第5話 石の民は話が通じない!
前書き
エルフのリシアが加わり、少しずつ形になってきたマサザネの城造り。
次に必要なのは、丈夫な石垣と城壁。
そこで一行は、土魔法と石工技術に優れたドワーフのもとを訪れることに。
しかし、そこにはマサザネ以上の頑固者が待っていました。
カーン! カーン! カーン!
山肌に、金属を打つ音が響いていた。
「ほう。よい音じゃ」
政実は感心したように頷いた。
目の前には、岩山をくり抜くように造られた集落が広がっている。
石造りの家々。煙を上げる鍛冶場。坑道へ続く荷車の道。
そして、あちらこちらを歩く背の低い、髭を蓄えた男たち。
「ここがドワーフの集落、岩砕きの里よ」
案内役のリシアが言った。
「彼らは石と土の扱いなら、この辺りで右に出る者はいないわ」
「なるほど。頼もしいのう」
「ただし、ひとつ問題があるの」
「なんじゃ?」
「とんでもなく頑固なのよ」
政実は笑った。
「頑固な職人なら、わしも幾人も知っておる。腕のよい者ほど、仕事に誇りを持つものじゃ」
「……そういう意味じゃないんだけど」
「マサも頑固だしね!」
政実の頭上でピピが笑う。
「わしは柔軟な男じゃ」
「昨日、ベルンに『殿の言うことは絶対じゃ』って言ってたよ!」
「あれは冗談じゃ!」
「全然笑ってなかったよ!」
リシアがため息をついた。
「……嫌な予感しかしないわ」
*
集落の中央にある大きな工房。
そこで、ひときわ立派な髭を持つドワーフが巨大なハンマーを振るっていた。
筋骨隆々の身体。太い腕。岩のようにごつごつした顔。
名を、ガルドという。
「ガルド! 少しいいかしら!」
リシアが声をかける。
「ああん? なんだ、森の耳長娘か!」
「耳長娘って呼ばないで!」
「だったら俺のことを髭だるまと呼ぶな!」
「今日は呼んでないでしょう!」
「昨日は呼んだ!」
「昨日も会ってないわよ!」
政実は二人を交互に見た。
「……仲がよいのう」
「「よくない!」」
見事に声が揃った。
ピピが腹を抱えて笑い始める。
「ぎゃはは! 仲良しー!」
「やかましい小虫!」
「小虫じゃないもーん!」
ガルドはようやくハンマーを置いた。
「で、何の用だ?」
政実が一歩前へ出た。
「九戸政実と申す」
「くのへ……なんだ?」
「政実じゃ」
「マサザネ?」
「うむ」
「変な名前だな!」
「おぬしも十分変わっておるぞ!」
出会って十秒。
早くも険悪である。
「わしは麓に住む人々のため、城を築こうと考えておる。石と土の扱いに長けた者の助力が欲しい」
「城?」
ガルドの目が光った。
「どれくらいの城だ?」
「まずは七十余名が暮らせる砦じゃ。いずれは――」
「小せえ!」
「……は?」
「そんなもん、城とは呼ばん! 小屋だ、小屋!」
「七十人も入る小屋があるか!」
「ある! 俺が造ればな!」
政実の眉がぴくりと動いた。
「ならば造ってみせよ」
「おう! 造ってやる!」
「本当か!」
「ただし!」
ガルドは人差し指を突きつけた。
「俺の好きに造る!」
「断る!」
「なんでだ!」
「城には地形に応じた造りがある。好き勝手に造られては困る!」
「なら自分で造れ!」
「造れるなら頼まぬわ!」
工房中の職人が振り返った。
リシアは額に手を当てた。
「……ほらね」
ピピだけは大喜びだった。
「マサとガルド、どっちが先に怒るか賭けようよ!」
「もう両方怒ってるだろ」とベルン。
*
結局、話し合いは工房の奥で続けられることになった。
政実は地面に城の見取り図を描いた。
「ここに堀を設ける。土塁を盛り、要所に石を積む。敵の進路を絞り、少数で守れる形にしたい」
ガルドは腕を組み、しばらく黙っていた。
「……ほう」
「どうじゃ?」
「悪くねえ」
政実が少し胸を張る。
「じゃが、気に入らん」
「何がじゃ!」
「この城壁、薄い!」
「まずは仮の防壁じゃ!」
「魔物相手に仮も本番もあるか!」
ガルドは別の石を拾い、図面の城壁を太く描き直した。
「オーガが来るなら、最低これくらいだ」
「そんなもの、今の村の人手では造れぬ!」
「なら土魔法を使えばいい!」
「おぬしの魔法は、そんなに便利なのか?」
「見てろ!」
ガルドが地面に片手をつけた。
「土よ、起きろ!」
ゴゴゴゴゴッ!
