第4話 森の民は木を切らせない
ようやく城造りに取りかかったマサザネたち。
しかし、そこへ現れたのは森を守るエルフのリシア。
戦国武将の築城計画は、早くも暗礁に乗り上げるのでした。
宙に浮かんだ木片が、ピピをぐるりと取り囲んでいた。
「マサ! 助けて! 木の牢屋!」
「昨日、干し肉を三倍要求した罰ではないか」
「そんな法律ないよ!」
「今、できた」
「横暴な王様だー!」
まだ王どころか城すらない。政実がため息をつくと、森から現れた長い耳の女性が眉をつり上げた。
「……人間の子供が、森で何を騒いでいるの?」
「騒いでおるのは主にこやつじゃ」
「マサも十分うるさい!」
「口を慎まぬか!」
木片がぴたりと止まった。
女は緑の外套を整え、切り株と積まれた木材を見比べた。
「私はリシア。森の民の見張り役よ。ここで木を切る許しを出した覚えはないわ」
ベルンが金槌を握り直す。
「おいおい。倒木を運んだだけだぞ。生きた木は一本も切ってねえ」
「では、その切り株は?」
「元から倒れていた木の根元だ!」
「本当に?」
「疑い深えな!」
政実は二人の間に入った。
「まずは、わしの話を聞いてもらえぬか」
「あなたが指図するの?」
「指図ではない。願いじゃ」
政実は、頭を下げた。
リシアの目が少しだけ見開かれる。
「わしらの村は昨日、魔物に襲われた。家を壊され、橋を落とし、七十ほどの者がこの森まで逃げてきた。冬が来る前に、子供と年寄りを守れる場所を造りたい」
「……だから森を切り開く?」
「その必要があるかどうかを、今考えておる」
「考えてから斧を振りなさい」
「まことにその通りじゃ」
「……え?」
あっさり頷かれて、リシアは拍子抜けしたようだった。
「エルフとやらは、森の木を皆自分のものと思うておるのか?」
「自分のもの? 違うわ。木は森のものよ。私たちは、それを守るだけ」
「なるほど。わしも、城をわしだけのものとは思わなんだ」
政実は少し言葉を切った。
「……いや。思い違いをしておったのかもしれぬが」
リシアは首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
*
リシアの案内で、政実とベルンは森の奥へ入った。
ピピの木の牢屋も解かれた。もっとも本人は、解放されるなりリシアの頭上で逆さまになっている。
「ねえリシア、木の牢屋ってもう一回できる?」
「どうして?」
「マサを入れてみたい!」
「断る!」
森には樹齢の分からぬ大木がそびえ、枝の間を柔らかな風が流れていた。足元には苔に覆われた倒木が転がっている。
「枯れ木まで森の一部よ。虫や菌が土へ返して、次の木を育てるの」
リシアが説明した。
「ならば、すべて持ち去るわけにはいかぬな」
「分かるの?」
「田を耕す者が、翌年の種まで食えばどうなる?」
「……来年、困るわね」
「同じことじゃろう」
リシアは初めて少し笑った。
ただし、すぐ真顔に戻る。
「だからといって、森の奥を開拓するのは許さない」
「望まぬ。丘の上に避難場所が欲しいだけじゃ。木より石と土を使うのはどうじゃ」
「石と土?」
「土を盛り、石を積む。木は見張り台と屋根に限る。道は人が二人並べる程度でよい」
「……それなら、森への傷は少ないかもしれない」
ベルンが腕を組んだ。
「言うのは簡単だがな。石を運ぶ人手がねえ。土を掘る道具も足りねえぞ」
「魔法があるではないか」と政実。
「便利に使わないで」とリシア。
「ぬ?」
「風は岩を持ち上げるために吹くわけじゃないわ。大きな術には時間も体力も要るの」
政実は感心して頷いた。
「ならば、兵と同じじゃな。休ませずに働かせれば倒れる」
「……あなた、何でも戦に例えるのね」
「長年の癖じゃ」
「十歳くらいでしょう?」
「……そこには深い事情があっての」
「マサ、ほんとはおじいちゃんなんだよ!」
「黙っておれ、ピピ!」
「ほらね!」
リシアは、とうとう声を上げて笑った。
*
丘に戻る途中、ピピが急に飛ぶのをやめた。
「……あれ?」
「どうした」
「東の木が、いっぱい揺れてる。風はこっち向きなのに」
リシアの顔が引き締まった。
遠くで枝の折れる音がした。続いて、地面を叩く重い足音。
「石殻猪……!」
低木を割って現れたのは、巨大な猪だった。人の背丈をはるかに越え、背を覆う灰色の皮は岩のように硬い。牙が若木を根元から砕いた。
「……猪とは、あのように大きくなるものか」
「ならないわよ!」とリシア。
「わしの知る猪とは随分違うのう」
「感心してる場合!?」
ベルンが青ざめる。少し先には薪を運ぶ村人たちがいた。
「逃がせ!」
政実は叫び、すぐにピピへ向き直った。
「空から見よ。あやつの進む先に人はおるか」
「いる! 子供が二人、沢のそば!」
