第6話:魔法がなくても。幸せになれる場所
離宮での生活が始まって数週間。
私は、ギルバート様がお仕事の間。こっそりと庭園の片隅でお手入れをするのが日課になっていました。
「エルナ様、そんなことは我らにお任せください!陛下に知られたら、我々は打ち首です!」
慌てて駆け寄ってきた庭師の老人に、私はおっとりと首を傾げました。
「まあ、打ち首だなんて。……私はただ、このお花さんたちが少し元気がなさそうだったので、お水を差し上げただけですわ」
実は、この庭園の花々は、ギルバート様から溢れ出す強すぎる魔力にあてられ、少し萎れかかっていました。
けれど、私が毎日「綺麗ですね」と撫でながらお水を上げていると、不思議なことに、花たちは見たこともないような鮮やかな色を取り戻し、瑞々しく咲き誇るようになったのです。
「不思議だ……。陛下の魔力が充満するこの庭で、これほど花が美しく咲くなど、かつて一度もなかったというのに」
庭師の方は、信じられないものを見るような目で花々を見つめていました。
私の「魔法を消す力」は、強すぎる魔力を中和し、植物たちが呼吸しやすい環境を作っていたのでしょう。もちろん、私はそんなことには気づいていませんでしたが。
「エルナ、またこんなところにいたのか」
背後から、聞き慣れた愛おしい声が響きました。
振り返るよりも早く、逞しい腕が私の肩を抱き寄せます。
「……ギルバート様。お仕事は終わったのですか?」
「ああ。君に触れていないと、書類の文字がすべて呪言に見えてくる。……少し、歩かないか」
ギルバート様は私の手をとり、指を絡ませるようにして繋ぎました。
そのまま王城の廊下を歩いていると、すれ違う騎士や侍女たちが、次々と深々と頭を下げていきます。
以前のゆな「恐怖」の眼差しではなく、そこには明らかな「敬愛」と「安堵」が混じっていました。
「見てくれ、エルナ。君が来てから、城の空気が変わった」
「……私が、何かいたしましたでしょうか?」
「君がいるだけで、俺の魔力が暴走しなくなった。そのおかげで、城の結界も安定し、家臣たちも怯えずに済んでいる。……君は魔法が使えないと言うが、君の存在そのものが、この国にとって最高の魔法なんだ」
ギルバート様は立ち止まり、私の髪に優しく唇を寄せました。
「魔法が使えないから、価値がない。……そんなことを言った奴らは、本当に愚かだ。俺は、君が笑ってくれるなら、魔力などすべて捨てても構わないと思っている」
「……ギルバート様」
控えめに生きてきた私の胸に、じわりと温かいものが広がります。
魔法が使えないことを恥じて、地下室で一人で泣いていた私に、教えてあげたくなりました。
いつか、あなたのその手を「魔法よりも尊い」と言ってくれる、優しくて重すぎるほど一途な獅子王様に出会えるのですよ、と。
しかし、そんな穏やかな午後のひとときは、一人の伝令によって破られました。
「陛下!アステリア王国の使節団が、国境を越えこちらに向かっております!……その中には、第一王子・アルフレートの姿もあるとのことです!」
ギルバート様の瞳から、一瞬でぬくもりが消え、黄金の獣のような鋭い光が宿りました。
「……来たか。身の程知らずの、泥棒共が」
私の腰を抱きしめる彼の腕に、ぎゅっと力がこもります。
いよいよ、過去との決別の時が近づいていました。




