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155 今夜フタフタマルマルに


  ■事件発生から三日目 十五時三十七分

 体調不良を訴えたファウストが作戦実行本部に担ぎ込まれた。これは寒空の下で長時間作戦任務を行わせた結果ではなく、ジョーカーの依頼により魔法探査を行った結果によるもの。何者かが効力を発揮していた魔法の悪影響を受けて、ダウンしてしまったのである。


 気を利かせたベルメル大佐が領事館の北側裏門付近に警備兵を派遣させ、道端の雪に埋もれて倒れていたファウストを保護。作戦実行本部に運び込まれたのだが、それから三十分ほど経過した十六時十分現在、ファウストの不調は快方に向かった。

 気絶していた彼は厚手の毛布をかけられ、作戦実行本部の部屋の隅に丁重に横たえられていたのだが、何とか意識を取り戻した。

 砂糖とミルクをたっぷりと入れたココアを渡されたファウストは、霜焼けになりそうなその真っ赤な両手をコーヒーカップで温めながら、オレルたちに魔法探査の顛末を詳細に報告出来るまでに回復したのである。


「すいません、詳しく説明すると時間がかかる話なので、大筋が分かるよう端的に報告させてください」


 ジョーカーを領事館内に潜伏待機させ、未だにロッタの声が拡声器から聞こえて来るこの状況下で、ダラダラと説明に明け暮れてはいられない── 人質の安否に胸を痛めながらも、更に仲間を気遣う少年の優しさが、彼を奮い立たせていたのだ。


「皆さんもご存知の通り、神聖魔法は大きく二種類の魔法に分かれています。神聖光魔法と神聖闇魔法と言うのがそれですね。後に“先の聖人デルフィーヌ”から、聖人の称号を授かった魔導司祭ヤンカミルが確立した魔法体系を、光と闇に分類した俗称です」


 ──神聖光魔法は神の威光をもって人に祝福をもたらす魔法です。光魔法と言う言葉の通りに暗闇に光を放ったり、邪悪な精霊を光で追い払うのですが、それ以外にも様々な恩恵や祝福の魔法があります。武装集団が今行使している“勇猛”の魔法や“沈静化”の魔法もやはり、この神聖光魔法に属しています。

 その反対に神聖闇魔法とは、聖ヤンカミルが遺した魔法の中でも危険と判断された光魔法です。決して悪魔のような暗闇を操る魔法などではなく、光で対象を焼いたり棄損させるなどの、聖デルフィーヌ教の教えにはそぐわない魔法、つまり禁呪を神聖闇魔法とカテゴライズします。


「それでファウスト君、君があの場で感じたのは禁呪である神聖闇魔法だと言う事かい?」


 オスティンがオレルよりも先に口を挟む。実質的にオブザーバーの立場に追いやられてしまった彼は、何とかこの作戦実行本部で発言権を残して影響力を維持したいとの意思で悪戦苦闘しているようである。

 それもそのはず。彼が所属しているであろうフォンタニエ中央軍FDIAがこの事件に関して、初期段階から情報を掴んでいたからこそ、事件発生の際に中央から特殊部隊ラムダ班を迅速に呼び寄せる事が出来たのだと主張したいのだ。そう言う実績を作る事で、彼はフォンタニエの軍政においてFDIAの存在価値を高めようとしていたのである。

 ──隠し事は多いが決して悪い人間じゃない── ジョーカーとロッタは後にそう回顧するが、そんな人物が組織の維持に躍起にならなければいけないほどに、未だフォンタニエは諜報機関に対する価値認識が低いのである。


「いいえ、神聖闇魔法ではありませんでした」


 外野が顔出して来るなと、オスティンに対して横柄な態度は取らずに、ゆっくりとした口調で丁寧に答えたファウスト。だが先ほど自分が体験した事を説明しようと反芻した途端に顔面蒼白になってしまった。それだけの恐怖体験をしたと言う証拠でもあるのだが、それでも精一杯説明責任を果たそうと少年は腹に力を入れる。


「あれは……今まで体験した事の無い神聖光魔法です。使い魔を通じてある程度魔法の分析や解析が出来る僕が出した結論は、間違い無く光魔法であると言う事。しかしあれはもう神聖光魔法でも何でも無いです、あれほど禍々(まがまが)しい“道標”の魔法は見た事が無いです」

