第十一幕 夢の始まり
第十一幕 夢の始まり
夢を見ているのは、彼女だけじゃなかった——
冬休みが明けて、始業式の日。僕たちは数日ぶりに顔を合わせた。
教室では休みの間の話題で賑わっていた。誰と誰が初詣に行ったか、お年玉がいくらだったか。普段通りの空気だった。
ただ、沙友里と神楽さんだけは少し違う。二人で向かい合っているが、何も話さない。時々窓の外を見ていた。
(今日が、発表だ……)
僕も、同じように落ち着かない日だった。
始業式が終わり、今日はこれだけで終了で帰宅になる。
帰りのホームルームで、担任がプリントを配り終えた後、付け加えるように言った。
「ダンス部員は、放課後レッスン場へ集合してください」
教室がざわついた。
「本日、オーディション結果の発表がありますが、見学は自由とのことです。興味のある人は、見に行ってもいいですよ」
さらに、ざわめきが広がった。
「ついにきたか……」
守が呟いた。
「桐谷も観に行くだろ?」
「もちろん。黒崎くんは部活?」
「俺も行くよ」
僕たちは、全員でレッスン場に向かった。
すでにレッスン場には、大勢が集まっていた。
ダンス部員、一般応募者。合格発表の見学者たち。学校全体が、このイベントに注目しているのが、改めてわかった。
前に並ぶ、沙友里と目が合った。僕が小さく頷くと、沙友里も頷き返した。
その時、レッスン場の控室のドアが開いた。中から見たことのない女性と、顧問の上野先生が出てきた。ざわめく会場が、急に静まった。
「皆さん、こんにちは。本日から芸能コースを担当します、城ヶ崎玲奈です」
可愛い笑顔で、柔らかい声。ふわっとした雰囲気で、不思議と誰も目を逸らせなかった。女性らしい笑顔なのに、すでにこの場を支配しているようだった。
「皆さん、緊張していますよね。大丈夫——私も同じですから」
そう言いながら、さらに目を細めた。
「では、結果発表を始めます」
可愛らしい女性の登場で場が和んだが、この一言で空気が変わった。
「まず、結果について説明します」
城ヶ崎さんが、手元の資料を見ながら話し始める。
「ダンス部からは全員応募いただきました。そのうち二名が辞退され、残り十六名が今回の選考に参加されました」
そうか。全員がアイドルを目指しているわけじゃない。
「皆さん、本当によく頑張りました。ここに立っている時点で、それぞれの魅力を持っています」
城ヶ崎さんは、笑みを深めた。
「ダンス部の合格者は——」
ゴクっと誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
「——全員です。ダンスの部分でグループを引っ張ってくださいね」
会場が大きくざわついた。
抱き合って喜ぶ子、涙ぐむ子。反応は様々だった。
沙友里は両手で口元を押さえ、その場にしゃがみ込みそうになっていた。隣の神楽さんが、支えてくれていた。
全体がある程度静まった頃に、城ヶ崎さんが再び口を開いた。
「一般応募からは、同じように面談等を経て、九名の方が合格となりました」
城ヶ崎さんが、一人一人の名前を読み上げていく。その度に会場が拍手で包まれる。
九名のうち、僕たちと同じ一年生は二名だけだという。
「一年四組、春宮里奈さん……一年五組、神前七瀬さん」
同じクラスではなかったので、知らない名前だった。だけど、顔に覚えはあった。
「以上で、芸能コース一期生、総勢二十五名が決定しました」
レッスン場を覆い尽くす拍手が起きた。
沙友里が、ほっとした顔で息を吐いた。さすがの神楽さんも、静かに肩の力を抜いていた。
沙友里と目が合い、僕たちは微笑みあった。
「本日より、この二十五名で活動を開始します」
城ヶ崎さんの宣言で、再び場が引き締まる。グループの構成を説明してくれるらしい。
「まずはグループ名ですが、まだ未定となっていますのでお待ちください」
みんなのため息が漏れた。
「次にグループの構成ですが……センターが一名」
合格者たちの空気が、ピシッと音を立て引き締まった。
「そしてセンターを支えるフロントメンバーが四名」
みんな真剣な目で、耳を傾けていた。それも当然だと、今なら分かる。今日からは競争の日々が待っている。
「そして、中列、後列。このような構成になります。メンバーは今後も増えていくと思いますが、立ち位置については、今後のレッスンを見て決定します」
最後の一言で、会場が再びざわつき始めた。
誰もが、自分の立ち位置を考えているようだった。
「今日は説明のみで、レッスンは来週から開始します」
その後は、注意事項や学校生活との両立について。今後の大まかなスケジュール等の説明がされた。城ヶ崎さんの説明は丁寧で澱みなかった。
合格した安堵よりも、これから始まる日々への緊張が大きくなっているように感じた。
そして最後にこう口にした。
「合格者の皆さんは、今日から生徒でもあり——芸能コース一期生でもあります」
一息入れて、城ヶ崎さんは続けた。
「今日から皆さんは、夢を見る側でなく、夢を届ける側になります」
合格者たちの顔が、引き締まった。
「大変だと思います。でも、私も全力で向き合いますので」
温かい拍手に包まれ、会場の空気が、また少し変わった気がした。
拍手をしながら、前に立つ沙友里と視線を交わす。僕たちは口の動きだけで会話をした。
『合格したよ』
『おめでとう』
『ありがとう』
沙友里が、少し照れたように笑った。
この後、合格者だけが残り、契約の確認と説明が行われるらしいので、僕たちは教室で沙友里と神楽さんを待つことにした。
レッスン場を出る時に、僕は振り返った。
今日までは夢だった。
今日からは現実になる。
レッスン場の扉が閉まる音が響いた。あの向こうには、僕の知らない世界が待っている。
沙友里の夢は、今日、本当に動き出した。
今日から、僕もその背中を見続けることになる——