工房の床が盛り上がり、目の前に高さ二メートルほどの土壁が現れた。
「おおっ!」
政実は思わず声を上げた。
前世ならば、何十人もの人夫が土を運び、何日もかけて築くものだ。
それが、ほんの数息で完成してしまった。
「すさまじい術じゃ!」
「だろう!」
ガルドは得意げに髭を撫でた。
「この程度なら朝飯前よ!」
「ならば、村の周囲を全部囲めるか?」
「できるわけねえだろ!」
「なぜじゃ!」
「魔力が足りん!」
「朝飯前ではなかったのか!」
「朝飯を百回食えばできるかもしれん!」
「何日かかるんじゃ!」
ベルンが床を叩いて笑った。
リシアは冷静に付け加える。
「魔力にも限界があるし、盛り上げた土を丈夫な壁に仕上げるには普通の工事も必要よ」
政実は土壁に触れた。
表面は硬いが、所々に隙間がある。
「なるほど。魔法は人の手間を減らせるが、職人の仕事をなくすわけではないのじゃな」
「おっ!」
ガルドが目を丸くした。
「分かってるじゃねえか、小僧!」
「小僧と呼ぶな!」
「十歳のガキは小僧だろ!」
「わしは――」
政実は言いかけて口を閉じた。
転生前ならば、とっくに五十を超えていた。
しかし説明したところで、この男が信じるとは思えない。
「……まあ、今は小僧でよい」
「急に素直になるな! 気持ち悪い!」
「おぬしは何を言っても怒るのう!」
*
ところが、いざ工事の相談を進めようとすると、ガルドは難しい顔になった。
「悪いが、今すぐ手は貸せん」
「なぜじゃ?」
「西の採石場が使えなくなった」
ガルドは壁に掛けてあった地図を広げた。
「三日前から地面の下で妙な音がする。坑道の支柱も傾いてな。石を掘り出すどころじゃねえ」
「魔物か?」
「たぶんな。地中を掘り進む岩喰いモグラだ」
リシアの顔が曇った。
「厄介ね。普通のモグラと違って、岩盤まで削る魔物よ」
「そんなものまでおるのか……」
「しかも身体が岩みたいに硬いのよ」
政実は小さく唸った。
この世界の魔物は、どうにも反則じみた生き物ばかりである。
「討伐はできぬのか?」
「俺たちでも簡単には倒せねえ。土の中に逃げ込まれたら手も足も出ねえしな」
「ならば、倒さずに済む方法を考えればよい」
ガルドが眉を上げた。
「……何?」
「採石場を見せてくれ」
「ガキが見て何になる!」
「それは見てから考える」
「適当なこと言いやがって!」
「見もせず諦めるよりはよかろう!」
ガルドと政実は睨み合った。
しばしの沈黙。
そしてガルドが、にやりと笑った。
「面白え。ついてこい!」
*
採石場は集落から少し離れた谷にあった。
岩壁には採掘の跡が幾筋も走り、入口には崩れかけた木の支柱が並んでいる。
政実は周辺の地面を観察した。
土が盛り上がった跡。
不自然に沈んだ地面。
岩の隙間から吹き出す冷たい風。
「ピピ」
「なあに?」
「上から周囲を見てくれ。地面が動いておる場所があれば知らせよ」
「りょーかい!」
小さな妖精が飛び上がった。
政実はガルドに尋ねる。
「この魔物、何を食う?」
