第3話 城は畑から生えるのか
前書き
「城を造ろう」と言ったマサザネ。
ところが、村人たちが真っ先に求めたのは城壁でも天守でもなく……朝ご飯でした。
翌朝、政実は腹の音で目を覚ました。
ぐう、と腹が鳴る。
前世の記憶を取り戻してから、初めて迎える朝である。
枕は藁の束、屋根は枝葉、身体は十歳ほど。戦場の野営としては悪くない。だが、目覚めを告げる腹の音だけは、どうにも武将らしくなかった。
「おはよ、マサ! お腹の中に魔物いる?」
「おぬしは朝からやかましいのう」
「今、グオオオって言ったよ?」
「言うておらぬ!」
ピピが政実の腹の上に降り立つと、さらに大きな音が鳴った。
「ほら! もう一匹!」
「空腹じゃ!」
昨夜は黒パンを少し食べただけだった。村人たちも同じである。
倉庫はオーガに荒らされ、橋は落ち、畑への道も遠い。助かった命を今日からどう養うか。
難題は怪物よりも身近なところに転がっていた。
焚き火の傍らでは、ベルンが折れた木切れを並べている。
「おう、マサザネ。昨日は城を造るなんて言ってたな」
「言ったぞ」
「で、何から始める?」
「地を見て、人を数え、食を確かめる」
「……城は?」
「それからじゃ」
「おめえ、昨日の勢いどこ行った!」
政実は肩をすくめた。
「腹を空かせた者に城壁を食わせるわけにはいかぬ」
「食える城壁があったら便利だよね!」とピピ。
「敵が来る前に味方が食ってしまうわ」
笑い声が起こった。
その笑いが途切れる頃には、政実の前に二十余人の大人が集まっていた。
怪我人、子供、老人を合わせれば村人は七十名ほど。昨日の騒ぎで全員が逃げおおせたことは喜ばしい。だが、まともに動ける人数は限られる。
「まずは決めねばならぬ。ここに留まるか、別の土地へ移るか」
年長の女が、焚き火に小枝をくべながら言った。
「移ったところで、畑はないよ。冬までに何を食べるんだい」
「わしらには元の村がある」と別の男が言う。「家は直せる。畑だって残ってる」
「オーガも戻ってくるかもしれんぞ!」
途端に言い争いになった。
政実は黙って聞いた。
前世ならば声を張り、軍勢を一つにまとめただろう。しかし彼らは家臣ではない。
畑を守りたい男も、子を守りたい母も、自分の暮らしのために声を上げている。
「双方、もっともじゃ」
そう言うと、ベルンが呆れた顔をした。
「どっちつかずじゃ話が進まねえよ」
「ゆえに、見に行く」
「何を?」
「村と、この森の土地じゃ。比べてから決めればよかろう」
ピピが挙手した。
「はい! あたし空から見る!」
「頼む。ただし今日は、おやつの話をする前に報告してくれ」
「報酬の交渉は大事だよ!」
「昨日より商人らしくなっておるぞ、おぬし」
*
森の南側には小さな丘があった。
麓を細い沢が流れ、丘の背後には岩場が続く。
木立は密集しているが、頂の近くに平坦な場所がある。見晴らしも悪くない。
政実はその斜面を登り、足元の土を指でつまんだ。
「水は?」
「沢がある。夏でも枯れねえ」とベルン。
「雨で増えるか?」
「増えるが、この丘の上までは来ねえよ」
「土は?」
「粘る土だ。畑には向かねえ」
「ほう」
政実は少し考えてから頷いた。
「城には向く」
ベルンがぎょっとした。
「また城か!」
「ここなら背後を岩に預けられる。正面と左右を守ればよい。沢も近い。村から移した食料を貯める場所も取れる」
「でも畑がねえぞ」
「畑は元の村で作ればよい。昼に働き、危うければここへ退く」
政実は枝で地面に線を引いた。
丘を囲む半円、南へ延びる道、沢へ下りる細い通路。
さらに、外側にもう一本の線を引く。
「柵を造る前に、道を造る。魔物が来ても老人と子供がつまずかずに退ける道じゃ」
「柵より逃げ道が先なのか」
「城は敵を閉め出すためだけにあるのではない。中の者を生かすためにある」
言ってから政実は、しばし黙った。
かつての九戸城を思い出す。
川に守られた堅城。どれほど攻められても耐えた壁。
それでも、城内の命を守り切ることはできなかった。
「……マサ?」
ピピが目の前をふわふわと飛んでいた。
「顔、こわい」
「生まれつきじゃ」
「十歳でその顔なら、百歳になったら岩みたいだね!」
「誰が百歳の岩じゃ!」
ベルンが吹き出した。
政実も、ようやく息を吐いた。
