女だった。

 だけど、彼女には悪いが、僕は密かに胸を撫で下ろした。

 やはり僕は、沙友里には真ん中に立ってほしい。次に呼ばれなければ、センターの可能性がある。


 みんなも、次の発表の意味はわかっているはず。

 僕は、城ヶ崎さんの言葉を待った。


「では、次です。フロントの三人目は——」


 城ヶ崎さんは、しっかりと間を空けた。

 僕にとっては、長い一瞬だった。


「神前七瀬(かんざきななせ)さん」


(沙友里じゃない)


「はい、分かりました」


 感情の読めない表情と淡々とした声で、神前さんは指定の位置についた。

 だが、その瞳の奥に、今まで見たことのない光が宿っているような気がした。


 そして、ついに——


「それでは、最後の発表です」


 沙友里の番がやってきた。

 こうなると、みんなの興味は、センターか否かだけになっているはず。

 僕は心の中で、ずっと手を合わせていた。


「結城沙友里(ゆうきさゆり)さん、あなたは——」


 沙友里が瞳を閉じた。


「四番目のフロントです」


 無音の時が流れた。

 僕は、言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

 やがて、沙友里は目を覚ますように、瞼をゆっくりと開いた。


「はい、頑張ります!」


 静かに、そして熱い想いを瞳に宿し、沙友里は真っ直ぐに前を見た。

 その視線は僕を見ているようで、何も映していないようにも感じた。ただ情熱だけを、湛えていた。


 沙友里が指定の位置に着くと、現時点でのフォーメーションが完成した。

 全員の表情はバラバラで、色んな思惑が交錯しているように見えた。


 そんなメンバーの様子を見て、城ヶ崎さんは話し始めた。


「皆さん、今回の発表について説明します」

 と、硬い表情で続けた。


「まず、センターは今のところ不在です」


 沙友里たちは、その言葉を真正面から受け止めていた。


「これは、オーナーとも協議した結果です。そして、センターはオーナー自ら連れてくると、宣言されました」


 メンバーたちの、空気が再び変わった。


「え?」


 守が思わず声を漏らした。他の見学者たちも顔を見合わせていた。


「……正直に言えば、私はこの判断に、完全には納得していません」


 僕は、城ヶ崎さんがレッスン場に入ってきた時の違和感の正体に気づいた。


(これだったのか……)


 いつもと違う、張り詰めた空気。

 城ヶ崎さんは、今日ずっとこの想いを抱えたまま、この場所に立っていたんだと知った。


「ですが、皆さんのポジションについては……オーナーの判断が正しいと、私も思い知らされました」


 あの城ヶ崎さんが、他人の判断を認めていた。


「悔しいですが、オーナーの方が……皆さんを正しく見ていました」


 そして、独り言のように、

「あんな少年に、私が……認めたくはありませんが」

「城ヶ崎さん、もうその辺で」


 いつもは、城ヶ崎さんのやることに口を出さない上野先生が、初めて口を挟んだ。


「……そうですね、失礼しました」


 城ヶ崎さんは、いつもの笑顔を取り戻し、柔らかな雰囲気になった。


「私の、あなたたちへの愛が、強すぎたようです」

 と、艶やかな微笑みを浮かべ、

「それでは、私の考えを伝えます」


 いつもの視線の送り方で、メンバー全員を見渡した。


「まず、皆さんのポジションに上下はありません」


 下を向いていたメンバーの何人かが、顔を上げた。


「フロントだから偉い、後列だから劣っている。そんなことは一切ありません」


 その声は、レッスン場の隅々まで届いているようだった。


「今日発表したのは——今の皆さんが、一番輝ける場所です」


 みんなから、笑みが溢れた。


「ですが、人は変わります。努力は人を変えます」


 レッスン場が、城ヶ崎さんの言葉に酔っているようだった。


「だから——その場所が、保証されている訳ではありません」


 誰も、何も言わなかった。

 ただ、その言葉だけが、空気の中に残っていた。


「皆さん一人ひとりに、あなただけの場所があります。その場所を——自分だけのものにしてください」


 沙友里は自分の立ち位置を確かめるように、視線を下に落とした。


「ステージに立てば、どのポジションでも、誰かが必ずあなたを見ています。必ずです。どうか、それを忘れないでください」


 同じ言葉を聞いても、受け止め方はそれぞれ違っていた。

 それでも、みんなの表情は生き生きとしている。

 別々だったものが、一つのグループになった瞬間を、僕は目の当たりにしていた。




 解散になり、僕たちは並んで帰り道を歩いていた。


「センターって、どんな子が来るんだ?」


 守が、まだ驚きの抜けない声で言った。


「そんなこと分かんないわよ。それより、自分のポジションで結果を出さないと」

「さすがキャプテンだな!」

「まぁ、認められたからには、やり切って見せるわよ」


 僕は、隣を歩く沙友里に目をやった。


「どうだった?」

「まだ、実感ないな。まさか、私たち四人が揃ってフロントだなんて……」


 沙友里は、そう言って微笑んだ。


「私はこの場所を——私だけの場所にしたい」


 その横顔を、僕はしばらく見つめていた。

 城ヶ崎さんの言葉を、ちゃんと自分のものにしている。きっとそれは、沙友里の新しい強さになっていると思った。


 それぞれが、自分の場所に立つ。

 同じ夢を追いながらも、歩く道は少しずつ違う。


 自分だけが、咲かせることのできる花を全員が持っていた。


 その中心に咲く花を知らないまま、ついに祈理55が動き出そうとしていた——


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。