「岩に含まれる魔力だ。特に魔石が好きらしい」
「ほう」
「なんだ、その顔」
「好物があるなら、誘えるやもしれぬ」
ガルドが鼻を鳴らした。
「おとり作戦か? そんなもの、俺たちも考えた」
「では、なぜ失敗した?」
「魔石を置いても、地面の下から食われるだけだ。姿すら見せねえ」
「なるほどのう」
政実は岩壁の上を見た。
「ならば、食わせる場所を変えればよい」
「どういうことだ?」
政実は枝を拾い、地面に絵を描いた。
坑道とは別の方向へ伸びる細い溝。
その先には、石を積んだ穴。
「魔石を置く場所まで、あやつが通りやすい道を造る。周囲の土を締め、ほかへ抜けにくくする」
「……誘導路ってことか?」
「さよう。ただし、魔物が思い通りに進むとは限らぬ。まず人を坑道から退かせ、安全な場所から試すのじゃ」
ガルドは地面の図をじっと見た。
「……おい、小僧」
「なんじゃ」
「お前、本当に十歳か?」
「……気持ちは若いつもりじゃ」
「答えになってねえ!」
そこへ、ピピが戻ってきた。
「マサ! いたよ! 岩がもこもこ動いてる!」
「どこじゃ!」
「あっち! あとね、山の裏に古い水路があるよ!」
政実が顔を上げた。
「水路?」
「うん! 今はほとんど使ってないみたい!」
ガルドが頷く。
「ああ、昔の採石場へ水を引いてたやつだ。もう枯れてるがな」
「ほう……」
政実は水路と採石場の位置を見比べた。
「では、その道も使えるかもしれぬ」
リシアが苦笑する。
「マサザネ、また何か思いついたの?」
「まだ思いつきじゃ。うまくいくかは分からぬ」
「そこは自信満々に言わないのね」
「分からぬことを分かると言えば、兵が死ぬ」
その言葉に、リシアは黙った。
政実はガルドへ向き直った。
「まずは坑道の者を皆、退かせてくれ。魔物の道を探るのはそれからじゃ」
*
その日の午後。
ドワーフたちの土魔法によって、採石場の外側に浅い誘導路が設けられた。
ガルドの部下が岩盤を確かめ、ベルンが木の支えを組む。リシアは風で坑道の奥の空気の流れを調べた。
ピピは上空から地面の変化を見張っている。
「マサ! 右がもこもこ!」
「右じゃな!」
「今度は左!」
「左か!」
「次は……あ、止まった!」
「忙しい魔物じゃのう!」
やがて地面が大きく揺れた。
土の下から、岩のような背中が一瞬だけ姿を見せる。
「でかっ!」
ベルンが悲鳴を上げた。
魔物の全身は見えないが、背中だけでも牛ほどの大きさがある。
「ガルド! 無理に近づくな!」
「分かってらあ!」
魔石の匂いに引かれたのか、魔物がゆっくりと誘導路へ向きを変えた。
ドワーフたちが土魔法で周囲を補強する。
しかし、次の瞬間。
バキンッ!
岩盤が砕けた。
「駄目だ! 横へ抜けるぞ!」
魔物は、用意した通路を避けて新しい穴を掘り始めた。
政実は舌打ちする。
「やはり、思い通りにはいかぬか!」
ガルドがハンマーを担ぎ直した。
「小僧! ここからは俺たちの仕事だ!」
彼は仲間へ叫んだ。
「全員下がれ! 古い坑道側を埋めるぞ!」
ゴゴゴゴゴッ!
