第3話:この呪われた手が、誰かの救いになるなんて
目が覚めると、そこは天国のような場所だった。
ふかふかの寝台、絹のように滑らかな毛布。そして、部屋中を満たす、甘い優しい花の香り。
「……あ、の……ここは?」
私が上擦った声を出すと、カーテンの隙間から眩いばかりの光が差し込んだ。
「気が付いたか」
枕元にいたのは、あの森で出会った男性――ガレリア帝国の皇帝、ギルバート様だった。
昨夜のボロボロだった姿とは打って変わり、今の彼は軍服を端正に着こなし、圧倒的な威厳を放っている。けれど、その瞳だけは、私を壊れ者のように見つめていた。
「ここは俺の離宮だ。君を国境から連れ帰った。……体調はどうだ?どこか痛むところはないか?腹は減ってないか?」
矢継ぎ早の問いかけに、私は目を白黒させる。
実家では、倒れていても見向きもされなかった。それなのに、この方はなぜこんなに必死な顔をしているのだろう。
「は、はい。大丈夫ですわ。それより……その、私の手。汚れてはいませんでしょうか。私の体質は、その、不吉と言われていて……」
私が布団の中に手を隠そうとすると、彼はそれを許さなかった。
大きな、熱い手が私の指先を捕らえ、愛おしそうに自身の頬へ引き寄せる。
「何を言う。この手が、どれほど俺を救ってくれたか分かっているのか」
彼はうっとりと目を細めた。
「数年ぶりに、深く眠れた。……君が触れてくれている間だけ、俺を焼き尽くす魔力の奔流が鎮まるんだ。エルナ、君は呪いなどではない。俺にとっての、唯一の奇跡だ」
奇跡。
そんな言葉を向けられる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
私の魔法無効化は、国の平和を壊す「欠陥」だと教わってきた。けれど、目の前の彼は、私のこの手を「奇跡」と呼び、子供のように頬ずりしている。
「あの、ギルバート様……。くすぐったいですわ」
「ああ、すまない。だが、離したくないんだ。……君がいないと、俺はまたあの地獄へ戻ることになる」
ふと見ると、ギルバート様の目の下には薄く隈があった。強すぎる魔力のせいで、安眠すら奪われてきたという孤独。それがどれほど苦しいものか、彼が私の裾を掴む手の震えから伝わってくる。
「……お力になれるのなら、私はどこへも参りません」
私が控えめにそう告げると、彼の表情がパッと輝いた。
それは、恐ろしい獅子王の顔ではなく、大好きな飼い主に褒められた大型犬のような、あまりに無防備な笑顔だった。
「本当か……!なら、すぐに準備をさせよう。君の部屋、ドレス、宝石、それから……。ああ、そうだ。美味しいものもたくさん食べてもらわないとな。少し細すぎる」
「えっ、いえ、そんなに贅沢なものは……!」
「ダメだ。俺の命の恩人を、ボロの馬車で追い出したあの国を、俺は一生許さない。エルナ、これからは俺が君のすべてを守る。君はただ、俺のそばで笑ってくれればいいんだ」
ギルバート様は私の両手を包み込み、まるで誓いを立てるように、その甲に深く接吻した。
控えめに、慎ましく生きてきた私にとって、彼の愛はあまりに眩しく、そして少しだけ……重い。
けれど、生まれて初めて「ここにいていい」と言われた喜びが、私の心を温かく満たしていく。
その頃、私が去ったアステリア王国では、ある「異変」が起き始めていることなど、この時の私はまだ知る由もなかった。
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