「ベルン、皆を丘へ! 子供はわしが――」
「駄目よ」とリシアが遮った。「あなたの足では間に合わない」
彼女は弓を引いた。風をまとった矢が猪の鼻先の地面を打つ。
猪は首を振り、進路を変えた。だが次の矢は硬い肩に弾かれる。
「倒せぬか!」
「風の矢で倒せる相手じゃない!」
魔法があっても怪物は強い。政実は、今さらながらそれを思い知らされた。
木立の向こうから子供の泣き声が聞こえる。
「ピピ、沢の近くにぬかるみは?」
「ある! 昨日の雨で、あっちぐちゃぐちゃ!」
「深さは?」
「ええっと……大きい獣の足が埋まるくらい!」
「よう見ておる」
「へへっ……って褒めてる場合じゃない!」
「リシア、あの泥地へ誘えるか。倒さずとも、足を取ればよい」
「森の中へ魔物を追い込むの?」
「森の奥ではない。丘と沢の間の裸地じゃ。そこなら若木も少ない。子供たちは反対へ逃がす」
リシアは一瞬だけ迷い、それから弓を構え直した。
「分かった。ベルン! そこの二人を連れて下がって!」
「お、おう!」
ベルンが子供のもとへ駆けた。
政実は地面の斜面を見た。真っ直ぐ押せば怪物は突き抜ける。横から驚かせて向きを変えねばならぬ。
「ピピ! 猪の左上で騒げ。ただし、近づきすぎるな!」
「任せて! 悪口なら得意!」
「悪口は策ではないぞ!」
「そこのでっかい鼻ー! 鼻の穴が洞窟ー!」
「聞いておらぬ!」
猪が顔を上げた瞬間、リシアの風が枯れ葉を舞い上げた。視界を遮られた怪物はピピの声を追って方向を変える。
一歩、二歩。
足が泥に沈んだ。
「今じゃ! 皆、退け!」
猪は激しく暴れ、ぬかるみを跳ね散らした。だが重い身体を抜くには時間がかかる。
政実は怪物がもがくのを見て、勝ったとは思わなかった。
しばらくすれば、あれは出てくる。人が守るべき場所を、今のうちに遠ざけるしかない。
「追うな。怪我人はおらぬか。人数を数えよ!」
村人たちが次々と答えた。皆、無事だった。
政実はようやく息を吐いた。
「……森も、少しは守れたかの」
リシアは泥だらけの若木を見つめていた。
「少し、ね。全部とは言わないわ」
「それで十分じゃ。今日できぬことは、明日考える」
*
夕暮れ、丘に戻ったリシアは地面の図を見下ろしていた。
「木を無断で切らないこと。沢を塞がないこと。獣の通り道は残すこと」
「うむ」
「それから、困ったことがあれば先に相談すること」
「承知した」
「……本当に素直ね」
「不都合なら反論するぞ」
「そこは反論してもいいのよ!」
ベルンが笑い、ピピが腹を抱えて宙で回った。
リシアは指先に風を集め、地面の小石を少しずつ動かした。人の通る道と、動物の通る道が交わらぬように、線を引き直す。
「この位置なら見張り台を置ける。北の木立を残せば、風も防げるわ」
政実はその手元をじっと見た。
森を守る目で地形を読む者。戦場しか知らぬ自分とは、まるで違う知恵を持っている。
「リシア。明日も知恵を貸してくれぬか」
「私が?」
「わしには森が読めぬ。おぬしには、人の暮らしで見えぬものもあろう。共に見れば、失うものを減らせる」
リシアは少し考え、頷いた。
「七日だけ。森を荒らさないか見張るためよ」
「七日も働いてくれるとは、ありがたい」
「働くとは言ってない!」
「では参謀と呼ぼう」
「もっと違う!」
「ねえねえ!」とピピが割り込んだ。「あたしは何大臣?」
「おぬしは見張りじゃ」
「ええー! 大臣がいい!」
「では、菓子大臣」
「やったー!」
「菓子の支給を司るのではなく、菓子を食いすぎぬよう見張る役じゃ」
「罠だー!」
丘に笑い声が広がった。
政実は、その声を聞きながら遠い山を見やった。
城はまだない。国もない。だが、人間とエルフと小さな妖精が、同じ地図を囲んでいる。
それは昨日まで、この土地になかった景色だ。
「ところで」とベルンが言った。「石を積むってんなら、山のドワーフに頼む手もあるぜ」
リシアの表情が曇った。
「……あの頑固者たちに?」
政実はにやりと笑った。
「頑固な者は嫌いではない。わしもよく言われたものじゃ」
「自覚あったんだ!」とピピ。
「わしの話はよい!」
かくして、城壁のない城造りは、次なる難物との交渉へ進むのであった。
――第4話・完――
「城を造ろう」と言ったマサザネ。
ところが、村人たちが真っ先に求めたのは城壁でも天守でもなく……朝ご飯でした。
第4話をお読みいただきありがとうございます!
今回はエルフのリシアが本格登場!
森を守りたいエルフと、人々を守る城を造りたいマサザネ。
考え方は違っても、互いの知恵を持ち寄れば新しい道が見つかるようです。
そして、ようやく仲間になりそうなリシアですが、今度はドワーフとの交渉が待っています。
次回、第5話「石の民は話が通じない!」