ここは奥州ではない。
けれど、守りたいと思う者は目の前にいる。
*
問題は、土地が決まっても城が勝手には生えてこないことだった。
倒木を切り分ける者はいる。石を運ぶ者もいる。
だが、まともな工具は昨日の襲撃で半分以上失った。柵を一列造るだけでも何日かかるか分からない。
「これじゃ冬までに終わらねえぞ」
「冬はいつ来る」
「あと三か月くらいだ」
「三か月か。では、まず一週間で見張り台と避難小屋を造る」
「一週間!?」
ベルンの声が裏返る。
「おめえ、木が自分から立つと思ってんのか!」
「ならば、立てる手段を考えるまでよ」
ピピが得意げに胸を張った。
「魔法なら木だって動くよ!」
「なに?」
「エルフなら、枝を曲げたり風で運んだりできるし。ドワーフなら土をむくむくって!」
「むくむく、とは何じゃ」
「むくむくは、むくむくだよ!」
まるで説明になっていない。
だが、政実にとっては初耳だった。
昨日見たオーガの怪力ばかり気にしていたが、人が扱える力も、この世界にはあるという。
「そのエルフとドワーフはどこにおる」
「えー? エルフは森の奥、ドワーフは山のほう」
「頼めば手を貸すか?」
「知らなーい。人間って森を切るでしょ。エルフは怒るかも」
政実は、切り倒す予定の木を見た。
「では、まず森の主に挨拶せねばならぬな」
「森に主なんていねえぞ」とベルン。
「領地の木を無断で切れば、怒る者があろう」
「エルフは人間の領主じゃねえよ!」
「ならば、なおさら話をせねば」
ベルンは頭を抱えた。
「昨日まで熱出して寝てた坊主が、今日は森と外交するってよ……」
「大将は忙しいものじゃ」
「誰が大将にした!」
*
その日の昼、丘の麓で最初の作業が始まった。
ベルンが倒木を切り分け、村人たちが小石を拾い、女たちは水と食料を運ぶ。
子供たちには細い枝を集めてもらった。政実自身も小さな手で枝を束ねた。
ピピは上空を回って見張りを担当していたが、十分もしないうちに降りてきた。
「マサ、暇!」
「見張りは暇なほうがよい」
「歌っていい?」
「小さな声なら」
「じゃあ、魔物が出たら大きな声で歌う!」
「普通に知らせよ!」
それでも作業は進んだ。
見張り台の支柱を二本立てたところで、ベルンが汗を拭い、顔をしかめた。
「おい、やっぱり人手が足りねえ。あっちもこっちも同時には無理だ」
政実は枝を置いた。
「では一つ、やめよう」
「何を?」
「今夜までに柵を完成させることじゃ」
「最初から無理だって言ってんだろ!」
「うむ。わしが急ぎすぎた」
ベルンは怒鳴りかけた口を閉じた。
「……素直に認めるんだな」
「誤りを認めず、人を働かせれば、やがて国が滅ぶ」
政実自身、その言葉が胸に痛かった。
昔の自分ならば、もっと早く気づけただろうか。
だが、今は考え続けている暇はない。
「今日は見張り台と寝床、明日は水場の整備。柵はその後じゃ」
「それなら、なんとかなる」
老人が頷き、子供たちが歓声を上げた。
そのとき、森から風が吹いた。
作業台代わりの切り株に置いていた木片がふわりと浮き、整然と一列に並んだ。
ベルンが金槌を落とす。
「……俺、まだ何もしてねえぞ」
「わしもじゃ」
「じゃあ誰が?」
木々の向こうで、涼やかな声がした。
「森の木を使う相談をするなら、当の森の住人にも話を通していただきたいわね」
長い耳を持つ女性が、緑の外套を揺らして立っていた。
弓を肩に掛け、その足元には枯れ葉が一枚も落ちていない。
ピピが叫んだ。
「あ、リシアだ! 森で一番こわーいエルフ!」
「誰が一番怖いですって?」
木片が、今度はピピの周りをくるりと囲んだ。
「わああ、閉じ込められた!」
政実は額を押さえた。
城を造ろうと思っただけなのに、どうやら異世界の最初の外交交渉は、妖精の失言から始まるらしい。
――第3話・完――
後書き
第3話をお読みいただきありがとうございます!
国づくりの第一歩は、城壁ではなく食料と避難路。そして、いよいよエルフのリシアが登場しました!
戦国武将マサザネの築城術と、異世界の魔法は果たしてうまく組み合わさるのでしょうか?
そして、森を守るエルフたちは人間に協力してくれるのか?
次回、第4話「森の民は木を切らせない」
マサザネ、異世界初の外交交渉に挑みます!




