第2話:雪降る森で出会った、孤独な化け物
凍てつくような寒さに、私はゆっくりと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、高くそびえ立つ木々と、空から静かに舞い落ちる白い雪だ。
私は、荷馬車から放り出された拍子に、意識を失っていたらしい。
「帰らずの森」……隣国との国境にあるこの場所は、魔力が乱れ、恐ろしい魔獣が棲むと言い伝えられている。魔法も使えない私が、この雪の中で一晩を越すのは、きっと不可能だろう。
(死ぬのは、少しだけ怖いです。けれど……やっと、静かになれるのですね)
震える体に鞭打ち、私を這うようにして近くの岩陰へ向かった。少しでも風を凌ごうとした、その時だ。
「――っ、来るな……!俺に、近づくな……!」
地を這うような低い声が、吹雪のおとに混じって聞こえた。
驚いて声のした方へ視線を向けると、そこには一人の男が倒れ込んでいた。
夜の闇よりも深い、漆黒の戦衣。その隙間から溢れ出しているのは、見るも悍ましい、赤黒く濁った魔力の奔流だった。魔力が暴走しているのだ。あまりの密度の高さに、周囲の木々はひび割れ、雪は熱で蒸発している。
「あ……」
男の瞳は、強すぎる魔力ゆえの苦痛に濁り、血走っていた。彼は獣のような唸り声を上げ、自身の頭を抱えてのた打ち回っている。
普通の人なら、この魔力に触れただけで体が弾け飛んでしまうだろう。
けれど、私はなぜか、恐怖よりも先に「熱そう」だと思ってしまった。
愛されず、必要とされず、孤独の中で消えようとしている彼の姿が、今の自分と重なって見えたからかもしれない。
「大丈夫、ですか……?」
私は、震える足で彼に歩み寄った。
「寄るなと言っている……!俺に触れれば、貴様など一瞬で灰に……」
男の言葉を遮るように、私は彼に触れた。
魔法を操れない私の、冷えた両手。それで、熱に浮かされる彼の頬を、包み込むように。
その瞬間だった。
バチリ、と空気が弾ける音がした。
彼から溢れ出していた禍々しい魔力が、私の指先に触れた瞬間、嘘のように霧散していく。濁った赤黒い光は透き通った粒子へと変わり、夜の森へと静かに溶けて消えた。
「え……?」
男の動きが、止まった。
激しい呼吸が次第に整い、苦痛に歪んでいた表情が、信じられないものを見たという驚愕に染まっていく。
「消えた……?俺の、魔力が……鎮まって……」
男の瞳に、理性の光が戻る。金色の美しいけれど悲しいほどに震える瞳。
彼は吸い寄せられるように、私の手に自らの手を重ねた。
「君は……。誰にも、俺の魔力は止められなかったのに。どうして、君の手は……こんなに、温かいんだ……?」
彼はまるで、迷子の子供のような顔をして、私の手を取ったまま、雪の上に膝をついた。
それから、私の腰に縋り付くかのようにして、力の限り私を抱きしめた。
「行かないでくれ。何でもする。何でも差し出す。だから、俺の側に……この地獄のような静寂の中に、君だけはいてくれ……」
それは、王者の威厳など微塵もない、切実な嘆願だった。
初めて、誰かに強く求められた。
私の「欠陥」だと思っていた手が、この人を救った。
私は、おずおずと彼の背中に手を回した。
「……はい。私でよければ、お側に」
この出会いが、私の運命を大きく変える始まりだった。
隣国の皇帝、ギルバート様。
孤独な獅子王と呼ばれた彼と、居場所を失った私の、奇妙な旅が始まった。
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