第4話:恐ろしい暴君の、誰も知らない甘い声
「……あの、ギルバート様。そろそろ、お仕事に行かなくてよろしいのでしょうか」
離宮のテラス。
柔らかな陽光が降り注ぐ中、私は困り果てて声を上げました。
私の腰には、今も逞しい腕が回されています。ギルバード様は私の膝に頭を乗せ、目を閉じて、幸せそうに喉を鳴らしていました。
「……嫌だ。あと一時間はこうしている」
「ですが、先ほどから側近の皆様が、あちらの柱の陰で青い顔をしてこちらを見ていらっしゃいますわ」
視線を向ければ、宰相様をはじめとする文官の方々が、書類の束を抱えて震えています。
聞けば、ギルバート様は「冷酷無慈悲な獅子王」と恐れられ、その魔力の一撃で一軍を滅ぼすほどの苛烈な王なのだとか。
ですが、私の前にいるこの方は――。
「会議など、誰がやっても同じだ。だが、俺を癒せるのはエルナ、君だけなんだ。……ほら、ここがまた少し、熱い気がする」
ギルバート様は私の手を取り、自らの額に当てました。
本当は熱などないのでしょう。けれど、そうして私に触れていないと、彼は不安で堪らないといった様子なのです。
「……本当にお困りな方ですわね」
私はため息をつきながら、彼の金色の髪をそっと撫でました。
かつての実家では、私の手は「不吉なもの」として、誰にも触れることを許されませんでした。けれど今、この国で一番尊い方が、私の手を求めて離さない。
「エルナ……。君は、俺が怖くないのか?」
ふと、ギルバート様が瞳を開けて私を見上げていた。
その瞳には、かつて孤独に苛まれていた頃の名残のような、臆病な色が浮かんでいます。
「怖い、ですわね。……あんなにたくさん、私に美味しいお菓子を食べさせようとするのですもの。太ってしまったらどうしましょう、と、それだけが恐怖ですわ」
私がおっとりと微笑んで答えると、ギルバート様は一瞬呆けたような顔をし、それから耐えきれないといったように噴き出しました。
「くくっ、ははは!……君には敵わないな。これほどまでに、俺の心は静かなんだ」
彼は私の指先に、何度も何度も、羽毛が触れるような優しい接吻を繰り返します。
その時、庭園の向こうから、息を切らした騎士が走ってきました。
「へ、陛下!急報です!アステリア王国から書状が届きました。……我が国へ追放されたエルナ様の身柄を、至急返還せよとのことです!」
その言葉が出た瞬間、周囲の空気が凍りつきました。
ギルバート様から溢れ出たのは、昨日までの暴走とは違う、明確な「殺意」を帯びた魔力の冷気。
「……返せ、だと?」
彼の声は、地の底から響くような、冷徹な響きに変わっていました。
私を抱きしめる腕に、ぎゅっと力がこもります。
「ゴミのように捨てておいて、今更何を……。エルナは俺の救いだ。指一本、触れさせはしない」
ギルバート様の背後で、目に見えるほどの巨大な獅子の幻影が、牙を剥いた気がしました。
大型犬のような甘い時間は終わり、王としての、獰猛な爪が研がれようとしていました。
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