土魔法によって、坑道の入口に厚い土の壁が盛り上がる。
魔物はしばらく地面を揺らしていたが、やがて遠ざかっていった。
完全に追い払えたわけではない。
だが、少なくとも作業場へ続く危険な穴を塞ぐことはできた。
「……ふう」
ガルドが額の汗を拭った。
「惜しかったな、小僧」
「うむ。魔物の力を見誤った」
「だが、悪い策じゃなかった」
政実は驚いて顔を上げた。
ガルドが、にやりと笑っている。
「敵を倒すんじゃなく、通る道を変えさせる。俺たちだけじゃ思いつかねえやり方だった」
「最後はおぬしらに助けられたがの」
「当たり前だ! 石と土のことなら俺たちが一番よ!」
「ならば、わしと組めばよい」
「……なんだと?」
政実は手を差し出した。
「わしは戦のことなら多少は知っておる。おぬしらは石と土を知っておる。互いの知恵を合わせれば、もっとよいものが造れるはずじゃ」
ガルドはその小さな手を見つめた。
しばらくして、大きな手で握り返す。
「……三日だ」
「三日?」
「三日だけ、お前の砦造りを手伝ってやる。うまくいきそうなら、続きを考えてやるよ」
「ありがたい!」
「ただし!」
またしても人差し指が突きつけられた。
「城壁の厚さは俺が決める!」
「地形と兵の配置はわしが決める!」
「石の積み方に口を出すな!」
「無駄な石を積むな!」
「この頑固小僧!」
「おぬしこそ頑固髭!」
リシアが呆れた。
「……結局、似た者同士じゃない」
ピピは嬉しそうに手を叩く。
「やったー! 頑固大臣が増えたー!」
「誰が大臣だ!」
二人の声が、また見事に重なった。
*
夕暮れ。
政実たちは、丘の砦へ戻ってきた。
ガルドは現場を一目見るなり、顔をしかめた。
「なんだ、この頼りねえ見張り台は!」
「まだ造りかけだ!」
「土も緩い! 排水も悪い! こんなところに石を積んだら沈むぞ!」
「ならば、どうすればよい?」
「まず水の道を造る。それから土台だ!」
政実は頷いた。
「よし。明日から頼むぞ」
「おう!」
ガルドは早速、土魔法で地面を調べ始めた。
ベルンもその隣で図面を覗き込む。
「待て待て! その水路じゃ畑の水が足りなくなる!」
「ああん? なら、こっちに分ければいいだろ!」
「それじゃ雨の日に溢れる!」
「じゃあ深く掘る!」
「だから簡単に言うな!」
どうやら新たな喧嘩が始まったらしい。
だが、その声には確かな熱気があった。
政実は小さく笑った。
エルフが森を守り、ドワーフが石を積み、人間が暮らしを支える。
それぞれ考え方も、得意なことも違う。
それでよいのだ。
同じものになる必要などない。
「マサ!」
ピピが肩へ飛び乗った。
「ねえねえ! ガルドが最初に造るもの、決めたって!」
「ほう。見張り台か? 城壁か?」
「違うよ!」
「では何じゃ?」
ピピは満面の笑みを浮かべた。
「トイレ!」
「……は?」
「ガルドが言ってた! 七十人もいるのに、まともな便所がないって!」
政実は天を仰いだ。
「……城を造ると言っておるのに、最初が厠とは」
背後からガルドの怒鳴り声がした。
「当たり前だ! 水場の近くで垂れ流してたら病気になるぞ! 城壁より先に造るもんがあるだろうが!」
政実は目を見開いた。
そして、深々と頭を下げた。
「……ガルド。おぬしの申す通りじゃ」
「お、おう?」
「よし! まずは厠を造るぞ!」
ピピが飛び跳ねる。
「やったー! お城の第一号はトイレだー!」
「そんなめでたい言い方をするでない!」
かくして、後に大陸に名を轟かせることになるマサザネの国。
その最初の本格的な石造建築物は――。
城壁でも、天守でもなく、立派な共同便所となるのであた。
――第5話・完――
第5話をお読みいただきありがとうございます!
ついにドワーフのガルドが登場しました!
頑固な戦国武将と、頑固なドワーフ。
案の定、初対面から喧嘩ばかりでしたが、どうやら互いの腕前は認め合えたようです。
そして、いよいよ始まる本格的な城造り!
……のはずが、最初に造るのはトイレになりました。
国づくりとは、なかなか思い通りにいかないものですね。
次回、第6話 「殿、城より飯が先です!」
城壁、見張り台、そして厠。
少しずつ形になる砦ですが、今度は七十人分の食料が足りないことが発覚!
マサザネ、今度は農業と食料確保に挑みます!
引き続きお楽しみいただければ嬉しいです!




