第十幕 願いの先へ
第十幕 願いの先へ
願うことと、決意すること——それは、似ているようで違う。
冬休み中の十二月末。校内オーディションの面談当日。僕たちは、喫茶ひかりで沙友里と神楽さんを待っていた。
「遅いな……」
守は、メニューをもう三回は見返していた。
「面談、長引いているのかな」
黒崎くんが、スマホを確認した。
「沙友里ちゃんたち、緊張してたもんねー」
高瀬さんは、ポテトをつまみつつ言った。
それから、さらに一時間ほど経った頃、ようやくドアベルが鳴った。
「みんな、お待たせ」
神楽さんが震える声で、駆け込んでくる。その後ろに沙友里もいた。
守がおしぼりを二人に渡しながら声をかけた。
「で、どうだった?」
「……怖かった」
沙友里の声が、少し震えていた。
「怖かったわね……」
神楽さんも眉を寄せていた。二人の意見が一致しているのは、ちょっと珍しい。
「何が怖かったんだよ」
「面談してくれた城ヶ崎さんっていう人、すごく笑顔なんだけど……」
神楽さんが話し始めた。
芸能コースの専属マネージャー、城ヶ崎玲奈。外部から招聘された、三十代の女性らしい。ふわふわした雰囲気で、常に笑顔。口調も柔らかい。
でも、その笑顔のまま、聞いてくるという。
「十年後、何をしていますか?」
「センターじゃなくても続けますか?」
「何よりも、仕事を優先できますか?」
「こ、怖ぇ」
守が顔をしかめた。
「怖いね」と黒崎くんが続く。
「怖いねー」
高瀬さんが、あまり感情の乗ってない声を出した。
「ホントに、怖かったよー」
沙友里が叫んで、みんな笑った。
十二月三十一日、大晦日の深夜。
紅白を見ながら、こたつで絵を描いていると、スマホが震えた。
『直哉、起きてた?』
「うん、起きてたよ」
電話口からは、沙友里の声がした。
『今年最後に、声が聴きたくて』
「僕も、ちょうどそう思ってた」
『ホントに?』
くすくすと笑う、沙友里の声が心地いい。
年が変わるまで、まだ三十分ほどある。僕たちはしばらく、他愛のない話で盛り上がった。
『なんか、こうして振り返ると、今年は激動の一年だったな……』
「うん、僕もだよ」
『直哉に出会って、みんなと仲良くなって……』
テレビの画面は、すでに除夜の鐘を映していた。
『そして、もしかしたら夢が叶うかもしれない……』
「始業式の日に、発表だよね?」
『うん……怖いな」
「大丈夫だよ」
根拠なんてないが、それでも言いたかった。
『ねぇ、直哉』
「ん?」
『……早く、会いたい……』
「数時間後に会えるよ」
『うん……』
カウントダウンが、テレビから聞こえてきた。
「沙友里……今年はありがとう」
『私こそだよ、ありがとう』
そして、新しい年が始まった。
「今年も一年間、よろしくね」
『……今年だけなの?』
「えっ……沙友里、これからもよろしくね」
『うん! よろしくね』
電話の向こうで、沙友里が小さく笑った気がした。
沙友里との電話を切ったらすぐ横になり、九時前には家を出た。
元旦には初詣だと高瀬さんが言い出したので、近所の神社に僕たちは集合する。少しだけ沙友里の着物姿が見れるかと思っていたが、みんな普通の私服だった。
「なんだよ、着物じゃねぇのかよ」
「機動性を重視した結果だよ」
守が文句を言っていたが、高瀬さんの言葉に爆笑していた。
沙友里も厚着しているが、動きやすい格好をしている。
「数時間ぶりだね、明けましておめでとう」
「ふふ、明けましておめでとう」
沙友里が話すたびに、白い息が見える。
僕たちは、手袋越しに手を繋いだ。
結果発表が近い。隣を歩く沙友里の手に、力が入っているのが分かった。
「とりあえず、おみくじ引こうぜ」
守に引っ張られて、全員がおみくじを引いた。
高瀬さんが、大吉を引いて声をあげる。
「やっぱり私は主人公だからねー」
対照的に守は大凶だった。
「ホントに存在するのかよ……」
「守、あなたやっぱり持ってるわ」
神楽さんが、お腹を抱えて笑っていた。そして、黒崎くんも大吉だった。
「……お前もかよ」
僕と神楽さんは中吉で、沙友里はなんと凶だった。沙友里は熱心におみくじを読み込んでいた。
「沙友里……僕のと交換しようか?」
「ありがと、でも大丈夫! 凶だけど、いいこと書いてあったし」
「そう? どんな内容だったの?」
質問の答えの代わりに、沙友里はおみくじを僕の目の前に出し、指で示した。
願望……叶う。
恋愛……思い通りになる。
「それ以外は、ボロボロだけどね……」
「けど、確かにいいこと書いてあるね」
何故か目を輝かせる沙友里に、僕は肩の力が少しだけ抜けた。
「麻衣……俺の大凶と交換する?」
「なんでよ」
守と神楽さんのいつものやり取りに、みんなの賑やかな声が境内に響いた。
それなりの広さを有しているこの神社も、さすがに元旦は人で溢れかえっていた。参拝の列にならび、しばらく待つと自分たちの番がきた。
それぞれが、自分の願いのため参拝をする。
「みんなが幸せに暮らせますように」
守が手を合わせた。
「サッカーで結果を出せますように」
黒崎くんが続いた。
「食べても太りませんように」
高瀬さんの願いで、みんな吹き出した。
沙友里と神楽さんは、声を出さずに手を合わせている。特に神楽さんは最後まで祈りを捧げていた。
(何を、お願いしてるのかな……)
二人は長い時間、目を閉じていた。何を願ったかは分からない。だけど、沙友里の横顔はいつもより真剣だった。
甘酒を飲み、ひとしきり騒いだら僕たちは解散した。
僕は帰り道で、沙友里に聞いてみた。
「何をお願いしたの?」
沙友里は少しだけ笑った。
「実は……お願いはしてないの」
「……え?」
「お礼と、決意表明かな」
沙友里は、手を胸に当てた。
「直哉に会えたこと、チャンスをくれたことに、お礼を言ったよ」
「僕も言っておけば良かった……」
「あとは……色々と頑張ります、って伝えた」
「そうか……」
僕はそれ以上に何も言えなかった。その代わりに、沙友里の手を取った。
「直哉は? 何、お願いしたの?」
「僕は、絵が上手くなりますようにって……普通にお願いしちゃったよ」
「あはは、別にいいんじゃない」
沙友里は笑顔のまま、僕に顔を向けた。
「で? 他には?」
「……え?」
「他には、何お願いしたの? まさか絵のことだけ?」
繋いでた手を、沙友里に離された。
「もちろん、沙友里のこともお願いしたよ」
「ホントに?」
「うん、沙友里と同じ未来を歩けますように、って祈った」
「……信じるよ?」
僕は自分の手袋を外した。そして沙友里の手袋も奪って、素手で手を繋ぎ直した。沙友里の手が暖かい。僕の手の方が冷えていたようだった。
「うん、ずっと離さないよ」
「……うん」
沙友里の夢が動き出す、一年が始まった。
僕たちは、もうすぐその第一歩を踏み出せると信じていた。