道標(みちしるべ)?……ファウスト君、今君は道標の魔法と言ったのか?」

「神聖光魔法、道標の魔法と言えば無宗教の私だって知っている。闇夜や暗闇で光の柱を立てて、迷い人を導く魔法だろ?」


 オスティンだけでなく、ベルメル大佐までが会話に入って来る。神聖光魔法の“道標”とは、その道の者でなくとも知っている……それほどにポピュラーな魔法なのだ。


「おっしゃる通りです。おっしゃる通り道標の魔法なのですが、内容が全く違うんです!」


 コーヒーカップを持つ手がカタカタと震え、半分近く残ったココアの表面がまるで時化(しけ)模様のように波打っている。


 ──魔法探査の結果、間違い無く神聖光魔法・道標の魔法でした。詠唱のための呪文の文言の一句一句も間違いありません、これはあの場所に残る呪文詠唱の言霊を読み取って精査したので間違いありません。

 ですが発現した効果自体が全く違うのです。迷い人を導く光の柱ではなく、その派生系である光の防御陣形構築の魔法でもなく、ひたすら、、、ひたすら邪悪なんです。

 そう、まるでそれは、神聖なる光の魔法を悪魔や邪悪なる存在が唱えて発現させたかのような禍々しい光の柱。神の威光や祝福を彼の地に降ろしたのではなく、怒りや嫉みや妬みなど、全ての悪意を胸に秘めた者たちが、神の魔法を悪用して建てたかのような道標になっている。

 何を目的として発現したのかは分かりませんが、僕の抱いた感想として例えれば、大好きなショコラバーをほうばったら、“ガリッ”とする異様な食感と共に口腔内に苦味が走って吐き出したショコラを見たら、噛み砕いた虫の残骸が入っていた……そんな気味の悪い絶望的な結末があそこに存在する気がしてなりません。


「中佐、あれは異常です。多分あの魔法防御陣は、昨日今日の一長一短で出来上がったものではありません。古くからそこにあったと考えるのが妥当かと」

「つまり、君はこう言いたいのか。目的は分からないが、神聖光魔法を穢す形で古くからそこに魔法はあった。今回の事件において、武装集団と化した原理主義者たちは、その魔法で守られている礼拝所に目的があって領事館に侵入したと」


 やっと口を開けたオレルに対し、饒舌だった少年は逆に無言となって何度もうなづく


『神聖でありながらも穢れている者たち』

『神聖でありながらも汚辱にまみれた魔法』

 ファウストの言う道標の魔法のように、二面性を備えた存在と言うものを、オレルは知っている。堕天使の転生者と言う存在の強烈な心当たりがある。

 つまりは、プロニスラフに遠征せよと命令を発令したヤーズフェルト公が「人命より施設を守れ」と至上命令を突き付けて来たのだが、これに繋がる答えがこの、道標の魔法に守られた礼拝所にあるのではと考え始めていたのだ。 ──司祭が口走ったあの、『終焉の申し子』の秘密が


「オスティン、頼みがある」

「ダールベック中佐……藪から棒に何でしょう?」

「今夜フタフタマルマルに私が単独で領事館に潜入する。至急夜戦戦闘服一式を調達してくれ」

「そんなのはお安い御用ですが、中佐単独で大丈夫なのですか?ジョーカーに任せれば良いじゃないですか」

「ジョーカーはフタフタマルマルに戻す。決して楽をさせるためじゃないぞ、彼にはラムダ班の先導役になって貰わなければならないからな」


 この言葉でオレルの真意が読めたのか、聞いていたオスティンとベルメル大佐の顔色がみるみる内に勇ましくなる。

 (ラムダ班による強行突入は近い!) それを肌で感じて内心奮い立ったのだ。


「ラムダ班による突入は明日未明マルヒトマルマルを考えている。それまでに私は礼拝所に潜入し、このポイントが人質救出以上に価値あるものなのかどうか見極めて来る」


 いよいよ、人質篭城事件に重大な局面が訪れようとしている。

 オレルが言うように、今宵強行突入が行われれば、明日の朝陽が上がる頃には全てが終わっているのだ。

“これ以上公国で堕天使転生者をのさばらせたくない”

“しかしその堕天使の命令でこの地にいる”

“人命軽視の至上命令も出ているが、少なくともそれだけは避けたい”

 超然としながらも、内心では葛藤の激流が渦巻くオレル・ダールベック。彼は一体、礼拝所で何を見てどう決断するのか?今夜それが明らかになる。


  ◆ 「みちしるべ」 終焉の申し子 編

    終わり



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